第45話 指名依頼:高効率の魔力回復方法を教えてください②
「これが今現在、私達の最強の布陣です!」
作業台に並ぶマートル・ビーのハチミツ、畑で採れた果実類を元にしたドライフルーツ、同じく畑産の植物オイル、作業道具諸々。そして忘れてはならないのが、小さな手で一生懸命拍手してくれている私の契約者達。ちなみにマートル・ビーの翅音が一番大きかった。
怒涛の勢いでフロー図を完成させた後、私達は手分けして材料を集めた。ここからはいよいよ作業開始である。
「えー、まずオルゼスタさんのご依頼ですが、『高効率の魔力回復法があれば教えてほしい』とのことでした。しかし残念なことに我々は存じ上げず、頼みの綱であるレーラズも極めて入手が困難、では近いものを作ってしまえばいいじゃないかということで、編み出したのがこちらっ! ダダン!」
「何だそのダダンて」
「気分を盛り上げる効果音。あれ、なんかデジャヴ……」
気を取り直し、里の手引書の該当ページを固定する。書かれているのは固形タイプのポーションの作り方だ。粉末にした薬草を押し固めたもので、携帯性に優れている。作製に結構な時間がかかるため今まではスルーしていたものの、応用すれば魔力を持ち運べる便利な代物になるのではないだろうか。
「じゃ、ゴーレム氏。まずは乾燥イチゴの粉砕をよろしくお願いします」
「動かすのは俺だけどな」
「ええ、ユーン氏はそれ以上によろしくお願いします。私は練蜜を作っておこう」
練蜜とは、煮詰めたハチミツのことである。弱火でじっくり行うことで糖度と浸透圧を高めるのが狙いだ。また、粘度も増すので、この後の工程で繋ぎの役割をしっかり果たしてくれる。
「某達は何をしましょう?」
「プゥ」
「じゃあこの布を持ってもらって……こっちの木型にオイルを塗っておいてもらえる?」
木製のプレートは普段、クッキーの型抜きに使用しているものだ。葉っぱや花、猫の顔等の小振りな形がたくさんくり抜かれていて、とても可愛い。いつぞやに工房の次男・ルドガーさんにお勧めされて購入したもので、食堂『花々』でも形違いのものを使っている。そのままだと生地がくっついて取り出せなくなってしまうため、小さく裂いた布にオイルを染み込ませ、窪みに沿って丁寧に塗り込めてもらう。
一旦練蜜の鍋を覗く。まだまだ時間がかかりそうだったので、別のゴーレムに乾燥ベリーの粉砕もお願いした。
作るのはドライフルーツパウダーだ。間食用にこっそり作っておいた、パリパリに乾いたチップス状のイチゴやキウイ、ギュッと固くなったベリー類を粉末にする。フルーツならハチミツにも合うし、甘味成分はこれでバッチリのはず。
「イチゴの方、終わったぞ。篩にかけていいか?」
「うん、お願い!」
ごりごりと小型の石臼を挽く音が響く中、新しく組み上げられたゴーレムが砕かれたイチゴを次々に篩にかける。粒が荒いものはもう一度潰してもらう。ベリー類とキウイも同じように、全量が細かい目を通るまでこれらを繰り返す。
篩にかけ終わったら、パウダー同士を混ぜ合わせる。一つはイチゴとマルベリーで甘みを強く、もう一つはキウイとブルーベリーで酸味を強調した。二種類あれば味変を楽しめるのではないかと考えたのである。
「練蜜もそろそろいいんじゃないか?」
「あ、そうだね。じゃあ火を止めて……」
熱でやわらかいうちに、練蜜をそれぞれのパウダーのボウルへ流し込む。重たいのを我慢してしっかり混ぜたら、ゴーレムに選手交代だ。魔力水で清潔にした石の手で生地を捏ね、塊にまとめてもらう。
「そちらはどうですかー?」
「はい! 塗り終わりましたっ!」
「ありがとう! では生地を分けていくので、隙間がないように押し込めちゃってくださいな」
残る熱さに顔をしかめつつ、型より大きめに切った生地を渡していく。
マートル・ビーとドライアドは見事な連携プレーだ。平たい葉の掌でぺちぺちと素早く詰めるのはドライアドで、その後ろに続いて隙間を埋めていくのは、日頃花粉を丸めた粒等、細かい作業を得意としているマートル・ビー。
一方、ユーンくんはいつの間にかミニゴーレムを数体呼び出していた。みんな頭が回るなあと感心しながら、私も空いている枠を埋めていく。
「全部埋まったかな? じゃ、はみ出たところを切ります。危ないから離れててね」
型に入りきらなかった生地をナイフでカットすれば、作業はほぼ完了だ。最後に木型をひっくり返し、台に軽く打ちつけると、ぽてっと転がる親指サイズの雲や星々。
ファンシーな欠片の数々に口元が緩む。手間は少なく済むかもしれないけれど、角砂糖みたいな真四角だと何だか味気ない気がしたのだ。気に入ってもらえるかはわからないが、ほんの少しでもオルゼスタさんの癒しになれば、これほど嬉しいことはない。
「できたー! このままだとひっついちゃうので、乾燥させたらおしまいです! お疲れ様でしたー!」
「でしたー!」
「プー!」
「これはなかなか……ポーションと段違いに時間がかかったな」
「ね。でも、その分魔力の取り零しはないと思う。精一杯、詰められるだけ詰めたって感じがするよ」
ハチミツ、果実、オイル。素材には全て私達四種の魔力が練り込まれている。不純物は一切ない。直に魔力を受け渡す以外に効率的な方法で、これ以上のものは思いつかなかった。似たような薬を作れる人はいても、これだけ複数の魔力が混合されているのは珍しいのではないだろうか。
余談だが、同じく魔力を溜め込んでいる薬草をフルーツの代わりに使うと、純粋な魔力回復量は少なくなる。薬草の持つ回復効果が優先されるためだ。解毒草や火伏草も同様で、植物自体が何かしらの薬効を有する場合は、何の特性もないものよりも魔力含有量が劣るのである。
「残ったやつ、ちょっと味見してみようか」
二つの生地の端を切り取って、イチゴ&マルベリーから口に放り込む。水分を飛ばしきれていないから食感は水飴みたいだ。けれど、ハチミツのまろやかさと果実の甘酸っぱさが丁度良いバランスだった。味が濃いので、寒い時期にお湯に溶かして飲んでもいいだろう。
キウイ&ブルーベリーは狙い通りの酸っぱさだ。とはいえハチミツで中和されているし、後味が爽やかで疲労にも効きそう。
「一見甘いかと思いきや、追って酸味が染み渡る……何とも不思議で美味な食べ物にございますなあ」
「プ!」
「俺はイチゴの方がいいなあ。もっと甘くてもいいくらいだ」
「私は敢えて選ぶならキウイかなあ。でもどっちも美味しいから、もう何でもいいや」
味についてはかなり満足だ。作業時間は長くなるが作り方は単純なので、量産もそう難しくない。
後は肝心の効果だ。冷えて固まりつつあるハチミツを歯の裏から引き剥がしながら、全員でムチャムチャ頬張っていると──。
「…………なんか、急に気温上がった……?」
「プ……プ……」
「はて……?」
「……まずい、これ以上食べるな!」
慌てて生地から手を離し、ユーンくんに促されて作業場を出る。この時既に足取りは怪しく、ふらふらと地面に膝をついてしまうほどだった。全身が火を噴いているように熱い。滲んだ視界に、同じように寝転がっている彼らが映った。
「くそ、魔力を取り込み過ぎてる……全員どこかに使って……体内から減らせ……!」
言うなり、極小の掌がカッと光った。次の瞬間には裏手の森から地響きが聞こえ、にょきっと大木が生えたのが見えた。あの辺りは最近魔力を含んだ苗を植樹したところだ。ユーンくんはどちらかというと土や鉱物に働きかける方が得意なのだけれど、まさかドライアド並みに植物を育成してしまうとは。ひょっとして、私達が作り出したものはとんでもないものだったのか。
マートル・ビーとドライアドも思い思いに魔力を放出している。畑では新たに植えた種がみるみる育っていくし、木には瘤のようなハチの巣がいくつも垂れ下がっていく。
私もこうしてはいられない。勝手に上がる息を懸命に飲み下し、茹だる頭で目的地を目指した。
◆ ◆ ◆
「あ゛あ゛あ゛…………つめたくてきもちいい…………」
辿り着いた近くの小川に両腕を浸す。勢い余って顔の半分まで突っ込んでしまったのはご愛嬌だ。
家の周りにはこれ以上魔力を発散できる宛がなかったため、咄嗟に思いついた場所だったが、どうやら判断は間違っていなかったようだ。
ここには彼がいる。羽虫を見下すように冷ややかな眼差しの美しい馬が。
「どうも……ごぼ、お邪魔してます……今、諸事情で魔力を注入してまして……」
「…………」
「少しは居心地良くなるかも……治まったらすぐ退散するので……がぼぼ」
グエエ、口の中に水が入ってくる。自動的に浄化されているので美味しい魔力水ではある、でもまた魔力を取り込んでいたら永久機関のような気がするけれど──ああ、もうどうにでもなれ。今何かを考えるのはとても億劫だ。
入水一歩手前みたいな私に何を思っているのか、ケルピーは微動だにしない。こちらも魔力量を正常に戻すまで動けないので、ちょっとよくわからない対峙のまま、静かに時が過ぎていく。
「あの、元気……? 体調大丈夫……?」
「…………」
「お腹減ってない……? ごめんね、食べたいものわからなくて……何が好き……? アッ、人間以外で……」
水のようにするすると言葉が流れ出る。熱で理性がどこかへ行ってしまったのか、明確に距離を置かれている相手にもためらいはなかった。
「なんていうか……利用できるものはさ、したらいいと思うよ……私が言うのもなんだけど……」
「…………」
「仮契約が終わったら、人間を喰べるあなたを止めなくちゃいけないから……どこか遠くにだって行けるように……」
「…………」
「あなたが元気になるために必要なものはなに……?」
私は契約主だから。契約者が心置きなく日々を過ごせるよう、苦心するのが務めだから。たとえ仮の契約だとしても、果たすべきものは変わらないと、そう思うのだ。
直後、半ば予想していた、小川のせせらぎを断ち切るような舌打ち。
「……黙れよ。魔物の魔石なんざ用意しないくせに」
「はは……それは、ごめん……でも、私の魔力だったらいくらでも取ってっていいよ……何にでも使っていいから……」
生命の維持はもちろんのこと、何ならストレス発散でも何でもいい。そうじゃないと──。
「元気になってくれると、嬉しい」
──あなたが心配なのだ。一度気がつくと止められず、今も鬱陶しがられているのはわかっているけれど、どうしたって声をかけずにはいられない。
ユーンくん達が私を気遣ってくれるように、私も皆を気遣いたかった。それは目の前の彼とて例外ではない。ケルピーは私の魔力とそこから派生する感情に囚われているかもしれないけれど、私もまたケルピーへの想いに囚われている。
『いつも君を想ってる』
不意に、胸の奥へすとんと落ちたものがあった。ああ、これが、互いに対するこの気持ちが契約の真髄なのか。痛み分けのようであり、比翼連理のようでもあるこれが、きっと──。
「ふ、へへ……」
「……気持ち悪」
ようやく落ち着いた熱の残り火を吹っ切るように息を吐く。もう強制とか支配とか、契約の何たるかをゴチャゴチャ追求するのはやめよう。そんなことでは何も解決しない。契約者を最大限尊重し、それがどうにも立ち行かなくなれば、後は相手を想う自分の心に従うまでだ。
「お昼、食べられそう? アスパラとニンジンの肉巻きとかどうかな? ここに持ってきてもいい?」
「知るか」
「うん、じゃあ持ってくるね。あ、でも人型になれるんだっけ。家の前にテーブル出した方が食べやすいかな」
「いや聞けよ」
「わかった、デザートはリンゴだね! 実は私もそう思ってた!」
「……そのまま沈めてやろうか」
そうは言いつつも、決して手出ししてこないケルピー。そんな彼の唯一の口撃手段はというと、口を開ける度に方々からねじ込まれる肉巻きのせいで、それはそれは静かに封じられることになったのだった。




