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ファンデア・テイル  作者: 八架
一章
44/80

第44話 指名依頼:高効率の魔力回復方法を教えてください①

 昇級試験から一夜が明けた。

 試験結果についてのレポートはまだだが、口頭での合格を言い渡され、私は晴れてC級となった。これで規定通り、B級帯任務である未開拓地への探索──ミネフの裏山への調査に同行できることとなる。

 実行は二週間後。フォルクさんやフィオラさんが探索の範囲を広げきり、おおよその障害を排除した頃だ。一方の私はその間に準備すべきものとして、早速アッドさんから指名依頼を受けていた。


「じゃじゃーん! 商業ギルドの認可が下りましたー!」

「お、やったなあ」

「ププププー!」

「おめでとうございます~!」


 ポストに届いていた仰々しい羊皮紙。商業ギルドの紋章と印が刻まれた分厚いそれには、私がミヅカネ商会を通じて申請したポーションや各種状態異常回復薬について、効果の保証と公的機関での販売を許可する旨が記されている。後で額縁を買ってこなくては。


「で、アッドさんからもこの件に関連した依頼をいただいてます。裏山の水質調査用にポーションを八十本、できれば効果の高い上級を多く希望。あと解毒薬・熱傷薬・抗痺薬をそれぞれ二十五本ずつ用意してほしいそうです」

「了解。それと、今日からはギルドに卸す分も必要なんだろう?」

「そうそう。こっちは教会に薬草持ち込むだけでいいって言われてるけど、最初の方はポーション作るのも手伝おうと思って」

「そうだな、クアリック達がポーション職人になっちまう」


 腕を組んだユーンくんに頷く。教会のお二人にも本職があるし、今後専属の人を雇うかどうかはわからないが、発注数や生産量が安定して軌道に乗るまで人手は多い方がいいだろう。アッドさんの依頼のための練習にもなる。ふひひ、調査用を作る時は全部上級にしちゃろ。


「今日の予定はそんな感じです。あとはいつも通り畑の水撒きと、収穫できるものがあれば随時。じゃ、朝ご飯にしましょう! 何作ろうかなあ」

「キャベツを使うのはいかがでしょう? 大変甘く仕上がっておりますので、蒸し焼きにするだけでも美味にございまする!」

「あ、いいねえ! あとはサラダとキッシュもできそうかな。うん、じゃあ今朝はキャベツ三昧だ!」

「では収穫してまいりますっ!」

「ププー!」

「ありがとー! ゆっくりでいいよー!」

「ちゃんとゴーレムつれていけよー」


 マートル・ビーに飛び乗ったドライアドは、さながら勇敢な騎士と馬のようだ。仲良しコンビは普段から行動を共にすることが多く、その動きもコミカルで可愛いのである。

 さて、こちらは下準備だ。ユーンくんにオーブンを温めてもらいつつ、床下の氷室から卵をいくつか取り出す。

 この氷室は、元々あった小さな地下貯蔵庫の内部を氷で覆った簡易的な冷蔵庫だ。氷が溶ける度に張り直さなければならないが、基礎魔術の練度を上げるのに重宝している。いずれはもっと地下を広げてもらい、キンキンに冷えた中で温かいご飯を食べたり等する贅沢計画を密かに立てていたり。


「────……」


 一つ、二つと殻が増えていく。最後の卵を拾い上げたはずの手が、不意に止まってしまった。


「アオ?」

「……ケルピー、今朝は食べてくれると思う……?」


 返ってきたのは喉の奥で唸る音だけだった。しばらく考え込むように黙ってから、「持って行くよ」と妖精は笑いかけてくれる。

 契約条件を決めて以降、ケルピーは今に至るまで一言も発していない。それどころか、家を案内する前にふらりと立ち去り、ずっと近くの小川で過ごしている。夕食にも顔を出さず、声をかけても反応はなく。見かねて皿ごと置いてきたものの、起き抜けに回収したものには冷え切った昨晩の料理が乗ったままだった。


『魔石だけじゃ飽き足らず中身まで支配したがるなんて、お前らの強欲もここまでいくと清々しいな』


 彼の内側には煮え滾るような怒りが燻っている。契約者()を害さないギリギリの抵抗がこうした形になっているのだろう。


「……ユーンくん、私、みんなに強制してる? 私に何か言われたら逆らえないって感じる?」

「ケルピーのことなら気にするなよ。所詮、今回限りの付き合いだ」

「ユーンくん、」

「……俺が『そんなことない』と言ったとして、今の君は信じられるか?」

「!」

「永く()って知ったことだがな、人間とは不思議なもので、百の賞賛より一の中傷を気に留めちまう。君も半分は人間だ。契約を交わした俺達の言葉より、苦し紛れのケルピーの一言の方が重く感じているんじゃないか? だからずっと不自然に元気な振りをしてる」


 ──見抜かれていた。どっと心臓が跳ね上がって、手中の卵が鈍く軋む。


「……ユーンくんの言う通りかもしれない。う、疑いたいわけじゃないんだけど……知らないうちに嫌なことさせちゃったりしてるのかなって、どうしても気になっちゃって……」

「わかってるさ。そうだな……俺は自分の気持ちが君に強制されているとは到底思えないが、これも補正が効いているのか? それならどう伝えても認識に阻まれる気がするな。……うん、なら、契約した瞬間を思い出してほしい」

「契約した瞬間……」

「考えてもみろ、自分の魔石(しんぞう)を捧げるんだぞ? どうとも想ってないような相手にできることだと思うか?」


 はっとした。魔石を渡した途端、魔的存在は無条件で自身を明け渡すことになる。しかし、好き放題にされるかもしれないとどこかで怯えながら、それすらも上回る固い決意と信頼があった。そう、自惚(うぬぼ)れてもいいだろうか。


「……そうだね。すごく、本当にすごく勇気がいることだったと思う」

「だろう? その瞬間は生半可な覚悟じゃなかった、ってことだ」


 ぺちん、と鼻頭にミニマムな掌が置かれる。世界でたった一人の私の相棒が、「君は本当に仕方のない奴だなあ」と、呆れたように緩んだ表情で語る。


「いつも君を想ってる。ずっと君の傍にいる。これは君に命令されたことじゃない、俺の意思だ。その証左が契約になっただけ。たとえ契約してからの全部が強制だったとしても、だからなんだって話だ。契約者を受け入れる覚悟なんて、とっくのとうにできてるさ」


 ──そうだ。私の契約者達が魔石を預けてくれたのは、私という存在の全てを信じてくれたからだ。それなのに私が彼らを信じないでどうするというのだ。


「誰かに何か言われた時はそのことを思い出してくれ。いいな?」

「うん……うん、わかった。私は私と契約してくれたみんなを信じる。……色々面倒かけてごめんね、でもありがとう。今度はちゃんと元気出てきたよ」

「よし、なら再開するぞ。さっきから君の腹の音がうるさくて仕方ないからな」

「ア゛ーッ! 鳴っちゃったとか思ってたけど恥ずかしくて黙ってたんだから言わないでよォ!」


 お腹の底から大声を出せば、視界に滲んでいたものは引っ込んでくれた。でもきっとユーンくんは気づいていて、そして見ない振りをしてくれている。そんな彼がいてくれることが、私にとっては百の賞賛よりも尊いことだった。

 気合を入れ直して割った卵からは、黄色いお日様が二つ、ぴょこんと元気良く飛び出してきた。



       ◆ ◆ ◆



 ケルピーには相変わらず食事を口にしてもらえなかった。少々、いや結構気落ちはするものの、切り替えに時間はかからない。私には可愛い彼らがいてくれるのだ。卵やキャベツの切れ端をくっつけ、ニコニコ頬張る様が私に与える幸福感といったら。どうしてあんなに惑わされていたのだろうと真顔になったほどだ。私を信じて契約してくれた仲間達が可愛い、それだけでいいじゃないか。

 幸せな朝食を共にし、幸せに水を撒いた後、現在は作業場で冒険者ギルド用のポーション作りに取り掛かっている。教会に確認したところ、やはり「最初はある程度手を貸してもらえたら」とのことだったのだ。ここには里から持って来た道具もあるし、立派に建て直してもらった作業場もある。クアリックさん達の邪魔をしないで作れるので、聞いてよかったと思った。


「高効率の魔力回復……高効率の魔力回復……」


 お湯が沸くのを待つ間、里の手引書をパラパラと捲る。合間合間に考えてはいるのだが、オルゼスタさんの希望に合致するものがなかなか見つからない。

 基本的に、私含め大多数の魔力持ちは食事や休息、大気に遍在している薄い魔力等で、時間をかければ充分に回復できる。けれども、あまりに膨大な魔力経路を持つ者はその手段が意味を為さなくなるらしい。一度限界まで魔力を使ってしまえば、その後は回復が追いつかないので活動時間を短くしたり、魔術を小出しにせざるを得なかったりと、やりくりに四苦八苦することもあるという。持たざる者からしてみれば、それほどまでに魔力を蓄えられるのは少しだけ羨ましかったりするけれど。

 エルフには劣るが、ハーフエルフも人間に比べれば魔力の総量は多い。故に里の人達がどうやっているのか調べていたのだが──。


「あった! 『レーラズ』!」

「ああ、魔力溜まりの周りにだけ生えるやつだな。正確には普通の植物が濃い魔力を吸収して変異したものだが」


 淡い孔雀石の色をした様々な種類の植物が描かれている。元は見覚えのある形なのに、不思議と色だけが変わっていた。それが雑草でも珍しい花でも、魔力の吹き溜まりが生まれるところにあって、この色に変化したものを総称するという。

 摂取の効果は魔力の回復、ただそれだけだった。おお、ピンポイントのものがあるじゃないか。しかし、よくよく考えれば何だか腑に落ちない。大気の流れの悪い地形等が原因で魔力が溜まるということは、魔物が求めに現れるということ──つまり、魔力溜まりにいる魔物は非常にパワーアップしているのである。日頃そんなものを相手にしているオルゼスタさんが知らないはずがないのに。


「ただまあ、参考にならないと思うぜ。説明書きにしつこいくらい書いてある」

「なになに……『ただし、大抵は魔力溜まりごと魔物が奪い尽くすため、まず手に入ることはない。その他の回復手段の方が余程現実的。追い求めるは粗忽者(バカ)と心得るべし。この項を熟読しているあなたですよ、バカ者』」


 ひどい。ていうか主観がすごい。一体誰が書いたのコレ。そっとページを閉じた私をユーンくんがケラケラ笑う。


「だからオルゼスタさんも苦労してるのかあ……」

「ほとんど幻みたいなものだからな。ま、疑似的にレーラズに似せること自体は不可能じゃないが」

「え?」

「魔力の回復に特化してるってことは、魔力を多く含んでるってことだろう? やり方は何でもいい。()()()()()()()()()()()、とにかくその状態に持っていけばいいんだ。加えて君にできそうなことは?」

「ええと、つまり……」


 急いで手引書をもう一度(さら)う。並行して実現させたい付加を頭の中で足していく。

 なるべく胃を圧迫しないこと、オルゼスタさんの好む甘味があること、荷物にならないこと、そしてこれらを相殺しない形状であること。


「目ぼしいものはあったか?」

「うん、あった。これに、とにかく魔力をいっぱい詰めてみる!」

「そういうことだ。あくまで仮定の話だが、幸いここには試せる材料が多くある。あとは根気と工夫次第だ」

「はい、メモります!」


 机から羊皮紙を引っ張り出し、趣くままにフロー図を書き綴る。まずは最終目標地点の明確化、次はそのためにどうすべきか、何を使うべきか。一緒になってアイディアを出してくれるユーンくんの向こうに、こちらへやってくるマートル・ビー達が見えた。

 彼らと協力して何かに挑戦するということは、いつだって心を躍らせてくれる。それが高い壁であれば尚更だ。ぎゅうっと胸にせり上がるものを感じて、私は羽ペンを強く握り締めた。

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