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ファンデア・テイル  作者: 八架
一章
43/80

第43話 説得するまでが試験なのです

 オルゼスタさんの多大なる協力の下、無事昇級試験を終えた私達は、疲れた身体とアクリス達を引きずって帰路に就いた。

 課題は完遂しているので試験自体は合格のはず。割り込まれたイレギュラーについても一つは討伐済みため、これも問題なし。何なら角や爪等の素材を持てるだけ持ってきてしまったくらいだ。AAA級とはいかないもののサイクロプスもかなりの上位魔物であるし、オルゼスタさんの実績がいっそう華々しくなることだろう。

 問題があるとすればもう一方──かつてぶっ飛ばし・ぶっ飛ばされた者同士の邂逅の行方である。


「…………」

「…………」


 睨み合うダンピールとケルピー。一番人の多いギルドのカウンター前で、片時も互いから目を逸らさず、ピリピリした威圧感を放っている。その間に立つオルゼスタさんはいつも通り真顔だ。私はというと、そんな彼の後ろから出て行くことができないでいた。

 予想通り、むしろそれ以上に空気が重い。私が元凶なのは百も承知だが、おいそれと声をかけられない。

 気まずい沈黙がどれほど続いただろうか。やがて、地を這うような低音でアッドさんが口火を切った。


「アオイ」

「、はいっ!」

「僕の部屋へ。オルゼスタも来てくれ」


 顔を上げると、アッドさんは既に階段を上っているところだった。視線すら合わない。いつもきちんと私の目を見て、時には頭を撫でてくれて、いつぞやは手まで引いてくれた彼の怒りの深さが窺えた。

 オルゼスタさんにそっと背を押される。おそるおそる踏み出せば、足首に科せられた鉄球が床を擦る幻聴まで聞こえた。



       ◆ ◆ ◆



「どういうことだ」


 半開きの執務室へ一歩入るなり、黒い手袋に素早く肩を掴まれた。喉がひゅっと音を立てる。


「僕は確かに『気に入った魔物や役立つものを持って帰ってきていい』とは言った、言ったがな、()()は以ての外だとも忠告したはずだ。奴の所業は話してあっただろう。何をどうすればこんなことになる、向こうで一体何があった」

『落ち着いてくれ、アックスフォード。そう詰問されては彼女も話しにくい』


 オルゼスタさんが私達の間に手帳を挟む。はっとしたように手は離れたが、アッドさんの双眸は紅いままだった。


「、すまない、お前を責めているわけじゃないんだ。ただ、よりによってケルピーとは思わなくてな」


 美しい漆黒に縁取られた目尻がくしゃりと歪む。幾分冷静さを取り戻したのか、ソファに案内されたので、オルゼスタさんと腰を下ろした。


「こちらこそすみません……実は──」


 鋭い眼光に内心ビクビクしつつ、オルゼスタさんに補足してもらいながら、私は事の次第をアッドさんに話した。アクリス達の暴動に始まり、ケルピーとの偶然の再会、彼と私の不思議な契約状態、そしてひとつ目の巨人との戦闘。パラルフェルに続き、今回も突発的な事故に巻き込まれたが、ギルド員かつ魔力適正を持つ身としてはある意味宿命ともいえる展開だ。目下一番の懸念事項であるケルピーとの契約も、その延長線上にある可能性の一つが現実になったものだと私は考えていた。

 けれど、目の前の上司はそうは思わなかったらしい。音もなく立ち上がると、くるりと踵を返す。


「アオイ、お前とケルピーの契約は過去の僕が引き起こしたことだ。責任を取ってすぐに破棄しよう」

「えっ」

「僕の怠慢だ、本来なら起こるはずがなかった。やはりあの時死骸を確認しておくべきだった」

「まっ、待ってください!」


 足早に扉へ向かったアッドさんを慌てて追いかける。何がどうしてそうなったのかさっぱりわからないが、一切の躊躇を見せない姿に彼の本気を思い知らされて、待ったをかけずにはいられなかった。

 しかしアッドさんは止まってくれない。マントの下から一斉にコウモリが飛び立つ──瞬間、彼の前に大柄の長身が立ちはだかった。


『頭の中で勝手に完結しないでくれ。彼女に説明を求めたのなら君も同様にすべきだ』

「……今日はどうにも駄目だな。お前はいつも冷静で助かる」


 そこでようやくアッドさんは小さな笑みを浮かべた。いくらか和らいだ雰囲気で、「キキ?」と首を傾げた使い魔の顎をくすぐる。正直私も助かった。()()()()()()()()()()()()()を報告する前に、危うく消されてしまうところだった。

 改めて全員でソファに座り直し、表情から少し力の抜けたアッドさんが口を開いた。


「唐突だがアオイ、魔物が人語を話せる理由を知っているか?」

「はい、ユーンくんから聞きました。人間に教えてもらったりして覚えるか、……人間を喰べてその言語能力を吸収するかだと」

「そうだ。ケルピーはもちろん後者、それもあそこまで流暢なら一体何人が被害に遭ったか知れない。当時はまだこの辺りの水も綺麗で、あちこちの水辺で奴が目撃されていた。ただ、足も速ければ頭も狡猾でな。人型にもなれるというから、騙される人間が後を絶たなかった」


 各地のギルドを通じて注意喚起をしたらしいが、閉鎖的な地方の村や転々とする旅人には上手く行き渡らず、被害者は増える一方だったそうだ。その後、急激に力をつけるケルピーは瞬く間に脅威となり、アッドさんが直々に討伐に乗り出したという。


「逃げる寸前、あと一欠片というところまで魔石を砕いた。紛れもなく瀕死だ。それに奴は引き際を心得ていた。今まで逃げおおせていたのは一箇所に留まらず、その土地に深入りしなかったからだ。だからこの周辺にも二度と近づかないだろうし、そもそもその前に力尽きて死ぬと思っていたんだ。……だが奴は生きていた」


 魔物は心臓たる魔石を砕かれると死に至る。ケルピーも決して例外ではなく、誰が見ても息絶える間際なのは明らかだった。しかしそこからどういう過程を経たのか、私が初めて見かけた時は悠々と尾をたなびかせ、神馬のような貫禄さえあった。


「魔石を砕かれた以上、生き残る手段はかなり限定的だ。生命力が尽きる前に魔力を補充して魔石を繋ぎ合わせるか、さもなくば魔石に代わる高エネルギーの何かを取り込むか」

『今回は前者か』

「おそらくな。魔石は僕がほぼ破壊した、そこで一度死にかけ、何らかの理由でかろうじて生き延びた。その後は手当たり次第に魔力を取り込んで、今は()()ぎの魔石で活動できる状態まで回復しているんだろう」

「魔石に代わる高エネルギーではなくて、魔石なのは確定なんでしょうか?」

「仮でもお前と契約に持ち込んだからな。契約者の魔力は欠けた魔石を補完する。そこから逆算すると、無意識下でもお前の魔力に飛びつかずにいられなかったくらい、奴の魔石がかなり危ない状態だったのは間違いない」


 ウォーター・リーパーを喰い尽くしたのもそのためらしい。同じ水属性で馴染みも良かっただろうけれど、それでも足りないくらい、魔石の(きず)は魔物にとって重いことなのだ。


「パラルフェルで出くわしたと聞いた時は驚いたが、奴はお前を襲わなかった。死に際で考えを改めたのかと思ったが、先程の報告を聞いて確信した。万全でない身でユーンを相手取るのが厳しかっただけだ。そう簡単に変わるわけがなかった。これからもきっとそうだろう」

「…………」

「いいか、ケルピーは極めてずる賢い。最低限の契約で自分の魔石は渡さず、お前の魔力で生命を維持しながら、少しずつ他から取り込んだ魔力を自分のものに変換して魔石を修復する。やがて魔石に溜まった魔力がお前のものを上回れば契約は破棄、晴れて自由の身というのが奴の筋書きだろう」


 アッドさんの言葉に、サイクロプスの魔石を誰よりも狙っていたケルピーを思い出す。元の身体に戻るために、彼は一体いくつ飲み込み続けなければならないのだろう。漠然と、それが途方もない時間であることだけはわかった。


「だから僕はお前達の仮契約に頷けない。確かに契約者は害さないかもしれないが、従う意志が希薄なのもまた事実だ。それこそ契約がなくなった途端、リンテスの行方不明者のように──」

「いえ、あれはサイクロプスによるものでした。お腹の中に服の切れ端が残っていて。犯人はケルピーじゃなかったんです」

「なるほど。だが奴の習性が消えたわけじゃない」

「もちろんケルピーが人喰いだというのはわかっています。でも私、ここに戻る前に彼と約束したんです。条件を守れば仮契約は維持する、破ればすぐに私の魔力を回収すると」

「条件?」

「『契約の間は人を喰わず、裏山の水質汚染の原因へ案内すること』」


 ピク、と黒手袋の先端が動いた。正念場だ。私も短く息を吸って背筋を伸ばす。


「アッドさんに負けてから、ケルピーはずっと裏山に潜んでいたそうなんです。弱っていたので汚染の原因には近寄らなかったみたいですが、その場所や裏道は知っていると言ってました」

「……それが嘘の可能性は」

「なきにしもあらず、ですけど……たぶん、本当のことだと思います。今私の魔力がなくなるのはかなりまずいことみたいなので。それに、従う・従わないについても特には。お互いに条件さえ守ればそれでいいと思っています」


 例えばケルピーが嘘をついて騙し、私が窮地に陥るとする。そのせいで提供している魔力が途絶えた場合、彼の魔石も粉々に逆戻り、今度こそ黄泉路へ一直線だ。それに山入りは間もなく。魔石を元通りに修復できる時間もない。

 こちらもまた、裏山を案内できるほど知り尽くしている頭の中が欲しい。必ず、何度も中断させられているという調査隊の役に立ってくれるはずだ。

 私達は各々が利用し合う関係──つまり一蓮托生となったのである。


「……なかなかどうして、赴任したばかりの頃より(したた)かになったな」


 ふう、と息を吐いたアッドさんが背もたれに深く沈んだ。唇が面白そうに弧を描いている。


「責任感の強さがいい傾向に働いている」

「ありがとうございます。私にとって一番大事なのは浄化師の仕事を全うすることなので」

「ああ、とても頼もしいさ。──ならばこの件はお前に預けよう。ただし、ケルピーが手に負えなくなればすぐに然るべき処置を取る。その際奴の言い訳は聞かん、いいな?」

「わかりました」

「それと……よく無事に帰ってきた。これ以上ない吉報だ」

「っはい!」


 緊張の波が引いていく。よかった、わかってもらえた。とても部下想いのアッドさんだから、ケルピーに対する敵意が並々ならぬものだとは覚悟していたが、同時に彼は非常に思慮深く寛容でもある。こうして私の自由にさせてくれるところは本当にありがたかった。


『話はついたようだ』

「すまない、大分引き留めた。次の依頼だな」


 気づけば、窓の向こうに一羽の鷹が留まっていた。アッドさんが窓を開けると、室内をさっと見回してから、大きな翼を広げてオルゼスタさんの腕に着地する。

 立派な尾羽だ。嘴も太く、つやつやしている。猛禽類にこれほど近づいたことがなかったので、少々腰が引けながらも、思わずまじまじと見つめてしまう。


「オルゼスタの専属伝令だ。上級のギルド員になると機密依頼も多くなるから、一人に付き一羽つけられている」

「さすがAAA級……!」


 括りつけられていた手紙を読み終え、オルゼスタさんは腕を窓の外へ突き出す。バサバサと音を立てて飛んでいった鷹はすぐに見えなくなった。


「久しぶりに夕食でもと思ったんだが、難しそうだな」

『ああ、悪いが夜には()つ。少し面倒なことになっているらしい。彼女の試験結果の詳細は後で送る』

「それは構わない。ある程度予想できているからな」

『だろうな。君が目をかけている理由がわかる』


 顔が熱くなった。以前「仕事振りに期待している」とは言われたが、第三者から見てもそう感じるほどだったとは。恥じない仕事をしなくては、と噴き出す汗を拭う。

 ふと、アッドさんに挨拶を終えたオルゼスタさんが振り返る。


『試験は合格だ、見事だった。鍛錬を積めばC級、それ以上にもきっと通じるから自信を持って臨んでほしい。それに君の誠実さは必ず周囲の協力を引き寄せるだろう』

「ありがとうございます! 重ね重ね大変お世話になりました! ……それであの、諸々の御礼がまだでしたので、何かお役に立てることがあれば──」

『いや、試験官として当然のことだ。難しいかもしれないが気にしないでほしい』

「そ、うですか……あの、オルゼスタさんは命の恩人で、私にとっては神様のような存在というか……ご迷惑じゃなければ、と思ったのですが……」


 一度ならず二度までも、特に二度目は間一髪のところだった。オルゼスタさんが助けてくれなければ、私はここにいなかったかもしれない。でも本人も言葉通りのようで、無理して捻り出してもらうのも何だか違う気がする。そもそも彼はギルド最上位、今更手に入らないものなどないだろう。一体どうしたものか。

 あーでもないこーでもないと首を捻っていると、アッドさんがパチンと指を鳴らした。


「そういえば、前に効率の良い魔力回復方法を探していなかったか? ポーションでは腹に溜まり過ぎるとか何とか」


 オルゼスタさんの魔力には特殊な事情があるらしく、食事や休息等の一般的な肉体的回復に伴う魔力回復の仕方では追いつかないらしい。しかし依頼は待ってくれない。かといってサイクロプス戦のような放出をすると、補充にかなり時間がかかるという。その間ずっとポーションや睡眠を()りまくるわけにもいかず、しばしば困っているそうだ。


『それほど食べるわけじゃないから、その目的だと食事がつらくなる時がある。荷物になるからポーションもあまり持ち歩かないんだ』

「そうそう怪我しない上に、ただでさえポーションは苦いからな。甘党のお前には苦行だろう」

「甘いものがお好きなんですか?」

『気が休まるから』


 手帳に滲む文字にウッと胸が詰まった。あちこち飛ばされて、私では想像もつかないような相手と対峙して、限界まで張り詰めても尚、安らげるどころか苦痛に耐えなければならないなんて。寒空に一人、眉をしかめてポーションを持て余すオルゼスタさんが脳裏に浮かんできて、切なくなってしまった。こんなに優しくて強い人が報われないなんてあんまりだ。


「……探します! 魔力の回復に特化した素材とか、何かないか! 私の里にも聞いてみます!」

『偶然見つけたらでいい。君の仕事を邪魔したいわけじゃない』

「はい! 並行で探します!」

「存分に期待していいぞ、オルゼスタ。アオイはやると決めたらやり遂げるからな」

『君の圧力が強過ぎるせいじゃないか?』

「まさか! ……うん、いや、まあ、少しは期待値が高いかもしれないがな? いい部下を持って幸せ者なんだ、僕は」

『程々にしてやってくれ』


 相変わらずアッドさんはドストレートだ。年長者の功か、いつも大胆に褒めてくれるので面映ゆい。

 気を抜けば垂れ下がりそうな頬を何とか取り繕っていると、目の前にオルゼスタさんの手帳が差し出された。


『今更だが、あまり初対面の感じがしないな。君とは前にどこかで会っている気がする』

「やっ、やっぱりそう思われますか! 実は私も同じことを思っムゴォ!」

「あーこらこら、部下を口説くのはやめてくれ。お前達は紛れもなく初対面だ、初対面」

「えええそうですかムガッ、二人ともってことはンググ、偶然じゃなモゴーッ!」


 私の口が開く度にアッドさんの手が覆い被さってくる。何が楽しいのか、新しいオモチャを手に入れた子供みたいだ。そんな彼を眺めるオルゼスタさんの眼差しは至極穏やかだった。

 ──頑張ろう。この偉大な人が深く息を吐けるように、少しでも心が温かくなるように。今度は髪をもみくちゃにされながら、私は強く強く、彼のソーダライトの瞳に誓った。

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