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ファンデア・テイル  作者: 八架
一章
42/80

第42話 C級昇級試験:指定品を納品せよ④

「ひい、ふう、みい……あへへえ、いっぱいいるなあ~~~うんまそうだなあ~~~」


 単眼がギョロギョロと忙しなく動き回る。鋭く尖った耳まで吊り上がる、下顎の突き出た半笑いの口元から滝のように唾液が落ちた。その水滴ですら、着地の衝撃で地面を(えぐ)る。

 背筋がぞっとした。まともに当たれば骨が砕けるに違いない。


「サイクロプスだ。火山や山岳地帯に生息しているはずだが、こんなものまでこの辺りで見かけるとはな……」

「たぶん強い、よね……?」

『ギルドではBB級、個体によってはA級とされている。引き下がるのなら無暗に討伐する必要はないかもしれないが』


 宙に浮いたオルゼスタさんの手帳に文字が刻まれていく。まるで見えない誰かが背後から支え、透明な羽ペンで書いたように、彼の発言したい内容がひとりでに記されていく様は何度見ても不思議だった。何かしらの魔術が働いているのだろうか。

 ちらと目をやり、オルゼスタさんが大剣を軽く振る。刹那、空気を削ぐような音と共に、サイクロプスのすぐ脇の大木が真っ二つになった。斬撃を飛ばしたのだろうか。生憎(あいにく)と、私の眼では何も捉えることができなかった。

 巨人も驚いたのか、張り出した腹部を豪快に掻きながら、破壊された木をしげしげと見つめる。


「おお~~~なんだよお、じいっとしてろよお~~~! いきてるほうがはごたえがいいんだからよお~~~!」


 頭上がふっと暗くなる。見上げれば、巨大な親指と人差し指が伸ばされているところだった。

 オルゼスタさんがもう一度腕を払う。途端に血飛沫が上がり、二本の指の先端が空を舞った。


「いっ、いっ、いっでえ~~~~~~!?」


 AAA級による二度目の威嚇であり最後の慈悲。さあ、どう出るか。地団駄する巨人の動向を、この場の全員が睨むように観察する。

 しかし──。


「……やるう、くってやるう、くってやるうっ! おとこはぺちゃんこ、おんなはおどりぐいだあ~~~っ!」


 轟いたのは、こびりついた泥のような執念の滲む咆哮。ユーンくんが舌を打ち、すぐさまゴーレムを創り出す。


「アオ、隠れてろ!」


 私を抱え上げたゴーレムが森の奥へ走る。その後を小鳥達が追いかけてきた。安全なミネフに帰るよう言付けたものの、彼らは頑として首を縦に振らなかった。

 駆け抜ける木々の間から、大剣を振りかざすオルゼスタさんの背が覗く。分厚い刃が太陽を照り返しながらサイクロプスの足首に食い込むところだった。


「おおおっ!?」


 振り抜かれた剣は微塵(みじん)(よど)みもなく、左足をいとも簡単に()いだ。バランスを崩したサイクロプスが右膝をつく。すかさず返す刀がそこを両断。早々に下肢を失った巨人は、()しくもアクリス同様、地響きを立てながら漫然とその場に寝転がるのみとなった。

 されど猛攻は途切れない。仰向けになったサイクロプスに三度切っ先が襲いかかる。交差した巨腕が咄嗟にガードしたものの、オルゼスタさんの一撃はそれすら斬り裂いた。大量の血が噴水のように吹き上がる。

 こうなればもう脅威ではないだろう。無駄のない動作、素早い判断力、それらを実現させる高次元の身体能力。尊敬を通り越して畏怖すら抱いた。これがギルド最高位か。

 肘から下が消えた腕がだらりと投げ出される。最早己を守る術のない、無防備なばかりの巨体は、また板の上の鯉と同義だった。


「いっ、いっ、いやだあ~~~おんなだけでもくうんだあ~~~っ!!」


 単眼が泣き出すようにひしゃげた。鼻の穴をひくひくさせ、サイクロプスは(わめ)いて唾を撒き散らす。


「ブバァッ」


 その口から何かが飛び出した。空中で反転したオルゼスタさんがすれ違いざまにそれを弾く。

 放物線を描きながら落ちてきたのは、すわ隕石かと見紛うほどに巨大な歯だった。


「ピィィイイッ」

「ピピッ、ピー!」


 大砲のような音がして、次々に歯が発射される。ユーンくんが植物で広範囲に網のようなものを広げてくれたが、あまりの威力のためか、受け止めた瞬間から千切れてしまう。おまけに非常に硬い。続いて生えた石壁を貫通し、ゴーレムすらもあっけなく粉砕され、私は放り出されてしまった。

 小鳥達が叫んでいる。私の髪や服を懸命に引っ張って、「立て」「逃げろ」と示してくれる。その全てをせせら笑うような巨影が視界を覆い尽くした。


「────っ!」


 考えるよりも先に手が伸びた。小鳥達を引っ掴み、服に仕舞い込んでギュッと身を固くする。ユーンくんの声がどこか遠くで聞こえた。

 コンマ一秒後、雷鳴のような爆音が鼓膜をつんざいた。



       ◆ ◆ ◆



「────……、…………?」


 蓋をしたように耳が(こも)っている。断続的な軽い眩暈(めまい)はあるが、痛みはどこにもない。

 どうにか顔を上げると、私の周囲には人間の頭部程の大きさにまで割れた、サイクロプスの歯が大量に散らばっていた。


「くっそ、完全に魔力切れた」


 麻痺しかけの耳朶が澄んだ声を拾った。ざり、と砂を踏む気配が傍で止まる。反射的に見上げれば、逆光に一つの影が(たたず)んでいた。


「!?」


 驚愕に言葉が出なかった。何を隠そう、その青年は全裸だったのだ。病的なまでに白く、しかし若々しい肢体を惜しげもなく晒し、堂々と仁王立ちしている。

 長めのアイアンブルーの髪の隙間から、ムーンストーンの瞳が(にら)むように光った。


「おい、魔力」

「~~~っ」

「寄越せって。聞いてる?」


 眼前でヤンキー座りされる。当然丸裸なのでどこもかしこも開けっ広げだ。また眩暈がしたような気がして、そろそろと目線を逸らすと、容赦なく耳を摘まれた。


「い゛っ!?」

(これ)は飾りかよ? ……いてっ!」


 全裸の人が弾かれたように手を引っ込めた。どうやら小鳥達が突いたらしい。助かったけれど、目の前でみるみる吊り上がる目つきが恐ろしくて、羽をバタバタさせる彼らを慌てて引き寄せた。中性的な顔立ち故か非常に凄みがある。

 そこで記憶が想起される。水のように滑らかな声音、夜を思わせる髪の色、身体中にうっすらとある縛られていたような摩擦跡。


「もしかして、……ケルピー?」

「おそ。で? 魔力は」

「え、あ、魔力は……ごめんなさい、もうほとんど……」

「フーン。じゃあ文句言うなよ」


 なぜか人間の姿になっているケルピーの、冷たい親指が私の頬骨に触れた。ビリッとした痛みに肩が跳ねる。いつの間にか怪我をしていたらしいそこに、あろうことかグッと爪を立てられた。


「いだだだだッ!? えっ!? 痛い、血が! 血が出ちゃう!」

「出してるんだようるさいな。文句あるなら魔力用意しとけよ」


 再び沸き立つ小鳥達を面倒そうに払い除けながら、ケルピーは私の血がついた親指をぺろりと舐めた。なるほど、魔力適正のある人は体液も魔力の代わりになるのか。確かに魔力持ちは体内に魔力を貯蔵する経路があるし、そういう効果があってもおかしくないだろう。そう納得することはできても、衝撃的な体験には変わりない。何か大切なものを()くした気分だった。

 立ち上がったケルピーが呆然とする私に吐き捨てる。


「アンタが狙われてるってだけでこっちは腹が立つんだよ。心底鬱陶しいことに」

「わ、私……? なんで、」

「とぼけるなよ、完全じゃなくても契約だからだろ。魔石だけじゃ飽き足らず中身まで支配したがるなんて、お前らの強欲もここまでいくと清々しいな」


 心臓に刃物を突き立てられた気がした。まるで呪いだと思ったからだ。

 あの時、ケルピーは契約させられたことをとても嫌がっていた。なのに先程は、私にぶつかりそうになったサイクロプスの歯を破壊してくれた。そして今もまた、枯渇した魔力を補充してまで敵に立ち向かおうとしている。それらは全部、契約者の私を守るための行動だ。例え本人が望んでいなかったとしても。

 つまり、契約者の魔力は従属する者の意思をも塗り替え、場合によっては強制的に使役させることができる。今までは互いの合意があったから表面化しなかったものの、魔的存在と交わす主従契約とは、本来それほど恐ろしいものだったのだ。

 だからケルピーはあんなに怒っていた。子供の癇癪(かんしゃく)みたいだなんて、どうして軽く考えていたのだろう。下手をすれば一生を左右されかねない、彼にも私にも極めて重大なことだったのに。


『これを』


 着地音にハッとする。降り注ぐ歯を掻い潜ったオルゼスタさんが、自身の外套(がいとう)をケルピーに差し出していた。


「なにこれ」

『今はそれで間に合わせてほしい。局部は隠すべきだ』

「なんて? 文字なんか読めないんだけど」

「いいからとにかく羽織っておけってことだ。前もちゃんと閉じてくれ。……アオ、大丈夫か?」

「あ、うん……」


 ユーンくんに指示されたゴーレムが起こしてくれる。これも無意識下での強制だったとしたら。内心は彼の意図しない、したくない行為だとしたら。

 ──いやだめだ、一旦切り替えろ。ただでさえ足手纏いなのに戦闘中にぼうっとすべきじゃない。


「まだワーワー騒いでるな……歯を全部撃ち出したらどうなる?」

『また生えてくるだろう。既に腕と足は再生しつつある』

「地面から土地の魔力を吸い上げてるのか。こういう時、地属性は厄介だな」

地属性(アンタ)じゃ相性悪いよ。後手に回ってるところを見ると、更地になるのは困るんだろ?」

「もちろん。森も湖も近くの村の生命線だ。俺は奴のようにこの地の魔力を使うわけにはいかないし、被害もできるだけ少ない方がいい」

「ならそっちだ。その身体、何か仕組みがあるんだろ」


 水を向けられたオルゼスタさんが(わず)かに目を(みは)った。こちらは何が何だかわからないが、ケルピーどころかユーンくんまでも既知の様子だ。


「あのデカブツの胸から腹にかけては特に皮膚が硬い。奥に魔石があるから、多少手足の守りを薄くしてでも頑丈にしてる。腕力だけじゃ完全には斬れないはずだ」

『さすがに別の付加が必要か。了解した、少し準備に時間をもらいたい』

「わかった。ケルピー、一緒に足止めを頼めるか」

「はあ?」


 ケルピーが片眉を器用に上げ、小馬鹿にしたように微笑む。


「アンタらが()()足止めだろ。──あの魔石は俺がもらう」


 外套が勢いよく脱ぎ捨てられる。その下から現れた魔物姿のケルピーが、高らかに(ひづめ)を鳴らして地を蹴った。普通の馬を何倍も上回る機動力で瞬く間に距離を詰めていく。


「あ、おいっ! って、君もか! ああもうっ!」


 横ではオルゼスタさんの全身が淡く発光している。各々が好きに仕掛け始め、間に挟まれたユーンくんは髪を掻き(むし)りつつ、歯の迎撃態勢に入った。

 ケルピーの水の刃とユーンくんの岩槍が、引っこ抜いて投げられる歯や大木の軌道を逸らす。空いた隙を縫ってすかさず攻撃が繰り出されるが、サイクロプスの怪腕に叩き潰された。足の速いケルピーの魔術は時折それを切り抜けるものの、やはり腹部に弾き飛ばされてしまう。

 苛立ちの(いなな)きに共感しつつ、小鳥達共々、頼みの綱であるオルゼスタさんに祈りを込める。


「ピィ?」

「うん……不思議だね」


 彼の鎧の合間の肌や顔には、文字のようであり記号のようでもある紋様が無数に浮かび上がり、かすかに青い光を放っていた。正体は水属性の魔力だろう。しかし、魔力を蓄える器官──魔力経路から生み出されたものというよりは、その紋様自体から発せられているようが気がした。個々の独立した魔力の塊が集まってオルゼスタさんを覆っているような、そんな違和感を感じたのである。

 やがて光は手にした大剣をも包んでいく。自身の一部みたいに同じ青を纏うや否や、オルゼスタさんは輝く得物を頭上に掲げた。


「────!」


 先の違和感はすぐに塗り潰された。そんなことどうでもよくなるくらい、ただただ圧倒的だった。

 たった一度振り下ろされた斬撃は、空を切り裂くように巨大で、私にも感じ取れるほどのとてつもない魔力が凝縮されていた。ぶつかればきっと呑み込まれる、己の矮小な魔力では太刀打ちできまい──本能がそう警鐘を鳴らすけれど、同時に凄絶なまでに研ぎ澄まされた一撃に魅入られて動けない。

 おそらくサイクロプスも同様のものを感じたのだろう。大地を喰い荒らしながらケルピーを追い抜き、青い粒子を撒き散らして迫る斬撃を、瞠目(どうもく)したまま真正面から受け止めたのだから。


「ごっ」


 巨躯が、割れた。最初に裂けた木のように、文字通り真っ二つに。分厚い脂肪も硬い皮膚も笑止とばかりにあっさり断ち割って、斬撃はサイクロプスの肉体を一瞬で大破させた。

 バケツをひっくり返したような血の洪水の中、転がり出た煌めきが一つ。


「いただきっ」


 駿馬が颯爽とかっさらい、躊躇(ちゅうちょ)なく咀嚼されたサイクロプスの魔石は腹の中。私からすればほとんど漁夫の利みたいなものだが、ケルピーは気にした風もなく長い舌で口を拭い、満足そうにオルゼスタさんを見やった。


「人間のくせにやるじゃん。どうせならアンタと契約した方がマシだったな。同じ水属性だし」

『自分の魔力は人工の付け焼き刃だ。希望には沿えない』

「さっきから何で黙ってんの? 喋れない? へえ、うるさくなくていいな」


 オルゼスタさんの実力に改めて興味を惹かれたのか、にわかに声の明るくなったケルピーだが、その瞳は決して緩んではいない。視線だけは(かたく)なに私に向けられ、射殺すように底光りしていた。

 大敵は打ち倒されたというのに冷や汗が止まらない。卓越した人語の理由、実力不足の主、不本意な契約状況。どこか斜に構えたこの魔物は、私にとってサイクロプスよりもずっと手強い相手なのかもしれない、と。

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