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ファンデア・テイル  作者: 八架
一章
4/80

第4話 はじめてのおつかい①

「おーいアオ~起きてくれ~」

「……ふごっ」

「っはははは! 鼻鳴ってるじゃないか! あっははははは!」


 よっぽど酷い寝言だったらしい。爆笑しながら転げ回るユーンくんを隅に寄せ、恥ずかしくなりつつ窓の外を見れば、太陽が燦々と輝いていた。

 まだカーテンがないので直射日光が眩しい。日焼けしてしまったら魔術で何とかなるだろうか。


「うーん、早いとこカーテン買わないと外から丸見えだね」

「そうだなあ。仕事の前にまず生活基盤を整えないと、最悪本末転倒になっちまう。今日町に行くか?」

「うん、どこに何があるか早く覚えたいし行ってみよう」


 昨夜の歓迎会で大体の町の施設を教えてもらったのだ。まだその全てを巡ったわけではないので、挨拶がてら散歩するのもいいかもしれない。

 一階に下りて顔を洗い、台所に入る。家の改修作業で余った木材を置いて帰ってもらっていたので、それに火属性の魔術で火をつけ、鍋に水を注いでいたらふと気づいた。

 そういえば食器もほとんどない。鍋だって荷物の隙間にようやく押し込めた、ごく小さなこれ一つきりだ。最低でも料理用にもう一つは欲しい。


「だめだ、ないもの多過ぎて買いそびれそう」

「ん、書くから言ってくれ」

「了解!」


 カーテン、布巾、鍋、フライパン、あればヤカン、包丁等の調理器具一式、食器、エトセトラ。ユーンくんが魔術で羽ペンを動かし、羊皮紙の切れ端に書き連ねてくれる。

 考えれば考えるほど冷や汗が流れる。張り切って仕事道具ばかり詰め込んできたのが仇になった。ニエマ氏には絶対に怒られそうなので黙っておくことにする。


「あああすっかり忘れてた……今日で揃えばいいけど……」

「つい最近までバタバタしてたんだ、仕方ないさ。そう焦るなよ。ほら、朝飯にしようぜ」

「ハイ……」


 ミニマムな掌がぺたりと頬に貼りつく。この世界に迷い込んでからというもの、焦燥に駆られる度に彼のこういうところに助けられてきた。見た目は子供みたいなユーンくんだけれど、時折何千年も生きた仙人みたいな落ち着きを感じさせる不思議な存在だ。

 気を取り直して、備え付けのテーブル(なんとこれも三兄弟作!)の上の布袋を開ける。「朝食用に」と歓迎会の帰りにジゼルさんからもらったその中身は、彼女お手製のパンだ。

 ちょうどお湯も沸いたので、ユーンくんと私のククサを鍋に突っ込む。ヤカンもなければお玉もないので直掬い。そこに、里では主に野外調査のお供で飲む乾燥茶葉を入れて席に着く。


「いただきまーす!」


 木製の皿がかろうじて二人分あったのでパンを盛る。もっちりとしたシンプルなプレーンベーグル、クルミとレーズンの山型食パン、チーズ&オニオンブレッド。どれも二つずつあって、ジゼルさんの気遣いに心が温かくなった。


「うわーやばい! ベーグルすごいもちもち!」

「俺はこれが好きだなあ。レーズンが酒に漬けてあって美味い」

「ねえユーンくん、私いいこと思いついた……これ温めたらチーズ溶けてさらにおいしいんじゃ……?」

「えっ、君天才じゃないか……後でニエマに報告しといてやるな……」

「ギャーッ! 美味しい!」

「うまい! うまい!」


 普通の生活すらままならない絶望に射した一筋の光明。美味しい食事は幸せと安らぎを与えると同時に、これを失ってはならないことを強く教えてくれた。

 というわけで無事満腹になった私達は、腹ごなしに早速町へと繰り出したのだった。



       ◆ ◆ ◆



「あれ、アオイちゃんじゃない。お出かけ?」

「あ、スタイラーさんこんにちは。ちょっと生活用品を買いに来ました」


 エカくんをひと撫でさせてもらってから西門を潜り、路地を通って教会脇に出た時だった。

 振り返れば、教会前の長椅子にだらんと腰掛けた壮年の男性。いや、もうほぼのけ反っている。一応教本らしきものは持っているが、しっかり手で押さえて閉じているところを見るに、ポーズなのが丸わかりである。

 彼はスタイラーさん、教会地下にある墓地の管理人だ。たまにクアリックさんの補佐という名の雑用をしているらしい。


「あっそうかあ、越してきたばっかりだもんねぇ。何が欲しいの?」

「これです。できれば今日一日で揃えられるとありがたいんですが……」


 ユーンくんがペロンと買うものリストを晒す。スタイラーさんは顎髭を撫でながら、眠たげな眼で羊皮紙を覗き込んだ。


「なるほどね……布系は全部雑貨屋にあるよ。食器も木製でいいならそこで揃うし。鍋とか調理器具はねぇ、鍛冶屋に行くといいと思うよ。店主が凄腕でね、なければ希望通りのもの作ってもらえんの。雑貨屋はギルドの向かい、鍛冶屋は東門の手前にあるから」

「雑貨屋と鍛冶屋ですね! ありがとうございます!」

「いいっていいって、こちらこそお節介したね。んじゃオレ日光浴に戻るからまたね~」


 とうとう本来の目的(サボリ)を隠しもせず、スタイラーさんは再び長椅子に座り込んだ。膝に頬杖をついて光合成する姿はまさに猫のよう。たぶん、真っ暗な地下に篭っているのは私が想像するよりずっと大変なのだろう。たぶん。


「さて。まずは雑貨屋の方から行こう」


 目的地は広場の北東、教会のはす向かいだ。中央の停止した噴水を横切り、足早に向かう。

 途中ちらりと窺えば、噴水全体が乾いて白い粉を吹いていた。モンテスさん曰く、今はこちらに水を回す余裕がないそうだ。環境汚染でいつからか生活用水を確保するのに精一杯になり、こうしたことは後回しにされつつあるという。


「要報告、だな」


 ユーンくんの呟きに頷く。浄化師は調査対象の問題点を洗い、定期的に浄化の経過と結果を報告する義務があるのだ。噴水を例に挙げると、水質や水量の再生についての原因を特定し、回復させて景観の復活に努めなければならない。

 こうした問題は水だけに止まらない。土地が荒れれば土壌も痩せ衰え、そのせいで作物が上手く育たず、ひいては食糧事情の低迷にも繋がる。その上魔物まで増えているとなれば未来に希望が持てなくなってしまう。


「……せっかく立派な噴水なのに人が集まらないのは寂しいね」

「魔術で一時ばかりどうにかしたってタカが知れてるしな」

「うん……水でも何でも、余裕のある量が日常的にないと難し──」

「こんにちは!」


 そこで不意に呼びかけられた。立ち止まって辺りを見回すと、背後から回り込んできた小さな人影がにこっと笑う。

 昨日、門の前で出迎えてくれた幼い女の子。ジゼルさんの娘さんで、食堂『花々(かか)』の看板娘・エルサちゃんである。


「よっ、エルサ」

「こんにちは。昨日はありがとう。パン、すごく美味しかったよ」

「ほんとうっ? あのねえ、エルサもおてつだいしたんだよ! タマネギはさんで、チーズのせたの!」

「そうなんだ、通りで上手だと思った! エルサちゃんすごいねえ」

「将来有望だな」

「えへえ、えへへぇ」


 エルサちゃんは口元をもごもごさせ、柔らかそうな髪と持っていた革のポーチを振り回す。照れくささを持て余す仕草が微笑ましかった。

 不作の影響で材料も以前と同じレベルではないはずなのに、あれだけ美味しいものを作れるのはすごいことだ。ジゼルさん達の腕と努力が垣間見える。


「おねいちゃんとユーンくん、おさんぽ?」

「私達ね、雑貨屋さんに行くところなんだ。引っ越してきたばっかりだからカーテンとか布巾とかがなくて、買いに行きたいの」

「ざっかやさん? エルサもいくよ! きのね、おつつみかうの!」


 「きのおつつみ」とは包装材のことである。ここでは紙のように薄く削った木板が使われていて、特にテイクアウトメニューのある食堂は消費が多いらしい。


「じゃあ一緒だね。私達初めて行くの、よかったら案内してもらえるかな?」

「いいよー!」


 差し出された手を繋ぐ。ふにふにした彼女の掌はほんのり湿っていて、私は少しだけ家族の温もりを思い出した。

閲覧ありがとうございます!

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