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ファンデア・テイル  作者: 八架
一章
39/80

第39話 C級昇級試験:指定品を納品せよ①

「納品?」

「そうだ。ルルベド平原のアクリスを討伐し、その魔石を八つ持って帰ってくること。それがお前達の昇級試験だ」


 広げた地図にアッドさんが赤く印をつけてくれる。ミネフから少し離れたところにある、街道沿いのリンテスという村の先、草地と森林が入り混じった緑の大地が今回の目的地だ。


「アクリスって確か、鹿の魔物でしたよね」

「ああ。それほど攻撃的ではないが、なんせこの辺りは数が多くてな。ただでさえ食害が凄まじいところに魔物の繁殖力だ、放っておくとどんどん増える」


 こめかみを揉むアッドさんの横で資料を(めく)る。

 アクリスの見た目はヘラジカに似た魔物だ。草食で、魔獣車として使役できるくらい大人しいのだが、鹿の習性故に柔らかい草や樹皮を片っ端から食い漁る。そのせいで草木は育たず、結果、土壌の流出等森林の有する本来の効果が失われてしまうのだ。被害は毎度深刻で、リンテスからも頻繁に駆除依頼が来るらしい。


「アクリスの魔石八つですね、わかりました。それとアッドさん、別件で少し質問が、……あ」

「来たか」


 ギルドの扉が開く。決して大きくはないのに、その音は一際響いた。重そうなブーツの底が床を打ち、私達の前に一人の人物が姿を現す。


「オルゼスタ、今日はよろしく頼む。アオイ、奴が今回の試験官だ」


 私を家に送り届けてくれた、例の『青の人』。アッドさんに聞く前に会えてしまったが、まさか試験官だったなんて。レグさんに突き出された羊皮紙に書かれていたのはこのことだったのだろう。

 改めて目にすると、空というより湖の底のような青い髪だった。外套で口元を隠しているせいか、どこか神秘的な雰囲気を纏っているのに、眼差しは水面のように穏やかだ。背負った大剣がなければ聖職者や書記官といわれても納得しただろう。


「アオイと申します、こちらは私の契約妖精のユーンです。本日はよろしくお願いします。……あの、先日はありがとうございました。初対面にも関わらず、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」


 頭を下げれば、ふるふると首が振られる。武装した見た目に反して幼子のような仕草がアンバランスで、背丈は大人の男性なのに何というか──そう、可愛らしい。


「なんだ、もう顔合わせ済みか?」

「ちょっと色々ありまして……」


 訳を話すと、呆れた顔のアッドさんに「部屋で休んでいけばよかったのに」と旋毛(つむじ)をグリグリ押された。心遣いはありがたいが、私の心臓はあの執務室でグースカできるほど強くない。

 ふと、オルゼスタさんから見開きのページが差し出された。手帳の類だろうか、几帳面に角張った文字が三行並んでいる。


『自分は先に出る。視界に入らないところで()ている。気をつけて』

「……! ありがとうございます!」


 うん、と頷いて手帳が閉じられる。次いでアッドさんに目配せを一つしたオルゼスタさんは、長い外套を(ひるがえ)して去っていった。

 いい人だ。早いところ御礼をしたいが、賄賂(わいろ)を疑われかねないので試験の結果が出てからにしよう。


「すまない、さっき何か言いかけなかったか?」

「いえ、大丈夫です! 解決しました!」

「? そうか。ならオルゼスタも出発したことだし、お前達もそろそろ出るか?」

「はい、行きます。……怖気づかないうちに」

「そう言うな、適度な緊張感は大事だぞ。リンテスの近くにはガヌ・サーペントも出たからな。他にも住処を移してきた奴がいるかもしれない。ユーンがいるから大丈夫だとは思うが、お前達には魔物が欲しがる魔力があることを忘れないように」

「はい!」

「うん、良い返事だ。では僕はここで吉報を待つ。無事に帰ってこい」


 アッドさんの腕が伸びてくる。てっきりまた髪をぐしゃぐしゃにされるのかと思いきや、彼は真っ白な掌を私に向けた。呆気に取られ、ユーンくんに頬を突かれて我に返る。

 握り返した手がじんわりと同じ温度になる。いつもと違う激励が胸に沁みて、どこまでも頑張れそうな気がした。



       ◆ ◆ ◆



「ありがとうございましたー」

「駆除頼むぞー! 気をつけてなー! ルルフィン湖にはなるべく行くなよおー!」


 通りがかりに馬車で平原手前まで送ってくれた、リンテス在住のおじさんに手を振り返す。当初は村までだったのだが、アクリス討伐の旨を知ると、急遽距離を伸ばしてくれたのだ。とても助かったけれど、事実彼らはそれほど困っているのだろう。

 今のところアクリスは見当たらないので、背伸びして平原を見渡す。すると奥の方に林が見えた。樹皮が好物ならあそこにいるかもしれないと、地図を仕舞って歩き出す。


「ガヌ・サーペントがいて、アクリスもいっぱいで……あと湖も危険かもしれないなんて大変だね」

「リンテスはミネフほど整備されてないらしいからなあ。常駐の衛兵も置けないのかもしれないな。ま、とりあえず今日のところはアクリスに専念しようぜ。試験内容から逸れて不合格なんてことになったら目も当てられない」


 ユーンくんが溜息を吐く。彼の言う通りだ、私は最短でC級に昇格しなければならない。

 こうしている間にも、ミネフの裏山の脅威は刻々と増している。環境の変化が生態系に影響を及ぼし、それに伴って様々な問題が発生しているのだ。迫り来る魔物はもちろんのこと、この平原近くの湖でも、水を汲みに行ったきり帰ってこない人がいるという。馬車のおじさん曰く、最近は村の外を歩くのが怖くなるほどだそうだ。

 村としてヴェルナさんに護衛は依頼しているが、彼女はこの辺り一帯の町や村とも契約しているため、ほとんど手が空かない。なので余程手強い魔物以外は、今回のように単発的な依頼で間に合わせているらしい。


「そうだね。オルゼスタさんも待たせちゃうことになるし、なるべく早く終わらせて帰ろう」

「だな。……オルゼスタといえば、やっぱり今も懐かしいような感じがあるのか?」

「そう……だね。筆談も特に気にならなかったなあ。でもたぶん、私は本当に初対面なんだよね。昔の記憶がアレだからだけど、ユーンくんが知らないなら──」

「待った」


 小さな手が私の顔の前にかざされる。ユーンくんが顎で示した先には、颯爽と駆けていく一頭の四足獣がいた。


「アクリス!」

「林に向かってる。見立ては間違ってなかったな」

「うん、でも……」


 ギルドで書き写してきたメモを引っ張り出す。アクリスは後脚に関節がないためか、前脚が非常に太く発達している。故に不思議な走り方をするのだが──。


「……思ってた以上に足が速いね?」

「別に足止めできなくはないが、音で仲間に警戒されても厄介だな……よし、正攻法でやるか」


 距離を取りながらアクリスを追いかけると、予想通り木立の合間に飛び込んでいった。食事か休憩の時間なのだろう。となれば他のアクリスも集まっている可能性が高い。

 アクリスの捕獲方法は、準備さえ整えば案外首尾良くいく。関節がない後脚は曲げられず、一度地面に倒れてしまうと自力で起き上がることができなくなるため、その身体的特徴を最大限利用するのだ。

 まずはユーンくんに食害のあった木を切ってもらい、アクリスの身長と同じくらいの丸太を用意する。それを地面に軽く打ち込んで自立させ、後は先端に周囲から拝借した(つる)を結わえる。伸ばした蔓の端を持ち、茂み等に身を隠せば罠の出来上がり。身体のバランスが取りづらいアクリスは、眠る際も立木に腰をもたれさせるだけなので、この蔓を引っ張るだけで強制的に伏せさせることができるのである。

 この時注意しなければならないのは、なるべく魔力を使わないことと、一連の作業を風下で行うこと。魔力の残滓や人の気配が濃いと、警戒して近づいてこなくなる可能性があるためだ。


「八体分待つのは時間がかかるな。あいつらに手伝わせるか」

「あいつら?」

「いつもうちの畑から盗み食いしてる大悪党さ」


 にやりと片頬を上げるや否や、ユーンくんは傍の木を素早く昇っていった。そうして生い茂る葉に頭を突っ込んだかと思えば、ピイピイ暴れる何かにどっかり腰掛け、ふんぞり返りながら降りてくる。

 咄嗟に広げた手中に着地したのは、灰を被ったような一羽の小鳥だった。


「これが大悪党……?」

「毎朝ミネフの森でピーチクパーチクやってるのがいるだろう? あれがこいつらだ。微々たるもんだし今まで見逃してやってたが、ここらで多少は恩を返してもらってもいいかと思ってな」

「ピィ……」


 「捕まった……」とでも言いたげに羽を(しぼ)ませる小鳥。あまりにわかりやすいその表情にクスリとしてしまった。

 ユーンくんによると、この小鳥は花の蜜や果物が大好きで、当初からうちの畑でよく見かけていたらしい。ただ、鳥は食べた種をフンとして各地に撒いてくれるので、私の魔力が広がるならと放置していたそう。


「君のお仲間を呼んできてくれ。茂みに隠れて、アクリスが寄りかかって寝たらこの蔓を引っ張るんだ。上手くいったらもっと良い食事を用意してやる」

「うん、今度の畑はすごいものができたんだ。ごめんね、大変だけどお願いできるかな」

「……ピピッ!」


 小鳥は束の間思考するように沈黙した後、縮こまっていた首を勢いよく伸ばした。どうやら食欲には勝てなかったみたいだ。すぐさま飛び立った姿に呼応するように、木々からいくつもの(さえず)りが木霊してくる。


「数は十分だな。あとはアクリスの餌場の近くに設置するだけだ」

「一定の幅で伸びた『()み跡』が目印、だっけ」

「アクリスは上唇が大きいからな。後退して捲りながら草を食べるせいで、そういう土の道ができるんだ。日が暮れる前に探しに行こうぜ」

「了解!」


 信じて待ってくれているアッドさんに安心してもらうために、そして一刻も早い浄化のために。ゴーレムがなくたって何のその、気合を入れて丸太の罠を抱え上げ、私達は林の奥へ足を踏み入れた。

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