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ファンデア・テイル  作者: 八架
一章
38/80

第38話 恋と嵐

 翌日は早朝から大忙しだった。

 ドライアドに協力してもらい、徹夜して魔力を注ぎ回った畑は、ものの見事に成長しきっていた。既に成果を実感したタマネギを始め、キャベツ、ラディッシュ、アスパラガス、豆類等の春野菜に、イチゴやサクランボといった春の果物、そして色とりどりの花々。彼が来てからさらに一回り大きくなり、色艶も良くなったそれらをひたすら収穫した。

 だがしかし、何せ一度は崩壊しかけたところ。種類は膨大でも収穫量はそう多くない。一品種につき数個採れればマシといったところで、次回の種用や料理用を除くと、今回の総量は二つの木箱と大きなバスケット一つに収まった。

 これらをユーンくんのゴーレムに積み、向かったのは食材のプロがおわす場所──食堂『花々(かか)』。先日、私の失態で迷惑をかけてしまったため、お詫びも兼ねて献上したのである。

 ジゼルさんはしきりに私の体調を気にかけてくれ、またプレゼントした作物をたいそう喜んでくれた。その場でいくつか試食してもらったところ、生の野菜が苦手なエルサちゃんが嬉々として完食したことに驚き、すぐにでも店として仕入れたいと申し出てくれた。こちらはというと、魔力を含んだ品種と土壌を完成させるのが目的なので、副産物に対する金銭的なやり取りは遠慮したかったのだが──。


「あら、あなた達の苦労の上に胡坐(あぐら)をかくつもりはないわよ」


 年長者にそうウインクされては引き下がる他なかった。誠実というものが目に見えたとしたら、きっとこの町の形をしているのだろう。

 ほとんど手ぶらになった私達が次に訪れたのは、もう一人のプロが構える店だ。


「こんにちはー」

「アオちゃん。いらっしゃいませー」


 『ミヅカネ商会』に足を踏み入れると、商品を並べていたニキちゃんが手を振ってくれた。

 店内は普段より混雑していた。といっても、全員が熱心に棚を覗き込んでいるので、フェイが不在でもマイペースに品出しができるらしい。

 それにしてもやけに女の人が多い。女性向けのセールでもやっているのだろうか。


「何探してるの? 持ってくる?」

「あ、ううん。レグさんにちょっと相談があって。今日いるかな」

「うん、奥。()()()()()()()入っても大丈夫」


 一瞬、(わず)かに引っかかったものの、礼を述べて店の奥へ進む。長話をして彼女の仕事の邪魔はできない。

 会計カウンターの一部には出入口があり、店の裏へ通じる扉はその向こう側だ。おっかなびっくり厚い木の板を持ち上げ、カウンター内の黒いドアノブを押し下げる。初めて入る空間に少しドキドキした。

 バックヤードは少々暗く、ひんやりした空気に満ちていた。真っ直ぐ続く通路の両脇には、大小様々な箱や袋が所狭しと積み上げられている。ユーンくんは平然としているが、マートル・ビーとドライアドは興味津々で、通り過ぎる傍からスンスン匂いを嗅いでいた。

 突き当たりから蝋燭(ろうそく)の灯りが漏れている。首を伸ばして覗き込めば、大きなテーブルに何枚もの羊皮紙を広げ、長身を折り曲げて何かを書き込んでいるレグさんがいた。


「レグさん失礼します、アオイです」

「ん? うお、びっくりした。どうしたの?」

「お仕事中すみません。ちょっと相談させていただきたいことがありまして」

「お、りょーかい。ちょっと待ってね」


 軽やかな返事と共にパッと羽ペンが手放される。手早く羊皮紙をまとめながら、レグさんは薄く笑った。


「ここ、ニキが通した?」

「あ、はい。一応、あんまり見てはいないつもりです……」

「アハハ! 同業者じゃあるまいし、別に何見たって構わないよ。アオイちゃんは言い触らしたりしないでしょ。さて、とりあえずここは暗いから店に出よう」


 先導してくれる細身の長身に続く。その口調がいつも通りであることに内心安堵した。今日の機嫌は良いらしい。


「昨日、すみませんでした。ご迷惑おかけしました」

「ぜーんぜん。もう具合はいいの?」

「はい、おかげ様で」

「そっか、よかった。……昨日の人は知り合い?」


 肩が跳ねた。首だけ振り向いたレグさんが微笑む。


「ご丁寧に見せてくれたから身分はわかったけど、アオイちゃんの知ってる人じゃなかったらどうかと思って。まあでも、無事に家に帰れたんなら大丈夫か」

「……ありがとうございます」


 既視感のある初対面とは我ながら矛盾していて、ユーンくん達以外には打ち明けづらい。答えられなかった私に、レグさんはそれ以上言及しないでくれた。客商売の経験故か、他人の機微に聡いところがありがたかった。

 そんなことに気を取られていたからだろうか。売り場に戻り、明るさの対比にしばらく目をシパシパさせていた私は、視力が回復した瞬間にギクリと固まることになった。

 ──店内の女性が全員こちらを見ている。


「アオイちゃん、こっち」

「は、はい」


 これ幸いとばかりに彼女達に背を向けたが、異様な雰囲気に声が上擦ってしまった。その間にもひしひしと全身に突き刺さる視線。ドアの開閉音がしたから反応したのかと思ったのだけれど、それにしては目が離されない。

 まるで檻の中の動物になった気分だ。何というか、一挙手一投足を観察されている感じ。


「相談って?」

「あ、ええと……二点あって、まずは認可の件で──」


 いや、切り替えよう。忙しい中わざわざ時間を割いてもらっているのだから、手短にしなければ。

 カウンター脇のスペースに並んで立つ。なるべく顔を上げないようにして、ポーチから小瓶を取り出した。


「新しく抗痺薬を調合しました。追加で登録をお願いしたいんですが、まだ間に合いますか?」

「全然大丈夫だよ。にしても、随分ペース早いね。ある程度試験も済ませてるし……よっぽど密な協力者がいるとか?」

「ハハハ……まあそんなところです……」


 いつ決裂するかわからない関係ですけどね、と口角が引き()る。私の怪我を心配してくれた彼に、馬鹿正直に協力者(ヴェルナさん)のことを伝えるのは(はばか)られた。

 ちなみに認可とは、商業ギルドによる登録商品の承認のことを指す。例えばポーションなら本当に回復効果が見込めるのか、つまり商品として成り立っているのかを検査してもらい、お墨付きをいただく。そうすることで、冒険者ギルド等の公的な機関で商品を取り扱ってもらえるのだ(個人間のやり取り等、売買自体は認可なしでも可能だが、万が一の時に効かなければお陀仏な職業の人には認可済みの方が重宝されるので)。私は浄化師見習いとして商品への信頼、ひいては町の財源を確保すべく、この認可を取得することにしたのである。

 このことを勧めてくれたのはレグさんだ。勝手知ったる彼の厚意に甘え、商業ギルドへの手続きを一任させてもらっている。


「あともう一点はうちの畑のことです。今朝、種から魔力を含んだものが収穫できたので、どんな感じか試していただけたらと思って」

「え、もう? 一回ダメになっちゃったのにすごい早くない? うわ真っ赤、しかもデカいし! 超美味そう!」


 熟れたイチゴを一粒取り上げ、照明にかざすレグさんの瞳は子供みたいにキラキラしていた。常になく弾んだ声音が嬉しい。

 律儀に「食べていい?」と聞かれたので袋ごと差し出す。長く骨ばった指が(へた)を摘み、宝石のような赤色が一口で吸い込まれていった。


「────うっっっっっま!!」


 瞬間、店中に響き渡る大音量。間髪入れず、横で作業していたニキちゃんが鋭く肘打ちした。


「店長静かにして。ていうかわたしが仕事中なのわかってて食べないで」

「あ、ごめーん! アオイちゃん、『わざわざ』『俺に』持ってきてくれたからさ~? ま、少しだけ残しといてあげるから後で食べなよ。『後で』ね」

「うるさい黙れ」


 歯噛みするニキちゃんは凄まじい顔をしていた。彼女の大部分を占める食事、それが目の前でお預けされ、おまけにわざとらしく煽られているのだ。狂人ゲージがみるみる溜まっていくのが傍目にもわかった。

 ユーンくんですら若干引き気味なのに、レグさんはどこ吹く風でイチゴをもう一つ拾い上げる。


「あーん」

「えっ」

「口開けて」

「あ、いや、私は家にあるので──」

「ほら落ちちゃうよ」


 唇の境目に冷たい塊が押しつけられる。有無を言わさず前歯の表面にまで食い込んできたそれを、反射的にぱくりと咥えてしまった。ますますニキちゃんの表情が険しくなる。いや、だって、と咄嗟に首を振った。私の唾液がついたものなんか私以外に処理できるわけがない。これは不可抗力とみていただけませんか!


「いやーほんと美味いね。見た目もいいし魔力も回復するし」

「ニキちゃんがドライアドを連れてきてくれたからです。私と契約してくれて、こんなにすごいものも作れて……ニキちゃんのおかげだよ。ありがとうね」

「ううん。でも、わたしもアオちゃんに育てられたかった。絶対幸せ」

「ハイハイお会計来てるよー」

「腐れモヤシがよ……」


 とうとうはち切れそうなゲージを見かねたのか、マートル・ビーに乗ったドライアドとユーンくんが彼女の元へ飛んで行く。すると、挨拶なのか何やら会話をするうちに、ニキちゃんの様子は段々と落ち着いていった。ありがとう、私の可愛い契約者達。君達は今、AAA級に勝るとも劣らない任務を達成してくれた。


「ちなみにこれ、俺に話すってことは、計画的に卸してくれるって解釈でいい?」


 レグさんがぐっと身を乗り出した。カラーレンズの奥で光る真剣な眼差し。潜められた声にこちらも背筋が伸びる。


「……やっぱりお金、絡みますか」

「当然。前に言ったこと、もう一回言った方がいい?」

「だ、大丈夫です、すみません……じゃあ、えーと、今日は初回なので数は少ないですが、種は十分確保できたので、次回からはそれなりに。周期も一週間前後、成長が早い品種なら数日ごとに収穫できると思います。ただ、『花々』からも仕入れのお話をいただいてるので、あくまでそちらと私達の分を差し引いて、余った分になりそうなんですが……」

「なるほど、了解。頭出ししてくれて助かったよ。心の準備してない時に聞かされてたら卒倒モンだったわ。後日改めて打ち合わせの時間くれる?」

「わかりました。あとこっちはマートル・ビーが分けてくれたんですが……」

「これ以上あるの!? あははっ、どんだけすごいんだよ!」


 ローヤルゼリーが入った陶器の壺も置けば、レグさんは涙が滲むほど笑い倒した。ゼーゼー息をしながら「勘弁してよ」と肩を揺らされる。審美眼に長けた商人に手放しで褒められるなんてそうないことだろう。誇らしさと歓喜がない交ぜになって、気づけば私も笑っていた。

 その爆笑が途切れた束の間、不意に彼と目が合う。


「……今日、髪飾りつけてないんだ?」


 眩しいものを眺めるように細められた双眸。なぜそんなことを聞くのだろう。だってこの人は確か──。


「レグさん、二人の時に、って……」

「ふ」


 我慢しきれないといった風に零されたその吐息に、なぜか胸がざわついた。何かおかしなことを口走っただろうか。その時の私は、それが彼のいつもの笑い方だとはどうしても思えなかった。

 レグさんはちらりと私を上目に見て、次いでフロアへ視線を投げかけた。釣られたその先にはカウンター前にひしめく女性達。会計を終えたであろう商品を胸元で固く握り締め、しかし退店するどころか根が生えたように立ち尽くしている。

 数多の血走った眼力に、そこでようやく思い至る。どうして女性ばかりなのか、そして全員がずっと(こちら)を見ている理由が何なのかということに。


『モテるといえばレグくんじゃない……? 暖かくなったからかしら、最近また女の子が増えたわ……』

『あれ追っ払うのホント大変なのよね。店が回らないったらありゃしない。そもそもアイツ、客とか取引先には手出さないんだから来ても無駄なのよね』

『わたしも毎回店長の歴代の恋人とか聞かれる。どんな感じの人かとか、どういう人が好きとか』


 ──私は今、とんでもないアレソレをやらかしてしまったんじゃないだろうか。


「ありがとうございましたー♡」


 レグさんが彼女達へにっこり挨拶する。鼻歌でも歌い出しそうな様は、()()()()()()()上機嫌。一方の私はダラダラと脂汗をかきながら、少しでも女性陣の視界から逃れようと、ひたすら縮こまることしかできなかった。

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