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ファンデア・テイル  作者: 八架
一章
36/80

第36話 青の人

 心臓が早鐘のようだ。焦りの滲むノックを掻き消すように、バクバクバクバク高鳴っている。

 冒険者ギルド・ミネフ支部・支部長執務室の前で、私は今か今かと沙汰を待っている。


「アッドさん、アオイです! お忙しいところすみません! 今お時間大丈夫ですかっ!」

「ああ、少し待ってくれ。……どうした、そんなに慌てて」


 きょとんとしたアッドさんが扉から顔を覗かせる。直後私を見るなり、珍しく驚いた表情になった。


「随分な顔色だな。具合が悪いのか?」

「いえ、これはただの寝不足でして! とりあえず()()()が解決しないと眠れそうになくてですね……ちょっと急ぎました」


 ふらふらする頭で抱えていた袋を差し出す。少々戸惑いながらその中身を確認した途端、アッドさんは真っ赤になった瞳を極限まで見開いた。


「……これは」

「全部うちの畑で採れました。詳しいことは後で報告させていただきますが、まずは納品できる品質か鑑定していただきたくて」

「すぐ確認しよう。入ってくれ」

「ありがとうございます、失礼します」


 部屋の中央に位置する革張りの重厚なソファへ、半ば強制的に押し込まれる。相変わらず、お尻どころか意識まで沈んでいきそうな座り心地だ。重石のように落ちてくる瞼を何クソとかっ開く。

 アッドさんは足早に道具をピックアップしてすぐにやって来た。真鍮(しんちゅう)でできたルーペのようなものを片目の前に構え、取り出したシュラブルームの実を覗き込む。

 このルーペのようなものこそ、ギルド備え付けの魔道具の一つ──鑑定鏡である。この世のありとあらゆる神秘を紐解くという『ガルズルーン魔術研究機関』で製作されたそれは、一般的な鑑定機能に加え、魔力が含まれているかどうかも判別できる。例えば、手に入れた装備に厄介な呪いがかかっていないか等、ギルドへ依頼すればこれを使って確認してくれるというわけだ。虫眼鏡型や携帯用のペンダント型もあり、普段は素材買取窓口がよく使っている。


「見た目は問題なし……むしろ今までのものより一回り大きいな。張りもある。お前達の魔力と実がぎっしり詰まっているのがわかる。あとは中身か」


 小さなナイフが音もなく実を断つ。アッドさんは溢れんばかりに飛び出した透明な粒をひょいと摘まみ上げ、上品な仕草で一口含むと、ソファに寄りかかって視線を天井に滑らせた。真っ白な喉仏が時折こくりと動く。


「…………」

「ど、どうでしょうか……」


 黙ったままのヒトに不安が募る。カウントダウンのように室内に反響する時計の針の音が、ますます心配を煽るようだった。

 やがて、不意に身を起こした黒髪がガクンと俯き──。


「……ワイン、開けたい……!」

「え」


 物凄く苦しそうに、そう呟いた。同時に素早く伸びてきた手にワシャワシャと頭を掻き混ぜられる。

 ボサボサの髪の隙間から見えたアッドさんは、真紅の虹彩を爛々と光らせ、目尻をこれでもかと蕩けさせていた。


「すごく! すごく美味かった! 上出来過ぎるくらいだ! よくやった! 僕の中では飛び級ものだ! 規定で無理だが! すまないな!」

「あえ」

「なぜ呆けてる、まさか肝心の本人が食べてないのか? ほらどうだ? この食感、酸味! たまらないだろう! いっそ納品するのやめるか、あっはっは! 価値のわからない(やから)には勿体ない!」

「ムグゥ」


 白磁の指にぐぐっと果肉を押しつけられる。いや力が強い。やっぱり私はペットなのかもしれないと遠退きかけた意識は、口内に広がったものによって、刹那のうちに引き戻された。

 まず、鼻に抜ける柑橘系の香りがとても爽やかだった。それに誘発され、ツルツルの粒に歯を立てると、ぷちっという小気味いい感触。弾力のある果肉の酸味はやや強く、朝食を抜いた身には湧き出る食欲を堪えるのが難しかった。果汁もほとんど出ないので、他の材料と混ざり合うことが少なく、主にトッピング用というのも頷ける。

 また、果肉の見た目も透き通った宝石みたいで美しい。アクセントとして彩りを添えてくれるシュラブルームは、料理やワインに合わせた方がより引き立つ食材なのだろう。


「酸っぱくて美味しいです、目が覚めます。ただ私、他のシュラブルームを食べたことがないので比べようがなく……問題なければこちらで依頼完了とさせていただけますと」

「結構! ただ正直納品したくなくなってる! あっはっは、どうしたらいいんだこれ!」


 酔っているのかと思うほどけらけら笑いながら、アッドさんは小さな袋をいくつかテーブルに並べた。


「とりあえずこれが報酬だ! 世話になった」

「こ、こちらこそ! ありがとうございます……!」


 袋の口が満足に閉じないほどの硬貨を目の当たりにして、上げかけた悲鳴を飲み込む。高級品の類は伊達じゃない。今更だが、本当にD級レベルの依頼だったのだろうか。


「ちなみに一つは僕からだ。一部売ってくれないか?」

「あ、それは全然! どうぞお納めください」

「ありがとう、しばらく晩酌が楽しみだ。それにしても、畑の立て直しからこの短期間でよくここまで育て上げたな。ポケットにいる新しい契約者が最後の一押しを?」


 真っ直ぐ言い当てられてびっくりした。紹介したくてついてきてもらったものの、まだ()については一言も言及していないのに、ギルドの支部長は全部お見通しだとばかりに愉快そうに唇を吊り上げている。


「はい、ニキちゃんからもらった鉢がドライアドの宿り木だったんです。ずっと魔力水をあげてたんですが、昨日元気になって契約してもらいました。そうしたらもう、畑を手伝ってもらった成果が物凄くて……!」

「確かにドライアドは非戦闘型の分、育成・栽培に特化している。虫魔物(マートル・ビー)とも持ちつ持たれつの関係だ、合作で何か面白いものができるかもしれないな」


 なるほど、ハチミツ味のするジャガイモとかだろうか。何にせよ、森にいた時と同じくらい楽しく過ごしてくれたらそれでいい。今はポケットの中でスヤスヤ寝息を立てているドングリさんを、服の上からそっと撫でた。

 しばらくこちらを眺めていたアッドさんだが、湛えた微笑はそのままに、唐突に両手でワッと顔を覆った。


「……ああ、無理だっ! やっぱり呑まないか? とっておきを開けてやるから!」

「イエ……今呑んだら確実に吐きます……」


 既に彼の貴族っぽさも眩しく、目が開かなくなってきている。ドライアドによるあまりの成長具合に興奮してしまい、夜通し畑に魔力を流しまくったのだ。おかげで明日以降はきっと忙しくなるだろう。

 そのことを伝えると、アッドさんは子供みたいにくしゃりと破顔して、「飼い主不孝者め」と再び私の髪をボサボサにした。寝てしまいそうに気持ちいいけどこれ、やっぱりペット扱いな気がする。



       ◆ ◆ ◆



「うう……」


 片手で太陽光を遮りながら、町中の通りをよろよろと歩く。目玉をじっくり丁寧に焼かれているみたいだった。寝不足だけは舐めたらいけないと、昨日の自分及び脳内ヴェルナさんに(しか)と訴える。

 もう午後は早めに休暇を取ろう。明日からの仕事量が予測できないので、健康だけは確保しておきたい。


「……いい匂い……」


 漂ってきた香ばしさに足が止まる。朝食も()っていないし、そろそろ昼食も近い。つい先程結構な収入があったことを思い出した私は、いい匂いの元──食堂『花々(かか)』の扉を押した。


「いらっしゃいませー! あ、おねいちゃん!」

「こんにちは、エルサちゃん。持ち帰りいいですか?」

「はあい! おうかがいしまあす!」


 可愛い黄色のエプロンをつけたエルサちゃんが、手を引いて案内してくれる。通されたのは座席側ではなく、カウンター前にある待合室のようなスペースだ。こちらが座るのをきちんと見届けてから渡されたメニューに礼を述べる。


「ええと……具沢山サンドイッチとチーズチキンバスケット、エビとアボカドとブロッコリーのサラダ、あと瓶プリン四つください」

()()()()()ましたあ! おかーさーん!」


 キッチンへ消えていったエルサちゃんを見送ってメニューを閉じる。壁に背を預けるとますます眠くなった。いつの間にか、食堂を埋め尽くすフライパンが熱される音や話し声が子守歌に変換されていた。

 そうして虚ろに眺めていた景色を、ふと鮮やかな黄色が横切る。


「……ちゃん、おねいちゃん」

「へっ!? あ、ごめんね、ぼーっとしてた……」

「あのねえ、これおかあさんから。『新作の味見お願い』って」


 エルサちゃんに手渡された皿には、ブラックベリーやイチゴがひしめき合う小振りなタルト。はっとして立ち上がれば、ジゼルさんが厨房の奥で「よろしくね」と口をパクパクさせていた。


「わあ、美味しそう……! ありがとう、いただきます!」

「はあい! ではしょーしょーおまちくださあい!」


 ぺこりとお辞儀したエルサちゃんがフロアに戻っていく。まだ幼いのに立ち振る舞いが板についている。私があの歳の頃なんて、裸足で馬鹿みたいに走り回った結果、爪を剥がして病院送りになっていた。本当に偉いなあとしみじみ感心しつつ、フォークを突き刺す。

 タルト生地はしっとりしていてすんなり切り離せた。現れた断面の底にはフランボワーズとブルーベリーソース、その上にはアパレイユが流し込まれており、さらにフランボワーズピューレで蓋がされている。


「おっ……おいしい……!」


 一口放り込めば、コクのある甘酸っぱさが全身に染み渡る。何となくブドウっぽい後味もするから、他に隠し味があるのかもしれない。

 これは目が覚めると、無心でがっついていた時だった。


「どーも、お姉さん。美味しそうなの食べてるじゃん」

「……あ」


 声の主を仰げば、真横に陣取った長身の人物がこちらを見下ろしていた。十中八九レグさんだろうが、なぜかゆらゆらと焦点が定まらず、じっと目を凝らしてしまう。


「アオイちゃんも持ち帰り? 何頼んだの?」

「え、と……待ってくださいね……なんだっけ……」


 頭を動かすとそれだけで目が回った。あれ、何かおかしい。背筋がひやりとして、咄嗟に皿を強く握る。


「……ねえ、なんか顔赤くない? もしかして熱ある?」

「だ、いじょぶ、です」


 何だこれ、何だこれ。眩暈(めまい)のようなものが絶え間なく襲ってきて、心音が太鼓のように身体中を駆け巡っている。何より酷く暑かった。


「お待たせアオイちゃん、できたわよ……えっ!? どうしたの、大丈夫!?」

「ジゼルさん、タルト(これ)お酒か何か入ってます?」

「え、ええ少し……でも、焼いたからほとんど飛んじゃってると思って……」

「普通はそうっすよね。もともと体調良くなかったのかも。それください、俺送ってきます」

「……いえ……ほんとに……少し休めば……大丈夫なんで……」

「ゼーゼーしながら何言ってんの。ちょっと待ってて、準備するから」


 レグさんの口調には有無を言わせない響きがあった。ああだめだ、迷惑をかけている。断りたいのに立ち上がれない。しこりのように(くすぶ)っていた先日の件も相まって、今度こそ間違いなく怒らせてしまうのに。

 ──瞬間、大きな手に右肩を包まれた。


「……ドチラサマ?」


 獰猛な獣のような、レグさんの低い声が聞こえた。彼じゃないのなら誰だろう。延々傾きかける首をのろのろと持ち上げれば、視界に空みたいな青色が映った。それが眼前の人物の髪の色素だと、脳がかろうじて判断する。

 緩やかな動作で手首を取られる。私の掌を仰向けにしたその人は、固い指先をそっと押し当てて、そこに文字を書いた。

 ──『お』『く』『る』。


「おい、触るなよ。彼女、具合が──」

「あ……りがとう、ございます」


 気づけば、そう口にしていた。青い髪の人なんてミネフにはいないのに。たぶん、今ここで初めて会ったのに。けれど言われるがままに頷き、されるがままに抱き上げられている。それがどうしてかを、ゲームの知識でもない、本能とでも呼ぶべきものが叫んでいた。

 ──この人は敵じゃない。むしろ、遠いどこかで背を預けたこともあるような、確固たる信頼感すら。


「は……? っ、待てよテメェ!」


 気色ばんだレグさんに、一枚の羊皮紙が突きつけられた。はっとした彼が動きを止める。


「あんた……アッドの……」


 無言で羊皮紙が折り畳まれる。弾みで青髪の人の服の裾から、二つのバングルが(あらわ)になった。照り映える銀と紫の石。どこかで見たような気がしたが、既に限界が来ていたらしい。思い当たる前に目の淵が白んできて、私の全ては急速にシャットアウトされた。

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