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ファンデア・テイル  作者: 八架
一章
35/80

第35話 ドングリ坊やがやって来た!

 巣箱内に作られた小部屋に赤い石──ヘル・ハウンドの火の魔石が嵌まる。カチ、と音がしたのを確認し、扉を閉めたロンドルフさんが顔を上げた。


「できたぜ。ソイツ入れてみろ」

「ありがとうございます! じゃあマートル・ビー、入らせてもらおっか」

「プー!」


 ぶうんと羽音を響かせ、真っ白い球体がするりと巣箱に吸い込まれる。床にしっかりと着地したマートル・ビーは、触角を何度か前後左右に振ってから、検分するようにゆっくりと木目を這い出した。

 『キャニス・ルプス』が作製してくれた養蜂箱は、長方形の箱が二段積み重なった、私が両手で難なく持ち運べるくらいの大きさだった。てっぺんには小さな三角屋根がついており、本当にマートル・ビーの家みたいだ。

 中には巣枠と呼ばれる板が何枚か入っていて、通常の女王蜂と働き蜂はここに巣を作るのだという。その点、マートル・ビーは魔物であるため、単体で巣どころかある程度のハチミツ等まで作り出せるらしい。

 獣人三兄弟と私とユーンくんで輪になって見守る中、やがてひょっこりと複眼が覗く。


「プゥ、ププ」

「ふんふん、問題ないそうだ」

「なら終いだ、持ってけ。言うまでもねェが、暑くなったら魔石は外しとけよ」

「はい! じゃあお会計お願いします」

「こっちだ」


 伝票代わりの羊皮紙を携えたウェンデルさんに続く。支払いを終えてお釣りを受け取ろうとすれば、差し出した彼の動きがぴたっと止まり、重そうな瞼の下のシルバーグレーがじっとこちらを見つめた。はて、顔に何かついているのだろうか。咄嗟に顎や頬に手を当てると、それを遮るようにふっと影が射した。


「あのさあ」


 隣に立っていたのはルドガーさんだった。見上げた先の彼はニンマリ口角を上げているが、弟と同じ銀灰色は鈍く底光りしている。


「なんでまたあの半獣人のニオイついてるの?」


 ──眼が全然笑っていない。悟った私の背筋を冷たいものが流れた。


「しかもすっごい濃いよね~。ねえ、なんで?」

「……ええ……っと……」

「それほど長時間一緒にいたのか。それともかなり近くにいたのか」

「……いや……その……」


 ジリジリ寄ってくる二人の圧が強くて身体が縮こまっていく。何だこれは、尋問か。助けを求めて視線を彷徨(さまよ)わせるが、巨躯の山々によって隙間がない。


『あのケモノどもに見せつけてこいよ』


 ヴェルナさんの嘲笑う声が蘇る。今の今まですっかり忘れていたが、そういえばそんなことも言われていた。

 彼らが言及している要因は、おそらく昨日の夜のことだろう。思い返せば確かに距離はとても近かった。といっても、時間にしてほんの数十分程度だ。いや──あまり思い出したくないけれど、ぺろんとされたりしたことも原因の一端だろうか。


「……えい!」

「ぶふっ!?」


 そんな思考を断ち割るように、突然顔面に毛の塊が被さった。銀と青で覆われた視界にしなやかな直毛の一本一本が映る。少し青い草とお日様の匂いがした。


「ふーんだ! 半獣人がなんぼのもんじゃい!」

「次オレがやる」


 ルドガーさんに押しつけられていたのは尻尾だった。全体的に筒状で、根元と毛先が(わず)かに細いそれが私の鼻先をくすぐる。毛の流れの表面はつるりとしているが、包むともふっとした反発があって癖になる。


「お……おお……! ふっさふさ……っ!」

「ちゃんと手入れしてるからね~。冬場とかあったかいよお」

「ルドガー、次っ」

「早いよお前! まだついてないんだからもうちょっと待ってよ!」


 本人が豪語する通り、整えられた太い尾は掴もうとすると滑らかにすり抜けていく。気まぐれにちょっかいをかける猫みたいな、私を撫でては離れていく様子につい追い縋ってしまう。こうなるともう、猫じゃらしで遊ばれているのがこちらのような錯覚を起こす。

 そこへウェンデルさんも加わり、二対の尻尾は柔らかく踊る。その気になれば(かわ)して叩きつけることだってできるのに、私が追いつけるよう配慮された力加減が嬉しかった。

 いつもそうだ。彼ら三兄弟に傷つけられたことはない。そしてこれからも決して起こらないのだろうと信頼できる。ヴェルナさんが獣人を憎む気持ちはまだ、私にはわからないのだ。


「やめろアホども」

「ギッ」

「グッ」


 その時、双子の耳が容赦なく引っ張られた。いつの間にか背後にいたロンドルフさんが、呆れたような半目で彼らを睨みつける。同時に私の肩のあたりに軽い衝撃があった。


「見境なくなってんじゃねェよ。寝ボケてんのか」

「だあってさー! 絶対当てつけだよあんなの! 超ムカつくじゃん!」

「バカ野郎、半端(モン)と同じ土俵に上がってどうすんだ」

「そういう兄さんも説得力ないが」

「あ?」


 ロンドルフさんが目を(すが)める。彼はウェンデルさんの指差した先、()()()()()()()()()()()()()()を見下ろして──すうっと息を吸い込んだ。


「~~~~~~散れクソがッッッ!!」

「お世話になりました失礼しますッ!!」


 養蜂箱を抱えて工房を飛び出す。途端に何かがぶつかる音や割れるような音が聞こえてきて、私達は追い立てられるように町中を走り抜けた。


「あの三人、一度バレてから吹っ切れてきたな。お互いのニオイが上書きされる度に同じことが起こるんじゃないか」

「怖いから勘弁して……」


 あのじっとりした目つきは夢に出そうだ。獲物に止めを刺す直前のような気配さえあって、今更ながら身震いする。あれが例の獣性だろうか。基本的に優しいヒト達とはいえ、そこだけはやはり畏怖を感じる。

 後方からはとうとう謎の咆哮まで轟いてきて、飛び上がった私はさらに全力で家路を急いだ。



       ◆ ◆ ◆



「はあ……はあ……つ、つかれた…………」


 辿り着いた玄関前にべしゃっと倒れ込む。毎日出歩いているはずなのに、情けないほど息が上がっていた。行動範囲が町の周辺を逸脱しないせいかもしれない。これでは山になんて到底登れまい、足を引っ張る前に体力作りをしなければ。


「ぜえ……ぜえ……とにかく養蜂箱(これ)……設置してこないと……っ」

「おかえりなさいませっ!」

「あ、はい、ただいま…………ん?」


 不意に木霊した、妙に甲高い声色。私とユーンくん以外の人語だ。首を振って視線を巡らせてみれば、ふと目の端に緑色の物体がちらつく。


「アオ殿、こちらですっ! こちらでございますっ!」


 ドライアドの鉢の淵で、小さな体躯がぴょこぴょこ跳ねていた。

 最初はドングリが喋っているのかと思った。まだ時季ではないのか、顔と思しき緑のドングリからは鼻のように枝が飛び出ていて、その下には三角に空いた穴がある。それが言葉を発する度にグニャグニャと形を変えるので、我々でいう口に当たるのだろう。つまりこの実の部分は顔なのだろうか。

 そこを起点として、頭頂部には濃い緑の葉が森のように生い茂っている。一方の下にはさらに一回り小さいドングリがあって、細い小枝で繋がっている。その先の四肢には頭を覆う葉と同じものがくっついていた。


「プ」

「ややっ! マートル・ビー殿、これはご親切に! いやはや、何とも懐かしいものでございますなあ」


 傍に降り立ったマートル・ビーの背に、喋るドングリが慣れたように跨る。そうして私の目の前に滞空するなり、深々と頭を下げた。


「お初にお目にかかります。(それがし)、こちらでお世話になっていたドライアドでございます。この度は危ないところを助けていただき、誠に感謝申し上げまする!」

「ああ、ドライアド! そっかあ、元気になったんだね! よかった……!」


 落ち着いて見てみれば、なるほど、生えている若木には見覚えがある。毎朝あげていた魔力水が復活に一役買ったらしい。ようやく入手できた養蜂箱といい、今日は幸せなニュースばかりでほっこりする。


「大したことはしてないぜ。でも、そこまで回復できたんならもう大丈夫そうだな」

「おかげ様で、この通りぴんぴんしておりますれば! つきましては!」

「うん?」

「お救いいただいたこの命、どうか存分にお使いいただきたくっ!」


 ドライアドはハキハキとそう述べると、頭上に輝くものを掲げた。秘められた魔力が淡く琥珀色に灯る、彼の魔石。びっくりするほど怒涛の展開に呆気に取られてしまう。


「けいやく……」

「はいっ! 某、戦闘は不得手でございますが、地属性の魔術にはいくらか覚えがあります! 必ず御役に立ってみせますので、どうか!」

「えっ、あ、えと……もちろん気持ちは嬉しいんだけど、その……」


 「はいっ、何でしょう?」と頭を傾けるドライアド。言うべきことは言った、とすっきりしたような彼とは反対に、その魔的生物の直感や魔物的思考は、何かとうだうだ考えてしまう私には未だすぐには飲み込めなかった。


「森に帰らなくていいの……? 恩に思ってもらいたくて助けたわけじゃないというか、元の場所に戻りたかったらそうしてもらって全然構わなくて──」

「いいえ、アオ殿。元の場所はもう、某にはありません」


 凛と、しかしどこか沈んだように、ドライアドは口元を一文字に結ぶ。


「ドライアドは本来なら宿り木がなくなった時点で死ぬ運命。某の宿り木はあの地を離れ、材木として各地に散りました。けれど何の因果か、こうして新たな場所で生き延びている……これ(すなわ)ち、某には運命をも覆す使命があるということ! そしてそれは! 生命の息吹を吹き込んでくださった貴殿の御役に立つことに他ならぬと! 某の魔石(しんぞう)が囁くのですっ!」

「つまり帰らなくていいってことらしい」

「プププゥ」

「そ、そうみたいだね……」


 途中から盛り上がり出したドライアドをユーンくん達が半目で見やる。古風な言葉遣いなのに、熱いところもあって面白い性格だ。ますます賑やかになるであろう今後の生活にワクワクした。


「……わかった、ありがとう。本音を言うと、契約してくれてすごく嬉しいです。じゃあ改めまして、ご存じのようですがアオイです。こちらこそよろしくお願いします!」

「やややっ! 感謝感激にございまするぅ!」


 いそいそと差し出された魔石は温かかった。マートル・ビーのものと同様に極小のそれを受け取ると、ドライアドの口が照れたように逆三角形を描いた。目に当たる部分は見えないけれど、その分流暢な口の動きがマスコットみたいで可愛らしい。


「ドライアドはより自然に特化した性質を持ってるんだ。特に手掛けた作物の成長率は段違いだぜ」

「えっ、そうなの!? じゃ、じゃあこれとか今より育てられたり……?」

「ほほう、これまた懐かしのシュラブルームでございますな! フム……」


 目下の納品が急がれるシュラブルームを指差せば、ドライアドの葉っぱの手が幹にぺたりと張りつけられた。合わさったそこから仄かな光が溢れ、低木全体に行き渡っていく。

 私は言葉を失った。ドライアドの魔力が走る内部から押し出されるようにして、次々に新しい枝や葉が生まれ、やがて果実が所狭しと鈴生りにぶら下がったからだ。

 ヴェルナさんに半分食べられて、あんなにかわいそうにポツンと揺れていたのに。アッドさんは気を遣って急かさないでくれたけれど、正直挫けかけていたところもあったのに。

 今や全盛期ですと言わんばかりに実を蓄えたシュラブルームが、この庭のどの樹木よりも大きく思えた。


「す……すご……ご」

「アオと俺とドライアド。魔力が三種もあればまあ、こうなるだろうな」

「はわ……某がこれを……?」

「最初は驚くよな。それが契約するってことだ」


 震えの止まらない指でシュラブルームの実をこじ開ける。ぱくっと割れた中からは、ザクロに似た透き通った赤い果肉がわんさと現れた。量もさることながら、高級品の名にふさわしいほど艶めかしい。

 ──これなら間に合う。それに、今まで育ててきたものも。

 身体中を得も言われぬ衝動が駆け巡る。気づけば私はドライアドを掬い上げ、ぽかんと口の穴を丸くしている彼を抱き締めていた。


「~~~っ! すごい! すごいよドライアドっ! お世話になるのはむしろ私だよ~~~! できる限り何でも叶えさせていただきますので末永くよろしくお願いしますッ!!」

「俺達の主は君が気に入ったみたいだぜ。よろしくな、ドライアド」

「ププー!」

「は……はひ……そ、某だけの力ではありませんが……恐悦至極……!」


 モニョモニョと言葉をつっかえさせるドングリの顔は、秋のように紅く染まっていた。

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