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ファンデア・テイル  作者: 八架
一章
33/80

第33話 ウサギの角とカエルの尻尾③

 夕焼けは陰り、時刻は夜に差し掛かっていた。

 アルミラージはユーンくんの魔術によって、再び深い穴の底に戻された。麻酔が切れた後、また暴れられると大変だからだ。狭いところに閉じ込められてかわいそうなのは百も承知だが、現状ではこれしか方法がないのである。

 そんな状況を早急に打破すべく、私達は集落の外れへとやって来ている。


「ウォーター・リーパー、いるか?」

「……こコに……」


 茂みの下から這い出してきたヒキガエルの顔。突き出た腹部をクッションのようにして、ヒレを使ってぴょこぴょこと小刻みに跳ねて移動する姿はカエルそのものだ。


「遅くなってごめんなさい。諸々整理がついたので、改めて中断していたお話の続きをさせていただければと」

「俺達は仕事で広い畑を運営してるんだが、水やりがなかなかに重労働でな。魔力のある水しか使えないから、それができる魔物を探してる。君は確か水属性でよかったんだよな?」

「ええ……アタシは確かニ水属性でゴざいまス……水棲馬ガどこぞニ隠居した今……こコらで唯一ノ……サゾやお力にナれるこトでショウ……」


 ウォーター・リーパーの水平な瞳孔が弧を描き、喉の奥からグフグフという音が聞こえた。笑っているのだろうか、初めて見る反応だった。

 彼の返答にユーンくんが軽快な柏手を打つ。


「そりゃあいい! 願ったり叶ったりだ。おまけに人語も話せるなんて大したもんだぜ」

「そンな、お恥ズかしい……まダマだでゴざいまスよ……」

「もしかして、パラルフェルの誰かに習ったんですか?」

「ええ……()()()()()()()()


 ヒキガエルの口がニンマリと弓なりになる。まるで、楽しくて仕方ないことを反芻(はんすう)しているような雰囲気だった。

 肩を竦めたユーンくんが視線を寄越す。


「ローズ? そんな奴いたっけか?」

「うーん、どうだったかな……特徴とかわかりますか?」

「…………いエ、特徴ハ……オ優しい方ダったとダケ……」

「そうですか……残念です。こちらからもお礼を言いたかったんですが」

「そうだな、魔物に()()()()()()を教える労力を払う人間なんてよっぽどだ。自分の契約した魔物と意思疎通がしたいというならわからなくもないが……まさか君、そのローズと契約してるんじゃないだろうな? 後でモメるのはごめんだぞ」

「そうだねえ。ちょっと聞いてこようか」

「っお、お待チくださレ……っ!」


 がばっとウォーター・リーパーが身を起こした。瞳孔が激しく収縮し、尻尾の先が奇妙に震えている。


「申シ訳アりませぬ、今、今思イ出しマした……! ワシの勘違いデゴざいまス……っ!」

「ん? ローズから教えてもらったんじゃないと?」

「サ、左様、アタシが自分デ──」

「そうかそうか。じゃあ()()()()()()()()()()()


 ひゅうっ。冷たい風がどこからともなく吹きつけて、木々を不吉にざわめかせる。


「魔物が人語を覚える手段は限られる。気づいてないのか? 『ワシ』と『アタシ』が行ったり来たりしてるぜ。大方、『アタシ』──クーデリカが呼んでいた名前がローズだろう。彼女達の秘密の暗号みたいなものでな、その名前はお互いだけしか知らないはずなんだ」

「…………」


 尻尾の先が奇妙に震えている。知らず、浅くなっていた自分の呼吸を意識する。


「それと、彼女のウサギをアルミラージに変えたのもお前だな。中にあった魔石が水属性だった。本来無属性のアルミラージを別属性にするには魔力を注ぐ必要があるが、ここには自然発生した魔力溜まりはない。ケルピーもいない今、『ここらで唯一』水属性なのはお前だけだ」

「…………」


 尻尾の先が奇妙に震えている。ユーンくんのヘーゼルの瞳がクッと細まる。


「俺達を集落に案内してアルミラージに喰わせようとしたのか? それとも弱ったところをお前がかっさらうつもりだったのか? 魔力のある俺達はさぞや旨そうに見えたろう。お前のたった一つの美点はその辛抱強さだよ。……ああ、違うな。回りくどい方法しか取れないほど『弱味噌』なんだったな?」

「…………グブ」


 ────震えが止まった。


「ゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲッ」


 刹那、たわんだ爆音が響き渡った。何十ものカエルが輪唱しているような、でも決して歌とは呼べないしゃがれ声。目尻の向こうまで吊り上がった口の端が下卑た印象すら与える。

 そこへポツ、と雫が落ちた。


「……グブ、グブブ……ウルサイんだよオ……エサふゼいガ……キサマらノせいデ、グブ……コンなこトするハメにナってルんだよオ……グブッ」


 にわかにポツ、ポツ、とそこかしこで音が跳ねる。雨だ。雫が点から線へとなりつつある中、黒い影がゆらりと鎌首を(もた)げる。


「エサならオとなシく喰ワれてろヨオオオオオッッ」


 甲高い絶叫と共に、周囲から一斉に何かが飛び出してきた。屹立した長い耳、闇夜に浮かび上がる白い体毛。小型のウサギ──否、幼いアルミラージの集団だった。母親と同じく赤い眼を爛々と(たぎ)らせ、まだ生え揃っていない角を振りかざして、真っ直ぐこちらに突進してくる。


「赤ん坊すら魔物化してたか!」

「数が多い……っ!」


 およそ五十ほどだろうか、あっという間に囲まれてしまった。いくらウサギの繁殖力が高いといえど、普通の出生数を遥かに超えている。おそらく出産前に魔物化させられたのだろう。

 それでも討伐するわけにはいかない。集落で保護されているアルミラージ同様、クーデリカもといターニャちゃんの形見なのだ。

 必要なのは彼らを傷つけることなく捕らえるもの。魔力を練り上げ、放出しようとしたその時だった。


「アオ! 右に飛べっ!」


 ひりつく気配に肌が粟立った。間に合わない。咄嗟に上体を傾けると、頬の上を鋭いものが駆けた。紙で指を切った時のような、瞬間的な熱にジン、と身震いする。


「ゲゲゲゲゲゲゲゲッ! 雨じゃッ、恵ミの雨じゃア! 天はワシに味方シタッ!」


 ウォーター・リーパーから次々に放たれるのは、半月型の水属性魔術だった。ぐんにゃりと目玉を蕩けさせ、束の間の活性化に恍惚としている。口元からだらしなく垂れる舌の長さにぞっとする。

 木を盾にしながらやり過ごすが、迂闊に近づけない。そうこうしているうちに、かの魔物はぴょんぴょん移動して、どんどん小さくなっていく。


「グブブッ、ゲゲゲゲッ」

「っ……! っユーンくん、ここお願い!」

「アオ!?」


 とうとう正体を現したのに、このままじゃ逃げられてしまう。それだけはだめだ。ここで片をつけなければ、犠牲になった二人が浮かばれない。彼らを思い出すマリアちゃんがいつまでも悲しいままになる。

 木立の合間を走り抜けながら追いかける。夜と雨で視界が悪い。おまけにひっきりなしに水の刃が襲ってくる。

 深く息を吸って吐く。魔石がある魔物と魔術でまともに撃ち合うには私の腕が足りない。炎は雨でかき消え、植物は届く前に叩き切られるだろう。毎日の水やりで多少覚えのある水魔術は敵に塩を送るだけ。その上ウォーター・リーパーは一時的に力を増している。

 ──私に取れる手段はたった一つだけだ。


「馬鹿メ、率先シてヒトリになりオった! ゲゲゲグギャッ!?」


 ヒキガエルの片目に閃光が走った。バチッ、と弾かれたようにつんのめり、風船みたいな身体がゴロゴロと地べたを転がる。残った右目をギョロギョロさせるウォーター・リーパーは、何が起きたかわかっていないようだった。


「ぎひィっ……! ア、ア、アダシに、なニ゛をしダァ……!?」

「……!」


 しまった、外れた。不意打ちで両目を狙ったつもりだったのに。

 だが、まだ態勢は立て直されていない。この雨だ、雷属性の魔術なら感電が広がるはず。今のうちにもう一発、と掲げた人差し指で照準を合わせる。


「ギ、ギ……ぎざマァアァァアアアッ!!」


 ウォーター・リーパーの両ヒレが物凄い音を立てて地面を叩いた。反動でロケットのように射出され、眼前に巨大な口内が広がる。ずらりと並んだ短く尖った牙が濡れたように光っていた。

 体内の魔力を手繰り寄せる。撃て。喉の奥を狙う。撃て。指先で雷の切れ端が(くすぶ)る────撃て!


「────え」


 一陣の風が唸る。目の前にウォーター・リーパーはいなかった。足元を見下ろせば、腹から喰い千切られたような胴の下部分だけがビクビクと痙攣していた。

 思わず自分の掌を凝視する。これは私の仕業なのだろうか。知られざる能力に覚醒してしまったのかと(おのの)いていると、耳朶が軽い着地音を拾った。


「────……」


 そこにいたのはウォーター・リーパーではなかった。

 うっすら青みがかった光沢のある白毛、すらりとして若々しい肢体、魚の背鰭(せびれ)のような濃紺の(たてがみ)。鮮やかな尾を優雅に揺らし、一頭の美しい馬がじっとこちらを見据えていた。

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