表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ファンデア・テイル  作者: 八架
一章
28/80

第28話 地下牢にて

『ヴェルナが目を覚ました』


 アッドさんからその一報が届いたのは翌日のことだった。使い魔のコウモリが運んできた手紙の最下行には、彼女が教会の地下牢にいることも記されている。

 それを受け取ってすぐに必要なものを詰め、革鞄を背負った私にユーンくんは念を押した。


「……もう一度聞くぞ。会えるのか」

「うん、大丈夫」

「そうか、なら行こう。マートル・ビー、ドライアドと留守番を頼む」

「プー!」


 八の字を描く翅音と揺れる若木に見送られ、私達は町へと出発した。

 青い空に白い雲、そよそよと吹きつける柔らかい風。心地良い春の晴天とは裏腹に、ユーンくんの表情は硬い。


「アオ、少しでも気が進まなくなったら会わなくたっていいんだからな。何度も言うが、自分のことを一番に考えてくれ」

「うん、そうするよ。ありがとうね」


 ユーンくんは深く頷いてククサごと私の肩に着地すると、カップの縁に身を乗り出した。町の方向をじっと見つめる眼差しはいつになく鋭い。

 きっと彼は私の反応を見逃さない。そして言葉通り、こちらが半歩でも臆せばすぐさま連れ帰ってくれるのだろう。お守らしく、私の心が壊れないように逃げ道を用意してくれているのだ。

 ──だから頑張れる。深呼吸すれば身体の隅々まで気合が充満した気がして、私はエイヤッと鞄を背負い直した。



       ◆ ◆ ◆



 教会の前にはアッドさんとスタイラーさんが立っていた。何やら神妙に話し込んでいたようだが、こちらに気づくといつもの雰囲気を纏ってくれる。


「来たか」

「こんにちは~いい天気だね~」

「こんにちは! 今日はよろしくお願いします」

「ああ、よろしく。本来ならこちらから出向くべきところ、すまないな。手間をかける」

「話は聞いてるよ、オジさんからもごめんね。(やっこ)さん、一週間以上かかると思ってたのにもうピンピンしちゃってるから、対策なしでここから出すとちょっと面倒なことになりそうでね」


 さ、どうぞ。ふにゃっとした笑みはそのままに、スタイラーさんが中へ通してくれる。その時、普段見かけない鞘が彼の腰元に下げられていることに気づいて、小さく唾を飲み込んだ。

 教会内部で最初に目にするのは礼拝堂だ。中央に長く伸びる身廊の奥には聖職者のみが入れる内陣があり、そこには祭壇や小振りな像──この国が祀るヘファネス神像が置かれている。

 ポーション作りにここを訪れた際、かの神像を近くで見せてもらったことがある。艶を放つ流れるような髪、目尻の下がった温和そうな瞳、整った鼻梁と唇。古くからの言い伝えにあるように、華々しい美貌を誇るヘファネス神の姿は、作り物であっても全てを惹きつけて溺れさせるかの如き美しさだった。ただし、立派なのは見かけだけらしい。逸話はどれも彼の優柔不断さや()()()()()()()な様を嘆き、それに巻き込まれて死んだ者への冥福を祈っているそうだ。

 礼拝堂の左右の壁伝いにはいくつかの扉がある。繋がるのはクアリックさんやスタイラーさんの私室だったり、聖具置き場や薬の調合部屋だったり。今回はそのどれでもなく、入ってすぐ脇にある、普段は半分隠れているような仄暗い階段から地下へ降りるという。


「暗いから足元気をつけてね」


 ランタンを掲げたスタイラーさんが段差を下っていく。それ以外にも壁には蝋燭が等間隔で灯っているのに、なぜか一寸先も視認できないほどの暗がり。踏み外したら一直線にあの世にまで落ちてしまいそうだ。

 スタイラーさんは毎日こんなところにいるのか。なら日光浴したくなるのも当然だなあ、なんて意識が逸れかけた時、突然真っ白いものが視界に現れた。


「手を」


 正体はアッドさんの白磁の手だった。まるで発光しているみたいに透き通る肌に加え、虹彩までもが紅く輝いている。


「種族柄、夜目は効く方でな。ランタンの代わりくらいにはなれる」

「ありがとうございます!」


 厚意の蜘蛛の糸をありがたく拝借する。石壁を辿りながらではカメの鈍さだったので助かった。


「スタイラー、もっと灯りはないのか?」

「うーん、これ以上明るいと興奮しちゃうコもいるからねえ。悪いけどちょっと辛抱してくれる? 落ちる時は支部長のこと下敷きにしていいからさ」

「アオ、聞いたな? 必ずアッドを道連れにしろよ」

「ははは、その時は精々頑張るとしよう」


 軽口と足音が過剰なほど反響する中、私達はひたすら地下へ潜った。

 しばらくすると、石が敷き詰められた地面に足裏が触れた。申し訳程度に均されたそれは所々ゴツゴツしていて、気を抜けばスッ転んでしまいそうだ。

 ゆらゆらしていた先頭のランタンが静止し、宙に高く持ち上げられる。


「さて、着いたよ」


 闇から這い出しているような、荒くくり抜かれた石造りの地下牢。長大なトンネルの両脇には、部屋というには少々物足りないスペースが点在し、重々しい格子が通路に面してびっしりと張り巡らされている。

 手前には簡素な木製のテーブルと椅子があり、スタイラーさんは勝手知ったるようにそこへランタンを置いた。拍子に、いつか見た教本や耳栓、使い古された毛布が照らされる。おまけに脱ぎっ放しのシャツまで。

 くたびれたそれを、ハッとしたスタイラーさんが慌てて拾う。


「おっとお! ごめんごめん、ヘンなモン見せちゃった。たまに夜中まで仕事があったりしてね、部屋に帰れない時とかね? たまにだよ? いつもは全然そんなことないからね? ちゃんとキレーに洗濯してるからね?」

「清潔にしておかないとクアリックがうるさいからだろう。騎士団時代から口酸っぱく言われていると聞くぞ」

「うるさいなーもう! 男やもめなんて皆こんなモン──」


 瞬間、地割れのような音が轟いた。びりびりと伝う震動に、低い天井からパラパラと石の欠片が降ってくる。

 咄嗟に振り向けば、傍の格子を軋ませていたブーツの底が牢の奥に引っ込むところだった。


「……ケモノ臭ェ……」


 心底辟易しているような小さな呻き声。スタイラーさんが肩を竦めるジェスチャーをする。


「魔石牢だから出られないけど、気をつけて」


 魔石を練り込んだこの檻は、鍛冶屋のブリンクホルストさん作。魔力を流し込めばより強固な結界になるため、魔術に耐性のない獣人では、その膂力(りょりょく)を以てしても壊すことは難しいという。

 首肯して爪先をそちらへ向ける。アッドさんが前を歩いてくれるが、一歩踏み出す度、グル……と唸る気配に汗が滲んだ。大丈夫、格子があるから安全だ、でも──。ぽっかりと口を開けて餌を待つ巨大な生物に自ら飛び込んでいくような、そんな不安が足取りを重くさせた。


「……初めまして、ヴェルナさん。浄化師見習いのアオイと申します」

「…………」


 足を開いてどっかりと座り込んでいた人物が、檻の前に立った私達を目線だけで見上げる。顔にかかる髪にも構わず、膝に肘をかけて前屈みになって、ただ獲物を品定めするようにゆっくりと。今にも鎌首を(もた)げそうなその姿こそ獣そのものだ。


「昨晩話した通りだ。ヴェルナ、お前の──」

「テメェ、なんで生きてる」


 顎をしゃくったヴェルナさんが遮った。出鼻を挫かれて顔を見合わせたこちらを意にも介さず、彼女は続ける。


「オレの槍をくらって()()()()生きてるヤツはいねえ。そこのジジイだって相当苦しんだはずだ。なのにテメェはなんだ? 何をどうすればそこまでピンピンしてやがる?」

「それは……自分でもわかりません。たぶん、たまたま──」

「たまたま? あそこに()ってた食いモンもか」

「え?」

「お前達が育てている畑があるだろう。ヴェルナが言うには、あそこにあったものを食べたら『声』が薄れたと」


 四六時中彼女の内側に響く槍の呪い。眠ることはおろか、一時の休息すら奪い尽くすほど強い力がどうして。驚愕に檻を振り返れば、座っていたはずの体躯がすぐ目の前にあった。


「オレに何をした、尖り耳。テメェは一体何(モン)だ?」


 黒い細柱越しに牙が打ち鳴らされる。その眼には、得体の知れないものに対する嫌悪と不信感がまざまざと渦巻いていた。

 そんなこと私が知りたい──そう叫び返したかった。始まりはスタートボタンを押しただけ。気づけばここにいて、唐突に全てが走り出して。遅れたら置いていかれると、流されながら何とか生きてきた。これまでずっとそうしてきたから、私が一番私を理解できていないのだ。

 だって誰が信じてくれるだろう、自分達がゲームの世界の住人だと。そして誰が教えてくれるだろう、私が何者なのかを。そんなこと誰にも言えやしない。与えられた役割に必死に食らいついて、疑われないよう取り繕うのに精一杯だ。

 ──だからどうかそんな風に見ないで。誰も私を暴かないで。その一心で、ひくつく口角を無理矢理持ち上げてみせる。


「……ただの浄化師見習いです。偶然、私の何かがあなたに作用したのかもしれませんね。畑というと、例えば魔力とか」

「あ?」

「だったら()()も効果があるかもしれません」


 荷物から取り出した二つの小瓶、二色のとろみのある液体がちゃぷんと音を立てて揺れる。


「私が調合した薬です。青い方が解毒薬、黄色い方が熱傷薬。今回の件についての謝罪は要りません、その代わりこの二つをヴェルナさんに試していただきたいんです。使用感、効果、その他お気づきのこと何でも教えていただければ」

「…………」

「僕が預かろう。ここから出す時に渡しておく」

「ありがとうございます、ではよろしくお願いします。ヴェルナさん、ご連絡お待ちしてます」


 お辞儀をしてそそくさと牢を離れる。答えられない質問をまたぶつけられそうで怖かった。それにあの眼光。癖なのか、ああも凝視されると私の全部を(つまび)らかにされてしまいそうだ。

 それにだけは流されまい。今までも、そしてこれからも。背中にドスドス突き刺さる視線を感じながら、逸る心音を押し殺して地下牢を後にした。



       ◆ ◆ ◆



「大丈夫か」

「あ、はい……すみません、逃げてきてしまって……」


 階段を駆け上がったその場にしゃがみ込んでいたところへ、アッドさんとスタイラーさんがやってくる。礼拝堂は明るいのと、ユーンくんがひたすら頭を撫でてくれたおかげで、大分落ち着いてきていた。

 それでもまだ痙攣の残る指先をぎゅっと握り込む。張った虚勢の反動が今になって襲ってきたようだった。


「いやいや、いいんだよ~。あそこは暗いしおっかないのもいるし、怖かったよね。でも今日は彼女大人しかったねえ、支部長」

「アオイの魔力がまだ効いているのかもしれないな。普段は一秒でも居着きたくないとばかりに暴れるんだが」

「え……あの魔力のくだり、テキトーに言っちゃったんですが……」

「それがあながち間違いではないかもしれん。少なくともヴェルナは自分の身体の変化と、それがお前に関連する何かだと本能的に察している。僕もだ。あの時手加減なしに奴を刺したし、あの槍が貫通した半獣人が三日やそこらで起き上がれるはずがないんだ」

「ということはその、ヴェルナさんの寝不足が少しでも減りそうという……?」


 一瞬きょとんとした二人の頬が、たちまちぷくっと膨れだす。下を向いて肩を震わせられたらもう確定だ。笑われている。


「そ、そこなの……? ぶふっ」

「くく……言ったろう、優しいんだアオイは……くっ」

「『くっ』じゃないですよもういいですよ笑ってくださいよいっそ」

「あっはっはっは!!」

「うわ声でか! ……支部長ってたまに人外っぽさ出してくるよね。ヒトの心など知らぬ、みたいな」

「ええ今痛感しました」


 ヒィヒィ半泣きで笑っているアッドさんを余所に、スタイラーさんは少し心配そうな面持ちだった。


「あれでよかったの? いやまあ必要なことなんだろうけど、アオイちゃん達がされたことの割に合わないっていうか。ちらっと聞いたけど、火の魔石探してるんでしょ? むしろ取りに行かせたらいいんじゃないの?」

「はい、いいんです。長期的に見れば薬として残せる方が浄化師としては嬉しいですし。それに、あんまり呪い通りにするのも良くないんじゃないかなって。槍を使わなくていいならその方が休めるだろうし……あ、ヴェルナさんが戦いたいっていうなら全然いいんですけど! ただ今日見た感じ、この間みたいに苛烈じゃなかったから、あれが本来の性格なら不本意なこともあるのかもしれないなって思ったんです」


 ヴェルナさんの過去も、槍を手にしたきっかけも、獣人に対する憎しみの度合いも、私には何もわからない。わかるとすれば、生き物共通の「寝不足ってつらい」ことだけだ。何せ三大欲求の一つだ、あれでよく生きていられると思う。


「ちょっとでも多く眠れるなら、戦闘で鬱憤を晴らすよりずっと健康的だと思います。まあ、ただの私の願望ですが……」

「いや、そこがお前の浄化師たる所以(ゆえん)だ。誰かを思いやり、苦しめている原因を取り除きたいというその気質が魔力にも反映されているんだろう」

「あら、笑い上戸は治まったんで?」

「ああ、ついでに目も覚めた」


 長い睫毛をバサバサさせ、滲んだ涙を乾かしたアッドさんが私の肩に手を置く。


「僕も少し考えることにする。ヴェルナをコントロールするんじゃなく、どうにかお互い譲歩できるところがないか探したい。奴の暴走が解消されれば話し合いの余地はありそうだからな」

「はい。戦わないで済むならそれに越したことはないと思います」

「ああ、お前の言う通りだ。……長く生き過ぎて脳味噌が凝り固まっていたようだ。ありがとう、アオイ」


 アッドさんと、彼の後ろのスタイラーさんが優しく微笑みかけてくれる。慈悲と頼もしさを湛えたそれを受けて、彼らがいるなら大丈夫だと思えた。この先怖いことがあっても、この町はきっと。

 いつの間にか指先の震えは治まっていた。曲がりっ放しだった背筋をようやく伸ばせた私は、今度こそ心の底から笑うことができたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ