第23話 火属性の魔石を手に入れよう!
魔石とは、主に魔物の体内で生成される魔力の塊である。
前提として、『ファンデア・テイル』の世界では大気に魔力が遍在している。通常であれば生活に支障のない濃度で、大多数の人間は呼吸と共に吸収と排出を繰り返す。だが稀に魔力を蓄える器官を持つ者がおり、それが魔力適正として魔術の才を授かるのである。
一方、動物や植物がその身に魔力を取り込み過ぎた場合。心臓は魔石に置き換わり、外見や生態も変化する──つまり、彼らは魔物となるのだ。
魔術を発現させる魔力は超常的な力を持つ。そんなものが身体の中にあれば、ただの生物だった頃よりも凶暴化したり、意図せず大繁殖したりする。それらの捕獲や討伐を担っているのが各地の衛兵や騎士団、そして冒険者ギルドというわけだ。
だから依頼自体はなくとも、きっとギルドには情報がある。そうした考えから、私達は工房を出たその足で早速目的地へ向かっていた。
「ねえ、ユーンくん。今はないって言ってたけど、火属性の魔石っていつもはあるのかな」
「そりゃな。たぶん今は時期が悪い。まだ朝晩は冷えるだろう?」
要するに、まだまだ魔石を暖房代わりに使う人が多いということだ。冒険者や遠征の多い騎士等は暖炉を持ち運ぶわけにはいかないし、魔術師なら更に攻撃魔術や魔力回復にも使う。これが夏なら逆に水の魔石が入手困難になりやすいとのこと。
ギルドの隅で羊皮紙の束を捲りながら、近辺に生息する魔物の属性を確認していく。無属性のゴブリンやアルミラージ、水属性のケルピー、風属性のハーピー等々。網羅された特徴やリアルな似顔絵が一種の図鑑みたいでわくわくした。
「ヘールハインツって結構色んな魔物がいるんだね。無属性の神様なら魔物も無属性が多いのかと思ってた」
「一番生態系が入り乱れてるからな。元々来るもの拒まず去るもの追わずで、他の国から流れ着いた種も多い。おかげで採れる魔石も属性の偏りはそれほどないが、その代わり無法地帯だ」
何が起こるかわからない危険もあるぜ。頭の後ろで両手を組み、ユーンくんが欠伸混じりにそう呟いた。
この世界に広がる七国は、それぞれの属性を司る神を祀っているらしい。火のバルナグル、水のヴィウカ、風のモラハドメア、地のユニア、雷のマアシスポス、氷のルニュー、無のヘールハインツ。例えばバルナグルでは火のバルドラル神の下、各地に火山があり、生息する魔物も火属性が大半だ。魔力適正も火の魔術を得意とする者が生まれやすいそう。
対してヘールハインツにはあらゆる属性が混在している。無属性自体が希少かつ他の属性にも柔軟であるため、受け入れられやすい分縄張り争い等の対立も頻発する、所謂修羅の国というやつだった。
「ユーンくん詳しいね」
「まあな。君のために勉強したんだ」
「ありがとう。いつもすごく助かってるよ」
「おおお? 流すなあ、君。さてはあしらい方に慣れてきたな?」
「んふふふ、ほんとのことだよ~」
うりうりと旋毛を押されてくすぐったい。冗談交じりの彼もまた少し照れているのがわかって、忍び笑いが止まらなかった。
いつの間にかマートル・ビーも参戦し、髪を弄り回されてもみくちゃになっていたそこへ、ぱっと空気が浄化されそうな華やかな声が降る。
「まあ、アオイ様! いらしてたのですね! お会いできて光栄です!」
「フィオラさん! こちらこそ光栄です、任務お疲れさまでした」
振り返ると、ミネフの守護者の一柱である麗しの妹君がいた。少々土埃を被ってはいるが、オーラは相変わらずキラキラしている。どんな時も失われない髪や瞳の艶も相まって、まるで存在自体が宝石みたいな人だ。
そんなフィオラさんは単独で魔物狩りに赴いていたという。カウンターに次々と積み上げられていく皮や魔石に、思わず読んでいた資料を手放す。
「どちらに行かれてたんですか?」
「リンテスです! 近いうちにまた行くことになりそうですが」
血痕のこびりついたヘビの遺骸を掲げ、フィオラさんは困ったように微笑む。
リンテスは、ミネフを背にした街道の分かれ道を左に行った先にある村だ。私は地図上でしか知り得ないのだが、こじんまりとして、ここと同じくのどかなところなのだとか。
──けれど、その安寧の背後に静かに歩み寄るものがいた。
「以前はそこまで強い魔物がいたわけではないのですが、最近はどうも生態系が変わったようでして。このガヌ・サーペントも本来の生息地はこの辺りではないのです」
「ガヌ・サーペント……これでしょうか?」
閲覧していたページを少し遡れば、毒々しい黒の体色と均等に刻まれた白い横帯の絵があった。
ガヌ・サーペントとは、非常に強い毒性を持つヘビの魔物の一種である。元来攻撃的な性格ではないものの、平地や農耕地等の人里近くにも出没するため、うっかり踏んでしまった暁にはさあ大変。ひと噛みで大の大人でも呆気なくお陀仏なのだ。
その危険度から、ギルドの討伐推奨級はCC級とされている。今の私が遭遇しようものなら全速力で逃げ出すべき相手だが──。
「ええ、左様です! 天敵に追い立てられたみたいで、村のすぐ傍まで来ていました。気の毒ですがリンテスの方々も生活がありますので……」
「天敵?」
「はい、ヘル・ハウンドです! そちらも近々捜索対象になるでしょう。ガヌ・サーペントより遥かに危険な魔物ですから」
「それにしてもアオイ様は勉強熱心でいらっしゃいますね!」とフィオラさんは褒めてくれたが、降って湧いた幸運の衝撃に、私は返事もままならなかった。
焔犬ヘル・ハウンド。黒々とした体毛に混じる燃えるような赤毛と、凶悪な牙を剥き出しにした悪魔の化身のような姿が特徴の犬の魔物だ。その名の通り地獄の火炎の如き焔を吐き、獲物を執拗に追い詰める猟犬の特性を備えている。
──我々が探していた火属性の魔物だった。
「フィオラさん、私っ──」
「あ、こりゃあだめだ。アオ、君には無理だ」
「えっ」
「?」
出鼻を挫かれてつんのめる。ユーンくんはぽりぽり頬を掻くと、首を傾げるフィオラさんと私に資料のとある箇所を示した。
「『討伐推奨級:B』……」
「D級の君じゃ同行もできない。それだけ手強いってことだな」
「アアア…………」
「ここらじゃ火の魔物はヘル・ハウンド以外いないみたいだぜ。はー、なるほど、縄張り争いに勝ったか。相当強いんだなあ」
「アアアアア……」
完全に見逃していた現実にうなだれる。さっきは天恵を得たと思ったのだが、よく考えればそうそう都合の良いことばかりが起こるわけもない。
例えここがゲームの中であっても、世界も皆も日々呼吸して生きているなら、私にとっては第二の生みたいなものだ。ならば過去の二十数年と同じく、人生山あり谷ありなのも納得である。
「もしや皆様はヘル・ハウンドを討伐なさるおつもりなのですか?」
「できれば……厳密にはその中身が目当てでして……」
目を丸くしたフィオラさんにマートル・ビーを紹介する。併せて火の魔石が必要な訳を話せば、彼女は大きく息を吸い、どむっと胸を叩いた。
「ではわたしがお持ちしましょう! ……と言っても、そのご様子ではそのまま受け取っていただくのはいささか難しそうですね」
魔石さえ手に入ればいいのなら、最初からご自身で赴く選択肢はないでしょう。全て悟ったようなその微笑みのなんと慈悲深いことか。
見抜かれていたことにやや気まずさを感じながら、重い口を開く。
「……はい。マートル・ビーと契約しているのは私だから、できれば私が魔石を用意したかったんですが……」
「なるほど」
「でも私の級では探すこともできません。なので申し訳ないのですが、どうかお願いします。その代わりに何かさせていただきたいです。フィオラさんがお強いのはもちろん存じてますが、魔物の相手は一筋縄ではいかないこともあるかと思います」
そう告げると、アクアマリンの瞳がきゅっと半月になった。何だかレグさんの笑い方と似ているな、と頭の片隅で思い出す。
魔力適正はなく、されど剣の腕一本でB級に留まる実力。彼女なら宣言通り、ヘル・ハウンドから火の魔石を取り出すことができるだろう。けれど成果を得るために負った傷や苦労を無視して、結果だけを浚っていくのは、フィオラさんの優しさを無遠慮に喰い潰すことに他ならない。それはレグさんの言う『努力の上澄みだけを掠め取るようなこと』だ。
何より、私達のために迷わず請け負ってくれたことが嬉しかったから。だから私も傾いてばっかりの天秤に乗せたいのだ。フィオラさんの親切に報いたい気持ちの分銅を。
「……かしこまりました! ヘル・ハウンドはわたしと同じB級帯、それなりに手がかかるでしょうから、前もって用意していただきたいものがございます! それで交換といたしましょう!」
「はい! 何なりと!」
ああ、やはり彼女は優しい人だ。意図を汲んで条件を出してくれたことに感謝しつつ、メモ代わりの羊皮紙を取り出す。
「一つは解毒薬です! ヘル・ハウンドをおびき寄せるために生きたガヌ・サーペントを捕まえますが、その際に撒き散らされる毒の保険として」
「はい! まずは解毒薬ですね」
「もう一つは熱傷薬をお願いいたします! 気をつけなければヘル・ハウンドの炎で火ダルマになってしまいますので! うふふ!」
「しょ、承知です……」
そんなに可愛らしく笑える内容ではない気がする。が、事実それほど危ない目に遭うということだ。こちらとしても良い機会だし、フィオラさんを守れるよう市販薬より効果の高いものの調合に挑みたい。
「となると、まずは材料を探すところからだな」
「うん! 新薬開発する勢いでやろう!」
「実験でしたら是非わたしに!」
「いや薬を作る意味!」
かくして火の魔石を入手するべく、私達なりの挑戦が幕を開けたのだった。
◆ ◆ ◆
「解毒薬の材料は解毒草と薬草、熱傷薬は火伏草と薬草か」
ユーンくんが肩の上で里から持って来たメモを読み上げる。これは暮らしの心得のようなもので、生活に必要な基本的なことが書いてあるのだ。里では薬も自作であったため、生活必需品としていくつか記されている。
「薬草はあるから、あとは解毒草と火伏草か。森にあればいいけどねえ」
「この前は探さなかったからなあ。先に行って確認しとくよ。マートル・ビー、後でアオを連れてきてくれ」
「ププー!」
「了解。私も籠持ってすぐ行くね」
森の手前でユーンくんと別れ、私はマートル・ビーと共に家へ向かった。材料を持ち運ぶ用の籠に加え、魔力を含んだ植樹用の苗や薬草の種も持って行かねば。
「そうだ、何か軽食も持って行こうか? もう夕方だからお腹空いたよね」
「……ブ」
「何がいいかな~、この前のクッキーがまだ──」
「ブブブブブッ!」
耳をつんざくような羽音だった。驚いて振り返れば、宙で静止するマートル・ビーの向こうに畑が見えて──。
「……え」
その光景を目にした瞬間、掠れた息が漏れた。目の前の現状に理解が追いつかず、ただ呆然と立ち尽くす。
──掘り起こされた根、引き裂かれた実、散らばる花弁。そこに広がっていたのは、見るも無残に荒らされたぐちゃぐちゃの畑だった。
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