第22話 主従契約
それから一夜明けた翌日。私達は午前中を日課の水やり、そしてシュラブルームの実と銀梅花の植え替えに費やしたのだが、そこで驚くべき変化を目の当たりにした。
毎日見ているせいか気づかなかったのだが、来る日も来る日も魔力を注がれ続けた畑と作物は、今や生命力に満ち満ちた状態だったらしい。順当に育っている野菜や花はもちろん、植えたばかりの銀梅花にもその効果が顕著に現れた。蜜を吸ったマートル・ビー曰く「病みつきになる」という。
おかげで彼は朝からとても上機嫌だ。花から花へ軽快に飛び回り、わんさか花粉を背負ってきては、採取した花蜜を使って球状にまとめていく。あっという間にそこらは黄や橙の花粉の粒で溢れ、さながら金平糖のように光っていた。
ユーンくんによるとこれらはハチの保存食になるそうだが、栄養たっぷりで人間にも食べられるとのこと。一匹では余るくらいだと、マートル・ビーも快く分けてくれた。
それだけでなく、彼から鳴き声のようなものがするようになっていた。プー、とかトゥー、といった少し高めの音だ。私の肩や背中にぴったり貼りついてはラッパのように吹き鳴らしている。
たった一日で随分慣れてくれたものだ。というか、思い違いでなければ何だかすごく心を許されている気がする。
「契約してるからですね!」
「エッ」
「アオイさんとマートル・ビーが!」
「エッ」
マートル・ビーに町を案内しようと通りがかった牧場にて。にっこり断言したトアンくんに、私はしばらく二の句が継げなかった。
「い、い、いつ!? どこで!? え、でも確か、魔力とか何かモノが必要なんだよね? 私、何も──」
「あー……ここだな。アオ、こっちのポーチひっくり返してみろ」
「えっえっ」
わたわたと腰元を漁る。普段は財布や貴重品を入れているそこに、見逃してしまいそうなほど極小の塊があった。小指の爪の先程度のそれをおっかなびっくり拾い上げる。
掌に乗せたものの正体は、淡く輝く琥珀色の石だった。ほのかに感じる温かさと魔力──紛れもなく、魔的生物の心臓たる魔石の欠片そのものである。
マートル・ビーがその隣に降り立ち、頭で欠片を押した。まるで差し出そうとするような仕草に胸がきゅうっと締めつけられる。
「私に……? あの、そうなると私の魔力はどこから……?」
「銀梅花の蜜やその他諸々、つまりあの畑からだな。あの環境と君の魔力がいたく気に入って、即座に魔石を砕いたみたいだ」
「そうだ、魔石って心臓なんじゃ……!? 砕いて大丈夫なの!?」
「空いた箇所に契約者の魔力を詰めればな。その時自分の魔石を契約者に渡すことで、文字通り命を預けて主従の契約を交わすことになる」
「主従……」
艶のある複眼にじっと見つめられ、私の内側では嵐のような感情が逆巻いた。
良いのだろうか。性急ではないだろうか。これからもっと好みの魔力を持つ相手が現れるかもしれないのに、一種の拘束とまでいわれる契約をこんなに簡単に交わして。
けれど同時に、改めて問い質すのは失礼に思えた。魔石を手放す彼がその重みをわかっていないはずがない。
「受け取ってあげてください。人間ほど複雑に物事を考えないところがあるからこそ、それはマートル・ビーの純粋な気持ちだとぼくは思います」
「そっか……そうだね」
調教師として数多くの魔物と接してきたであろうトアンくんの言葉は、じわりと心に染み込んだ。そうだ、時々慎重になり過ぎてしまうのが私の良くないところだ。
「ありがとう、マートル・ビー。選んでもらえてすごく嬉しい。あなたに恥じない契約者でいられるように頑張るね」
「ププー!」
「わあすごい。単体のマートル・ビーって熱烈ですねえ。『オレの女王』って鳴いてますよ」
「あれそういう意味だったのっ!?」
「いやー君もついに女王か、出世したもんだ。俺も鼻が高いぜ」
「ユーンくん知ってて黙ってたでしょ……!」
「何のことだか。なあマートル・ビー、アオは君の呼び方が気に入らないらしい。せっかく女王バチを見つけたってのに悲しいな?」
「ブブ……」
「あああごめんね! 違うのそうじゃなくて、ちょっと恥ずかしいだけで! ごめんなさい慣れます、慣れますからァ!」
へにょんと垂れ下がった触角にみるみる罪悪感が膨らむ。あの手この手でマートル・ビーを宥める背後で、ユーンくんはひたすら爆笑していて──今度絶対目の前で甘いもの独り占めしてやる、と私はギリギリ歯を喰いしばったのだった。
◆ ◆ ◆
最初は驚かれたものの、マートル・ビーはすぐに町の皆に受け入れられた。特に女性陣から「銀梅花みたいに真っ白で神秘的」「ころころしてて可愛い」と好評で、代わる代わる撫でられた当人も私の肩の上で大人しくしていた。人語を理解できるので歓迎されているのがわかったのだろう。
その後は各々仕事場に引き返していき、私達も冒険者ギルド前の路地に入った。目指すは工房『キャニス・ルプス』だ。
開け放された扉から覗き込めば、銀と青の巨躯が一つ。
「こんにちはー」
「いらっしゃい、……待て、肩に何かついてる」
「あ゛っ! 大丈夫です私が契約した魔物です! お納めください……!」
瞬時に牙を剥いたウェンデルさんに慌てて説明すると、「なんだ」と呆気なくいつものテンションに戻ってくれた。再び作業を始めた彼に内心安堵する。
「悪いが急ぎの納品前で手を止められない。何かあるならこのまま聞く」
「あ、そうでしたか……すみません、間が悪かったですね。出直した方が──」
「耳は空いてるから構わない。ウチはふらっと立ち寄るような店じゃないから、客は逃がすなと兄さんにも言われてる」
「それ俺達に言っていいのか?」
「ハハハ……」
飄々としてマイペースなウェンデルさんらしい返事だった。狙ってやっているわけではないだろうが、そう言ってもらえるとこちらも気兼ねなく依頼できるというものだ。
「実はこのマートル・ビーの巣箱を探してまして」
「ないな。作る」
「そうで──えっ」
「話が早いな」
「養蜂箱なんて一般には特に流通してないからな。引き延ばしても答えは変わらない。兄さん、設計図どこにやった」
「納屋だろ。右側の棚の二段目。古い方の資料に挟まってる」
「オレ用あるからついでに取ってくるよ~」
不意に強くなった木材の香り。頭上からふっと影が射したと思った次の瞬間には、隣にロンドルフさんが立っていた。シルバーグレーがゆるりと細められ、私の肩を射抜く。
「フン、新しいペットか」
「紹介が遅れました、私の契約魔物です。種族はマートル・ビー」
「群れじゃねェのは珍しいな。コイツ一匹用の巣箱なら普通のと違うモン用意する必要があるぜ」
「違うもの……例えばなんでしょう?」
「火属性の魔石だな。コイツらは気温が低いと集まって暖を取るが、単体だと難しい。魔石を巣箱に取り付けときゃ冬でも保温できるんだが……」
ロンドルフさんが考え込むように話を中断した。そこへルドガーさんが陽気に帰って来て、色褪せた羊皮紙を広げる。
描かれていたのは大きな木箱と、その中に納めるであろう板のようなものが数枚。余白には番号や寸法がみっちり書き込まれている。
養蜂箱なんて家具と勝手が異なるだろうに、こうしてきちんと勉強して作ってくれるのだ。本当に彼らの仕事振りにはただただ恐れ入る。
「アオイちゃん、マートル・ビー飼うの? え、契約? なんか新しいこと始めるの?」
「ルドガー、ひとっ走りギルドに行ってこい。依頼報酬に火の魔石を出してるヤツがいるかもしれねェ」
「えー? まだ寒いんだからさ~、絶対いるわけないって~」
ぶうぶう言いながらもルドガーさんはさっと踵を返し、ものの数秒でまた現れた。思わず手品かと二度見する。息一つ乱れていない様に、獣人の身体能力の高さを思い知らされた気がした。
「やっぱいなかったー」
「チッ。なら仕方ねェな、方法は二つだ。一、火の魔石が手に入り次第完成させる。ただしこれはいつになるかわからねェ。二は──」
「自前で用意する、ですね。探してきます!」
手を挙げれば、ロンドルフさんはニヤリと口の端を吊り上げた。
実を言うと、この間ゴブリンを討伐できたことで少しだけ自信がついていた(ほとんどユーンくんのおかげではあるけれど)。あまり強くない、それこそゴブリンレベルの火属性魔物もいるはず。それに私だってギルド員の端くれなのだ、必要なものくらい自分で入手してみせる。
──私達の冒険はこれからだ!
「なんか……すげえ見事なフラグ立ててない……?」
ぼそっと呟かれたそれが、私達の耳に届くことはついぞなかったのであった。
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