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ファンデア・テイル  作者: 八架
一章
21/80

第21話 D級依頼:シュラブルームの実を納品してください③

「……ははは」


 形ばかりの笑みに歪む薔薇のような唇。いつもの豪快な笑いは鳴りを潜め、瞬きしない瞳が食い入るようにこちらを見つめる。

 その虹彩に映るのは、ゴブリンの魔石と銀梅花の鉢を抱え、一匹の真っ白なミツバチを肩に載せた私達。さしもの彼も驚愕に言葉を失ったかに見え──。


「あっはっはっは!!」


 ──と思いきや、普段の数倍の声量が畑に轟いた。背後の森から野鳥が数羽飛び立つ気配がする。


「実を収穫してほしいという話が、まさか供給者ごと持ち帰ってくるとは! なんとざんし、斬新なっ、ぐははははははっ!」

「勘弁してくれ、鳥がいなくなっちまう」

「あ、大丈夫だよ、アッドさんこんな感じの人みたいで」


 びっくりしたのか、シャカシャカと背中に降りていったマートル・ビーに声をかける。

 無理もない。黙っていればビスクドールみたいな風貌の彼が腹を抱えて笑い転げるところなんて、毎年のやり取りでは見られなかったことだろう。私も今初めて目の当たりにして、正直若干戸惑っている。

 それからしばらく存分に笑い倒し、アッドさんはようやく背筋を伸ばした。目尻の涙を綺麗なハンカチで拭ったが、呼吸を落ち着かせるのには当分かかりそうだった。


「はあ……いや失礼した。今年に入ってから一番おも、興味深くてな、つい堪えきれなかった」

「面白かったんなら何よりだ。君、そのうち笑い死にするんじゃないか?」

「いいな、笑って死ねるなら本望だ。さて、何がどうしてこうなったのか報告を聞こう」

「ええと、かくかくしかじかでして……」


 水質汚染の影響の仮説、ゴブリンの襲来、たった一つのシュラブルームの実。全てを話すと、アッドさんの眉尻が悲しそうに下がった。日頃はきはきと明るい彼のそんな表情は初めてで、内心ギクッとする。

 私の肩から触角を覗かせていたマートル・ビーに向き直り、アッドさんは沈んだ声を出した。


「……久しいな。今年も顔を合わせられて光栄だ、と言いたいが……そちらは災難だったな。人間の匂いがついた者があまり森に立ち入るものではないと思っていたのが裏目に出た。本当に申し訳ない」

「ブブブッ」


 頭を下げた彼に翅が唸る。言葉は相変わらずわからないけれど、身を乗り出すマートル・ビーの真意は私にも理解できた。


「……訳すまでもないと思うが、今回の件は不可抗力だ。汚染もゴブリンも君のせいじゃない」

「そうか……ありがとう、ユーン。お前とアオイがいれば今後のことも大丈夫だな」

「それって……!」

「ああ、大方察しはついていたさ。マートル・ビーはお前達の傍に置いてやってくれ。シュラブルームと銀梅花もここで育ててくれると助かる。無属性()より地属性の魔力の方が余程効果があるだろうからな」

「やったー! ありがとうございます!」

「ブブブブブ」


 さすがギルドの長、私達の希望は丸っとお見通しだったらしい。

 シュラブルームの実はなくなり、あそこにいては他の魔物に襲われる懸念がある。ならばと申し出たのが、ミネフで種からシュラブルームを育てる計画だ。こちらは無事結実すれば安定した供給が根付くし、マートル・ビーは襲撃の心配なく銀梅花の蜜を好きなだけ吸える。銀梅花そのものも魔力を注入する予定なので、今まで以上に美味しくなるはずだ。それに交渉次第ではハチミツやミツロウを何かと交換してくれるかもしれない。

 ちなみにマートル・ビーがシュラブルームの番人をしていたのは、銀梅花の蜜が対価だったからだ。当初はそこまできっちり守っていたわけではなかったそうだが、アッドさんの依頼によって価値があると知ってからは、果敢に外敵を追い払っていたらしい。

 そのマートル・ビーはというと、シュラブルームがあの森以外で育つことに異論はないという。一番の好物があれば後はどうでもいい──本能に忠実な、魔物的思考の一端を垣間見た気がした。


「そういえば、納品が遅れるのは大丈夫ですか?」

「そうだな、用意できるとしても種からだからそれなりにかかると思うぞ」

「そこは僕が交渉するさ。多少遅れたとしても、今までの倍美味いものを数も揃えられるなら文句はないはずだ」

「ウッ……言いきられてる……!」

「あっはっは! 期待していると言ったからな!」


 ユーンくんと二人、わっしわっし髪を掻き混ぜられて為すがままになる。見合わせたお互いの髪は寝起きよりボッサボサだった。

 アッドさんはたまにこちらをペットか何かと勘違いしているのではなかろうか。まあ三桁単位で生きていれば周りは皆赤ちゃんなのかもしれないけれど。


「──お前達に任せて正解だった」


 不意に撫でる手が止まり、黒い双眸にゆらりと真紅が浮かび上がった。あの人は気分が高揚すると目が紅くなるんだ──そう教えてくれたのは誰だったか。


「突発的な戦闘もこなしたどころか、代替案まで持って帰ってきた。ギルドとしてはこれ以上ない最良の結果だ、よくやってくれた」


 透き通るような白磁の指が上品に踊る。すると左頬がじんわり暖かくなって、同時にふっと身体が軽くなった。まるで緊張や疲労を丸々引っこ抜かれたみたいに。

 これが一流の回復魔術か。驚きにユーンくんを振り返れば、彼の右頬には真っ赤な花丸がキラキラ光っていた。



       ◆ ◆ ◆



「この花取れないんだが……」

「んふふふ。可愛いよ、似合ってる」

「可愛いは嬉しくない!」


 たくさん労ってくれたアッドさんはギルドに戻っていったが、私達にくれた花丸はそのまま残った。ユーンくんは嫌がっているけれど私は嬉しい。人間いくつになっても、もらった花丸は誇りで自信だ。それにフェイスペイントみたいでちょっと楽しくもある。

 興味があるのか、マートル・ビーも大きな複眼を寄せてしげしげと眺めている。その度に動く触角が頬に触れてこそばゆかった。


「マートル・ビー、家と森を案内するね。基本は出入り自由だけど、森には少し決まりがあるから、それだけ守ってくれると嬉しいな」


 心得たとばかりに背中に貼りつき直したミツバチ。ミネフに来てからほとんど飛ばないのは、どうも私で暖を取っているかららしい。なるほど、早急に巣箱が必要そうだ。


「まず、ここが私達が借りている家です。で、こっちが畑。季節ごとに魔力のある種と作物を作る予定なんだ。花とかハーブもあるから、銀梅花の蜜の合間に味変とかしてもらっても大丈夫だよ。もし育て方のアドバイスがあったり、何か変だなって思うことがあったら教えてくれると助かります」


 一面の畑に、マートル・ビーは今日一番の羽音を立てた。振動が身体中にブンブン伝わってくる。単眼も複眼も忙しなくキョロキョロさせているところを見るに、かなり関心を持ってくれたみたいだ。

 わかりやすい反応に笑いを噛み殺しつつ、銀梅花の鉢を持ち上げる。


「日当たりが一番良いから、植え替えるまでとりあえずここに置くね。あ、お隣さんにドライアドっていう精霊が──」

「ブブブブブブブッ!」

「うええっ!?」

「なんだなんだ、そんなに慌ててどうした」


 突如発生した、錯乱ともいえるめちゃくちゃな飛び回り方に思わずのけ反る。マートル・ビーはしっちゃかめっちゃかに宙を踏み鳴らすと、その場で息を整えるように何秒か静止し、やがておそるおそるドライアドの鉢に近づいていった。

 一体どうしたというのか。状況が飲み込めないでいる私の傍にユーンくんが飛んでくる。


「……驚いた、マートル・ビーとドライアドは同じ(ところ)にいたらしい」

「えっ!?」

「考えてみれば、銀梅花は誰が世話してたのかって話だ。アッドは一年に一度しか森を訪れないし、マートル・ビーの大きさじゃ水をやったりなんてできないだろう。それを肩代わりしていたのがあのドライアドみたいだ」

「ブブブ、ブブブブ」

「ああ、そうだ。隣町で売られてたらしい。巡り巡って家に来てな、今元の樹に戻そうとしてるところだ」

「ブブブブブ!」

「ええと……怒ってはいなさそう……?」

「それどころか喜んでるぜ。木を切られた時は二度と会えないと思っていたそうだからな」


 やはりドライアドの宿っていた木は切り倒されてしまっていたようだ。そのせいで一度は離れ離れになった彼らだが、こうしてまた文字通り隣人となり、その偶然に居合わせたことが奇跡のように思えた。ニキちゃんに感謝だ。


「会えてよかったね、マートル・ビー。ドライアド共々、ようこそ我が家へ。これからよろしくね」


 そう告げれば、肩に舞い降りる軽やかな感触。擦りつけられた触角はやっぱりこそばゆくて、私はとうとう吹き出してしまった。

閲覧ありがとうございます!

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