第20話 D級依頼:シュラブルームの実を納品してください②
「ギャアァァアアッ」
「ギ、ギイイッ」
苦悶の声が森中に木霊する。木の鞭に身体中を締め上げられる者、地面から生えた岩槍に串刺しにされる者、巨大な岩に押し潰される者。ゴブリン達は武器を取り上げられ、一匹残らず無力に事切れようとしていた。
魔力で無から岩や槍を編み出したのはユーンくんだ。地属性で魔術に長けている彼は、一から自然物を作り上げることができる。魔力の消費量は多いけれど、いつものように周囲の自然環境を借りなかったのは『番人』に潔白を示すためだろう。あの一瞬でそこまで考えていたのはさすがとしか言いようがない。
私も咄嗟に炎や雷属性はまずいと思い、被害を最小限にするべく地属性に合わせてみたが、鞭を出すだけで精一杯だった。おまけに限界まで引っ張るだけでなかなか討伐できない。無駄に苦しんだであろうゴブリンの命は、ユーンくんにさくっと刈り取られて終わった。
「ありがとう……」
「怪我は?」
「ううん、大丈夫。なんか……今更緊張してきちゃって……」
「あはは、なんだそれ。土壇場でもちゃんと使えてたじゃないか。基礎は収めてるんだから、後は数をこなして慣れるしかないな」
仕方ない奴だな、という顔でユーンくんが笑う。
何を隠そう、魔物との戦闘は初めてだったのだ。ハーフエルフの里で訓練したとはいえ、相手にしたのは物言わぬ丸太のみ。襲ってくるわけもなければ動きもしないただの的だ。特に私にはユーンくんがいたから、ニエマ氏からも彼に任せておけばいいと言われていた。
けれどミネフに来て、冒険者ギルドの一員になったから。頼ってばかりもいられないと打ち明けた私に、ユーンくんは今回のような挑戦の機会とフォローを約束してくれていたのである。おかげで初回にも関わらず傷一つなく脅威を排除できた。ユーンくん様様だ。
いつか彼の献身に報いることができる自分になりたい。それが目下の目標の一つであることは、ちょっと恥ずかしいので本人には秘密だ。
「さて、もう出てきていいぞ」
ユーンくんが空に向かって呼びかけると、あの羽音がかすかに聞こえた。辺りを見回せば大木の陰から白い体毛がはみ出していて、緑のグラデーションの景色の中、それはよく目立った。
空間に静寂が揺蕩う。マートル・ビーは様子を窺うように何度か木陰を出入りし、やがて意を決したようにゆっくりとこちらに近づいてきた。
間近に降りてきた真っ白なミツバチ。片手に収まるくらいの体躯は、私のいた世界のものより全体的に丸みを帯びていて、ともすればそのまま転がって移動できそうなほどコロコロしている。
「君が『番人』だな、マートル・ビー。彼女はアオイ、俺は彼女の契約妖精のユーンだ。アックスフォードの代理でシュラブルームの収穫に来た」
「ブブブ」
「ああ、持ってきてる。これで証明になるか?」
荷物から小さな鉢植えを取り出して見せる。ギルドのカウンター端に置かれている、常に品の良い香りがするあのハーブだ。銀梅花といい、その名を冠するほどマートル・ビーが好む植物である。
ただし原産はここから東の国、ユニアやモラハドメアだ。ヘールハインツでは種を仕入れて栽培するしかないため、原産国以外のマートル・ビーは別の花の蜜で我慢しているところがあるらしい。アッドさんは毎年これをシュラブルームの実の対価にしていたので、マートル・ビーの中では彼自身を表すものとなっているそう。
「ブブ、ブブブブ」
翅が返事のように羽ばたく。私にはさっぱりだが、どうやらユーンくんには通じているらしい。しきりに頷いては小声で何かを問う彼に、マートル・ビーも触角や手足を動かして応えている。
そうして話し込んでいた彼らが、程なくして同時に振り向いた。
「アッドの読みは当たりだな。この辺りにも水質汚染の影響が出てる」
「えっ、そうなの!? だから実がなくなっちゃったってこと……?」
「正確には実を盗んでいったのはあのゴブリン達だ。ただ、こんなところまで食べられるものを探しに来るほど腹を空かせていたらしい」
マートル・ビーの話はこうだ。
元々ゴブリンの習性として、彼らは山の洞窟や地下等の薄暗く湿ったところに住処を築くことが多い。このゴブリン達もミネフの裏山に生息していたそうだが、最近は麓で見かける頻度が増え、その際は野生のイノシシや小型の動物を狩っていたという。
肉食であり、森では日光に照らされかねない。それなのにゴブリン達はなぜやって来たのか。その原因が例の汚染された水のせいではないだろうか、と。
「例えば汚れた水を飲んだせいで餌の野生動物が減ったとかな。山には他の魔物もいる。ゴブリンはそう強くないし、住処を追われたか何かしたんだろう。それでやむなく麓に移って、シュラブルームの実を見つけた──」
「そうか、そのせいであなたは襲われちゃったんだね……」
マートル・ビーの触角がそうだと言わんばかりに機敏に振られる。なるほど、人語がわかるのは確かみたいだ。異種族との意思疎通ができそうで嬉しくなる。
「肝心の実はほとんど奪われて、今日はとうとうマートル・ビーすら喰べられるところだったらしいぜ?」
「うわあ飢餓感で雑食に……じゃあ本当に危なかったね、間に合ってよかった。……ん? ほとんど?」
そこで彼の含んだような口調に気がつく。訝しげに尋ねてみれば、まろい頬が悪戯っぽくニヤリ。
「最後の一つは何とか死守したそうだ」
「ブブブッ」
マートル・ビーが全身で包むように運んできたのは、あの特徴的なフォルムだった。オクラとウリをかけ合わせたような掌サイズの果実が、柑橘類に似た皮に覆われている。茶と緑が混ざり合った少々毒々しい色合いだ。
放り投げるような仕草に慌てて両手を差し出すと、シュラブルームの実がぽとりと着地した。
「これ……」
「助けられた礼だって言ってるぜ。俺達が持って行っていいらしい」
「あ、ありがとう! でも……最後の一つなんだよね」
「ああ。水のせいか本体の木も弱ってるから、今年はこれ以上できそうにない。このままじゃ納品は無理だが……」
ちらりと意図的な上目遣い。納品ができないのは実が一つしか残らなかったから、ではその一つしかない実でどう納品をクリアするか。
私の脳内がチク、タク、と秒針を刻み──。
「っ、家の畑なら!」
「そういうことだ!」
軽やかなハイタッチが響いた。上手くいけば今年どころか、来年もその先も心配事が一つ減るかもしれない。
わあわあはしゃぐ私達を前に、マートル・ビーの小首がこてんと傾げられた。
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