第2話 お初にお目にかかります
というシリアス展開があったとかなかったとか。
「いやあ、いきなり何を言い出すのかと思ったぜ。俺からすればいつものアオと変わらないのになあ」
「本当よかったよ、そう言ってくれて。私ものすっごい心臓バクバクだったもん……」
「そういうところだよ。君は元々気にしいなんだから、もっと気楽に生きるべきだぜ」
ユーンくんはマグカップ──否、白樺のコップから足を投げ出してそう言った。
季節が切り替わったばかりの四月一日。まだ肌寒い空気が漂う中、私達は馬車でミネフの町に向かっている。
「里よりのんびりしてるな」
「うん、静かで良いところだね。落ち着いたらいろいろ見て回ろう」
肩の上でユーンくんがククサごと揺れる。このコップは私が昔あげたものなのだそうだ。拙い字で彼の名前が彫ってあるそれをずっと大事にしてくれているらしい。
そんな彼に、私は全てを洗いざらい話した。ゲームということはぼかしたが、一緒に過ごした過去の記憶がないこと、故に勝手がわからないこと。優しい小さな妖精は、時折詰まる私の話を黙って聞いてくれた。
自分でも荒唐無稽だと何度も思った。けれどその度にユーンくんは「大丈夫」と慰めてくれた。変わったところは何もないから、と。たとえ嘘でも彼の気持ちが嬉しかったから、私はこの夢が終わるまで、改めてこの世界で自分自身としてやっていくことを決意したのだ。
──それが一週間前、三月下旬のこと。出立までのこの一週間、私はユーンくんの助けを借りて世間の常識を頭に詰め込んだ。浄化師についてから始まり、生活の仕方、魔物の生態、果ては習得しているという魔術まで。一部は『ファンデア・テイル』の事前情報が役に立ったものの、ニエマ氏や他のハーフエルフの目を掻い潜りながら勉強できたのは偏に彼の協力のおかげだ。もう一生足を向けて寝られない。
「さて、今はどのあたりかな」
羊皮紙に描かれた地図を広げ、『ミース街道』の太字を追う。この大通りはミネフに通じる主要街道だ。たった今通り過ぎた大きな曲がり角と立看板を見るに、そろそろ目的地は近い。
「お、あともうちょっとだな」
「うん。降りる準備しとかないとね」
私は言わば新入社員みたいなもの。これから初対面の人にたくさん出会い、生活しながら彼らと交流していくのだ。大事な第一印象のための心構えはしておきたい。
少しの緊張と走り出しそうなワクワクを解すようにバチンと両頬を叩く。軽快なその音は、抜けるような青空に広く響き渡った。
◆ ◆ ◆
『ファンデア・テイル』主人公の肩書である浄化師とは、古くから続く魔術師の派生職業のことである。
その昔、この世界で予言なるものに基づく七国間の争いがあった頃。度重なる戦争の被害から国々は荒れ、不作や魔物の増殖・凶暴化等を引き起こしたらしい。今日まで続くそれらの現象を鎮めるため、原因を調査し、清浄な状態に戻すのが浄化師の役割なのだという。
対策には魔術的処置が多数必要なことから、浄化師に就く者には魔力を操作できる適正が求められる。そのため、元から素質を持つエルフやハーフエルフになり手が多い。ただどちらかといえば、エルフと人間の混血で、異種族のしがらみや背景とのバランスを取りやすいハーフエルフの方が向いているそうだが。
そんなわけで、私はゲームの主人公の追体験をしているのか、ハーフエルフの浄化師見習いとしてミネフに赴いたのである。
「アオイ殿! ミネフへようこそ!」
町の前には数人の男女が集まっていた。
馬車が停まるや否や、中央のロマンスグレーの男性が片手を差し出しながら歩み寄って来る。いくつも刻まれている笑い皺が印象的な、柔和な顔つきの人物だった。
「町長のミラモンテスだよ。皆からはモンテスと呼ばれているから、よかったらアオイ殿も気軽に呼んでほしい」
「モンテスさん、初めまして。浄化師見習いのアオイです。こちらは契約妖精のユーン、私の相棒です」
「よろしくな!」
「やあ、ユーン殿。こちらこそよろしく」
ユーンくんが片手を挙げると、モンテスさんは驚いた風もなく微笑んだ。妖精なんて私には空想上の生き物だったが、魔物が跋扈する世界では特段珍しくもないらしい。
「紹介しよう。右からジゼル殿とエルサ殿、母娘で食堂を経営している」
「よろしくね。腕によりをかけて作るから、いつでも食べに来てちょうだい」
「きてちょうだい!」
橙と茶の合いの子のような髪色の二人だった。しゃっきり伸びた背筋と溌溂そうな目元がそっくりだ。
「隣が教会の神父であるクアリック殿、ラギー殿は宿屋の若女将だ」
「その若女将っていうのやめない? ……じゃなくて、よろしく。ラギーって呼んで」
「クアリックと申します。お迷い事があればいつでもいらしてください」
気さくな挨拶をしてくれたのは、世が世なら芸能人かと思うほどの美女だった。隣のクアリックさんは大柄で実直そうな、神父というより騎士みたいな雰囲気。
「それから、冒険者ギルド支部長のアックスフォード。彼はなんと、吸血鬼と人間のハーフなんだ」
「なんと、の割には随分あっさり言うな? 同じ混血のよしみだ、よろしく。長ければアッドと呼んでくれ」
睫毛バサバサの双眸を細めたのは、貴族のような出で立ちの青年だ。ユーンくん曰く、ダンピールという種族らしい。直射日光の下でも平気そうなのはハーフだからだろうか。
「住人は他にもいるが、少々手が離せなくてね。夜の歓迎会でまた紹介するよ」
「歓迎会! ありがとうございます、楽しみにしてます」
思わず声が弾んでしまった。出迎えといい、歓迎してもらえるのがとても嬉しい。皆優しそうだし、ひとまずはやっていけそうで安心だ。歓迎会が楽しみなのか、ユーンくんもご機嫌にククサをゆらゆらさせている。
「よかった。それで、君達の家なんだが──」
モンテスさんが指差したのは、町に入ってすぐの広場の西側。教会と食堂の間の路地を抜けた先にあるそうだ。
案内してくれるというので住人の皆とは一旦別れ、彼の後に続く。
「少し土地があった方がいいと手紙にはあったけど……本当に町の中じゃなくて構わないかい?」
「はい、大丈夫です。畑やら何やら色々やらせていただく予定なので。結界もきちんと張ります」
心配そうなモンテスさんにそう返す。浄化師の仕事は原因を直接叩く一方、その地にある様々なものに魔力を通し、状態を比較する等長い時間をかけて行うことも多い。そのため、作業場のようなある程度のスペースがあった方が捗るのだ。
ブーツの裏が石畳から地面への変化を感じ取る。西門を出ると、ミース街道ほどではないがそれなりに整備された小道があり、その脇に大きな牧場のような敷地が広がっていた。
柵の中には牛と馬が混ざり合ったような生物とそれを世話をしている人間が見えた。こちらの視線に気づいたのか、飼い葉桶を置いた両手がぶんぶん振られる。
「こんにちはー!」
声変わり前の少年のような声。反射的に頭を下げつつ手を振り返すと、当人が猛然と走り出したのでちょっとびっくりした。そこに並走するように、巨大な犬のような狼のような生物が脇から突然現れたのでもっとびっくりしてしまった。のけ反った私達にモンテスさんが笑いを噛み殺す。
「彼はトアン殿、ここの牧場主だよ。こっちは犬の魔物で名前はエカ。トアン殿の契約魔獣なんだ」
「初めまして! 浄化師の方ですよね? ごめんなさい、ちょっとびっくりさせたかもしれないですけど、エカは人を襲わないので! あの、それでその……もし苦手じゃなければたまに遊んであげてください」
「ウォンッ!」
「わ、君でかいな。よーしよーし」
眉を下げたトアンくんを余所に、ユーンくんが早速その鼻先を撫でた。大人しくされるがままになっているエカくんはよく躾された犬そのものだ。
ゲームでも魔物を仲間にできると謳っている通り、ここには魔物を使役できるシステムがある。旅の相棒然り、人生の友然り、心を通わせた異種族と契約関係を結ぶのだ。そのためにはきっかけとなる魔力や物が必要で、ユーンくんの場合は彼のククサがそれに当たる。
「こちらこそ初めまして、アオイです。私もこのユーンと契約してるし、全然苦手とかじゃないので、よかったら今度ご一緒させてください」
「……はい! よろしくお願いします!」
トアンくんの顔がぱっと晴れる。よかった、元気を取り戻してくれたみたいだ。ついでに私もエカくんをひと撫でさせてもらい、もふもふの体毛に夢中になっているユーンくんを引っ張って牧場を後にした。
それにしてものどかなところだ。浄化の依頼が来るほどの環境ではあれど、住まう人々は生きる気力を失っていない。
「ミネフの現状は依頼書に書かせてもらった通りだ。幸先はあまり良くない。でも、ここの皆はすごく良い人達ばかりだから、きっとアオイ殿の力になってくれると思う。馴染めそうかい?」
「はい、もちろん! ここで暮らせるの、すごく楽しみです!」
「そうか、嬉しいな。さあ、家はもうすぐだよ」
道の先に屋根らしきとんがり帽子が覗いている。それを目にした途端にそわそわっと心が浮き立って、ユーンくんと二人、顔を見合わせて笑った。
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