第17話 D級依頼:ポーション量産計画
ポーション実験から二日後。私とユーンくんは、教会でクアリックさん達とミネフのポーション量産計画に携わっていた。
「……ふむ。初級ならこの薬草が一本あれば作れそうですな」
「そうなると、中級は単純計算で三本かそれ以上くらいですかね。試してみましょう」
「お二人さん、こっちのお湯湧いたから使って」
「ありがとうございます!」
作業台に広げた器具や手順書、そして薬草の入った籠。今朝畑で摘んだばかりのそれらは、実験時と同じく種から魔力を含んだものだ。畑は地属性のユーンくんが魔力を注いでくれる限り、安定して供給が可能になっている。
前回に引き続き、立ち会ってくれているのはクアリックさんとスタイラーさん。この町のポーションは主にこの二人が作成しているので、今回も場所を提供してもらったのだ。おまけに彼らはこの集まりを私のギルドC級昇格のために依頼にまでしてくれた。そのため、喜んで材料の薬草と里の薬の作り方を提案させていただいている次第である。
現在は、初級・中級・上級の各ポーションの作成に最低限必要な薬草の量を調査しているところ。これがわかれば品質と生産量をコントロールできるし、今度はミネフから余所へ販売できるようになるかもしれない。そうすれば町の財源を一つ確保できて良いこと尽くめだ。
薬草や他の作物を通してこの地に魔力が根付けば、いつか浄化師がいなくなっても、ミネフに住む人々の生活を支えてくれるだろう。だからこの瞬間が頑張り時なのだ。
「こんにちはーミヅカネ商会でーす! いつもご贔屓ありがとうございまーす!」
「ありがとうございまーす」
突然ドアが開き、陽気な挨拶が教会中に響き渡った。驚いたスタイラーさんがうっかり煮え滾るお湯に手を突っ込み、ユーンくんが「あちゃあ」という顔で回復魔術をかける。
入ってきたレグさんは、持っていた袋を置きつつ惨事に苦笑した。
「おっと、びっくりさせちゃってすいませんね旦那。でも最近ちょっと鈍ってません? 地下は大人しいんですか?」
「ハハハ……そうだねえ、不気味なくらい静かだよ。オジさんやることなくって今日もこっちに来たからね」
「ま、陰気なところに篭るより明るい未来の話に加わりたいのは皆一緒ってことで。どうです、進捗? はかどってます? あ、これ差し入れなんで皆さんでどうぞ」
「ありがとうございます、おかげ様で非常に順調ですよ。こうも効果が目に見えるとやる気もひとしおでしてな。アオイ殿とユーン殿のおかげです」
「へえ~? 見習いとか謙遜しといてめっちゃ優秀なんじゃーん。さっすが~」
「へへへそんな、仕事ですから、へへへへ」
レグさんに肘でグイグイ押されて頬が緩んだ。黒歴史を晒して吹っ切れたのか、コミュニケーションがちょっと気安くなったような気がする。
彼に対する自分勝手な劣等感も、こうしてできることを少しずつ積み重ねてきた今、僅かではあるが薄れつつあった。要は目指すベクトルの違いに今更ながら気づいたのだ。レグさんの魔術がすごいのは本当のことだけれど、私にはやるべきことがあり、そのために打ちのめされているだけの暇はない。
「アオちゃん、手空きそう?」
「あ、うん。ひと段落ついたよ」
「じゃあ休憩して。これ持って座って食べて」
「はあい」
「ユーンも。ちっちゃくしてあげるから」
「はあい」
二人してニキちゃんに握らされたのは温かいソーセージパイだった。一口齧れば、サクサクのパイ生地とソーセージのじゅわっとした脂が口内で混ざり合う。それらをマスタードのぴりっとした辛みが引き締めてくれて、とても美味しい。そこへクアリックさんがお茶を淹れてくれたので、皆で作業台を囲んだ小休憩となった。
「で、噂のヤバいポーションはどんな感じなんです?」
「初級なら薬草一本、中級はさっき試してみたら三本半で作れました。上級は最初の実験から五本程度ですね」
「なるほど……材料が半分、下手したら三分の一くらい減って、でも同じ効果が得られるのか。凄まじいな……」
食べかけのパイを放ってレグさんが薬草を一本取り上げた。前後左右にひっくり返しながらじっと見つめ、算盤を弾くように指先で卓上を叩く。どうやら彼の頭の中の商才がフル回転しているらしい。「こうなると梃子でも動かない」と、ニキちゃんがパイの残りを無理矢理レグさんにねじ込んだ。
そうして手をパンパン払い、何やら改まったように彼女は居住まいを正す。
「アオちゃん、あのね。昨日はチーズケーキありがとう。おいしかった」
「そうか、美味かったのか。そうかそうか、それは何よりだ」
「うん、すっごく。食べられなかった人が残念なくらい」
「…………」
「…………」
「あの、ちょっと険悪になるのやめましょ……? ね、ユーンくんにはまた作るから……」
「わたしには?」
「君はもう食べたろう。今度は俺の番だぞ」
「独り占め? ずるいと思う」
「元々俺達のチーズケーキを掻っ攫ってったのは誰だ!」
「わたしだけじゃないもん。わたしだって全部食べたかったのに、……あ」
そこで、頬を膨らませていたニキちゃんが我に返ったようにはっとした。音を立てて立ち上がり、ごそごそと荷物を漁る。
「忘れるところだった、これお土産。チーズケーキのお礼」
「え! ありがとう……気を遣わせてごめんね」
「ううん、本当においしかったから。これはわたしから、こっちのは兄貴達から」
差し出された二つの包みを受け取る。「おいしい」という感想をもらえただけで充分だったのに。食べ物が絡むと狂人になりがちな彼女だが、本来はとてもしっかりしているのだ。
「兄貴達……、あ、ルドガーさんとウェンデルさん?」
「ロンドルフの方。みんな食べたからって」
兄貴というのはロンドルフさん単体を指すそうだ。その下の双子は彼女にとって同級生みたいなもので、故に彼と違って呼び捨てなのだという。力関係が垣間見えて面白い。
それにしても、だ。まさかチーズケーキがロンドルフさんにまで行き渡るとは思わなかった。『半端者』の私が作ったものを食べた上、律儀にお礼までくれるなんて。
──いや、たぶん不意を突かれてとか、とにかく意図せず口に突っ込まれてしまったに違いない。私は内心で首をぶんぶん振った。触れられたくないことだろうし、今後鉢合わせても話題にするのはやめておこう。
「ねえ、わたしの先に見て」
「わかった、開けさせてもらうね。何だろう、楽しみだな~」
可愛い我儘に従って開封すると、現れたのは小さな鉢植えだった。柔らかい色合いのテラコッタの中央にちょこんと双葉が生えている。
「わー! ちっちゃい! かわいい! 何が植わってるのかな」
「えっと……何だっけ……何か木になるって言ってた。アオちゃん、色々育ててるって聞いたから」
「木? それにしては妙な気配だな」
覗き込んだユーンくんが首を傾げた。怪訝そうにぐるっと全体を見回してから、パチンとフィンガースナップを鳴らす。途端、鉢植えの周囲の空気が漣のように振動した。
「結界……」
「念のためだ。たぶんこれ普通の植物じゃないぞ」
「わたし、へんなの買ってきちゃった……?」
ニキちゃんの語尾が震えた。俯きかける彼女に、ユーンくんはあっけらかんと返す。
「いや、今のところさして危険は感じない。まだ本体が眠っている可能性はあるが、とりあえず畑に置いて様子を見よう。あそこなら万が一何かあっても俺の魔力で何とかできる」
「うん、了解。ニキちゃん、ユーンくんがいてくれるから大丈夫だよ。地属性だから植物関係に明るいし、この子もすぐ立派に育ててくれるから。私も水やり頑張るね。だから気にしないでね、お土産ありがとうね」
「……うん」
背を擦ると、ニキちゃんがそろそろと頭を上げた。暗海色の虹彩が不安そうにゆらゆらしている。落ち込む彼女の目の前で、ユーンくんがククサから身を乗り出した。
「なんだなんだ、そう気に病むな。特に何が起こったわけでもなし、アオも俺も気にしてないぜ」
「……ユーンはすごいんだね」
「お、ようやく気づいたか? そうだぜ、俺は魔力が豊富で魔術に長けてるし、チーズケーキを喰われたことも許せる超絶有能妖精だからな」
「いやめちゃくちゃ根に持ってる……」
「ううん、チーズケーキはこれからもわたしが食べたい。何なら他のも」
「…………」
「…………」
「すぐ険悪にならないで……」
こんな時ばかり感情表現が豊かな二人。まるで幼子のようなやり取りに少々呆れつつも、でもやっぱり嬉しさが勝って、私はだらしなく綻ぶ唇をぎゅっと噛んだ。手料理を褒めてもらえること、お代わりを期待されることが幸せだった。自分にできること、即ちこの世界で自分を確立できる証明がまた一つ積み重なっていくようで。
なら仕方ない、料理のレパートリーを増やさないと。誰ともなしにそう独り言ちれば、鉢の中の芽がふるりと揺れた気がした。
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