第16話 大人で子供な私達
町の水源の調査、そして私のギルド昇級。掲げた目標は未知の部分が多く、またとてつもなく大きな壁に思えた。
それは私だけでなくモンテスさん達も同様で。なので問題点と自身の力量とを正確に把握し、報告・連絡・相談を怠らないことを約束して、私達の計画は水面下でこっそりと動き出した。
「って気合入れたばっかりなのにお休みしちゃった……」
ピチチ、ピチピチ。小鳥の囀りが響く窓の外を見れば、既に太陽が真上に移動していた。紛うことなき寝坊である。
「考えてみれば一週間以上働き詰めだったろう。俺としたことが、君があんまりにも楽しそうなんでつい声をかけそびれたが……これからは強制的に休暇を取らせるからな」
口いっぱいにハチミツレモントーストを頬張りながらユーンくんが言う。今朝は他に温かい紅茶とフルーツ添えのヨーグルトを用意し、全体的にほの甘い朝食兼昼食だ。たぶん午後にはお腹が空くだろうとのことで、おやつを作ろうかという話もしている。
「休めるのはありがたいけど……何かちょっと焦らない……? こう、何かやってないとっていう……」
「気持ちはわかるぜ。君の責任感の強さもな。ただ、一日やそこらで何がどうこうなるわけでもなし、いざという時に倒れて動けなくなる方がよっぽど悪手だと思わないか?」
ウーン、刺さる。お守を自称する彼はいつも正しくて、それでいて決してこちらの心情を蔑ろにしないので、私もすんなり受け入れてしまう。最初は成人した人間にお守だなんて、と思うところもあったが、最近はそれでもいいのかもしれないと考えるようになっていた。
しかし──社畜なんて以ての外だった自分が、いつの間にかそれそのものみたいな思考を持つようになっていたものだ。それも全部ここでの生活が楽し過ぎるのがいけない。魔術は使えるし、世界はファンタジー。町の皆はびっくりするほど親切で、家はのどかな自然に囲まれた極上の住み心地。仕事は仕事だけれど、キッチリカッチリ拘束されているようには感じない。むしろあれこれやりたい欲がどんどん湧き出てくる始末。つまり、休息なんてすっかり忘れるほどの毎日だったのだ。
「ま、水やりは毎日要るけどな。終わったら今日はのんびりしようぜ」
「うん」
素直に頷いたその返事が嬉しかったのか、ユーンくんはまるで親のような顔でニコニコして、傍にあった私の手の甲を撫でた。幼い頃から一緒にいたというから、彼にとっての私は赤ちゃんのままなのかもしれない。であればなるほど、お守というのも言い得て妙だ。そう思ったら何だか微笑ましくて──ンフンフ笑い出した私に、小さなお父さんはきょとんと首を傾げていた。
◆ ◆ ◆
普段よりゆっくりと水やりを終え、私達は優雅な午後を過ごした。家中を軽く掃除した後、森に材料を摘みに行き、荷物の中から小さなバスケットを引っ張り出してきたのだ。これからおやつを持って、南門近くの平原にピクニックに行くのである。
こうした時間を持てるようになったのも幸せなことだ。現代では窮屈なスーツを義務付けられ、目をショボショボさせながらパソコンと睨めっこしつつ、合間にコンビニご飯をかき込む日々。記憶は会社と家の往復だけに埋め尽くされていて、休日はひたすら寝溜めするのが常だったから。
今は目に映るもの全てが新鮮で、手探りの毎日は一筋縄ではいかないけれど好奇心も尽きない。料理だって前はほとんどしなかったのに、気づけばもう虜だ。作れるものが増えていくごとに成長と充実を噛み締めている。
「アオー! 焼けたぞー!」
「はーい」
今か今かとオーブンの前に待機していたユーンくんから、待ちに待ったような呼びかけ。ミトンを嵌めて蓋を開ければ、ほわりとした空気と共に艶々のチーズケーキが姿を現した。外側から中央にかけての濃い橙と黄のグラデーションが美しい。
このケーキの作り方は実にシンプル。卵、クリームチーズ、砂糖、生クリーム、薄力粉、塩を混ぜて焼くだけ。まさに私のためにあるような、ジニアさんのお手軽レシピだ。
チーズケーキを冷ましている間にお茶を準備する。里で飲んでからずっと気に入っているハーブティーで、今日のフレーバーは緑茶に似た味わいのネトル。冷やすとどうしても味や香りが弱くなってしまうので、少し濃い目に淹れてある。
それを革袋(鉤角山羊という魔物のものらしい)に注ぎ、カットしたケーキを詰めたバスケットと一緒に抱え上げた。
「いざ、しゅっぱーつ!」
そうして意気揚々と南門へ向かった私達は、とんでもなくおっかない光景に出くわすこととなる。
◆ ◆ ◆
「わかってるよな? ミヅカネ商会のお得意さんなんだから絶ッ対に余計なことするなよ。犬だろうが狼だろうがどーでもいい、訳わかんねーこだわりは捨てろ。何言われてもお前の返事は『ハイご主人様』だ、いいなクソ野郎」
「いちいち御託が長ェんだよクソったれ。オマエんとこの得意先だろォが何だろォが知るか。ンなに心配なら自分で行けよ腐れモヤシが」
「誰が腐れモヤシだテメェ!」
「やるかゴラァ!」
通りがかった南門の前で二人の男性が向かい合っていた。非常に見覚えのある長身痩躯の赤髪と、彼よりも更に頭一つ分背高な巨躯。鼻先をこれでもかと近づけ、互いを親の仇か何かのように睨みつけている。
特にレグさんは日頃と違う乱暴な口調だった。初めて耳にするそれに些か驚き、咄嗟に足を止めた私にユーンくんがぼそりと呟く。
「腐れモヤシって絶対髪の色と体型から来てるよな」
「ぐふっ! や、やめて……!」
「聞こえてんぞ誰だコラ、……」
巻き舌と共に鋭い眼光が振り返る。色付きレンズの奥から覗くギラギラとした視線がこちらを認識した瞬間──たちまち瞠目したかと思うと、すぐさまニ゛ィィッコリと効果音が聞こえそうなほど弧を描いた。
「あれ、アオイちゃん達か! 奇遇だねー、どっか行くの? リマで送ろうか?」
「いや無理あんだろ」
「うるせーな! 自分でもちょっとやっちまった感あるのわかってんだから黙ってろよ!」
「あ、大丈夫ですよそんな、ちょっとびっくりはしましたけど、でもあの、ね? そんな……ね?」
「何言ってるんだ君」
「あああ俺すげー気ィ遣わせてる~~~そうだよねびっくりしたよねごめん~~~」
両手で顔を覆ったレグさんがガバッとしゃがみ込む。大分情緒が危うそうで耳が赤い。動かなくなってしまった彼にどう声をかけるべきか戸惑っていると、広場に乗り入れた馬車からニキちゃんがひらりと降りてきた。
「店長は若い頃調子に乗ってたから恥ずかしいんだって。たまに出ちゃうけどあんまり気にしないで」
「そ、そうなんだ……」
どうやら昔取った杵柄というか、所謂黒歴史とやらのようだ。理解できないと言わんばかりのニキちゃんの冷めた表情に、うっすら心当たりのある私までダメージを負いそうだ。ボロを出さないうちに話題を変えることにする。
「に、ニキちゃん達どこか行くの?」
「うん、隣町まで工房の納品の付き添い。アオちゃんは?」
「私はユーンくんとピクニックに行くところなんだ。近くの原っぱなら魔物も大丈夫かなって」
「ああ、だから……いい匂いする」
すんすん鼻をひくつかせたニキちゃんのお腹から地響きのような轟音が轟いた。そんな彼女の歓迎会での大食漢振りを思い出す。その細身に次々と大皿が吸い込まれていく様を見て、ユーンくんに何度も「本当に体内に何も飼ってないのか聞いてくれ」と耳打ちされたことを。
周囲を心配させてしまうため、できるだけこまめに間食することで完全な空腹を防いでいるそうだが、今日は忙しくてつい昼食を抜いてしまったらしい。こっそりユーンくんに目配せすれば、彼も首を振ってくれた。
「これチーズケーキなんだけど、よかったら少し持っていく? ジニアさんのレシピ通り作ったから味は大丈夫だと思うんだ」
「いいの? 食べたい……」
「うん、私達は半分くらいあれば大丈夫だから──」
「アオイちゃん、それなに? お菓子?」
「チーズの匂いがする」
バスケットを開けると、ルドガーさんとウェンデルさんも荷運びの手を止めて集まってきた。さすが、狼の嗅覚は侮れない。
「え、差し入れ? くれるのっ?」
「ううん、わたしの」
「何でだ。オレ達も腹が減ってる」
「わたしが先にもらったから」
「…………」
「…………」
「あ、あ、けんかはなしで……平和にいきましょう……平和に……」
「ねーねー、一切れ食べてもいい?」
「あれ、もしかしてルドガーさんも結構マイペース?」
結局、チーズケーキどころかバスケットごと攫われてしまい、背後のユーンくんを振り向くのが恐ろしい結果になった。けれど手料理に群がられたのは初めてで、成り行きとはいえ胸の辺りがくすぐったい。
「いっふぇひまーふ」
口元にケーキの欠片をたくさんつけたニキちゃん達を乗せて、馬車がゆっくりと滑り出す。ああ、出発する前から食べきってしまいそうだ。手を振る彼らを見送りながら、親になったような微笑ましさを覚える。
ユーンくんも時々こんな気持ちになるのかな。横目でそっと隣を窺うと、あからさまにぶすくれた様子は到底親には見えなくて。後ろではレグさんもまだ幼く膝を抱えている。
──いくら姿形は立派でも、誰もが完璧な大人にはなりきれない。だから私にだってお守は就くし、ユーンくんもレグさんもありのままの内面を曝け出してしまったりする。きっとそれが生きていくということなのだ、なんてわかった振りをしながら、私は二人の子供のご機嫌伺いに勤しむことになるのだった。
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