第15話 町依頼:水源問題を解決せよ!
ミネフの北側にある町長の屋敷からほど近い、鬱蒼と茂った森の中。小さな湖の畔にモンテスさんがしゃがみ込む。その横顔には影が落ちて、胸に渦巻く不安を憂いているようにも見えた。
彼の強い申し出により実験を切り上げた私は、ユーンくんと一緒にここに連れられてきた。どうもあまり公にできない話らしく、アッドさんだけが同行している。その彼もまた、長い睫毛を伏せてじっと景色を見つめたままだ。
「突然連れてきてすまないね、アオイ殿。君の実験を見たら居ても立っても居られなくて」
「いえ……ここは?」
「ミネフの水源だよ。山に降った雨水が地下を通って湧き出ているんだ。町の主な生活用水はここから運んでいる」
手招きされ、モンテスさんの横からそろりと首を伸ばす。
──正直、到底綺麗とはいえない水質だった。全体的に底が見えないほど土と緑で濁り、たくさん浮いた枝や落ち葉も相まって、ひどく手入れを怠った印象を受ける。これが澄んだ水なら全く違う評価だっただろう。よく大雨が降った時に川が汚れることがあるが、ミネフでは近年この状態が常だという。
それだけでなく、水の量自体もかなり少ない。水面との境にある岩肌は禿げた部分が随分露出しており、おそらく以前はここまで水量があっただろうことが窺える。
「定期的にアッドやレグ殿、それとエカ殿に魔力を注いでもらっているんだが、一時回復してもすぐ濁ってしまうんだ」
「僕もレグも無属性でエカは風属性だから、誰も水魔術に特化していなくてな。付け焼刃程度にしかならん」
「なるほど……」
私も無属性なので、毎朝の水やり然り、得意属性でない魔術の大変さはよくわかる。それにアッドさんはギルドの支部長なので、魔物が増殖している昨今、そちらに魔力を都合しなくてはならない場合も多いのだ。レグさんも同様に召喚獣による配送や各地での仕入れ、エカくんはトアンくんの補佐の仕事がある。
「あまり彼らにばかり負担をかけるわけにはいかないから、底を浚ったり余所から水草を買い付けたりしているんだが……どうも上手いこといかなくてね」
モンテスさんが水源に手を突っ込み、水草を一本手折った。引き上げられたその葉は斑に茶色く変色し、一部は溶けて形を失っている。
水草には元来水を浄化する機能がある。そのため、きちんとした働きがあれば水は透明になるはずだが、いくら増やしても一向に効果が見られないそうだ。購入時はどれも元気そうなのに、この水源に移すと枯れてしまうようになったとモンテスさんは言う。
「今年に入ってから特に悪化して、たまらずアオイ殿の里に依頼を出したんだ。今は週ごとのアッド達の魔力で何とか凌げているが、これが毎日にでもなったとしたら──」
それはあまりに恐ろしい想像で、モンテスさんが口を噤んでしまうのも理解できた。既に広場の噴水は止まっているし、生活用水まで確保できなくなれば文字通り死活問題になる。水の流れがあるからか、私達の家の近くの小川はここよりもまだ清浄だが、あちらも時間の問題だろう。
「本当は君の生活基盤が整うまで、と思ったんだが……先の実験を見て、アオイ殿は自ら考え、実行に移せる能力があると踏んだ。見習いとはいえ、その志や責任感は立派な浄化師だと私は思う」
モンテスさんが立ち上がって振り向いた。その顔に一切の笑みは見当たらず、ぞっとするほど真剣な口調で彼は告げる。
「──アオイ殿に改めて依頼したい。最優先でミネフの水質問題を解決してもらえないだろうか」
「承知しました。誠心誠意、尽力いたします」
一も二もなく頷いた。モンテスさんは決して過度な期待や偏見を盛り込まず、私の行動だけを見て、ありのままを純粋に評価してくれている。そして常にミネフの将来を案じ、先んじて様々な対策を講じている。まるで長の鑑のような人だ。そんな彼の願いをどうして無下にできようか。
それにこれから夏が来る。これまで以上に水が必要になるその前に、詳しく現状を教えてもらえて良かったと思うのだ。
「……ありがとう」
そこでモンテスさんがやっと笑ってくれた。深くなる笑い皺をいっそ懐かしく感じていると、乾いた柏手の音が辺りに木霊する。
「では問題の整理といこう。目標は水源の改善、そのための手段を構築するには……うん、まずは何事も調査からだな」
「そうですね。とりあえずわかっていることだけでも教えていただけますか?」
古くからミネフにいるモンテスさんとアッドさん曰く──。
目に見えるほど事態が急速に悪化したのは今年の始め。雪解けの水の透明度に違和感があり、その場は魔力で事なきを得たものの、以降水源に少しずつ濁りが現れるようになる。
水源も川も、源はミネフの背景に聳える山だ。三日月を描くようにこの町を囲むそれは、住民共有の森を始めとする豊かな実りをもたらしてくれる。反面、何かしらの良くないものを抱えると、周辺や麓に被害が広がる恐れも孕んでいる。
「アオイ殿の家の近くの川も、ここまでとはいかないが澄んでいるとは言い難い。つまり原因はこの水源ではなく、ここに届く前に汚染されている可能性が高いと我々は推測している」
「ギルドで何度か調査隊を派遣したが、本格的な調査の前に悉く問題が起こるんだ。滅多に人里には下りてこないとはいえ、山には元々魔物が多いからな」
食糧があり、住処を荒らされる危険性もなければ、その快適さを求めて山に住み着くのは自然の摂理だ。フォルクさんとフィオラさんも何度か向かっているが、襲い来る魔物を撃退するのに精一杯だという。
余所のギルド員はさらに頼れない。山岳地帯の探索は平地に比べて過酷なため不人気なのだ。おまけにミネフ専属の二人がいることを挙げられ、断られることが日常茶飯事らしい。
「町のことはなるべく住人で解決したいんだがな。なかなか進捗が見られないものだから、さすがに僕も焦ってお前に泣きついたんだ」
アッドさんが大袈裟に肩を竦めた。全然そうは見えなかったが、内心気が気でなかったそうだ。もしも私がギルドへの登録を断っていたら、どうにか調査に同行してもらおうと里への直談判も検討していたらしい。
「……じゃあ、これからはお供できそうですね?」
我ながらドヤった言い方だったと思う。しかしアッドさんも負けじと挑発的に「つい昨日、本登録が済んだからな」と返してくれた。
ギルドの規定では、未開拓地への探索はBB級以上のギルド員しか受注できない。私のD級から四つも上の高位級である。ただし、そのBB級が同行するなら一つ下の帯の級でもメンバーに加われる。
ギルドの級はD、C、CC、B、BB、A、AA、AAAの八つから成る。つまり私がC級以上に達すれば、B級帯の任務に随伴できるのだ。
「ギルドはできるだけ探索の範囲を広げておく。その間、アオイは最低限C級まで合格すること。戦力充分と見なしたらお前を加え、本腰を入れて調査開始だ」
「頑張ります!」
「その意気だ、と言いたいところだが……本音を言えば僕は心苦しい。お前はあくまで浄化師なのだから、障害を取り除いておくのはギルドの仕事だろうに。あの戦闘狂さえいれば──」
「戦闘狂?」
初めて耳にする言葉だった。首を傾げる私にアッドさんは眉を下げる。
「専属はもう一人いるんだ。ミネフだけじゃなくここら一帯の町や村と契約しているギルド員がな。ほとんど顔を出さないし素行も難ありだが、腕はかなり立つ。級はAAだ」
「すごォ……ですがまあ現状いらっしゃらないとなると、今いる人達だけで何とかするしかなさそうですね」
「ああ、申し訳ないがそれで頼みたい」
「承知です。とりあえずこちらですぐ取り掛かれそうなのは、水源を魔力で浄化する面々に加わること、あと──」
「アオ、君できるのか? 今も水やりでヒイヒイ言ってるだろう」
「ウッ……」
ユーンくんのごもっともな指摘が耳に痛い。正直あまり自信はないし、初級魔術レベルの私の力添えなんて雀の涙程度だろうが、それでもいないよりはマシだと思いたい自分もいた。
「じゃ、じゃあ水草! 今畑で育ててるみたいに水草にも魔力を含ませれば──」
「水草が育つのは水中だぞ。つまり、水やりと同じようにまず水に魔力を入れなくちゃならない。この馬鹿でかい水源を埋め尽くすほどの水草用の魔力水を用意できるのか? 水やりと同時並行で?」
「うう……」
ずいっと迫るユーンくんの圧が強い。けれど怒られているわけではないことはわかる。彼は力不足の私がキャパシティ以上のことをしようとするのを止めてくれているのだ。だからその正論も相まって言い返せないでいる。
「だ、だけど、私も何かしないと……」
「アオイ殿、その気持ちだけで充分だよ。すまない、私が焦らせてしまったせいだね。君にはまず自分にできることから始めてほしい」
「モンテスさん……」
「そうだな、魔力のことはひとまず僕らで事足りる。言っておくがアオイ、お前の方が大変だぞ? 浄化師の仕事とギルドの昇級どちらもこなさなくてはならないし、例のポーションの件もこれから忙しくなりそうだからな」
「ポーションの件?」
「まあ今は時を待て。──とにかく方針は決まったな。では内密に、しかし迅速に進めよう。以上、解散!」
バシッと背中を叩かれ、つい「お、おー……?」と拳を挙げる。次の瞬間、彼らの大きな笑い声が静寂な水源に反響した。
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