第14話 わたしのかんがえたさいきょうのおくすり
二日後──つまり最初に薬草を植えてから五日後。合間に畑の水やりやギルドの依頼をこなしつつ(伐採の手伝いともう一度薬草採取に行った)、ついに効果を試すための実験材料を揃えることができた。
そこで私は町長のモンテスさんや普段ポーションを作成しているクアリックさん、補佐のスタイラーさん、それから冒険者ギルドのアッドさん、フォルクさん、フィオラさんに声をかけ、教会の一室を借りていよいよ実践してみることにしたのである。
「本日はお忙しい中お集まりいただき、ありがとうございます」
「とんでもない。アオイ殿が町のために力を尽くしてくれているんだ、何においても優先すべきだよ」
モンテスさんが微笑むと、それぞれが拍手を送ってくれた。温かい雰囲気にほろりと緊張がほぐれる。
こくりと喉を鳴らし、改めて机に向き直る。目の前にはすり鉢やティーポット等の道具の他、アルコールやハチミツの類が用意されている。なるべく平素と同条件にしてほしいとあらかじめ頼んでおいたのだ。
それらの隣にユーンくんが籠を三つ並べてくれる。貼った羊皮紙の切れ端には、『薬草(野生)』『薬草(半魔力・四月四日)』『薬草(魔力・四月七日)』と記載済みだ。
「左から順に森で採れたそのままの薬草、真ん中は四月四日に魔力のある畑に植えた薬草、右は四月四日に植えたものから採れた種を四月七日に再度植えた、最初から全て魔力を含んだ薬草になります」
「、ちょっといいかい? 四月四日に植えた薬草が七日にはもう成長したと?」
「はい。魔力を含んだ土や水ならそれだけでも早く成長します。四月七日に植えたものは種にも魔力があったので、さらに早い二日で成長しきりました」
この時点でモンテスさん達は目を白黒させていた。魔力適正のあるアッドさんや彼の部下である兄妹は、勝手知ったるとばかりに鷹揚に頷いている。
「私のいたハーフエルフの里では色々な薬がありました。どれもかなりの魔力効果がありましたが、それが種族間でどう異なるのかを把握できれば、この町のポーションの調達事情に役立てられるのではと思った次第です。ではまず、一番基本的なポーションの比較から始めたいと思います」
ティーポットを三つ持ってきて、各々に軽く水洗いした薬草を五本ずつ千切って入れる。そこに熱湯を注ぎ、蓋をして砂時計をひっくり返した。抽出時間は三分。蒸発した成分を逃がさないよう、必ず密閉しておくことが大切だ。
待っている間、ユーンくんに籠についているものと同じラベルをカップにも貼ってもらった。全員の視線が集まる中、ポットを揺すって濃度を均一にしつつ、飛沫が飛ばないよう慎重に淹れる。
「……できました。モンテスさん、クアリックさん、スタイラーさん。すみませんがよろしいでしょうか」
人間種族である三人が一斉に袖を捲る。そこを、もう片方の手に携えられた千枚通しのような長い針がぶすりと刺した。
瞬く間に盛り上がっていく血の泡。拭った布には真っ赤な痕がこびりつき、腕には確かに穴が開いている。
「ありがとうございます。ではどうぞ」
間髪入れず、別々のポーションが入ったティーカップを彼らに勧める。湯気だけでもかなりの薬臭さが鼻につくが、こうしている間にも流れる血がもったいない。
「うっ……」
ぐいっと呷ったスタイラーさんが短く呻いた。子供のようにぎゅっと寄せられた眉間の皺が、その味を如実に物語っている。
ポーションはとてつもなく苦いのだ。「良薬は口に苦し」を遥かに超えて、いっそ攻撃されているのかと錯覚するほどに。今回は温めたので特にそれが顕著だ。
余談だがなぜ三人が対象なのかというと、この世界で一番多い一般的な人間だからである。ポーションを常用するギルド員も人間の種族が大部分を占めており、彼らに効果があるようなら、改良すれば他の種族にも使えるだろうと踏んでのことだ。それにアッドさんは希少なダンピールで体質が標準とは異なるし、兄妹はこの後別の実験が控えているので、ポーションを体内に残したままでは正しい結果が得られない。
やがて、ゆっくりとだが完全に飲み干した三人。何とか澄ました顔に戻そうとして口角が震えている様子を気の毒に思いながら、じっと傷の具合を見つめた。
「…………ほう」
初めに声を上げたのはクアリックさんだった。彼が飲んだのは四月七日の薬草のポーション。今の私が提示できる最大限の魔力を含んだものだ。
そんな彼は、常日頃の厳格な面持ちも忘れて自身の腕に見入っていた。まるで思わず零れてしまったという風に口を押さえている。
それもそのはず。溢れていた出血はあっさり止まり、ぽっかり開いていた穴がみるみるピンクのかさぶたとなり──刹那のうちに元通りの皮膚になったからだ。どれだけ注視しても傷痕の欠片さえ見当たらない。
「………………」
沈黙。目線が忙しなく互いを行ったり来たりするだけで、皆一様に固まっていた。「考えていた通りの効果が出たな」と、ユーンくんが得意げに静寂の風船を割ってくれなければ、いつまでもそのままでいたことだろう。
「いやはや、凄まじいですな……」
「効果は上級ポーション並みだな。身体に異常は?」
「全く。味だけは未だに慣れませんが」
「いつもと違うような感覚はありましたか?」
「それもありませんな。傷が治る時の痒みすら感じませんでした。まるで早送りした紙芝居のような……」
「おっ、オレのもほとんど塞がってきました! これも普通のポーションに比べたら随分早いですねえ」
「これくらいの傷だと、いつもなら飲んでから三十分くらいか?」
「そのくらいだね。私のはほら、全然治っていないよ」
「結果はわかったから俺が治そう」
「やあ、ありがとうユーン殿」
口々に率直な感想や考察が飛び交う。察する限り、概ね結果と反応は良好だ。薬自体が効きやすい・効きにくいという個人差はあるが、それを差し引いても明確な進歩がある。これなら薬草の量を増減させることで手間や回復量、品質をコントロールできるだろう。
胸がいっぱいだった。ぺーぺーの見習いである私でも初めての功績を得られるかもしれない。成果ばかりを焦りたくないのは山々だけれど、それでも最良のものを追い求めたい──その一心で、今度は淡い緑色の液体が透ける小瓶を取り出す。
「アオイ殿、それは?」
「これは薬草の成分を溶出させた浸出油です。昨日の夜作りました。本当はもうちょっと置いた方が効果がはっきりするんですが、取り急ぎ水薬以外にしても回復効果があるか見ていただきたくて」
薬草同様、浸出油も三種類拵えてある。作り方は至って簡単で、植物油に漬け込んだ薬草を日当たりの良い場所に置いておくだけ。一日一回瓶を振らなければならないが、ほとんど放置するだけで薬草の成分が油に溶け出すのだ。
ただし、これは完成までに二週間程度かかる。そのため私が取った方法は、薬草と植物油を一時間ほど湯せんにかけるものだ。時間があるならもちろん前者の方が良いが、後者はその日のうちに出来上がるメリットがある。
「この浸出油は軟膏の基剤になります。こうやってミツロウと混ぜて……」
時々マドラーでかき回しながら、三つの小瓶とミツロウを湯せんにかける。ちなみにこのミツロウは『ミヅカネ商会』に取り寄せてもらったものだ。雑貨屋の配達手伝いの礼として、報酬とは別にレグさんが奢ってくれたのである。
「ミツロウが溶けたら冷やして固めます。そうすると軟膏の出来上がり、というわけでフォ──」
「はい、ここに」
素晴らしい笑顔と共に、赤い三本線が刻まれた手の甲が食い気味に差し出される。協力を申し出てくれたとはいえ、故意に怪我を作らせた相手にこの表情。類を見ない度量にあっぱれだ。隣のフィオラさんもまた頬を膨らませ、「兄さんどいて」とものすごい力で服を引っ張っている。あああ破けそう。
ともかくも、彼の厚意をありがたくいただくことにする。
「なるほど、三種類の軟膏を同時に塗るんだね」
「はい、これでそれぞれの回復度合いが測れるかと……あ、もう出てきましたね」
果たして結末は予想通り。やはり薬草の魔力は十分に発揮され、フォルクさんには一筋の浅い傷だけが残された。回復速度はポーションよりも遅いが、小さい子が苦くて飲めないなんて時には別の選択肢もあることが証明された。副作用の心配は拭えないため経過を見守る必要はあるが、ひとまず実験は成功といえるだろう。
ハーフエルフの里では軟膏だけでなく、薬草をアルコールに浸したチンキ湿布やハチミツで煮出したポーションもあった。ギルドがなかったので、場面に応じて使い分けていたのである。元となる基剤を作るのに日数が要るものもあるので、別の薬はまた日を改めて提案させていただくことにする。
安堵したら、現金なことにお腹が空いてきたみたいだ。今晩何を食べようか。器具を片付けながらユーンくんとくすくす相談し合う。
集まってくれた人達も開始時よりリラックスした空気を纏っている。不安で覆われた未来にかすかな光明が射したみたいだ。この一条の光が消えないよう、浄化師見習いとして邁進していく決意を新たにする。
「僕も飲みたい」
「どうせ吸われるなら女性がいいです」
「阿呆! 誰が血の話をした!」
「──すまない、いいだろうか」
口喧嘩が勃発している最中、背後から不意に耳打ちがあった。振り返れば難しい顔をしたモンテスさんが立っていて、温和で穏やかさを保っていたはずの彼の眼差しは、いつになく鋭く底光りしていた。
「この実験を鑑みて、アオイ殿に是非頼みがある。聞いてもらえないだろうか」
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