第13話 依頼3/5:商品の配達をお願いします②・工房編
あれからどうにか麗しの兄妹を振り切り、私はゴーレムと共に東門への路地を歩いていた。当然のことながら彼らには押し切られ、実験への同席を約束させられたことをここに報告しておく。
けれど悪い気なんて全然していない。サイン済みの配達票を広げてみれば、フィオラさんの署名の隣に「ありがとうございました! 迅速なご対応に感謝致します!」と丁寧に書かれていた。こういうところが憎めなくて、結果ますます好きになってしまうのだ。全くもって魔物より恐ろしい二人である。
「さて、次は『キャニス・ルプス』宛……」
獣人三兄弟が営む工房は、建築の請負や家具の販売を行っている。椅子一つとってもそれはもう凄まじい完成度を誇るので、彼らの仕事は評判が良い。元々獣人は人間の何倍も身体能力に優れており、そのため納期も早く、おまけに職人然とした気質がしっかりした壊れにくい製品を生み出すからだ。私も日々恩恵に与っている。
「こんにちはー、ミヅカネ商会でーす」
まだ二回目なのにすっかり言い慣れてきたような手応えを感じつつ、中を覗き込む。鍛冶屋と同じく照明の少ない店内は、狼たる三兄弟の夜行性の一端を思わせた。
そんな工房は鍛冶屋以上に作業場の印象が強い。緻密な家の模型や流麗な曲線を描く猫足のバスタブ──本来自分の腕前を体現するはずの作品は雑然とそこらに転がされていて、陳列のちの字も見当たらないほど。こんなにすごいものを作るのにアピールしないのはもったいない気もするが、そういったことに無頓着なところもまた彼ららしいといえる。
「お荷物お届けに参りましたー」
「そこ置いとけ」
奥から唸るような返事があった。眩しそうに目を細めて出てきたのは長男のロンドルフさん。彼に配達票を渡し、指定された机の上をゴーレムに示す。
積み上げられた複数の小箱をきっちり揃えて顔を上げると、苦々しげな顔つきのロンドルフさんと視線がぶつかった。
「オマエ、なんであの野郎の店を名乗ってる。浄化師じゃなかったのか」
「あ、今冒険者ギルドの仮登録中なんです。五件依頼をこなさないといけなくて、今日は一時的に商会の配達をお手伝いしてます」
「フゥン……てっきりあのクソに弱味でも握られてんのかと思ったぜ」
名指しこそなかったが、レグさんのことを言っているのが丸わかりだった。そこで仲があまりよろしくない同士を察してしまう。この二人が鉢合わせたら毒の応酬がすごそうだ。
ロンドルフさんは荷物を開封しながら皮肉っぽい笑みを浮かべた。
「それか惚れたか」
「いやいや、とんでもないですそんな……」
「どーだか。まるで理解できねェが、人間の女はああいうのが好みらしいからな」
「やっぱりレグさんおモテになるんですねえ……納得ですけど、私一応人間じゃないですよ」
苦笑して、言外に惚れた腫れたでない旨を返せば、ロンドルフさんはハッとしたように瞠目した。失敗したのか、いつも威勢の良い舌打ちが中途半端に空気に溶ける。
「……時間あんのか」
「はい、大丈夫ですよ。あ、何かお届け物がありますか?」
「いや。あんならその辺で待っとけ」
「? はい」
受け取ったばかりの小箱を抱え、ロンドルフさんが店の奥に消えていく。何事だろうか。
手持ち無沙汰になってしまったので、私はゴーレムとアルプス一万尺で暇を潰すことにした。複雑な命令はできないが、掌に魔力を集めればハイタッチくらいは可能なのだ。
「アーループースー、いち、まん、じゃーくー」
「アオイちゃんだー」
「あ、ルドガーさん」
「オレもいる」
「あらウェンデルさんも。お二人ともこんにちは」
いつの間にか、背後に丸太を軽々と抱え上げた双子が立っていた。森に木材を採りに行っていたらしい。体毛のあちこちに絡ませたままの木屑にも構わず、二人はゴーレムに興味津々だ。四方八方から見下ろして素材やつくりをしげしげと観察している。
「これいいねえ。こういうのがいたら自分達で木材運ばなくて済むし」
「魔力がなければ無理だろう」
「ユーンくんが命令したらできると思いますよ」
「えーっ、まじ!? じゃあ今度一緒に来てよ! あ、依頼? ギルドに出しといたらいい?」
「あああそうしていただけると助かります! 今ギルドの仮登録中なので!」
ルドガーさんの提案は渡りに船だった。初めての仕事ばかりで自分が役に立てるかどうかがわからず、毎回依頼を選択するのが地味に大変だったのだ。伐採なら地属性のユーンくんはもちろん、無属性の私でも少しは手伝える。同時並行で魔力を含んだ苗や種子も植林したい。
私達の家の裏手の森はミネフの財産である。専有は許されず、住民の誰もが自由に自然を享受できるのだ。なので生活の材料を採取することは許可されているが、減った分は積極的に補填していく気概がないと、森はいつか姿を消してしまうだろう。
「…………オマエら何でいやがる」
そこへ、あからさまにげんなりした様子のロンドルフさんが戻ってきた。その手には先程と同じ小箱が一つだけ乗っている。
「木伐り終わったからー」
「家に帰ってくるのはだめなのか」
「見りゃわかるし揚げ足取んな。いつもはソッコー片して入ってくんだろうが」
「だってアオイちゃんが面白いもの連れてるし~」
「だってもクソもねェ、早く片しに行け。注文入ってんだよ」
「なんでよ、別に納期近くないじゃん」
「兄さん何か挙動不審じゃないか?」
「あァッ!? 誰が挙動不審だって!?」
「うええめっちゃデカい声出すじゃん……白状してるようなもんだよそれ」
「ルドガー」
「あいさー」
素早い動作で双子が背後に回ろうとした瞬間、ロンドルフさんは鼻で笑ってそれを躱した。私の目の前を突然覆った広い背中に驚愕していれば、口が開いたままの箱が押しつけられる。
咄嗟に私が抱え込んだのを確認するように、真っ黒な瞳孔が収縮した。
「チビ助のだ。これで借りは返したからな」
「あ、あの時の……ありがとうございます、ユーンくんに必ず渡します」
「フン」
顎で「行け」と促されたので、お辞儀して退散する。直後、後方で「ゴラァ! オレに勝とうなんざ百年早ェぞ!」とドスの効いたがなり声が響き渡った。
それでももう、ロンドルフさんに対する恐れはなかった。ぶっきらぼうな態度に隠された真面目で律儀なところを知ったから。きっとあれが彼の優しさの形なんだろう、次に会う時はもっと会話を頑張ってみようと思った。
──その後、再会したユーンくんともらった小箱を開けてみた。入っていたのは両手に収まるサイズの木製のベッドと、葉っぱ柄の寝具一式。まるで花柄の好きな私と揃うように誂えたみたいだった。
何より目を引くのはその精巧さ。通常の家具の十分の一程度しかないものを組み立てるだけでも大変なのに、ゴマの粒みたいな留め具までぴったりと嵌まっていた。細部に至るまで完璧に仕上げられたそれは、最早芸術品に他ならなかった。
「獣人の手で大したもんだ。相当努力したんだろうなあ」
ユーンくんはその日、嬉しそうに何度もゴロゴロして、いつもより大分遅くまで起きていた。
このロンドルフさんの素晴らしい技術の結晶は私の枕元の近くに置かれている。就寝の度にふわりと包まれる深い木の香りが心地良くて、二人して寝坊しそうな日が増えたことは言うまでもない。
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