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ファンデア・テイル  作者: 八架
一章
11/80

第11話 依頼2/5:掃除の手伝いをお願いします(戦闘イベントあり)

 宿屋の掃除は想像の倍以上に大変だった。

 まず清掃する部屋の宿泊客の所在を確認する。不在の場所から始めるが、入室前には必ずノックが必要だ。以前一階にあった食堂を撤去して部屋数を増やした経緯もあり、利用者のプライベートな部分に鉢合わせないためである。

 次に入り口を開放し、二手に分かれて家具の位置や開きっ放しの棚を整えながら奥へ進む。同時に部屋中の窓を開けつつゴミを回収し、持参した大きなゴミ袋に放り込んでいく。

 奥の寝具まで辿り着いたらベッドメイクだ。使用済みのものはリネン回収袋に入れ、新しい一式を手早く交換する。そこから今度は入り口に向かって掃き掃除や拭き掃除を行う。

 こうして一部屋分が終われば別の部屋へ。全ての部屋の掃除が完了すれば、慌ただしく共用部の清掃に移る。目につくゴミや埃を取り去り、拭いたり掃いたりを繰り返して、ようやく一息つけた頃には空が真っ赤になっていた。


「こんなの毎日か……宿屋は大変だな……」

「ね……もう一生分くらい掃除した気分……」


 広間の長椅子にぐてっと横たわるユーンくん。かくいう私も疲労度が桁違いだった。掃除自体は難しくないとはいえ、室内が広い上にとにかく全てに気を配るからだ。客商売なので少しの見落としがクレームに繋がりかねないためである。


「ホントにありがと、二人とも。すごい助かったよ」


 ラギーがティーセットを持ってきて、クッキーの詰め合わせと一緒に勧めてくれた。ジゼルさんの手作りだというそれは、口の中でサクサク解けて優しい甘みがあった。焚き火にあたりながら飲むローズヒップティーも疲れた身体に染み渡る。


「ラギーこそお疲れ様。テキパキしててすごかったよ、びっくりした」

「あはは、慣れだよ慣れ。でもあたしだけだったら絶対終わらなかったって。というわけで、はいコレ。サインしといたよ」

「ありがとう」


 依頼書を受け取って折り畳む。依頼は依頼者のサインを以て完了とし、これをギルドに提出すれば報酬が支払われる仕組みなのだ。

 てっきりそのまま隣に座るのかと思ったラギーは、立ったままお茶を一息に飲み干した。


「ごめん、そろそろ人が来る時間だから戻るね。二人はゆっくりしてって」

「あ、うん、頑張って……」

「ありがと! 今度改めてお茶しよ!」


 可愛くも刺激的なウインクが飛んできた瞬間、後方で扉が軋んだ。こちらの背後を通った複数の足音がカウンターの前で止まる。ちらりと横目で見ると、花のような笑みを浮かべたラギーが愛想良く接客していた。

 完璧な笑顔だった。今日一日ほとんど休めていないはずのにおくびにも出さない。そして本格的に夫妻が引退してしまったら、それが彼女の日常になるのだ。他に人を雇えればいいけれど、それまではやはり一人でこなさなければならない。

 今回のような依頼があればもちろん引き受けるが、それ以外に何かできることはあるだろうか。浄化師見習いの仕事もまだまだ半人前な私では中途半端になるかもしれなくても、何かを──。ぼんやり思案しつつ、ユーンくんの口元についた食べかすを拭う。


「クッキー美味しいね」

「うん、うまい。毎日食えるな」

「あはは、じゃあ帰り買っていこうか。あ、ついでに夜ご飯も『花々』で──」


 空になったティーセットを持ち上げた時だった。カウンターに並んだ大きな背の間から、ラギーの強張った表情が見えたのは。


「……ウチではそういうことはやってません。生憎ですが余所へどうぞ」


 固い声が広間に木霊する。はっきりと拒絶の意志を示されても、男性達は「ええ?」「なんでよ、金は出すって」とへらへら身体を揺らしている。


「だってさあ、女が宿屋やってるってことはさあ」

「なあ? ()()()()ことだよな」

「違います。とにかくお引き取りを。ギルド員ならギルドにお泊まりください」

「いやいやいや、ここ空いてるのにギルドって」

「オレたち依頼続きでご無沙汰なんだって。後生だと思ってさあ」


 尚も食い下がる彼らにラギーの眉がどんどん吊り上がっていく。濁してはいるが、どういう()()()()を乞うているのか私にもピンときてしまった。不躾で不快な懇願に眉間に皺が寄るのがわかる。


「……すみません、やめてください」

「おい、アオ」

「彼女はそういう人じゃないし、ここもそういうところじゃありません」


 咄嗟に出た声は自分でも驚くほどごわついていた。だって本当に腹が立ったのだ。断っているのに執拗だし、何より一生懸命切り盛りしている彼女に失礼だ。

 ラギーから矛先を変え、二つの視線が寄越される。品定めするような血走った眼に上から下まで辿られ、ぞわりと鳥肌が立った。


「……ああ? なんだ、他にも女いるじゃん」

「おねーさんいくら~? オレたちけっこー金持ちよ」

「止まれ。それ以上この子に近づくな」

「ぶはっ! なんだこの小っけえの! かわいいペットだなあオイ!」

「ごめんねボクちゃん、オレたちボクちゃんのママとお話があるんだよねえ~」

「……忠告はしたぞ」


 ユーンくんが低く唸った。ゆらりと全身に魔力を纏わせた彼が、ククサの淵に足をかけた刹那──。


「────邪魔だ、消えろ」


 上からぬっと影が射した。一般的に見てもガタイの良い二人組を遥かに凌駕するほどの巨体。照明に透ける銀と青の体毛に、見覚えのある十字のポニーフックが留まっていた。


「獣人……」

「は、……はあっ!? うっせえよ犬っころ! お前に関係ねえだろ!」

「誰が犬だゴラァ!」

「ひィッ!」


 間近で吠えられた衝撃に二人の腰が引ける。剥き出しの牙といいかなりの迫力だ、無理もない。「どいつもこいつもよォ……狼だっつってんだろうが……」とブツクサ言いながら、ロンドルフさんは両手で彼らの顎を鷲掴んだ。


「これが最後だ、消えろ。オレが寝てる間にひとつでも物音立てやがったら地の果てまで追いかけるからな」


 ぐうっと迫るシルバーグレーに、二人組はとうとう音を上げた。


「…………クソがよッ! 獣人がいる宿なんざこっちから願い下げだ!」

「出し惜しみしてんじゃねえぞクソアマが!」

「はあ!? ふざけんなサルども! ギルド(アッドさん)にチクってやるからな!」


 口汚く喚いた彼らが中指を立てて出ていく。負けじと怒鳴り返したラギーは、一旦奥に引っ込んですぐさま戻ってくると、玄関先に勢い良く塩を撒いた。


「まったく、誰がクソアマだっての。客だと思って下手に出れば調子に乗って……これだから男ってサイアク」


 そう吐き捨てて頭をガシガシ掻いていた彼女だが、しばらくしてはっと我に返ったように振り返る。


「っアオごめん! 大丈夫? びっくりさせたよね……でも、怒ってくれて嬉しかった」

「ううん、もっと上手く割って入れればよかったんだけど……ラギーこそ大丈夫?」

「あたしは平気! ああいうイチャモンつけてくる男は慣れてるから大丈夫。それに、こういう時のために用心棒もいるしね」


 あっけらかんと言い放つラギー。彼女にビシッと親指を向けられたロンドルフさんは、舌打ちを一つ零して廊下に消えていった。

 聞けば、工房の三兄弟が代わる代わるこの宿屋に泊まっているらしい。彼らの家は別にあるが、粉をかけられやすいラギーのためにドミトルさんが頼み込んだのだとか。さっきのようなことが多々あるならば、確かにその方が安全かもしれない。力仕事要員というのも彼らのことだとラギーは笑う。


「言い方とか態度は荒いけど、何だかんだ頼んだことはやってくれるの」

「……うん、いいヒトだよね」


 先の髪留めを拾った礼もそうだ。持ち主に返せればそれでよかったのに、ロンドルフさんはわざわざ申し出てくれた。あの性格だとユーンくんの要望も聞き入れてくれるのだろう。文句を連ねながらもきっちり作ってくれる姿を思い浮かべて、くすりとしてしまった。

 すると、面白くなさそうに唇を尖らせたラギーが顔を近づけてきた。勝気そうな吊り目が妖しく瞬いて、一瞬魅入られたように呼吸が狂った。


「……ねえ、もしかしてああいうのが好み?」

「え゛っ!? そそそそういう意味で言ったんじゃないよ! 単純に優しいなって!」

「ふうん? そうなんだー。じゃアオはどういう人が好きなの?」

「どっ、え、そっ……そういうのはあの……」

「うん? なあに?」


 子供に言い聞かせるような声音で促される。ラギーの高い鼻が頬に当たりそうなことも、まるで猛禽類みたいな彼女の雰囲気も、何だか全部が恥ずかしくて。いたたまれず絞り出した声が見事にひっくり返ってしまった。


「…………い、一旦持ち帰らせてください! 次の議題に検討します! じゃ、また!」


 ユーンくんを引っ掴んで宿屋を飛び出せば、外はすっかり夜だった。冷えた空気が火照った首筋に心地良い。

 パタパタ手で煽いでいると、いつの間にか掌から抜け出していたユーンくんが目の前に現れた。ぷりぷりと両頬を膨らませた様子に冷や汗が流れる。

 ──やばい、お説教だ。


「アオ、君なあ。ああいう連中に正論言ったって効きやしないぞ、元からずれてるんだから。むやみに刺激してどうする」

「う……ごめんなさい、どうにかしないとって思って……」

「気持ちはわかるが、次からそういう時は俺に行かせてくれ。あんなの魔術でちょちょいのちょいだ。いいな?」

「はい……」


 うなだれると、小さな手がちょこんと頭に触れた。宥めるようにクシクシ撫でられながら顔を覗き込まれ、まだ熱の引かない私にユーンくんが吹き出す。


「君には少し刺激が強かったか」

「恋バナ的なのはね……ちょっとね……」

「いや、そっちじゃなくてな」

「?」

「何でもない。いやあ彼女は強敵だ」

「ええ? ラギーが敵なの? どういうこと?」

「おっ、まだ『花々』混んでないな」

「ユーンくん!」


 その後、どう尋ねてもユーンくんははぐらかすばかり。夜のミネフには、憤慨した私の遠吠えが延々響くこととなった。

閲覧ありがとうございます!

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