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ファンデア・テイル  作者: 八架
一章
10/80

第10話 銀色の訪問者

「──おい、いるか」


 え、と顔を見合わせる。耳にしたのはほんのわずかでも、あの時のインパクトが色濃く記憶に残っているせいか、咄嗟に声の主がわかってしまったからだ。

 そろそろと玄関に近づき、そっとドアを押す。そこに立っていたのは案の定──。


「こ、んばんは、ロンドルフさん……」

「…………」


 月明りに映える、銀と青が入り混じった毛並みにシルバーグレーの双眸。相変わらずの巨躯に初対面の時と同じ胡乱げな眼差しで見下ろされ、ゴクリと喉が鳴る。

 ロンドルフさんもロンドルフさんで、一言発したきり黙っている。一体どうしたんだろう。接触はほぼないに等しかったはずだが、知らないうちに私が何かしてしまったのだろうか。


「何か用か? 夕食が冷めちまうから、手短に済ませてくれるとありがたいんだが」


 不意にユーンくんが割って入ってくれた。私の頭の上に着地し、遥か上空にあるロンドルフさんの顔をずいと見上げる。たまに現れる仙人の雰囲気だった。支えを得たみたいにひっそりと心強くなる。

 二人で出方を待つこと数分。やがて、ロンドルフさんの鼻先がひくりと動いた。


「……か」

「え?」

「拾ったの、オマエか」


 差し出された掌に輝く十字のモチーフ。それはつい先刻、裏の森で拾った金属製の髪留めだった。


「はい、私が森で……あっ!? これロンドルフさんのだったんですか!? よかった、持ち主のところに戻れたんですね! そうなんです、私どうやって周知したらいいかわからなくて、アッドさんにお願いし、て……」


 ギラリと吊り上がった眼が瞬き、慌てて口を噤む。やっぱりこのヒトちょっと怖い。

 目線を逸らしたこちらにフンと鼻を鳴らすと、ロンドルフさんはぶっきらぼうに言い放った。


「何が望みだ」

「の、望み?」

「借りを作るのは性に合わねェ」


 行間を読むのにしばしフリーズする。つまり彼は、拾得物の謝礼として報労金を請求する権利が私にあると教えてくれているのか。よく聞く「謝礼は一割」というやつである。

 律儀なヒトだと感心したが、とはいえ、だ。


「特にないというか……」

「あァ?」

「い、いえ、本当にないんです! お家だってこんなに素敵なところをお借りできて、専用の設備までつけてもらえて……私は偶然見つけて拾っただけで、むしろ逆に全然お返しできてないんですから、とにかくあの、っお気になさらず!!」


 気づけば前のめりになっていて、若干引いた様子のロンドルフさんにはっと我に返る。心なしかユーンくんの視線も痛い。

 しかし納得いかなかったようで、派手な舌打ちが木霊した。


「っ、遠慮とか面倒くせェんだよ、いいからさっさと言え」

「ないので大丈夫です!」

「言え!」

「ないです!」

「オマエなァ!」

「脅してもないものはないんですってえ!」


 グル……、という剥き出しの威嚇。このヒト、律儀を通り越してただ頑固なだけじゃなかろうか。志はご立派だが、断っているのだから引っ込めてくれればいいのに、なんて恨めしく思う。

 そうして繰り返される攻防が数えきれなくなった頃──。


「──なら、俺にも使える家具を作ってくれないか?」


 飽きて大の字になっていたユーンくんが唐突に告げた。しん、と静まる空間で彼は無邪気に笑ってみせる。


「特に寝台がいい。今はいつ寝返りを打ったアオに潰されてもおかしくないからな」

「もしもし? 何をおっしゃる?」

「アオと俺は一心同体みたいなもんでな、つまり俺に返せば晴れて貸し借りなしってことさ」

「え? 無視?」

「どうした、難しいか? 君の兄弟に仕事の手は抜かないと聞いたんだがなあ」


 ユーンくんがまろい片頬に皮肉気な笑みを浮かべた。まるで煽るような、初めて目にする表情に少々呆気に取られてしまう。

 私がそうだったのだから当人はもっとダイレクトに感じたに違いない。予想通りロンドルフさんの口角がみるみる持ち上がり、太い牙がガキッ、と鳴った。


「────首洗って待っとけよ、チビ助」


 地獄から這い上がってきたような声音だった。最早噛みつく勢いで、凶悪なほど尖った爪がユーンくんに突きつけられる。対する彼はものともせず「期待してるぜ~」などとのたまうものだから、眼前の体毛がいっそう逆立って、私は一刻も早く家の中に引っ込みたくなった。

 いずれにせよ話はまとまった。ともすれば笑顔のように口端を歪めたままロンドルフさんは踵を返し、こちらも静かに静かに扉を閉める。


「…………はあ」


 ようやく訪れた平穏に安堵が零れた。当の本人はといえば、「冷めちまったからデザートは食後に作ろうぜ」と既にフォークを握っている。全くもって肝の座り方が段違いだ。彼の精神構造は人間に近しいものの、果たしてそれが演技なのかもしれないと考えてしまうほど、魔的生物の奥底は深くて遠い。


「……私初めてユーンくんのこと尊敬したかもしれない」

「なに!? お守の俺を尊敬しないなんて君なあ」

「ごめんごめん、とりあえず何とか済ませてくれてありがとうって言いたかったの。ちょっとかっこいいところ見れたよ」

「『ちょっと』? ちょっとなのか? というか君それ言えば何とかなると思ってるだろ」

「い、いただきまーす!」

「アオ!」


 本当は大人の男の人みたいでびっくりしたけれど。なんとなく恥ずかしくてそんなことは打ち明けられず、せめてものお礼に大きい方のソテーをあげた。



       ◆ ◆ ◆



 畑の作物は魔力で順調に成長しているものの、どれも収穫にはまだ早い。しばらくはこの状態が続くので、私達は翌日の午後もギルドの依頼を受けることにした。

 やって来たのは教会の隣、南門の左側にある『牡鹿と牝山羊』。初日に出迎えてくれた住人の一人、ラギーの経営する宿屋だ。彼女からの依頼書にはでかでかと『掃除』の文言が書かれていた。


「こんにちはー」


 中に入ると、広間の中央に石で囲われた大きな焚き火台があった。周囲には暖を取れるよう長椅子が設置されていて、その奥のカウンターに誰かが立っている。

 声をかければ、帳簿らしき巨大な台帳からホワイトピンクグレージュの頭がぱっと上げられた。


「あれ、アオ?」

「うん。依頼の掃除に来たよ」

「えー! 受けてくれたのアオだったんだ! ありがとう! よかったー助かる!」


 長い睫毛を何度も上下させてラギーはペンを放り投げた。そのまま小走りで近寄ってきたかと思うと、むぎゅっとハグをされる。

 くっきりと太い眉に鋭い目尻、引き締まったすらりとした肢体。彼女は美人でスタイルが良く、おまけにすこぶる良い匂いもするのでドキドキしてしまった。


「もしかしてユーンも手伝ってくれる感じ?」

「もしかしなくてもな。手の届かないところは任せてくれ」

「最っ高! ありがと二人とも!」


 大輪の薔薇のように美しく、かつ糊のきいたシャツのようにパリッと破顔したラギーについていく。

 宿の中は人気がなく、どことなく寂しげな雰囲気があった。昨日から連泊している宿泊客がまだ帰ってきていないそうだ。


「まあ、従業員もあたし以外来てないからね」

「あ、今日はラギー一人なんだ?」

「ていうか、一人になりそう」


 その呟きには、いつもからっとしている彼女にあるまじき響きがあった。反射的にじっと見つめてしまうと、ラギーは困ったように苦笑する。


「ドミトルさん達、最近あんまり調子良くなくてさ。食欲も落ちてるし、もう身体動かすのつらくなってきてるって、この間申し訳なさそうに言われたよ」


 眉を下げた彼女が無造作にこめかみを掻く。

 ドミトルさんは、奥さんのカイエさんとこの宿屋を経営している人だ。ラギーは別の村出身で、数年前から彼ら夫妻の元で住み込みで働いている。


「あたしに全面的に譲ろうかって話も出てるみたい。そんなこと言わないでくださいって言ったけど……難しいよね」

「ラギー……」

「あは、ごめんごめん、何かしんみりさせちゃった。大丈夫大丈夫、とりあえず二人ともいないのは今日だけだから何とかなるでしょ。一応力仕事要員はいるし、こうして足りないとこ頼める人もいるしね」


 つん、とからかうように頬を押される。そこから伝わってくる荒れた指の感触に到底持ち直せるわけもなく。ぎこちない私の両頬をラギーはきゅっと摘んだ。


「はい、この話おしまい! 掃除の説明するから行くよ!」

「う、うん」


 儚い残像は白昼夢の如く消え去り、普段のラギーがそこにはいた。それでも頑張って気を張っているのが丸わかりで。何か力になりたい、なれないだろうかと模索しながら、私達は彼女の颯爽とした後ろ姿を追いかけた。

閲覧ありがとうございます!

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