第8章 祭典
「―――好きです。付き合ってほしい。」
初夏の夕暮れ。オレンジ色に照らされた屋上。眼下には陽のオレンジ色と、校舎の影が折り重なったグラウンドと林。祭りはこれからだと言わんばかりの活気に満ち溢れているグラウンドに対して、プリーマ林は陰りを増し、これから訪れる長い夜を暗示する。
告白がもたらすものは結果によらず共通で、関係性の変化だ。「好き」というたった二文字の言葉は、発されたとたんに刃となり、その繋がりを断つ。その後すぐに、なんらかの形で新しい繋がりの糸が結ばれるが、それは決して元のものと同一ではない。
より強固な鋼のワイヤーになる場合もあれば、少し力を入れればすぐに切れてしまうか細い糸になることもある。これまで一直線にぴんと張っていたものが、緩められてぐちゃぐちゃに絡まったり、時にはあまりに鋭く張られるがゆえに、その糸の両端を切り刻むこともある。
返答を待つ彼女の背中は、普段の振る舞いからは想像できない程弱弱しく、不安に揺れる。
「吾輩は―――。」
きゅーつくつくきゅーつくつくきゅー
夏の訪れを知らせる虫の声。放課後、私とピナは謝恩祭の準備に追われて、教室で二人残っている。ドラゴンを巡る私たちの冒険から、1か月が経とうとしていた。私たち5人はこの学校の裏に潜むものを暴こうと決起したが、以降、特に何の進展もなく日々を過ごしていた。私とティシの部屋に盗聴器がしかけられていたことに加えて、ピナの部屋からも同じものが見つかった。ダリーの部屋は1人部屋で、5人で集まるには小さく、学園の謎について語るにはアルジェの部屋に集まるしかなかった。
平日は学校の勉強と家事に追われ、休日の度にアルジェの部屋に集まっていたが、目新しい情報は得られていなかった。学園内をかぎまわっていたが、学校の生徒が入れる部屋には何も怪しいものが見つからなかった。唯一残された最も怪しい部屋である職員室は、エルフのみしか入れず、「個人情報を守るため」という名目で厳重に警備されている。ここは、人間が入ると大音量のブザーが鳴るようになっていた(ダリーが一度潜入しようとして、バレてこっぴどく怒られたらしい)。
どうしたものかと考えあぐねているうちに、この学校の三大イベントの一つである謝恩祭の準備が始まり、いっそう秘密を調べる時間が無くなった。
「謝恩祭?」
「そう、私たちが出会い、学び、成長できることを感謝する祭りよ。」
「ふーん、生徒も何かするの?」
「そうね、クラスごとに何か出し物をするのが決まりね。出し物は、食べ物や射的みたいな模擬店でもいいし、体育館を使った劇や合唱でもいいわ。3日間やるんだけど、最終日には後夜祭があって、グラウンドで踊るの。クラスの子達とより仲良くなれるのはもちろん、上級生とも仲良くなるチャンスね。」
「なるほど、学園祭みたいなものね。」
「学園祭?」
「あ、いや、なんでもないよ。」
ティシとの会話を思い出す。あの時のティシの不思議そうな顔、可愛かったなぁ。
「レトちゃん、そこのハサミとって・・・。」
ピナの声でぼんやりしていた意識が戻ってくる。
「はい、どーぞ。」
「ありがと。」
私たちのクラスは話し合いの結果、模擬店をやることとなった。ティコンの足を串刺しにして焼いたティコン焼きを売るということだ。なぜかダリーがごり押しでこの案を通した。うちのクラスには他に強く主張する人がいなかったため、ダリーの熱意はすんなりと通った。熱意が熱すぎて、若干周りの人引いてたけどね・・・。
「文字の大きさはこれくらいでいいかな・・・?」
「ちょっと見せて。うーん、もうちょっと大きい方が見やすいかも。」
「そ、そうかな・・・?じゃあ、もうこの紙1枚一文字くらいでもいいかも・・・?」
「そうね、それでいこ!」
そして、私とピナは客引き用の看板を作る係だ。私はティコン焼きなるものを食べたことがなかったし、接客は得意でなかったため裏方を進んで引き受けた。ピナも私と同じ係にすぐに立候補した。やっぱり、ピナも人前にたつの得意じゃなさそうだもんね。私がそういうと、何故かふくれっ面をしていたが、どういう感情だったんだろう。
教室のドアがガラガラと開く。
「看板の方はどんな感じかな?」
材料買い出し部隊に加わっていたはずの、アルジェが教室に入ってきた。
「大体こんな感じかなって、大枠は決まったかな。」
ピナと二人で作った看板を見せる。椅子を1つ近くから持ってきてアルジェも腰掛ける。
「おー!それっぽい!いい感じだね~。って、このティコン誰が書いたの?」
大きく「美味い!ティコン焼き」と書かれた看板の右下に、小さく書かれたティコンのイラストを指さし、アルジェが問う。
「ピナだよ、上手いでしょ!」
私が誇らしげに言うと、ピナが恥ずかしそうにうつむく。
「いや、上手いのはそうなんだけど、これレトのオクタコじゃない?」
言われてよく見ると、確かに似ているかもしれない。自分の頭に乗っている姿はそんな頻繁に見ないから、分からなかった。
「確かに・・・。そんなにティコン見る機会とかないから、自然にそうなってた・・・。」
「もしオクタコから足とって焼いて売れれば、原料費ゼロでぼろもうけだね。」
「確かにそうだけど、多分、時間たったら私の髪に戻るし、オクタコ可哀想じゃない?」
うんうんとうなずくピナ。そういえばピナはオクタコ気に入ってたな。
「まさかー、冗談だよ、冗談。」
アルジェは軽い声で言うが、その目には$が灯っていた。アルジェ、割とお金に関してはちゃっかりしているのかな?これからアルジェの前では、オクタコ出さないようにしよう。
「アルジェは買い出しどうだったの・・・?随分早いようだったけど・・・。」
ピナの問いかけに、アルジェがハァとため息をつく。なにかあったんだろうか。
「それがね。この話は社外秘でお願いしたいんだけど。」
珍しく愁いを帯びた表情のアルジェの話を、私とピナは作業の手を止め、身を乗り出して聞いた。
アルジェは、ダリーとモーラの三人で食材の買い出しに行っていた。モーラは私たちのクラスメイトで、黒いサラサラのロングヘアーが特徴的な女の子だ。最初は三人で雑談しながら買い出しに向かっていたのだが、モーラがあまりにもダリーに色目を使って話しかけ、それにダリーも満更でない様子で、遂にはアルジェ抜きで二人でずっと話をしていたそうだ。アルジェは耐えきれなくなってしまい、その場から逃げてきて、今に至る。
はぁ、と話し終えたアルジェが、再び大きなため息をつく。
「たしかに・・、その状況だと逃げちゃいたくなるね・・・。」
「ありがと、ピナ。」
「ダリー君、そんな人に見えなかったけど・・、案外女の子には弱いのかな・・・?」
ピナは深く共感したようで、顔をしかめてつぶやく。
しかし、私にはいまいち納得がいかない。あのドラゴンにすら毅然と向かっていったダリーが、女の子相手に腑抜けになってしまうなんてこと、あるか?それに、モーラは一度しか話したことないけど、気が強くはきはきとしたイメージだった。彼女が色目を使って話している姿など、想像もつかない。
「ねえ、アルジェ。その色目を使って、っていうのは実際にどんなことしてたの?」
私の質問に、アルジェの顔が曇る。
「えっと、なんていうんだろ、わざわざそんなこと話さなくてもいいでしょっていう話題をふるとか、ダリーの近くでわざと髪をかき上げて色っぽい感じを見せるとか。」
モーラは誰とでも気兼ねなく話すタイプだ。昔から髪を長くしているのか、髪を耳にかき上げる動作は癖のように行っていたのを思い出す。勢いを増してアルジェが続ける。
「それに、二人で新しく出た杖の魔法陣の話とかするんだよ?制御機構がどうなってるかとか、どこどこを書き換えるとこうなるーとか。ボクには分からない話題で二人で笑いあって話すんだよ?」
わーっとまくしたてて話したかと思うと、最後に泣きそうな顔でぽつりとこぼす。
「やめてほしいよ。」
「アルジェ・・・。」
かける言葉が見つからない。
間違いない。これは、アルジェの嫉妬だ。
モーラが色目を使ったとか、ダリーがでへでへしているとかではない。まあ、3人いるときに2人しか分からない話をするのはちょっとアレだけど、ダリーは自分ほど魔法陣に詳しい人に出会えてうれしくてつい話し込んでしまったんだろう。そう考える方が自然だ。
ピナも察したのか、私とアルジェを交互に、途方に暮れた表情で見つめる。こういう場合、どうしたらいいんだろうか。アルジェはあれっきり、沈んだ顔で黙ってしまった。
「アルジェ、多分自分でも分かってると思うんだけど、アルジェはダリーのこと好きなんじゃないの?それも、友達としてじゃなくて、異性として。」
言葉を選んで恐る恐る、アルジェに語り掛ける。
「そうなのかな?ボク、こんな気持ちはじめてだから、わかんないんだよ。」
アルジェが苦しそうに声をひねり出す。膝の上に置かれたアルジェの腕は、かすかに震えている。
「なんでだろ、ダリーとはずっと一緒なんだけどな、こんな気持ちになったのは初めてなんだよ。あのドラゴンと対峙するダリーを見てから、ダリーを見るたびに胸がどきんってして、笑顔を見ると張り裂けそうになるんだ。」
目じりに涙を浮かべながら、アルジェがぽつりぽつりと語る。うつむく彼女の視線の先のその手は、きつく握られ白くなっている。
「でも、これが恋って認めたくないんだ。だって、ダリーが他の子と話していると、いつも嫌な気持ちになるんだ。ひどいときには、その子なんていなければ、なんて思ってしまう。今回はあんまり話したことがないモーラだったからまだマシだけど、これがレトやピナだったら、どうしようって、自分が怖くなる。ボクのこの気持ちのせいで、せっかく仲良くなった四人が、もう一緒にいられなくなったら、どうしようって、怖くなる。」
アルジェの瞳から、涙が零れ落ちて握られた拳に落ちる。
「もうあきらめよう、ダリーとはいい友達でいようって何度も思っても、やっぱりダリーと会うとドキドキするし、ダリーが他の子と話しているとイライラしちゃう。ボクは、ボクはどうすればいいの?」
吐き出すように、最後の言葉を絞り出したアルジェは、さっと顔を上げて私の方を向く。
「ねえ、レト、ピナ、ボクはどうすればいいんだろう。これが恋だというなら、ボクは恋なんて、すべきじゃない人間なのかな?」
アルジェの琥珀色の美しい瞳がこちらを見る。
私達以外に誰もいない、西日の差し込む放課後の教室。溢れる涙を携えた彼女の眼は、夕日を目いっぱい反射してキラキラと輝く。笑っているのか泣いているのか分からない、くしゃくしゃの顔でこちらを見つめる彼女に、私は何を話せばいいのだろうか。
「ア、アルジェの気持ちも分かるけどさ・・、そんなに考え込みすぎなくてもいいんじゃないかな・・・?それこそ気持ちを伝えてみるとか・・付き合えたら変わるかもしれないし・・・。」
ピナの言うことは真っ当だ。確かに、その通りかもしれないが、気持ちを伝えることで悪化してしまう関係もある。思い出したくないけど。前世での記憶を振り払う。
「うん、ピナの言う通りだと思う。それに、もしアルジェが私たちを憎んでしまったとしても、アルジェとダリーは私たちの大切な友達だって気持ちはずっと変わらないよ。4人でいられなくなったとしても、友達なのは変わらない。今はしんどくても、きっとアルジェの気持ちの整理ができた時に、また仲良くなれるよ。」
美しい、触れれば壊れてしまいそうなアルジェの瞳を直視する。
「アルジェ、自分を責めすぎないで。もっと正直になってもいいんだよ。」
自然と腕が上がり、アルジェの頭を撫でる。柔らかい髪だ。私の手が髪に触れ、アルジェはサッと顔を上げ、驚いた眼をこちらに向ける。私がこくりとうなずくと、ほおが緩み柔らかい笑みになる。しばらくして、アルジェがぽつりと漏らす。
「そうだね、ボクらしくなかったね。ありがとう、ピナ、レト。」
ピナと顔を見合わせ、安堵する。アルジェが落ち着いたようで良かった。
「でも、いつも子供っぽいレトが急に、大人っぽいこと言い始めて驚いちゃった。」
「そ、そうかな?ふつーだよ、ふつー。」
確かにいちよう前世では、アルジェより長く生きてたんだから、大人っぽいと思われることもあるか。それにしては、普段子供っぽいというのが気になる。俺は精神年齢少女の成人男性だった??
「そうだよね・・・!普段は可愛いのに、急に大人っぽくなったり・・勇ましくなったりするのがレトちゃんの魅力だよね・・・!」
ピナも興奮気味に会話に加わる。
「たしかに、あのドラゴンと対峙した時、レト、最初はボクやピナとおんなじで足ガクガクだったのに、最後にはピナを守ろうとしてたもんね。意外と、紳士力がある?」
アルジェが、すっかりいつもの様子でこちらをジーっと見てくる。紳士力ってなんだ。
「そう、そうなんだよね・・・!レトちゃんは実は、とっても紳士なんだよ・・・!でも・・、レトちゃんのこと好きになられると困る・・・。」
最後の方、ごにょごにょ言ってて聞き取れなかったが、何か褒められたみたいだ。ニコニコ笑ってピナの方を見ると、ピナが赤くなった乙女の顔でこちらを見ている。あれ、もしかしてピナって私のこと・・・?
ドギマギしてると、アルジェがアハハと笑う。
「もー、ボクの相談に乗ってくれてたはずなのに、なんで二人でいい雰囲気になってんの!」
アルジェの笑いと突っ込みにつられて、私とピナもこらえきれずプッと吹き出す。暮れかかかる日の光に照らされた教室で、三人の笑い声は重なり合い、空しく響き渡った。
模擬店の準備にバタバタしているうちに、気が付いたら謝恩祭の日になっていた。
早めに完成した看板は、予想以上にクラス内での評判が良く、私たちは広報係としての命も負った。ピナと私は二人で、たまにアルジェや他のクラスメイトの手を借りながら、放課後は屋台の飾りつけや広報案を考えた。
より仲良くなって分かったのは、ピナは引っ付くのが好きな子のようで、放課後は2人になるといつも体のどこかを接触させながら作業していた。それは、手を繋ぐことだったり、肩を寄せ合うことだったり、腕を絡めることだったり、様々だった。私も最初は抵抗があったが、ピナの気持ちがどうあれ私自身もその行為は心地が良く、幸福なものだったため、甘んじて受け入れていた。
いよいよ学園祭当日、私は1日目はピナと二人で回ろうと約束していた。朝のクラスでの点呼が終わり次第ピナとすぐに教室から出る予定だった。ピナの席に向かおうとする直前、よびとめられる。
「レト!今日はお主に華々しい任務を与えよう。」
嫌な気配がして振り返ると、ふんぞり返ったダリーがいる。
「ダリー、任務って?」
恐る恐る尋ねると、待ってましたと言わんばかりに、ずいっとその手に持ったものをこちらに突き付けられる。
「えーっと、看板?私が宣伝をやれってこと?」
「ガハハ!半分正解だな。」
「半分・・・?」
袖を引かれるのを感じ、振り向くとピナが立っていた。私の服の袖をちょこんとつかんで背中に隠れている。ハムスターみたいで可愛い。
「そう。思い出せ!我々が売るものはなんだ!?そして、その最高の宣伝方法はなんだ!?」
いやーな予感が的中する。
「オクタコで、人を釣ろうってこと?」
「フーッハッハッハ!その通りだ!さすがはレト・シッデスだ!」
至極ご満悦のダリー。うーん、あまり人の注目浴びるの好きじゃないんだけどな。ピナがきょとんとした顔でこちらを見ている。それに気づいたダリーが声高々と宣言する。
「レト!ピナ!汝らは、看板とオクタコを使っての宣伝係に任命する!」
「うー。気が重いよ。」
教室から出て、看板片手に廊下を歩きながらピナに愚痴る。頭の上のオクタコも、気だるげにぶにぶにしている。オクタコは、さっき教室から出る前にダリーに言われてしぶしぶ出した。うぅ、すれ違う生徒からの視線を感じる。
「そうだね・・・。私もあまり注目浴びるの・・得意じゃないから気が重いよ・・・。」
相槌をうちながらも、ピナはどこか楽しそうだ。
「えへへ、でも久しぶりにオクタコに会えて嬉しいな・・・。今日もプニプニで可愛いね・・・。」
そうだった、オクタコはピナのお気に入りだ。ちらちら頭に視線を送っているのをみるに、触ってみたそうだ。
人がまばらな廊下の途中で立ち止まる。
「・・・?グラウンド行かないの?レトちゃん・・・?」
「ピナ、こいつ触ってみる?」
頭を指さし、ピナに尋ねる。ピナの顔が驚きと歓喜にパッと輝く。
「いいの・・・!?」
相当嬉しそうだ。見ててこっちも嬉しくなる。
「いいよ、お好きなだけどーぞ。」
ピナがオクタコを触ろうと、私の頭の上に手を伸ばす。私より少し身長が低いピナは、両手でオクタコを触ろうと、体を私に近づけて両手を伸ばす。少ししゃがんであげた方がいいかな。私が膝を曲げた瞬間に、ピナも体をこちらに寄せる。
ピナの顔が目の前に来る。くりっとした瞳に、触りたくなるようなプニプニしたほっぺ。瑞々しいぷるんとした薄紅色の唇。目の前のそれらを眺めていると、恥ずかしくなってきて顔が赤くなる。顔を横に向けようとする直前に、ずっとオクタコに固定されていたピナの視線が、私の顔へ向いた。
至近距離で見つめ合う。私の顔以上に、ピナの顔がカーっと赤く染まる。
「レ、レト・・・。私・・・。」
赤くなったピナが、そのなまめかしい唇から何かを発そうとする。
にゅるっ
ピナが言葉を発する前に、頭のオクタコが急に動き出す。いや、動き出すというか、なんか大きくなっている!?
重さは感じないが、数倍にも膨れ上がっているのを感じる。その膨れ上がった大根のような触手の一本が、ピナの体に巻き付いていた。
「なにこれ・・・?」
自分の腹部に巻き付いた触手をみて、目を丸くするピナ。と、途端にピナの体が宙に持ち上げられる。
「い、いやっ・・・!」
持ち上げられながらも抵抗するが、ピナの体は宙に浮いたままだ。私も止めようとするが、体が動かず茫然と立っていることしかできない。
地上から2mほど持ち上げられたピナの体に、更に触手が絡みつく。腕、足に細い触手が絡みつき、縛られた肉が偏り、艶やかな四肢を晒す。
「なんか・・気持ちいい・・・?」
徐々に抵抗を弱めるピナがつぶやく。その顔はわずかに紅潮し、恍惚としている。
「おい、なんだあれ?」
「どういう状況?頭に乗ったでかいティコンに女の子が縛られてる?」
「なんか色っぽいな・・・。」
「きゃー!誰か先生を!」
まずい、人が集まってきた。ピナのこんなあられもない姿を大衆にさらすのは何とか避けねば。どうにか体を動かそうにも金縛りにあったように動かない。
「アッ・・・。だめ、そこは・・・。」
触手がピナの胸や股間の辺りに伸び始める。触手によって縛られたピナの肩や太ももは、ボンレスハムのように触手の端で肉が隆起し、彼女の肌のハリや肉の若さを現す。だめだって!未成年ですよ!?そういう問題じゃないけど!?
焦りと混乱で思考がまとまらない。その間にも群衆が集まって来る。どうすれば。
「どいてくれ!」
突然聞きなれた声がする。声の方に目をやると、日本刀のような細長い刀を腰に携えた私たちの担任、サティエがこちらに向かっていた。サティエが刀を抜くと、青白い刀身が輝く。
その場で飛び上がり、前の2,3人の生徒の頭上を越える。私とピナの間に着地すると同時に刀を振り下ろし、触手を断ち切る。解放されたピナの体は、地面に落ちる前にサティエの腕に抱えられる。
「あ、ありがとうございます・・サティエ先生・・・。」
「無事でよかった。少しここで休んでいてね。」
ピナを介抱し、壁にもたれて座らせ、私の方を見る。
「レト!しっかりしろ!」
「体が言うことを聞かないんです!」
なんとか声を絞り出そうとすると口が開いて喋れたが、それ以上はなにもできない。
「なるほど。ならば、すまない!」
サティエがそう告げ、何か言葉を発したかと思うと、サティエの掲げる刀身が炎を纏う。
「悪く思うな。ティコンよ。」
サティエが刀を横に振りきる。刀に纏った炎が、その軌跡を伸ばす。
ぶおん!
空を切る轟音。刀身は届いていないにもかかわらず、私の上の肥大化したオクタコが、真っ二つに一刀両断されたのを感じる。ふっ、と頭が軽くなり、頭のオクタコが消えて体が動くようになった。
「レト、宣伝ということにして丸く収めてくれ。あとで事情は説明する。」
気が付けば私のそばに来ていたサティエに、耳元でささやかれる。気が動転しているが、とりあえず従う。
「えー、少女を襲ったティコンは、こうして焼かれて成敗されました!1年B組屋台、ティコン焼きで、少女を襲ったティコンを食べてやっつけよう!ぜひお越しください!」
持っていた看板を掲げて、声を張り上げる。
こ、こんな感じでよかったのかな?サティエの方を見ると、こちらを向いてウインクしてきた。大丈夫そうだ、助かった。
「なんだ、宣伝かぁ。」
「まんまと寄ってきちゃったよ、それにしてもどっちの子も可愛かったな。」
「いやいや、サティエ先生かっこよすぎたっしょ!」
「サティエ先生が焼いたティコンって考えたら、食べなきゃ。」
私の口上が効いたようで、群集は感想や文句を口にしながら、散り散りになっていった。
サテ ィエのおかげで、何とか無事に事は収まったが、ピナは壁にもたれかかったまま意識を失ってしまっていた。サティエとともに、ピナを保健室へ運ぶ。ピナをベッドに寝かせ、保健室の先生に診てもらう。
「うん、外傷は特にないね、締め付けられた跡とかも残らないでしょう。話を聞くに、そのうち目も覚めるでしょう。」
保険医の言葉に安堵する。よかったぁ~。
「ほっとしているところすまないが、レトは、そのティコンのことどれくらい知っているんだい?」
サティエに聞かれてきょとんとする。オクタコについて?
「多分何も知らないかな。ピナが私にいたずらでかけた魔法が発端ということしか。」
「ふむ・・・。」
私の返答に、サティエが黙り込む。
サティエは何か知っているのだろうか。初めて私の頭がティコンになったときは、彼はすぐに戻るだろうということだけ、教えてくれた。サティエになら、ドラゴンのことも含めて相談してしまっても大丈夫な気がするが、彼もエルフだ。どうしたものか。
「先生は・・何か知っているんですか・・・・?」
「ピナ、目が覚めたの!?」
ピナが体を起こし、私に軽く微笑んでから、サティエの方を向く。
「サティエ先生・・・先生は私がレトちゃんにかけた魔法について・・なにか知っていらっしゃるんですか・・・?」
真剣なまなざしでサティエに問うピナ。その眼差しを受け止めるサティエからもまた、いつものヘラヘラした笑顔は消えている。
「それは、僕の口からではなく、君に魔法を教えた、お母様に聞くのがいいんじゃないか?」
ピナの目が大きく開く。
「なんで・・・?なんでママから教わったって分かったの・・・?」
「あのティコンを見ればわかるさ。うまくいかなかったみたいだけどね。」
ピナとサティエとの間に不穏な空気が流れる。サティエは一体何を知っているんだろうか?ピナの母親と親交があるんだろうか?
「とりあえず、リーフェ君の目が覚め、丸く収まったようで良かった。リーフェ君は今後、レトの頭がティコンになっている時は距離をとるように。何が起こっているのか詳しくは僕の口からは言えないが、同じことを繰り返したくなければ、気を付けるんだね。僕はそろそろ行くよ。お大事に。」
それだけ告げると、サティエは保健室を出ていった。ピナと二人で保健室に残される。
「とりあえず、ピナが無事でよかった。体の調子はどう?」
「レト・・・大丈夫そうだよ、ありがと・・・。」
嬉しい返答だが、ピナの顔は曇っている。サティエと話していたことがひっかかっているのだろうか。
「ね・・レト・・・。」
「うん?どうしたの?やっぱりどこか痛い?」
「ううん、体調は大丈夫なの・・・。あのね・・お願いがあるんだけど・・・。」
ピナのお願いに、私は首肯した。
謝恩祭の時間はあっという間に過ぎていった。ピナと私のひと悶着が尾ひれをついて広まった結果、私たちのクラスの屋台は1日中行列が途切れず、もう宣伝をやめてくれ!とクラスメイトに泣きつかれた。宣伝を頼んでおいて勝手な。でも、そのおかげで以降は私たちは自由に行動できた。
1日目のその後は、ピナと屋台を歩き回り、体育館で劇や音楽を楽しんだ。2日目はティシのクラスの演劇を鑑賞してから、ティシと二人で散策した。謝恩祭中には、教員以外のエルフもたくさん来ていた。彼らの姿は普段目にすることはなく、不思議な感じがした。
そして訪れた3日目。日中は屋台の裏方を手伝う。行列が行列を呼び、3日目となっても人が途絶えない。
なんとか人を捌き切り、屋台を閉めて後夜祭に参加する。
後夜祭はグラウンドで行われ、最初に祭りを盛り上げたクラスへの賞の授与がある。ピナとアルジェ、ダリーの4人で座って発表を聞く。
「今年最も売り上げをあげ、祭りを盛り上げてくれた屋台賞は―――」
ピナと握った手に、お互いの力がぎゅっと入るのを感じる。
「1年B組! ティコン焼きだ~~~!!!」
うおおおおおおおお
「食べ歩きにぴったりだったし、リーズナブルなのがよかったよね~。」
「あの劇で広告やってたとこか、ありゃずるいわな。」
「いや、確かに初動はそうだったが、扱うティコンや味付け、食べやすくする工夫など研究されていた。あっぱれだよ。」
「食べた食べた!やっぱりそうね、私の予想的中。」
グラウンドが歓声であふれる。
「それでは!トロフィーの授与を行います!代表者、前へ!。」
授与式の司会の声で、どよめきが収まる。ダリーがすくっと立ち上がり、グラウンド中央の円形のステージへ歩み寄る。
「君が1年B組の代表者かい?お名前と、今の気持ちをどうぞ!」
ステージに上り、マイクを渡されたダリーが周りを見渡す。聴衆の期待の眼差しを受け止め、口を開く。
マイクがウオォオンと反響したのち、ダリーの言葉が響き渡る。
「1年B組代表のダリー・リノだ。まず、この素晴らしい賞を得られたのは、ひとえに購入してくださった皆さんのおかげです。ありがとう。そして、クラスのみんなで団結できたこの経験は、きっと吾輩たちの心に残るだろう。汝らと、これから過ごす生活はトロフィーと共に輝いている!」
トロフィーを掲げ上げ、言い切る。相変わらず、ダリーはこういう演説映えるなぁ。クラスメイトの中には、目に涙を浮かべている子もいる。
「素晴らしい演説ありがとう、ダリー君!それでは、続いて演劇賞は―――」
ステージから降りたダリーが、トロフィーを抱いてこちらに歩いてくる。途中で、すれ違うクラスメイト達と、楽し気に話すダリー。彼を見つめるアルジェの顔は、丁度前に座る生徒の影になり、見えなかった。
授与式が終わり、ピナとアルジェと三人で屋上に座り、ダリーを待つ。私たちは何もしゃべらず、肩を寄せ合ってグラウンドで踊る人々をぼんやりと眺めている。
ガチャッ
屋上のドアが開く音がする。こんな時間に屋上に来る人は一人しかいない。見なくても分かる、ダリーだ。
「どうしたんだ?こんなところに固まって。グラウンドにみなで踊りに行かないか?」
ダリーの声が後ろから聞こえる。私とピナは、じっとグラウンドを見つめるアルジェを残して立ち上がる。
「ダリー、ここ座りなよ。いい眺めだよ。」
私たちが座っていた辺りをダリーに明け渡し、屋上の入り口にピナと二人で向かう。入口のドアをゆっくりと開き、階段を下りる。あとはアルジェ次第だ。頑張れ、アルジェ。
私はピナと二人で後夜祭へと向かった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
さっきまでピナとレトが座っていたところに、ダリーがいる。それだけで、胸がドキドキしてしまう。あぁ、ボクはどうしようもなく、彼が好きなんだと痛感する。
「ふむ、こうして上から踊る人々を見るのも悪くないな。この学園の良いところを感じられる。」
「アハハ、確かに、謎を暴いてやるーとか意気込んでたのに、ボク達もすっかり楽しんじゃってるね。」
ダリーの話に相槌を打ちながらも、愛しい気持ちが止まらない。彼の一挙一動が、ボクの心を揺さぶる。
「うむ。しかし謝恩祭が終わってからは、また活動再開だぞ!必ずやつらの正体を暴いてやる。」
「ふふっ。そうだね。」
あぁ、彼をボクのものにできれば、どれだけ幸せだろうか。
「ダリー、あのね。」
意を決して語り始める。
「うん?どうした、アルジェ?」
ダリーがこちらを向くのが分かるが、照れくさいようなむずがゆさが全身を廻って、グラウンドから視線を外せない。
「ボク達、昔からずっと一緒だよね。」
「うむ、朕がアルジェの村に連れられてからはずっと一緒だな。」
「今までいろいろあったよね、ダリーは一番覚えてる思い出って何がある?」
「うーむ、そうだな。やはり、二人で駄菓子を盗んだ時は楽しかったな。」
「あ!ボクも今そのこと思い出してた!あの時の、お父さんとお母さん、すごい剣幕だったよね。」
「全くだ。そもそもアルジェがやろうと言い出したのに、我に全て押し付けて・・・。」
「アハハ、そうそう。うちの親が、全部ダリーに唆されたからだーって必死に主張してて、あの時はごめんね。」
「そんな昔のことはもうよい。小生も来たばかりの身で図々しかったやもしれん。」
「そっか、ありがと。」
思えば、あの時からボクはダリーを、気になり始めていたのかもしれない。そうだとすると、もう5年以上も想い続けているのかな?
「それでね、今日したい話っていうのはね。」
「うん。」
ダリーも、ボクの雰囲気の変化を察したのか、静かになる。頭の中は、緊張や不安、何もしない方がいいんじゃないか、などと言った考えでしっちゃかめっちゃかだ。用意していたセリフも思い出せず、言葉がでない。
「だからね、その。ボクはね。」
「うん。」
「なんっていうかね、そのね。」
「うん。」
「最近になってからようやくわかったんだけどね。」
「うん。」
真っ白になった頭で、言葉を紡ぐ。
「―――好きです。付き合ってほしい。」
顔から火が出るほど恥ずかしい。それと共に、言ってしまったという達成感、絶望感、不安、その他諸々が一気に襲い掛かって来る。
しかし、言ってしまうと肩の荷が下りて、別の緊張が訪れる。目の前には、ぼんやりとしたグラウンドの明かりのみが広がる。
「吾輩は―――」
ボクたちの糸は、ぷっつりと途切れた。