第5章 落日
「すなわち、生物の分類はその大聖霊によるものが大きく―――」
入学式からしばらく経ち、学校生活にも慣れてきたある日。普段は興味のある生物の授業が、全く頭に入ってこない。なぜなら。明日はティシとデートの日だからだ。
初めて行くこの世界の都会。それもティシと二人きり。何着ていこうかなぁ。妄想が膨らむ。
「これらの現象は、来月あたりからこの学校付近にも見られるようになります。夜に光る様は美しく、見に行くのもおすすめです。」
確か予定は、昼食を食べてからショッピングとスイーツだ。ティシが好きなお店に連れて行ってくれるらしい。学校から街へはヌヤ車で2時間ほどで、到着する頃には丁度お昼ご飯の時間らしい。
「はい。それじゃ、ここを誰かに答えてもらおう。シッデスさん。あなたはどう?」
外食も初めてだから楽しみだな~。モンスターの丸焼きとかあったりするのかな?食べ歩きとかもあるなら、試してみたい。
(レト・・?当たってるよ・・・?)
ピナに小突かれる。えっ。
「は、はい!」
慌てて立ち上がるが、どこを当てられたのか見当もつかない。えーい、やけくそで開いているページの問題に目を通す。何々?『軟体動物の分類基準となる特徴を答えよ』?これなら、前ティコンに興味があって調べたことあるぞ。
「生殖時に用いる触手です!ティコンに代表されます!」
私の回答に、静まり返る教室。あれ、なんかミスった?
「レトさん。趣味は人それぞれですが・・・。座りなさい。」
言いにくそうに眼をそむけ、咳払いする先生。え?真面目に答えたつもりだったんだけど?
席に着くと、ピナが赤い顔で教科書をこちらに向ける。なになに?指がさされているところに書いてる問は、
『あなたの好きな生物の部位を考えてみよう!』
ぎゃー!全然違うページじゃん!
「うー、めちゃくちゃ恥ずかしかった。」
机に突っ伏し、赤い顔をパタパタ下敷きで仰ぎながら、ピナに愚痴る。
「まあ・・皆納得してくれたみたいでよかった・・・。」
ピナがヨシヨシしてくれる。あの後、必死で答える問を間違えていたと説明し、先生に授業を聞いてなかったことを謝った。私の弁明を聞き、納得した顔になった人が大多数だったが、数人の生徒は残念そうな顔をしていた。おい、性癖ねじ曲がってないか?大丈夫か、ここの生徒。将来が心配だ。
「吾輩は少し残念だったがな。意外性があって面白かった。」
「アハハ、さすがに上級者過ぎるでしょ。」
前に座るダリーとアルジェが、こちらを向く。
「でも・・いつもちゃんと聞いてるレトちゃんが・・上の空だったのは・・意外・・・。」
「そうだよね。ボクは寝ちゃいがちだけど、レト、生物の授業好きだもんね。」
「然り。して、体は息災か?」
そんなにマジメキャラだと思われていたのか。まあ確かに、生物の授業は新鮮で受けていて楽しい。
「大丈夫、ありがと。単に明日ティシと出かけるのが楽しみで、それ考えてて。気が付いたら、当てられちゃってた。」
「ティシさんって、レトのルームメイトだっけ?」
アルジェがこちらを見ながら問う。
「うん。とっても優しくって、ほんとのお姉ちゃんみたいなんだ。二人で出かけるのは初めてだから、楽しみ。」
「ふむ。そういった関係性も悪くなさそうだな。」
「ダリーは1人部屋だっけ?」
「うむ。気楽でよいが、たまに寂しくなるな。」
「へ~。ダリーでもそんなときがあるんだね。寂しかったら、ボクの部屋に来てもいいんだよ?」
「むぬぅ。アルジェの部屋ならいいが、女子棟じゃろ?さすがにこれ以上、男子生徒からの反感を貯める気にはならんな。」
騎馬戦の時を思い出す。確かに、あの時の私怨はすごかったな・・。男子生徒の気持ちは分かるが、ダリーは大事な友人だから幸せになってほしい。むずかしいなぁ。
「アハハ、それはそうかも。でも、ボクもまだ一人だし寂しいんだよね~。」
「アルジェは4人部屋だっけ?」
「うん、でも何か手違いで三人来てなくて、今は一人。部屋が広いだけあって余計寂しいよ。」
「確かにそれは寂しいかも。今度遊びに行こかな。ね、ピナ?」
ピナの方を向く。気が付いたら、私の頭を撫でていた彼女の手は止まっており、何かぶつぶつつぶやいている。
「・・やっぱりティシさんは・・お兄ちゃんだけじゃなくて・・レトまでとられちゃう・・・」
「ピナ?大丈夫?」
「・・こうなったら・・私もレトと・・・」
「ピナ?」
体を揺さぶると、ピナがはっとした目でこちらを見る。
「な、なに・・・?レトちゃん・・?」
「今度、アルジェの部屋に遊びにいこーって。」
「いこいこ・・・!パジャマパーティしよ・・・!」
「いいね!楽しそう!」
響きがいいなぁパジャマパーティー。お菓子もちよってゲームとかしたいな。
授業開始を告げる鐘がなり、先生が教室に入ってくる。よし、今日はこの授業で終わりだ。ラスト頑張ろう。
そして、やってきたお出かけの日。出発の2時間前に目を覚ましたが、すでにティシはベッドにいなかった。仕切りのカーテンをくぐりダイニングに向かうと、すでに朝食の準備ができている。
「うわぁ美味しそう。ごめんね、起きるの遅くて。」
テーブルの上には、色とりどりのサラダと、スクランブルエッグにベーコン、スープが並んでいる。
「いいのいいの、私がやりたくてやってるだけだから。」
ティシが焼き立てのナパの乗った器を置き、席に着く。
「それじゃ、いただきます。」
「いただきまーす。」
朝から豪華な食事に、舌鼓を打つ。ティシの淹れるカモミールティーは、朝にピッタリだ。清々しい気持ちで一日を迎えられる。
「レトは、化粧品持ってないのよね?」
ナパに齧りついていると、ティシに問われる。
「うん。母さんが、まだいいって。」
「そっか。今日はちょっと都会に出るし、私の使ってみる?」
化粧かぁ。確かに、いずれは覚えなきゃならないだろうし、ここで教わっておくのもありだな。
「うん、ティシに教えてもらえたら嬉しいな。」
「任せて!!」
ティシの瞳に炎が宿る。あれ、変なスイッチ押しちゃった?
食後、鏡の前に座る私。前髪はピンで留めて上げている。後ろには、ティシがやる気満々で立っている。
「それじゃ、やっていくわね。」
「お、お手柔らかにお願いします・・。」
「まず、肌の調子を整えるため、洗顔をします。朝は水だけでオッケー。」
水で顔を洗う。
「洗顔後は、顔を良く拭いて、化粧水をつけます。」
指示に従い、化粧水をまんべんなく塗っていく。
「次に、乳液を付けます。」
指示に従い、顔に広げる。
「下地を付けます。」
指示に従い、
「コンシーラーで気になる部分を隠します。」
指示に、
「ファンデーションを押し込むようにつけていきます。」
指
「チークを載せます。」
「ビューラーでまつげを上げます。」
「アイシャドウをのせます。」
・・・
「最後に、グロスを塗って、完成!」
大体1時間くらいだろうか。私はティシの指示通りに自分の顔面を改造していった。顔に物を塗っていく慣れない感触と、多すぎる工程を乗り切るには、無心になるしかなかった。私は指示通りに動くロボット。
「ほら、レト!とってもかわいくなった。」
「ウィーン、カワイクナッタ。」
「レト?大丈夫?」
ティシに体を揺さぶられる。
「はっ!?私は一体何を?」
「うーん、ちょっと張り切り過ぎちゃったかしら。」
困ったようなティシの声。しかし、鏡に映る自分の姿を見て、言葉を失う。元々は少女のあどけなさが残った少女の顔だったが、今は大人っぽくありながらも自然な色気が漂う顔だ。よく分からずつけていた化粧品達が重なった結果、顔に立体感が生じ、彫が深くなったようにすら感じる。すごい、こんなに変わるのか。
「一気にやり過ぎちゃったけど、自分の顔が変わるの、楽しいでしょ?」
「うん、すごい・・。」
ティシが私の肩に載せた手を動かし、こりをほぐしてくれる。
「お疲れ様。じゃ、次はヘアアレンジにいこっか。」
・・・ティシのおしゃれ魂は、安易に刺激しない方がいいのかも。
揺れていたヌヤ車が止まる。外を見ると、大きな城門が前方を立ちふさいでいる。
中央都市、テイカャイ。エルフの学校から数十キロ離れたそこは、文化の中心地であり交易都市でもある。様々な地方から多種多様なものが流れ込み、独自の文化圏となっている。エルフの学校から最も近い大都市であるため、学生たちは休日に度々遊びに行くらしい。
「久しぶりに来たけど、やっぱり大きいわね。」
城門を眺めながら、ティシがつぶやく。
「最近は来てなかったの?」
「うーん、ヌヤ車が億劫でね。特に要るものもなかったし。」
「たしかに、ちょっと長いね。」
途中からは石の道となっていて楽だったが、それまでがしんどかった。腰をさすりながら、ヌヤ車を降りて身体検査の列に並ぶ。
「ティシが言ってた行きたいお店って、なんのお店なの?」
「ん~そうね。2つあるんだけど、1つはスライムプリンのお店かな。」
「スライムプリン?」
「そう。モンスターとして有名なスライムだけど、その体を使ったスイーツなの。見た目が可愛くて、プルプルで美味しいの。」
「へー、おいしそうだね。」
インスタ映えみたいなものだろうか。どこの世界でも可愛いスイーツは流行るんだな。
「もう1つは?」
「着いてからのお楽しみ、かな。」
「えー気になる。」
「ふふっ、楽しみにしておいて。」
「次の方、どうぞ。」
カバンを広げて係の人に渡す。中身を確認してもらっているうちに、金属探知機みたいなもので、体の方もチェックされる。爆破や燃焼に関わる聖霊の宿ったものを隠し持っていないか、確認できるらしい。べんりだ。
「はい、大丈夫です。テイカャイでの1日をお楽しみください。」
「ありがとうございます。」
城門を抜け、街に入る。そこには、雄大な街並みが広がっていた。
中央にそびえる丸いドームのような屋根の建物が目を引く。そのドーム部と同じ赤茶色の屋根で統一された建物たちが、町の統一感を際立てる。赤茶色の屋根にクリーム色の壁。大小さまざまな建築が存在するが、殆どがそのカラーリングで統一されている。そして、街中のレンガ道とシックな街灯が、気品さを醸成する。
「テイカャイはどう?」
私に続いて検査を通過したティシが、となりに立つ。
「めちゃくちゃ良い!この街並み、好きだな。」
「ね。私も初めて来た時感動したわ。とってもきれいな街並みよね。」
「あの建物はなに?」
中央にそびえる、ドーム型の巨大な建築物を指さす。
「たしか、エルフが使用する建物だったかしら。彼らの信仰の、儀式か何かで使うとか。」
うーむ、エルフは分からないことだらけだな。今度サティエにきいてみようかな。
「まずは、こっちよ。」
ティシに手を引かれ、街中を歩きだす。
「わわっ、一人でも歩けるよ?」
「だーめ、レトはすぐ迷子になっちゃうでしょ?」
「大丈夫だってば。」
私の主張に耳を貸さず、嬉しそうに腕をからめて歩くティシ。もう。ちょっと恥ずかしいけど、幸せそうならいいか。
ティシと二人、中央都市テイカャイの探索スタートだ。
「「美味し~!」」
思わず二人、ハモってしまう。
私たちは最初に、小腹を満たそうとスライムプリンのお店へやってきていた。お昼過ぎになると行列必須らしく、先に食べちゃおうということだ。
「これ、止まらないね・・。」
「でしょ?気に入ってもらえたなら嬉しい。」
ティシが微笑む。これは、お世辞抜きに美味しい。
口に入れた瞬間、ミントのような爽快感が体を突き抜け、その後優しい甘さが口中を支配する。プルプルした冷たいゼリーに歯を通すと、心地よい弾力の後に様々なフルーツの風味が顔を出す。飲み込むと、つるんとした喉越しのよさと清涼感で、もう一口と食べたくなる。これが異世界スイーツか。全身が幸せ。
「私のはペレメ風味で、これはこれで美味しいわ。食べてみる?」
私のプリンは青透明なのに対して、ティシのはピンク色だ。確か、ペレメは酸味が強い果物だったっけ。気になる。
「うん、一口もらえる?」
「はい、どーぞ。」
向かいに座るティシが、プリンを一口スプーンですくい、こちらに差し出す。これっていわゆる、あーんってやつだよね?気恥ずかしいけど、ティシは気にしてないみたいだし、食べるしかない。
覚悟を決めて、ぱくりと食べる。私のスライムプリンとは異なり、爽快感ではなく心地よい酸味が広がる。
「ん!これはこれで美味しいね。」
「でしょ?他にも色々あって美味しいのよね。」
「ティシも普通の食べる?」
「そうね、じゃあ私も一口もらおうかな。」
スライムプリンを一口掬い、ティシの口元へ運ぶ。髪を耳の上にかき上げ、ティシがあーんと身を乗り出す。色っぽくて、ドキッとしてしまう。そのまま、私のスプーンからプリンを口に収める。スプーンを唇から抜く際に、彼女の艶やかなグロスがかすかにスプーンに付く。
「ん、やっぱり普通のも美味しいわね。ありがと、レト。」
「う、うん!それは何より!」
「?どうしたの?」
「だ大丈夫、特に何でもないよ!」
スプーンに残った彼女のグロスが、なまめかしくて見とれてしまっていた、なんて口が裂けても言えない。平常心!
落ち着こうとスライムプリンを掻き込む。
「あ、レト、そんなに一気に食べると。」
がつんとくる爽快感。それは最早、爽快の域を超えている。涙と鼻水が、無理やり誘起される。大量にわさびが入った寿司を引いてしまった時と、似たような感覚だ。
「~~!?」
どうしようもなく零れ落ちる涙をハンカチでふくと、ハンカチが黒くにじむ。そっか、化粧してるとこうなっちゃうのか。
「大丈夫?」
心配そうに、こちらを見るティシ。ごくんと飲み込むと、少しマシになってきた。
「うん、でも、ちょっと化粧が落ちちゃった。」
「そうね、ちょっと後で直そっか。丁度、言ってみたいお店があったの。」
なんだろう。ティシの影が含んだ笑みに、よからぬものを感じた。
スライムプリン屋を後にした私たちは、そこから歩いてすぐのお店にやってきた。
「衣装ショップ、りぐるー?」
看板を読みあげるが、何を売っているのか、いまいちぴんと来ない。普通の服屋ではないようだけど、どういうお店なんだろう。
「ここ、一度入ってみたかったのよ。」
ティシに背中を押され、中に入る。
薄暗い店内に、所狭しと並ぶ多種多様な洋服たち。それらはみな、日常生活で使うようなものとは一線を画しており、まるで舞台衣装のようだ。と、店の奥から誰かがしゃべる声が聞こえる。
「どう?似合ってる?」
「ふむ、いいんじゃないか?」
「もー、さっきからそればっかじゃん。そうだ、ダリーも着てみてよ。」
「儂はそういうのはだな」
「ほらほら、これとかどう?」
白いシャツに短パンの涼しそうな格好をしたダリーと、赤いワンピースに身を包んだアルジェがいた。アルジェが着ている服は、どこか見覚えがある。袖が短い赤いワンピースに、大きく入ったスリットと金色の刺繍。これって。
「チャイナ服?」
私の声に、ダリーとアルジェがこちらを向く。
「レト?なんでここに?」
「あ、えっと、ティシと買い物に来てて。こちらはルームメイトのティシ。」
私の紹介を受け、ティシがぺこりと礼をして挨拶する。
「それで、こっちがクラスメイトのダリーとアルジェ。」
ダリーとアルジェも、軽く会釈する。
「で、アルジェのその恰好って?」
「ここの衣装だよ。可愛いよね。」
アルジェが腰に手を当ててポーズをとる。彼女のスレンダーな体とチャイナ服は相性抜群で、とても似合っている。
「うん、とってもきれいだよ。」
「えへへ、そうかな?ありがと、レト。」
嬉しそうにアルジェが笑う。照れてもじもじする彼女は新鮮で、かわいらしい。
「レトも、今日は雰囲気が違ってかわいいな。」
「え、そうかな?」
突然ダリーに褒められ、驚く。ティシに巻いてもらった髪の先を、くるくる指先で遊んでごまかす。
「もー、ダリーはすぐそうやって女の子を落とすんだから。レト、気を付けなよ?」
アルジェがダリーのわき腹を、肘で小突く。
「むぅ。そういうつもりではないのだが。」
不服そうなダリーだが、確かに臆面もなく褒められると、うれしいものだ。ちょっとキュンとしてしまった。
「それじゃ、レトも色々着てみない?」
気が付くとティシが、両手に抱えきれないほどの服を持って立っていた。なるほど、これが目的だったのか。ちょっと興味あったしいい機会。
店舗内のメイクルームでティシに化粧を直してもらい、更衣室に入る。
「これはどうかな?」
ティシからひとつづつ衣装を受け取り、袖を通していく。
1つ目は、高校の制服のような衣装だ。ブレザーとリボンがかわいらしい。カーテンを開けると、頬に手を当てたティシが、笑顔でこちらを眺めている。衣装にあてられてか、気分が大きくなってきた。くるんと一回転すると、スカートが浮いてスース―する。
「これも試してみて?」
ティシから衣装を受け取る。黒いフリルのついた白いワンピース。コスプレ用のメイド服だ。なんでこんなものが・・・。
「これなんてどうかしら。」
丈が異様に短い黒い着物。太ももの辺りまでしか布がない。セクシー着物っていうのか?
「あらあら、こんなものまで。」
網タイツに肩丸出しの黒いボディコンと、ウサギ耳のカチューシャ。バニーガールだ。ってなんでこんなものが!?
「さすがに恥ずかしいよ!?」
慌てて更衣室に戻る。ティシの顔はこれ以上ないほど溶けてたけど。恥ずかしいものは恥ずかしい。
「恥ずかしいなら出てこなきゃいいのに。」
「まあ、レトも満更じゃないんだろう。」
「それにしても、ティシさんって。」
「ああ、レトを溺愛してるな。」
「うーん、なんかでもお互い満更じゃないのが見ててほほえましいね。」
「全くだ。」
外でアルジェとダリーが何か言ってるけど、よく聞こえない。もう、すっかり衣装にあてられてしまった。
「ふぅ。」
元の服に着替え、更衣室を出る。と、そばに吊るされている衣装に目が留まった。
「ね、ティシ、これ着てみてよ。」
「あら、綺麗ね。せっかくだし、レトも同じの着て、写真撮ってもらわない?」
「いいね、そうしよっか。」
店員さんを呼んでから更衣室に入り、お揃いの衣装を着る。それは、純白のワンピースだった。形はチャイナドレスに似ているが、色が真っ白で、手首まである長い袖が特徴的だ。確か、アオザイとかいう名前の民族衣装だったような。
「これ、体のラインが出るわね・・。」
隣の更衣室から出ながらつぶやくティシ。彼女の豊満な胸を包んだアオザイは、その存在を主張しながらも、圧倒的な純白による清純さを醸し出す。少し茶色がかった彼女の髪と、アオザイの白さによって生じる奇妙な調和。あぁ、この姿を拝めただけで、テイカャイまで来た価値あった。
「それじゃ、写真お願いします。」
ティシと背中を合わせ、手を重ねてポーズを撮る。
「はい、こんな感じでいいかな?」
皮のような紙に印刷された写真をもらう。手を重ねて笑い合う私とティシ。お揃いの服に、お揃いのペンダント。白いアオザイと二人の笑顔がまぶしい。私、こんなに幸せそうな顔してたのか。
「ありがとうございます!」
お金を払い、写真を受け取る。1枚だけだし、ダイニングにでも飾っておこう。
「そろそろ、いこっか。」
ダリーと、彼を着せ替えて遊ぶアルジェに挨拶だけして、店を出る。
「化粧も治せたし、どこか行きたいとこあるんだっけ?」
「そうね。じゃあ、あそこに行こうかしら。」
「こ、ここは・・・。」
店内に入ると、その空間の異様さに固まってしまう。
所狭しと並べられた、色とりどりの下着達。見慣れないカラフルなそれらに囲まれると、頭がショートするかのような感覚に陥る。
「レトのハーフトップ、そろそろサイズ、合わなくなってきてたでしょ?」
ぎくり。ティシの言う通り、確かに最近、ちょっと胸が苦しいなと思うこともあった。親に買ってもらっていたものをずっとつけていたこともあって、新しいものを買いに行く勇気が出なかったのは確かだ。
「ここなら、ちゃんとサイズ測ってもらえるし、色々あって好きなの選べるし。」
最もだけど、未だにあの独特な形状をつけるのに気恥ずかしさを感じてしまう。またハーフトップにしようかなぁ。あれなら、シャツとかと似た感覚でつけられるし。
「せっかくだから、こんなのとかどう?」
ティシが差し出したのは淡いピンク色の、よく見るタイプのブラジャーだ。カップの辺りに施された花の刺繡が可愛い。
「いいなと思うんだけど、今までつけたことないから抵抗が・・。」
「そっか、なら私と一緒に着けてみる?」
「え?」
ティシが近くから似た形の黒いブラを取ってくる。大きさは全然違うけど。店員さんに声をかけ、試着の許可をもらう。
「ほら、入ろ。」
ティシに手を引かれ、試着室に連れ込まれる。え、なにこれ。頭が目の前で起こっていることについて行っていない。
「まずは、ここに腕を通すでしょ?」
ティシが上裸になり、前かがみの状態で新しいブラをつける。
「ホックを留めて、カップにバストを収めたら、体を起こす。前を向いたらカップの上の方をもって、ちゃんと収まるように調整するの。カップの中に手を入れて寄せてあげるのは、潰してしまったりしてよくないわ。」
ティシがくいくいと左のカップを上げると、左右でブラの形が変化する。確かに、今整えた左の方が、右よりもきれいに見える。ほえー、つけ方1つとっても色々あるんだな。
「最後に、このバストの下のラインが、カップのワイヤーと一致してるのを確認するの。ここでバストがはみ出てたり、すかすかだったりすると、サイズがあってないから交換ね。どう?できそう?」
「うん、やってみる。」
ティシに習った通りに、上裸になってブラに腕を通す。背中に手を回しホックを締めると、男性下着では感じることのない密着感が生じ、奇妙な気持ちになる。
「そうそう、その調子。」
胸をきれいにカップの中に収めると、安定したようなフィット感を覚える。サイズは丁度だったようだ。立って胸を張るのが少し楽にすら感じる。すごい、こんなに変わるのか。
「ね、これも悪くないでしょ?」
ティシの言葉に、こくこくと頷く。鏡を見ると、ピンクの可愛いブラを付けた自分がいる。可愛いけど、ふわふわした変な気分。
「色々種類も選べるし、デザインも豊富だし。」
「そうだね。下着を選ぶのが楽しいなんて、初めて思っちゃった。」
「ふふ。都会に来ないと、こんなお店ないもんね。」
あぶないあぶない。男性の時との対比で語ってしまった。スルーされてよかった。
「それ、どうする?」
「うーん、欲しいけど、お値段がちょっと。」
「初めてだし、私がプレゼントしてあげるよ。連れてきたのも私だし。」
「ほんと?いいの?」
「いいのいいの。可愛い妹の成長だもん。」
「ありがと・・。」
嬉しそうに笑いながら、私の頭を撫でるティシ。ぎゅっと彼女の体に抱き着くと、より強い力で抱き返してくれる。
「あの、大変申し訳ございませんが、他のお客様もお待ちですので。」
外からかけられた声に、ヒャッと二人飛びのく。
「すいません!すぐに出ます!」
行きたかった場所を巡り尽くし、再びヌヤ車に揺られて2時間。寮に着いた時には、すっかり日が落ちていた。
「ふぅ。やっぱり自分の部屋は落ち着くなぁ。」
部屋に入り、枕もとにティシが買ってくれた下着の袋を置く。ピンクと白色で袋まで可愛い。さすがはランジェリーショップ。
「疲れたわね。今晩は手抜きにしちゃおっか。」
ティシがそう言いながら、冷凍庫からパスタを取り出し、鍋にかける。
「それなに?」
「毎年配られる非常用パスタよ。一昨年もらったやつなんだけど、そろそろ消費期限だから。」
ペペロンチーノのようなニンニクの芳ばしい香りが、食欲をそそる。キッチンへ向かい、食器の配膳を手伝う。
「「いただきます。」」
ぱくり、と一口食べると、そのしょっぱさに驚く。しおからい。なにこれ。ティシの方を見ると、彼女も微妙な顔をしている。
「なにこれ、しょっぱすぎない?」
「非常用だから、かな?」
「非常時に塩分をとるためなのかな?」
「うーん、やっぱり料理で手を抜いちゃだめね。」
二人、文句を言いながらも、パスタを食べ続けた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
エルフの学園の側にそびえる、ディパルセ山。
ここ数年その活動は停止しているが、立派な活火山である。そこには今、普段いるはずのない存在が、舞い降りていた。
永久の時の経過を感じさせる、厚く大きな鱗。ながく強靭な尾をしならせると、その軌跡には炎のみが残る。「それ」は、機嫌悪そうに、招かざる来客を迎える。
『何用で来た?下劣な種族が。』
その声には応えず、無数の人影は武器を構える。
『ほう、我に歯向かうつもりか?』
「それ」が面白そうに問うと同時に、周囲の無機物が炎をあげ始める。空間を燃焼へと変化させてしまう、どうしようもない強大な力。
「想定以上です!聖霊を抑え込めません!」
「レギュレータはどうなっている?血縛魔法陣は?」
「全て機能しません!オーバーフローです!」
「ちっ。ただのでかいトカゲ風情が。」
舌打ちする人影に向けて「それ」が首を振ると、口から生じた巨大な火の玉が彼らを襲う。その炎はとどまるところを知らず、周囲一帯を焼きつくす。
「二十名の大精霊消失!死亡確認!重傷者多数!」
「仕方あるまい。転移魔法陣を起動させろ。」
「了解いたしました。転移魔法陣起動、まもなく離脱します!」
声と共に地面が光り輝き、人影が消える。
『腐った卑怯な種族が』
誰もいなくなった燃え盛る空間で、声の主――ドラゴンは一人、吐き捨てるようにつぶやいた。