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第4章 蛸頭

 入寮してから1週間が過ぎた今日。青空の下に満開の花々。まさに、入学式日和だ。ティシが貸してくれたドレスに袖を通す。櫛で髪をとかし、姿見に映る自分を見る。

「うん、可愛い。」

 我ながら、可愛い。淡いベージュ色のシンプルなドレスに、藍色の髪が映える。くるりと一回りしてみると、髪がなびいて楽しい。

「レト、準備できた?」

 鏡の端に、ティシがひょっこりと顔を出す。彼女の顔に華が咲く。

「可愛い~!やっぱりレト似合うと思ってたの。」

「えへへ、ありがと。」

 ティシに抱きよせられ、撫でられる。この一週間で分かったのは、ティシはとにかく私の世話をしたいらしい、ということだ。本人曰く、「ずっと妹が欲しかったの」。私も姉が欲しいと思ったことは何度もあったし、この2人がルームメイトになれたことは最高の巡り合わせだ。

「そうだ、これもつけてみて。」

 カチャリ、と音をたてて何かを手渡される。手を開いてみると、それはチェーンのついた黄色いペンダントだった。チェーンを解いて首にかける。

 鏡に映る私とティシは、お揃いのペンダントをつけている。丸い半透明な黄色の水晶に、横を向く女性の顔が彫られている。よく見ると、ティシのペンダントは左を向いており、私のは右を向いている。

「きれいだね、何かの宝石?」

「どうだろう、私が見つけた石を加工してもらったの。それ、レトにあげるわ。」

「え、いいの?」

「うん、妹ができたらあげようと思っていたの。」

 うれしそうに笑うティシ。お揃いの持ち物とかちょっと憧れがあったから、嬉しい。なんだか、ほんとの姉妹になったみたいでこそばゆい。

「えへへ、ありがとね。ティシお姉ちゃん。」

 ティシの目尻が、これ以上ないほど垂れ下がった。・・・大丈夫かな、入学式までには戻ってるよね?


「新入生、入場」

 声に従い、歩き始める。華美な装飾が施された入口を抜けると、豪奢な体育館。そして、待ち受ける在学生達と、ぎこちなく席へと歩く新入生達。みんな、緊張している。

 座っている在学生達の方に目を向ける。ティシいるかな・・・っと、いたいた。体育館の後ろの方の集団の中で、きりりとした顔で、前を向いている。よかった、いつも通りみたい。ほっとしたのもつかの間、彼女の視線が私に向く。私が軽く手を振ると、彼女の表情がでへ~と溶ける。もう、学校ではちゃんとするって言ってたのに。

「新入生、着席。これより、祝辞を述べます。」

 つつがなく入学式が進行していく。台上に立っている先生方は、皆エルフだ。さすがはエルフの学園。でも、生徒は人間ばかりなのはなんでだろう。子供のエルフは珍しいのかな?

 久々に聞く校長先生の話や、厳かな式の雰囲気に初めはワクワクしていたが、次第に飽きてきた。ふわぁ。眠い。周りの新入生達はどうだろう。ちらりと左の生徒を見ると、私と同じく眠そうな顔をしている。やっぱ眠くなるよなぁ。右の生徒を見ると、そこには生まれたての小鹿がいた。

 私より一回りほど小さい少女。小動物を思わせる雰囲気だが、猫背気味で前髪が長く、表情は分からない。紅潮する頬に、一文字にきっと閉じた口。そして、がくがくと小鹿のように震える足。どうしたんだろう。体調悪いのだろうか。

「大丈夫?しんどいの?」

 小声で尋ねると、彼女はびくりと全身を震わせる。

「だ・・・大丈夫です・・・。」

 そう言いながらも、足を震わせる少女。うーん、どこからどう見ても大丈夫じゃなさそう。手を上げ、近くにいた先生を呼ぶ。

「すいません、ちょっとしんどいので保健室行ってもいいですか?この子に付き添ってもらうので。」

 教師が頷くのを確認し、少女の腕をとる。

「ほら、行こ。」

 耳元で囁くと、彼女は驚いたそぶりをしながらも、うなずいてついてきた。

 体育館を出て、廊下を歩く。しまったな、保健室がどこにあるかとか知らないや。

「大丈夫そう?耐えられる?」

 私の問いかけに、少女はふるふると頭を震わせる。

「えっと・・・その・・・お手洗い・・・。」

「あ、それならあっちにあったはず。」

 さっき見つけたトイレの方へ歩く。

「んっ・・・。」

 少女が辛そうに声をもらす。よっぽど我慢していたようだ。

 表札が見えた。走ってトイレに駆け込む少女。

 トイレの前で待っている間に、校舎を眺める。外装もすごかったけど、内装もまた煌びやかだ。白い大理石のような輝きを放つ廊下に、何かの動物の装飾が施された柱。教室札も、蔓のような装飾が施され美しい。トイレの中もすごいんだろうな、後で行ってみよう。

「お、おまたせ・・・。連れてきてくれて・・ありがとう・・・。」

 トイレから出てきた少女が、ハンカチで手を拭きながらぺこりと礼をする。

「間に合ったみたいでよかった。私はレト・シッデス、あなたは?」

「私は・・・ピナ・リーフェ・・。多分・・同じクラスだし・・仲良くしてね・・・。」

 おどおどしながらも、はにかむピナ。そんな彼女の様子に庇護欲が掻き立てられる。もしかして、ティシも私にこんな気持ちだったのかな。

「よろしくね!」

 笑いかけると、ピナの顔がほころぶ。仲良くなれたらいいな。


 入学式は何事もなく終わった。各クラスごとに分かれ、教室に戻る。クラスに分かれて、ガイダンスとレクリエーションが行われるらしい。

 教室に戻り、担任が来るのを待つ。10分の休憩後、ガイダンスが始まるという話だったが、

(なんで、こんな静かなの?)

 小声で、隣の席に座るピナに囁く。

 教室に座る生徒たちは、皆黙りこくっており、重苦しい雰囲気が立ち込める。幸い私の前の席は誰も座っていないが、その前からはみっちりと生徒で詰まっている。皆座って黙り込んでいて、空気が重い重い。

(普通・・・エルフの学園は・・個人で導かれるものだから・・・。皆初対面だから・・緊張してしゃべらないんだよ・・・。)

 ピナも重い空気に負けてか、先ほどよりもいっそうおどおどと話す。うーん、それにしても雰囲気が怖い。少しでも音を立てたら注目を浴びそうで嫌だ。

(私は・・ちょっと用事あるから・・・行くね)

 カバンからなにかの箱を取り出し、ピナが席をたつ。

(え、私もついてっていい?)

 ここで一人で座っているのは中々つらい。こくりと頷くピナの後について、教室を出る。

「ふ~、息苦しかった。」

「うん・・あの緊張感ちょっと怖いね・・・。」

「ね、早くみんな打ち解けて仲良くなれたらいいんだけどな~。ところで、その箱は何?」

 ピナが胸元に抱える箱を指さす。用事って、なんだったんだろ。

「ふふふ・・・。これはね・・お兄ちゃんへのプレゼントなんだ・・・。」

 怪しげに笑うピナ。言葉の割には、黒い影を纏っているような気がするんだけど、いったいどんなプレゼントなんだ。

「ピナのお兄ちゃんって、ここにいるの?」

「うん・・今年で・・もう4年生だよ・・・。」

「4年生?なら、私のルームメイトのティシと一緒だ。」

「ティシさんとルームメイトなの・・・!?」

 驚いた顔でこちらを向く。ティシってそんな有名人なのか。

「ピナもティシ知ってるの?」

 顔に陰りが差す。

「いや・・、知ってるというか・・お兄ちゃんから聞いただけだけど・・・。」

 しどろもどろし始めた。どういう関係なのだろうか。今度ティシに聞いてみよ。

「あ・・ここだ・・・。」

 教室の前で立ち止まる。

「すいません・・・ルフト・リーフェを呼んでもらえますか・・・?」

 ピナのお兄さん、ルフトさんっていうのか、覚えとこ。

 1人の眼鏡をかけた青年が椅子から立ち上がり、こちらに歩いてくる。あれがルフトさんかな?久しぶりの兄妹水入らずだろうし、ちょっと離れとこ。廊下を横切り、教室の向かい側、窓の方へ歩き外を眺める。

 窓から差す陽が暖かくて、ぽかぽかする。入学式直後だからだろうか、グラウンドには誰もいない。無人のグラウンドの向こうに、大きな鳥が飛んでいる。赤い鳥だ。綺麗だなぁと、ぼーっと鳥を見ていると、なんだか大きくなってきている気がする。っていや、これ、こっちに向かってきてる!?

 近づいてくるにつれて、その姿が明瞭に見えてくる。小型の飛行機くらいありそうな巨大な鳥だ。大きな体に、燃える翼。翼は燃焼しているわけではなく、炎それ自体が翼になっているようで、嘴には何かをつかんでいる。炎の翼に赤い身体が相まって、全身が燃えているように見える。

 グラウンドを横切り、窓に突撃する―――そう思えたが、グラウンドに差し掛かる直前で巨鳥の進路が急に曲がる。何か障害物にでも当たったかのような曲がり方だ。こっちに突っ込んでこなくて良かった。安堵もつかの間、丸い塊がこちらに飛んできていることに気づく。巨鳥が嘴に咥えていたものだ。

 びたん!

 それは丁度、私の前の窓に衝突した。わさわさとした足に、タイルのような甲羅。ヌスターヴァ森林で出会ったマードジルのように見えるが、その大きさは今まで見てきたものとは桁違いに大きい。窓いっぱいに広がる無数の巨大な足が、ガラス越しに蠢く。

「~~~!?」

 声にならない悲鳴を上げて、後ろに飛びのく。どんっと誰かとぶつかる感覚。しまった、ここら辺には、ピナとルフトさんが。

「―――フナウルグム・イルグンフ!」

 呪文のようなものを叫ぶピナの声。私とぶつかり、倒れるルフトさん。そして、私の頭の上に乗る何かの塊。

 ぼふん!

 突然辺りが白い霧に包まれ、視界が奪われる。頭の上の何かが急に軽くなったと思うと、ぬめりと動く。なんだ?なにがおこったんだ?

 ビクビクしながら頭にそっと手を伸ばすと、ぬめぬめした触手のようなものに手が触れる。うん?この感覚、何か覚えているような。

 霧がはれ、前が見えるようになる。私の前に立つピナが、目を丸くしてこちらを向いている。彼女が持つ手鏡に映る自分の姿を見て、何が起こったのか分かった。しかし、なぜそうなったのか、そんなことが起こりえるのか、はさっぱり理解できない

 私の髪の毛は、1匹の大きなタコのような生物―――ヌスターヴァ森林で餌付けしていた生物と、酷似したものに変化していた。鏡の中でそのタコのような何かと目が合うと、そいつは、元々前髪があった部分にある短い足で、私のおでこをべたりと叩いた。


「ほんとうに・・、ごめんなさい・・・。」

 頭を下げるピナと、続くルフトさん。

「申し訳ない・・。」

「いや、まあ起こっちゃったことは仕方ないですし。これ、元に戻るよね?」

 頭の上のたこもどき―――ティコンを指さし、尋ねる。

「そうですね、数時間で元に戻るはず。」

 申し訳なさそうに、ルフトさんが答える。数時間もこの状態なのか。困ったな。

 霧が開けると、私の髪の毛はタコもどき、この世界ではティコンと呼ばれる生物になっていた。ピナがルフトさんにかけようとした魔法が、私に暴発したのだ。こんな危険な魔法、人にかけようとするな!と言いたくなったが、ピナなりの努力の成果らしい。一人、エルフの学校で先に勉強していたルフトさんに追いつこうと、独学で勉強した成果を見せようとした、という話を聞くと責めるに責められない。

「それで、なんでティコンなの?」

 頭の上で、うねうねと動くティコン。

「えっと・・、召喚に使ったのが魚のお頭で・・ママのアドバイスなんだけど・・それで海つながりのものを呼ぼうとして・・・」

 うぇっ、あの頭に乗ったやつ、魚のお頭だったのか。後で匂わないか確認しとこ。いやでも、今はティコン乗ってるし、意味ないか。

「レトちゃん昔・・ティコン飼ってたりしたんじゃない・・・?」

 もしかして、あの餌付けてたやつなのか?そう考えると、頭の上でぬるぬるして気持ち悪いのも、多少愛着が湧く。耳の辺りの触手がべちべち動いてうるさいけど。

「レトさんの髪の毛を司る精霊と、魚のお頭を通して召喚されたティコンの大聖霊が、一時的に入れ替わっている状況ですね。魔法陣の効果が切れると、ティコンの大精霊は去り、髪の毛の精霊が戻ってくるはずです。」

 ルフトさんが補足してくれる。この世界では、全てのものに精霊が宿ってるんだっけか。

「バタバタして悪いんだけど・・そろそろガイダンスはじまるし・・教室戻る・・・?」

 え、この頭のままで?


「うー、教室入りたくない。」

「ごめんね・・・。私も事情説明するし・・がんばろ・・・。」

 教室のドアの前で呻く私に、ピナが鼓舞してくれる。そうはいっても、このまま教室入るのはちょっとなぁ。頭の上のティコンも、嫌そうにぶよぶよしている。私の考え、分かるのかな。

 うじうじと悩んでいると、ドアががらりと開く。

「遅いぞ。入学初日から遅刻とは、中々度胸あるな。」

「す、すいません。」

 怒気のこもった声に慌てて頭を下げる。ティコンの触手がぶらりと垂れ、頭が重い。ってあれ、この声って。

「サティエ?」

 そーっと頭を上げると、そこには、にやけたサティエの顔があった。

「はははっ。久しぶりだね、レト。」

「え、なんでここに?」

「なんでって、君たちの担任だからさ。それ以外に理由はあるかい?」

 サティエが担任!?嬉しいような、なんだか恥ずかしいような。でも、サティエはかっこいいから、いろんな生徒から人気になるんだろうな。ちょっとジェラシー。って、なんで嫉妬してるんだ??あの性悪エルフだぞ??

「えっと・・・レトちゃんの知り合い・・・?」

「担任のサティエ=プラだ。これから1年よろしくね、ピナ・リーフェ君。」

「は、はい・・。よろしくお願いします・・・!」

 ピナが紅潮した顔で、慌ててペコリと礼をする。あれ?ピナ?もしかして?

「それで、その珍妙な頭のこと、話してくれるかい?」

サティエが困ったように笑いながら、私の頭を指さした。


「ふむ、なるほど。」

 ピナから魔法の詳細を聞いたサティエが、腕を組み深くうなずく。普段は嫌な奴なのに、たまにこういう知的な雰囲気を出すの、ずるい。好きになっちゃう人多そう。私は違うけど。

「おそらく、ルフト君の見込み通り2、3時間で消滅するだろう。それまで、レトには我慢してもらうしかない。」

「これ、サティエでも治せないの?」

「うーん。今、レトの体を司る大精霊とティコンの大精霊とが、髪の毛の大聖霊の代わりにリンクを結んでしまっているんだ。下手にティコンの大精霊を去らせると、髪の毛の大精霊が帰ってきてもリンクがなくなってしまう、つまり髪が生えてこないかもしれない。」

 えー、せっかく長い髪の毛の手入れも覚えてきたところだったのに。さすがにそれは辛い。

「それでもいいなら、試してみるが?」

「遠慮しときます・・。」

 ティコンもぶにぶにと首を振るように動く。

「それじゃ、ガイダンスを再開するから、席に着きなさい。初めの方の説明は終わってるから、資料を読んでおくように。分からないことがあったら後で聞きに来なさい。」

 ふと、サティエの肩越しに教室の中を覗くと、生徒たちの視線がこちらに集中していた。うぅ、注目浴びたくなかったのに。


 クラスメイト達の視線を一身に受けながら、席につく。じろじろ見られて私は恥ずかしかったが、ティコンは嬉しそうにぶにぶにしていた。もう、気軽なもんだ。

 学校での生活や、授業、テストについての説明が淡々となされていく。この世界では大多数を占める学校は3年制であるのに対し、エルフの学校は4年制だ。1年長い分、エルフと人間の関わり合いの歴史など、エルフに特化した授業がいくつかある。学費・寮費無料で最先端の授業が受けられる分、卒業後はエルフへの理解ある人材になれるよう教育が施されるということだ。彼らは人間とは全く違った種族らしい。こんなに見た目似てるのに、不思議だな。

「以上でガイダンスは終了だ。さて、これから君たちには4人一組で、騎馬戦を行ってもらう。」

 サティエの言葉に、教室中に無言のどよめきが広がる。

「皆初対面で怖いのは分かるが、これを機に親睦を深めよう。それじゃあ、周囲の人と4人組ペアを作ってくれ。」

 パンと手を叩くサティエに、生徒たちが動き始める。ちらちらと回りを伺う人や、すでに周囲の席の生徒に話しかける人など、様々だ。さて、私はどうしようかな。

「レトちゃん・・一緒にやろ・・・?」

縋るような目でピナがこちらを見ている。

「もちろん!やろやろ!」

 嬉しそうにはにかむピナ。可愛いなぁ。

「あと二人どうしよっか?」

「さすれば、吾輩達と組まないか?」

 突然、私の前に座っていた大柄な男の子がくるりとこちらを向く。ガイダンス前には、いなかった子だ。大きな体にスポーツ刈りで、豪快な感じの男の子。

「えっと、そっちも二人?」

「うむ、某とこやつだ。」

 男の子が隣に座る、ショートカットの女の子に、腕を指す。あれ、さっきは「吾輩」だったのに今度は「某」?聞き間違いか?

「おっけー、じゃあこの四人でやろうか。私はレト、よろしくね。」

「朕はダリーだ。よしなに。」

 吾輩、某、ときて次は朕か。なんか変わった子だな。

 ダリーの隣に座る女の子が、続く。

「ボクはアルジェ、よろしく。」

 爽やかに、にこりと笑うアルジェ。ショートカットなのも相まって、さっぱりした印象を受ける。スポーツやってそう。

「わ、私はピナ・・。よろしく・・・。」

 ピナがぺこりと頭を下げるのを見て、ダリーが頷く。

「さて、諸君らに声をかけたのは他でもない、汝の頭、そのティコンはお主の意志に従って動かせるのか?」

 こちらを見ながら尋ねるダリー。自分のことを言及されたと分かっているのか、うなずくようにティコンがぶにぶにする。

「うーん、なんか思考は伝わってるかもしれないんだけど、動かすことはできないなぁ。」

 触手よ動け!と念じてみるが、私の意志に寄らず自由にぶにぶにしている。あ、またおでこべちべちし始めた。くすぐったい。

 アルジェがこちらを見て笑う。

「あははっ、確かにその様子だと、言う通りには動かなそうだね。」

「うん、手を焼いてるの。」

「なんかでも・・ちょっとかわいいかも・・・。」

「可愛い・・?頭の上でぶにぶにしてるのはちょっと気持ちいいけど。」

「せっかくだし・・名前とかつけたら・・・?」

 名前、名前か。ぱっと浮かんだものを告げる。

「オクタコとか、どう?」

 私の声を聞いたのか、オクタコがべしべし触手を動かす。喜んでるのかな。

「いいと思う・・・!」

「なんか面白い発音だね。いいじゃん。」

 アルジェの指摘にぎくっとする。日本語に寄せ過ぎちゃったかも。

「うーむ、そのオクタコを使ってなんとか有利に事を進めたいものだが、どうしたものか。」

 談笑する私たちをよそに、ダリーが唸る。早速オクタコ呼びになってて、なんか気恥ずかしいな。

「あ、そうだ。一つ思いついたかも。」

 3人の視線が、私に集まる。胸ポケットから、あるものを取り出す。

「実は私、こんなの持ってて―――」


 グラウンドは生徒たちの活気であふれている。騎馬戦が始まる前は皆、お互いの様子を探り合いながら動いていたが、始まってからはそれぞれの騎馬が一丸となり、熾烈な戦いを繰り広げている。

 騎馬戦のルールはシンプルだ。グラウンドに、中心が同じで大きさが違う円がいくつか引かれている。最初にその一番外側、最も大きな円周上に、生徒4人でつくられる騎馬が等間隔で並ぶ。騎馬は、3人で作る土台の上に帽子を被った1人がのり、騎馬が潰されるか帽子を取られると失格だ。また、1分ごとに笛が吹かれ、笛が吹かれる前に内側の円に入っておかなくてはならず、どんどん生存領域が狭まる。騎馬同士が近くに来れば、上に乗った人同士で帽子の取り合いが始まる。一番内側の円まで狭まった時に残っている騎馬の中で、最も多くの帽子をもっていたチームの優勝だ。

「レト、来るぞ!」

 私たちの騎馬の先頭を率いるダリーの声に、身構える。

 前から、背の高い男の子を上に乗せた男子4人組の巨大な騎馬が迫って来る。

「あいつ、女子3人に男子一人とか、ハーレムじゃねえか!許さん、つぶすぞ!」

「「「潰すぞ!」」」

 ・・・なんか滅茶滅茶一致団結してて殺意がすごいんですが。しかしその気持ち、正直分かるぞ。でも、今は勝負だ。手を抜いてられない。

 きっと構え、男子4人組が突撃してくるのに構える。

「くらえ、クラスの男子代表の怒り!」

「お主、主語大きくないか?」

 叫びながら、鬼の形相で突っ込んでくる騎馬を、ダリーがあきれ顔をしながら体で受け止める。がっしりした体格のダリーは、びくともせずに肩を張り合う。頼もしい。

 上に乗る高身長男子が、私の頭へ手を伸ばす。そうはさせない。彼の手を、両手で受け止め取っ組み合う。

「女の子の割には君、力強いね。」

 余裕のある様子で高身長男子が告げる。力では負けてないが、体格の差でじりじりと体勢が崩される。組み合っているうちに、背中が後方に傾き、騎馬が潰されそうになる。よし、今だ。

 一気に腕の力を抜く。こちらに体重をかけていた相手は、前のめりになり少し姿勢を崩す。その隙に体を起こすと同時に、念を送る。触手よ、動け!

 オクタコの体に刻まれた赤い血の紋章が鈍く輝く。オクタコの触手がぬるりと動き、体勢を崩した男子生徒の頭にめがけて伸びていく。

「なっ!?」

 触手がにゅるりと帽子を取り、私の頭の上に載せる。決まった。私の完璧な作戦。サティエから以前もらった万年筆を使って、私の血でオクタコに魔法陣を描くことで、オクタコを自由に操れるようにしたのだ。

「ひ、卑怯だ!」

「ごめんね、これも戦略よ。」

 怒る男子生徒にウインクすると、途端に目線が合わなくなり、態度がしおらしくなった。ふふふ、圧倒的な戦略の前にひざまづいたか。

「レトって結構魔性の女だね。ピナも気を付けるんだよ。」

「うん・・かっこいい・・・。」

「ピナ?大丈夫?」

 下でアルジェとピナが何か言い合っているが、よく聞こえない。ふふふ、このまま圧勝してやる!


 私のオクタコ作戦とダリーの頑丈さ、そして潰されそうになりながらも、後ろで頑張ってくれたピナとアルジェのおかげで、私たちは優勝した。レクリエーション後、クラスメイトが帰った教室で、4人で優勝景品のエルフ特製ジュースを開ける。

「騎馬戦優勝を祝して、かんぱーい!」

「「「かんぱい!」」」

 みんなで缶をぶつけ、乾杯する。一口飲んでみると、甘ったるさの後に独特の清涼感と、のどが焼ける感じがする。

「なにこれ・・・?のどがあつい・・?」

 隣で一口飲んだピナが、驚いた顔でつぶやく。

「がはは、これがエルフ特性ジュースぞ。この熱さで、さらに喉を乾かせもう一杯と飲ませる。よくできたものだ。」

 豪快に笑い、缶を呷るダリー。うーん、見ていて気持ちいい飲みっぷり。

「でもこれ、おいしーねー。なんかきもちよくなってきたしー。」

 赤い顔でアルジェがダリーの肩に手を回す。なんかよっぱらってないか?

「アルジェ、大丈夫か?」

「えー?ボクはげんきだよ?ダリーこそ、なんかげんきなくないー?ほら、のんでのんでー。」

 自分の缶をダリーの口に押し付けるアルジェ。完全に酔っぱらってるじゃん!これ、酒だったのか?

「ピナ、これ飲み過ぎない方がいいよ。」

「・・・?れとひゃん・・・?なにひってるの・・・?おいひーよ・・?」

 既に虚ろな目で、こくこくと缶を傾けるピナ。おそかったか。

「れとひゃん・・、きょうはごめんね・・・わたひのへいで、めひわくばっかりかけて・・・。」

「ピナはきにしすぎー。ぜんぜんだいじょうぶだって、ねーれと?」

「う、うん、そんな気しなくても大丈夫だよ?」

「ほらー。ね、ピナ。だから、もっとのんでー?」

「うん・・・。ごくごくごく。」

「ピナ!?もうやめといた方がいいんじゃない!?」

「アルジェ、ちょっと近すぎるから離れてくれんか?」

「えー?もっとボクとひっつきたいって?もー、ダリーはむかしからかわいいんだからー。」

「そうではなくてな・・これは何言ってもダメか。」

「うぅ・・れとひゃん・・・!ごめんなひゃい・・・!」

 泣きながら抱き着いてくるピナ。背中をヨシヨシしながらダリーの方を見ると、彼もアルジェをなんとかあやしていた。ダリーと目が合い、お互いぷっと吹き出す。

「まったく、こんなの景品にするなんて何考えてるんだろうね。エルフって。」

「全くだ。奴らの思考は理解できん。」

 優しい手でアルジェの背中を撫でるダリー。二人は幼馴染なのかな。なんにせよ、個性的で面白い二人だ。

 私達四人だけの教室に、冷たい風が吹き込む。窓が開いているようだ。朝あれだけ晴れていたのに外はすっかり曇ってしまい、今にも雨が降り出しそうだ。連綿と続く雲の一部に、わずかな切れ間が見える。そこから差す幽かな光を、私は、ずっと見ていた。


「ねえ、ティシ。」

「うん?どうしたの?レト。」

「同じ学年の、ルフト・リーフェって知ってる?」

「知ってるわよ。去年同じクラスだったわ。」

「・・・どういう関係なの?」

「どういう関係って、ただのクラスメイトよ。彼、妹大好きで有名よね。去年ヴァレンティンでニョコあげたら、とっても喜んで妹さんにも報告してて。こっちまで嬉しくなったわ。懐かしいわね。」

「・・・なんかわかった気がする。なるほど。」

「? まあ、解決したならよかった。」

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