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第1章 幼女始めました

「レト!今だ!」

 サティエの声に、藍髪の少女レト・シッデスは、押さえつけていた手を離す。

 突然解放された翼竜は体勢を崩し、前のめりに倒れ込む。その隙に、レトが背後に回りこむ。胸元から万年筆をとり、キャップを外す。尖ったペン先を腕に沿わせ、流れ出る血を吸わせる。

血のインクが滴る万年筆。レトは自らの血で、翼竜の体に幾何形体を描く。

「我が血に潜む聖霊よ、理に従い流転せよ」

 声に呼応し、描かれた幾何形体――魔法陣が赤く浮かび上がる。

 じたばたともがいていた翼竜が急に、すん、と大人しくなる。

「やった!サティエ!」

 満面の笑みで、サティエの方を見るレト。

「よし!なかなか良い感じだったよ。レト、筋があるんじゃないか?」

 壮年のエルフ、サティエ=プラはそう告げると、優しい手つきでレトの頭を撫でた。レトは気持ちよさそうに、頬を緩める。

「せっかくだし、飛んでみたらどうだい?」

 緩みきったレトの顔がパッと輝く。

「いいの!?わたし、くものうえまでいってみたい!」

「あの翼竜なら大丈夫さ。落ちないように気をつけるんだよ。」

「だいじょうぶ!ぎゅってつかまってるね!」

 体を翼竜のたくましい背中に預ける。首に腕をまきつけ、準備万端だ。

「おねがいよくりゅうさん、わたしをそらまでつれてって。」

 クエー!

 翼竜はレトの声に応えると、翼を羽ばたかせ始める。

 みるみるうちに、地上から遠ざかっていく。サティエが小さくなっていき、さっきまでいた森林の全貌が視界に収まる。

「すごい、もうサティエ見えなくなった。」

 先程とは打って変わって、大人びた口調で呟くレト。

 翼竜はぐんぐん高度を上げる。

「ぐむ!?」

 視界が真っ白に染る。体も何か柔らかいに包まれた感触だ。口を開けると、ふわふわした甘い何かが入ってくる。

「これ、もしかして雲?」

 つぶやきも束の間、翼竜は雲をつきぬけ、青空から闇へと繋がる世界に突入する。

 突如、頭上を横切る雄大な影。

 レトが上をむくと、その影の主と目が合った。ドラゴン。悠然と飛んでいるだけなのに、周囲を威圧するプレッシャーを振りまいている。縮こまるレトに、ドラゴンは興味無さそうに、ふいと視線を逸らす。

胸をなでおろすが、今度は翼竜がどんどん高度を落とし始める。雲をつきぬけ、地上へ衝突する。その瞬間、サティエがレトを受け止める。

「やれやれ、落ちないように気をつけろって言っただろ?」

 呆れて笑うサティエに、舌を出して照れるレト。

 レトから離れ、魔法が解けた翼竜は空へ飛び去っていく。


 こんな絵本の中のような世界に、俺はやってきていた。聡明な読者はお気づきかもしれないが、この少女、レト・シッデスこそが俺の転生後の姿だ。

 ことのはじまりは、もう少し前に遡る。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 俺の目の前には、コップの水面に映る、子供の顔があった。

 誰だこの子? そもそも俺は、トラックに引かれて死んだんじゃなかったのか?

 そう思った瞬間、あの時の感覚が蘇ってくる。地面に打ち付けられ、骨が砕ける感覚。砕けた骨が内臓に刺さり生じる、鋭い痛み。口から勝手に吹き出す血の赤黒さ、その味と鉄臭さ。

 気持ち悪い。吐きたいが、体が動かない。たまにコップのお茶を飲み込むが、これもまた俺の意志ではない。一体、どうなってるんだ?

 視界が動き、周囲を見渡す。

すごい、なんだこれ。吐き気も忘れて、目の前の光景に唖然とする。そこには、ファンタジー映画にでも出てきそうな幻想的な世界が広がっていた。

 俺は巨人のように大きな木々に囲まれた森の中にいた。力士のような太い木の根が曲がりくねり、地面をぼこぼこと覆い尽くしている。それだけでも、野外アドベンチャーアトラクションみたいだ。空を覆いつくす木々の葉に阻まれ、陽の光は弱弱しい。何か分からないギャーッという声や、鈍い羽音のような空気を震わせる音が聞こえる。

 ここはどこなんだ?俺はどうなったんだ?

 突然、視界がくるっと右の方を向く。木々の向こうに湖が見える。体が動き出し、水筒をそばに置いて湖の方へ歩き始める。

 湖のふちにたどり着くと、視界に俺の(?)体の全貌が映った。麦わら帽子をかぶった、腰まで伸びる藍色の髪が美しい―――少女。

 少女!?俺、本当に美少女に転生したの!?確かに神様に死ぬ前お願いしたけど!そんなことある??

口が勝手に開き、

「○△●◎×▲!◇■〇!」

 と訳が分からないことを口走る。言葉みたいだけど、何語だこれ?

 声に反応するように、水面がこぽりと持ち上がる。丸いボールのようなものが現れた。こちらにゆっくりと近づいてくる。よく見ると、水面下にこちらを向く丸い大きな目が見える。生き物なのか?

勝手に腕が動き、近づいてきたそれを持ち上げる。ぶにっとした感触と、粘液のようなぬめり。うえっ、どっかに投げちゃいたい。

 水から持ち上げられたものは、奇妙な見た目をしていた。厚みのある丸餅のような体に、短い触手のような足がいくつかついている。体にはこちらを向くつぶらな黒い瞳と、突き出た口のような部位。なんだか、デフォルメされた蛸みたいだ。ぬめぬめして気持ち悪いけど、眺めてると可愛い。

 俺の腕は蛸もどきを、ぶにぶにとこねくりまわす。柔らかくて気持ちいい。

 しばらくこねくり回すと満足したように、蛸もどきを横に下ろす。

 どうやら、俺の体を操っている別の人間がいるようだ。状況は分かっても、どうしようもない。ずっと見たままとか、一種の地獄か。

 ポケットをまさぐると、何か柔らかい感触がする。その柔らかい何かを取り出し、蛸もどきに差し出す。桃みたいな実だ。蛸もどきはそれを見ると、嬉しそうに前の足を使って受け取り、突き出た口をつけて吸い始める。なるほど、俺の体の主(?)はこの蛸もどきを餌付けしてるんだな。

 座って桃に吸いつく蛸もどきを膝に置きながら、湖を眺める。

 目前に広がる雄大な自然。

 膝の上で果物を吸う謎生物。

 動かせない美少女の体。

 俺、異世界に転生したんだなぁ。これからどうなるんだろう。言葉も分からないし、体も動かないし。考えるほど不安が湧き出る。しかし、目前の美しい景色を見ていると次第に落ち着いてきた。

 よし、せっかくこんな世界に来れたんだし、楽しめる分楽しもう!あとは野となれ山となれだ!

 俺の決意にこたえるように、遠くで何かがゲーッ!と叫んだ。

 ・・・もうちょっとかっこいい声だったら、様になったのにな。


 蛸もどきを湖に返した後、のんびり森を散歩してから、俺の体は帰宅した。家に帰ると両親らしき人々がいて、食事を共にした。緑のドロッとした甘いスープとパンのようなものを食べた。意外とおいしい。もし体が動けるようになったら、この世界でグルメ旅でもしようかな。

 体の動きに任せて生活している内に、俺の名前は「レト」だと分かった。軽く巻き舌でルエ、と発音してから、短くトゥっと付け足すような発音だ。日本語や英語と全く違った感じで面白い。他に何言ってるかは、ほとんど分からないけど。

 そして、俺は転生した結果、レトの頭の中に生まれてしまったみたいだ。レトはレトで、俺の知らない人生を歩んできた。彼女は俺の存在に気づいていないみたいだけど、穏便にやっていきたいものだ。


 それから、状況は変わらず3週間ほど経った。

 今日も、レトは勇み足で俺が目覚めた森林、ヌスターヴァ森林に向かう。ずんずん進んでいくレト。この子は恐怖とか知らないのか?見慣れてきたとはいえ、原生林のような荒々しい自然に囲まれると気が弱くなってしまう。今日のヌスターヴァ森林は曇りなのも相まって、おどろおどろしい雰囲気だ。もう帰りたい。

 あっという間に、レトのお気に入りの湖近くの広場に着く。今日もあの蛸もどきと戯れるのかと思っていたが、特に何もせず湖をぼけーっと見ている。

 湖に映るレト、やっぱり可愛い。髪の濃い藍色が、肌の白さと際立って美しい。長いまつげに、愁いを帯びた瞳で湖を眺める姿は、まるでファンタジー世界の中のようだ。って、ここ、そういう世界じゃん。

頭の中で一人突っ込みを入れていると、背後からガサガサと草木をかき分ける音がする。音からすると、結構大きな動物が動いてるみたいだ。

 ビクッと目が見開かれ、音の方向を向く。レトの緊張が体を通して感じられる。なんだろう。熊とかイノシシみたいなのがいるのかな?

 そのかき分ける音は不連続で、聞こえたり聞こえなかったりする。しかし、大きくなってきていることは分かる。何かがこちらに、近づいてきている。出していた水筒を急いでカバンにしまうレト。

近くの岩影に隠れ、音の方角をそーっと見る。丁度、俺達がこの広場に来るときに歩いてきた道の方から、音が聞こえてくる。まいったな、これじゃ引き返せない。

 がさり、と音が極大に達し、姿が見える。大人くらいの背格好の人型。遭難者か?と思ったが、よく見ると決してそんなものじゃない。右腕、右足の皮が破れ、露出した肉と骨が痛々しい。全身に傷を負っているようだ。しかし、最も目を引くのはその頭だ。黄色い粘菌みたいなものがべっとりと付着している。ぴくぴく動いているのが気味悪い。それに、なんか臭い?夏場に数日ほったらかしてしまった生ごみのような、酸っぱいくさい臭い。そんな腐敗臭が、そいつから漂ってくる。

 もしかして、これはゾンビですか?バイ〇ハザードとマイ〇ラくらいの知識しかないけど、人を襲ってくるモンスターだということは分かる。しかもこっちには、銃も石剣もない。絶望的だ。

 レトも、ゾンビの姿にひどく驚いたようで、パンツが少し濡れたのが分かる。幼女だし、仕方ない。大学生にもなって~と頭の中の天使がわめくが、今の俺は幼女だ。あ~何も聞こえない。

 ゾンビは広場に出てから、顔を上向けて鼻をひくひくさせたまま立ち止まっている。何かを探しているのか?ゾンビって何食べるっけ・・・ってもしかして、人間!?

 最悪の解答が頭に浮かぶと同時に、ゾンビの顔がこちらをごそりと向く。だめだ、これ完全にロックオンされてしまった。早く逃げてくれ!レト!

 しかし、体は一向に動かない。腰が震えているのを感じる。すっかり腰が抜けてしまって動けないのか?

 その間にも、ゾンビはずんずんこちらに向かってくる。動きは遅いが、鼻が曲がりそうな臭いがどんどん強まる。頼む、逃げてくれレト!

 もうあと数メートルというところで、体が跳ね上がる。ばねのように、やってきた道と反対方向に走り出す。

 しばらく走り、ゾンビが接近する音が遠くなった。ふぅ、助かった。こんなに必死に走ったの、数年ぶりな気がする。

 しかし、どうも心臓のドキドキが止まらない。レトはきょろきょろと辺りを見回している。

 そこは、広場に行くまでに通ってきた光景とは一風異なっていた。木々は歪曲し、悲鳴をあげているような姿形を呈している。その一方、繁り放題の枝葉によって、昼なのに夕方のように暗い。これじゃあ、下手に走ると根っこに引っかかって転んでしまいそうだ。このドキドキは、レトの不安なのだろうか。かわいそうだけど、なにもできない。俺は無力・・。

 がさり、とゾンビが追って来る音が、遠くに聞こえる。体がビクッと反応し、速足で歩き始める。こけないように、気を付けてくれよ。あ、そこ、細い根っこが出ててあぶな

 ずてん

 盛大に転び、右足に鈍い痛みを覚える。くそ、見えてたのに、伝えられないやるせなさ。慌てて立ち上がろうとするが、体重をかけると右足に痛みが走る。ねん挫したらしい。その間にも、ゾンビの迫る音は大きくなってきている。まずい、なんとかしなければ。

 きょろきょろ動く視界の端に、大きな倒木があるのが見える。あれだ!あそこに隠れるしかない。匂いで探してるみたいだし、ここら辺の落ち葉を体にふって、あそこに隠れるんだ!

 レトも倒木に気づいたようで、右足を引きずりながら倒木へ向かう。倒木は中が空洞になっていて、ちょうど子供一人くらいは入れそうなスペースがある。転がりながら、中に入り込む。よしよし、転がっている間に匂いも上手く拡散されてそうだ。

 倒木の中でじっと待つ。頼む、どこかに行ってくれ。体育座りをしている腕が、震えているのが分かる。レトも怖いのだろう。それにしても、彼女はよく頑張ったと思う。ちびりながらもここまで逃げおおせた。大丈夫だよ、すぐにどこかへ行くさ。ゆっくりとレトに語り掛けるように念じると、少し震えが収まった気がする。俺の言葉が届いたなら、嬉しいな。

 ばりばりばり!

 突然、頭上で木が割かれる音。なんだ!?ばっと上を向くと、そこにはあのゾンビがいた。

いつのまに!腕を前にして顔をそむけるが、ゾンビに手首をつかまれる。とっさに、左足でゾンビを蹴り上げる。少し姿勢を崩したが、手首は離さない。そのまま両手首をつかまれ、押し倒される。背中側の樹皮がめりめりと破れ、押し倒される。

 もうだめだ。くそぅ、もっと冒険してみたかった。それに、せっかくこんな美少女に転生できたのに。くやしい。できるなら、もっかい転生させてくれよ、神様。

 ごろん

 ぎゅっと目をつぶった真っ暗な視界の中で、何かが転がる鈍い音がした。しばらく目をつむっているが、何も起こらない。そっと目が開かれると、そこにあるはずのゾンビの顔が地面に転がっていた。え、もしかして、助かった?

 ゾンビの体の向こう側から、誰か人が歩いてくるのが見える。わずかに赤光する日本刀のような剣を右手に持ち、腰に鞘を携えている。しずしずとこちらに近づいてくる。

「イ化ブうョ爺ダ?」

 でた、異世界語だ。日本語でおk。

「ノ、ノたッ粕タ?」

 体が動き、舌が絡まりそうになりながらもすらすら受け答えする。何を話しているんだろう?

「よ駄ブうョ爺ダ。テ信シン亜゛」

 体の緊張が一気に抜けるのが分かる。無事なのが分かったのか?

 助けてくれたらしい人が和やかに微笑む。柔和な雰囲気の優しそうな人だ。歳は40歳くらいだろうか。そして、持っている剣はどこからどう見ても日本刀。赤い光は収まり、金属らしく鋭く光を反射している。この世界にも日本、あったりするのかな。

「ウ咎リ阿、タ柄ヨ」

「夜クオデ前イ、イカノ累デンスニン箆ココハ幹」

「ンウ、ウ咎リ阿。レトハ舌ワ。」

 最後にレトと言っているのだけ分かった。自己紹介と状況説明とかだったのかな?

「ナ櫛ロ与。サティエハ舌ワ。」

 助けてくれたおじさんに背負われる。見た目の割に筋肉があるのか、ひょいと担がれた。おんぶしてもらってはじめて、その人の耳の形が尖っていることに気づいた。もしかして、エルフとか?

 とりあえずは無事でよかった。それにしても、あれだけ離れたところから、どうやってゾンビの首を切り落としたんだろう。光る刀身も不思議だったし、魔法とかあるのかな。だとしたらワクワクもんだ。

 命の恩人の背中は大きくたくましい。耳を当てると、心臓の鼓動が聞こえる。この世界に来てはじめて、他人の存在を間近に感じた気がする。緊張と恐怖が解け、安心感に包まれるとすぐに眠気が襲ってきた。

 得体のしれない不気味な喧噪が響く森林。その喧噪も、意識と共に薄れゆく。眠りに落ちる直前に、恩人が何かつぶやくのが聞こえる。


「この子も、か。」




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