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いつだって、突然だ

作者: 海京

  物事はいつだって突然だ。

  祖父が亡くなったと知らせられた電話だって、そして、今。

  ベランダの柵に手を掛けたときに、鳴った電話だって。

「久しぶり。ナギちゃん、映画好きって言ってたよね?」

  急な昔話に、思考回路が追いつかず、言葉が湧かない。地に足をつけねば、と一旦柵から手を放して、背を預け、座り込む。

「いやぁ、ね? うちのお婆ちゃんが末期ガンで。

 最後に映画を見たいっていうんだ。でも私詳しくないから」

  電話の主を確認する。画面を見ると、そこには「清水咲良」と書かれていた。 あぁ、確か、何度か話したことのある。

  あの頃、やっていたメッセージアプリで、プロフの欄に「映画鑑賞」が趣味と書いていたからだろうか。よく学校で、男子と映画の話をしていたからか。

  ようやく思考が追いつく。

「……久しぶり」

「あ、急に電話してごめん」

  余りに申し訳なさそうに言うから、思わず笑ってしまう。それを聞いた清水さんは、え?と戸惑う声を発する。

  「いや、こっちの問題」と言うと、「そっか」と、清水さんは答えた

「どんな映画が見たいとかって聞いた? 」

「うーん、何かね、暖かい映画が良いんだって」と言ってから、「あのね、ドンパチとか暴力系とかホラー系じゃないやつだと思うのね」と呼吸をせず言い終わると、ああ゛と男勝りな声が出る。

  密かに笑いながら話を進めた。

「あぁ、なるほど。邦画か洋画、どっちがいいかある? 」

「お婆ちゃん、老眼で、耳も聞こえにくいから、洋画とかじゃない方がいいかな。アレックスとかアメリカとか名前似てると分かりにくいし」

「アメリカってそれ、国の名前だよ」と笑って突っ込むと、「あ、そうなの? 」と天然回答。

  懐かしい。そうだ。この子は、天然だったな。自然と笑みが零れる。

「ねぇ、明日まで時間もらってもいいかな? 見た映画はアプリに入ってるんだけど、そこから吟味したくて」

「あ、うん。全然大丈夫だよ。ごめんね急に」

「ううん、じゃあおやすみ」

「おやすみなさい」

  電話が切れると、私は不思議に思った。

  何で連絡先知っているんだろう?

  ラインのグループを開くと、高校3年のときのグループラインがまだ残っていることに気づく。同窓会以降やりとりはしていないけれど、未だにある。

  あぁ、だからか。私はベランダから立ち上がり、家の中に舞い戻った。

  冷蔵庫を開けて、目に入った野菜ジュースに手を伸ばした。プルタブに指を引っかけたとき、私は感づいた。健康的なジュースを飲むなんて。

  だとしたら、私はまだ生きるんだろうな、と。

  その晩、私は、アプリに入っている映画を見て、内容を思い返しながら、どれがいいのか探した。




  翌日、清水さんにおすすめ映画を送った。数時間後に返信が来た。

「ありがとう! 」

  ただおすすめの映画を送っただけなのに、少しでも人の為になれて嬉しい。

  それから1週間後、起床してスマホの電源をつけると、清水さんからメッセージが来ていた。

「お婆ちゃん、すごく感動してた。有難う。

 お礼したいんだけど、ごはんでもどうかな?って。いつ空いてる? 」

  少しホッとする。息を吐き、ゆっくり吸う。

  その間に書いた返事を送る。吸った息は、ミントガムを食べた時のように、爽やかで冷たい空気の流れた。

  それから数日後、近くのファミレスで待ち合わせした。

  先に着いたのは私だった。メニュー表を眺めていると、「ナギちゃん! 」と声が聞こえる。

「久しぶり」

「……あぁ、久しぶり」

「今日は時間作ってもらってごめんね」

「いや暇だし……」

  平然と話を進める清水さんに対し、私はその美貌にうっとりしてしまう。同じ21歳なんだよね。にしては、肌が艶やかで、化粧もナチュラルで、とても綺麗。

  そんな呆然としている私に対し、清水さんは「宇宙と交信してるの?」なんて笑いながら、私の顔の前で手を振る。

「え、地球人だよ」

「そんなのわかってるって」

  アハハと清水さんは笑う。私は刈り上げている後ろの髪を掻いた。

  メニューを開く清水さんが、「何にする? 」と聞いたので、「珈琲でいいよ」と返すと、「おっとなぁ~」と若干の冷やかしが入る。

「え、大したことないよ」

「いやいや、私コーヒー牛乳しか飲めないよ」

「あれも珈琲入ってるし、飲めてる内に入るよ」

「いやいや!あれはミルクと砂糖たっぷりだもーん」

  ペラペラと本のようにメニューを捲るその手も、芸術作品のようなほどの白い肌。ワンピースから出ている腕も白い。

「普段、外出掛けたりしないんだね」

「うん。何でわかったの? 」

  肌を指すと、「あぁ」と納得した声を出す。

「なんか名探偵みたい」と清水さんは目をくしゃっとして笑う。

  笑うと浮き出るえくぼが可愛らしい。えくぼがあるだけで、笑顔が何十倍も素敵になると思う。

  私もあれば、愛嬌があるって言われたかな。

「私、アイスティーにする! 」

  2つ注文を通した後、私は本音をポロッと呟く。

「紅茶飲めるんだね」

「え、飲めないの? 」

「うん」

「珈琲飲める人は紅茶も飲めるかと思ってた」

「そんなことないよ」

「そうなんだ」と会話が一括り終わる。

  珈琲とアイスティーが数分後テーブルに置かれ、清水さんが口火を切った。

「そういえば今日ご馳走するって言ったのに、珈琲でいいの? 」

「……お金じゃないよ」

「いやでも」

「こうやって話せるだけで嬉しいよ。だって清水さんと私、あまり接点なかったでしょ? 」

「確かに。グループも違ったしね。」

  清水さんは天然でバスケ部で、スクールカーストで言えばトップに近い存在だった。

  だけど、その分け隔てない性格と抜けているところがみんなの心をくすぐり、誰からも好かれているような人だった。

  マドンナというと、性格が悪そうに聞こえるけれど、清水さんは性格の良いマドンナだった。

  それは、きっと今も変わらないんだと思う。

「お婆ちゃん、喜んでくれたんだって? 」

「そう! 」

 声が大きくなってから、清水さんは、少し唇を噛み、瞳の景色が潤んだものに変わる。

「……お婆ちゃん、亡くなったの。映画見て、翌日に。それでね、見た日、元気のなかったお婆ちゃんが、パッと明るくなって、聞き取るのも大変なぐらい、まくしたてるように話したんだ」

  映画のタイトルを送って、1週間何もシグナルがなかったのはそういうことか、と悟る。

  私は心配になる。まだ数週間しか経っていない祖母の面影を思い出すことがストレスになるんじゃないか、清水さんを不安定にさせるんじゃないかと。

  私は思わずストローを掴んでいる手の上に自分の手を重ねる。

  清水さんは驚いて、こちらを伺う。

「……無理しなくて、いいから」

「…………」

「……無理に思い出さなくていいんだよ」

  一瞬見えたモヤがその言葉で、瞳の影が濃く映った。

  清水さんがその手を強く掴んで、下を向く。

  私は近づいて抱きしめてあげようかとも思ったけれど、あえて距離をとった。

  私にとって、死という存在はどういうものかわかっているつもりだったから。それがどんなに衝動的なものであり、計画的なものでもあることを。

  そして、遺されたものがどれほどの重みを背負いながら、葬式や告別式などの日程も滞りなく、熟さなければいけないか。その残酷さもわかっていたから。

  それが愛する家族の一員であれば、余計に苦しくて堪らない。亡くなった直後は、家族と悲しみを分かち合うこともできないだろう。

  自分よりも苦しい思いをしているであろう両親のことを想うから。

  今日会おうと清水さんが提案してきたのは、もしかしたら、何処かで誰か第三者に、悲しみを吸い取ってほしかったなのかもしれないと、掌の中で震える手を握りながら思った。

  もう少しだけ、生きる時間を伸ばしてみよう、と。



 完



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