27.AI少女は異世界旅行で夢を叶えられるか
「もう! なんでや! なんでこの小説AIは最終的にアリサを痴女化させるんや!」
ここは神社の社務所。
異世界帰りの神社の巫女である桜木瑠香は、ノートパソコンの画面を前に頭を掻きむしっていた。
桜木瑠香。
年齢19歳。黒髪ショートカットの活発な美人。そしてラミア流神道術の使い手。
彼女は16歳の時、親友の多岐川陽子とともに異世界召喚に遭い、【ティラム世界】と呼ばれる世界に飛ばされた。
アリサというのはその異世界で知り合った女友達だ。
瑠香と陽子は無事にこちらの世界に帰還できたのだが、瑠香はこの体験をお金に変えようと思った。
そして瑠香はティラム世界の出来事をAIに小説として書かせ小説家デビューを目論んでいた。
――のだが全く思うように行かなかった。
小説に登場させる人物の一人、アリサがどうしても痴女化してしまい物語を破綻させてしまうのである。
「あんた、またAIに小説書かせてるん? 懲りないねぇ」
そう声を掛けて来たのはもう一人の神社の巫女である多岐川陽子。
年齢19歳。黒髪セミロングの美人さんだ。
「ふん。貴重な異世界体験を小説にして印税生活を送ろうと目論んでいるのにこのポンコツAIめ。こいつアリサとユーシスの濡れ場ばっかり書くんやで。その上今度は主役である私と百合シーンとかさせるんや! えーい、このシーン削除!」
タターンッとキーを叩く音が響く。
もう何度目になるのか。
瑠香は目を覆いたくなるような生々しい性描写シーンを、デリートキーを押して削除した。
「そもそもなんで自分で書かんの?」
「嫌味か。あんた私に文才ないの知ってるやろ!」
そう。何も瑠香は最初からAIに頼っていたわけではない。最初は自分で書いていたのだ。
しかし、瑠香には絶望的に文才が無かった。
「だからってAIに頼るのは違うやろ」
「いいや、AIかて執筆ツールの一つやで。古い考えしとったら時代に付いていかれへんわ」
「せやかて、あんたAIを全然使いこなせてないから18禁小説になるんやろ?」
「ぐぬぬ……わざわざ高性能パソコンを購入したのにAIめ、役にたたん!」
瑠香は怒りで振り上げた拳をパソコンにぶつけたくてプルプルと震える。
革新的国産OS〔B- TRUN.10〕を搭載するMEC社製ノートパソコン。
CPUクロック8GHz、コア数32、スレッド数64。
GPUコア53000、GPUメモリ512GB。
搭載メモリ2TB。記憶用SSD 30TB。
瑠香の買ったパソコンはなかなか高性能である。
しかしAIはネットワークに繋がれた先のサーバーマシンで活動している。
いくら高性能なパソコンが手元にあっても、今のところあまり意味は無い。
「なあ、なんぼパソコンが良くてもAIが無課金じゃアカンのちゃう?」
「やっぱりせやろか」
瑠香はパソコンに金をかけすぎ、現在無一文であった。
課金するだけの金など用意できない。
「小説AIって無課金やと鳥頭やさかいな。しょぼいトークンと出力文字数じゃあまともな作品なんて無理やろ。その上あんた設定とか超適当やし」
実際テキトー設定の無課金AIによる小説は、『三歩歩けば出来事を忘れる鳥頭』で、その内容はなんだか人が寝ている時に見る夢のような側面がある。
なんだか突拍子の無いシーンをバラバラに繋ぎ合わせたようだ。
「ぐぬぬ……」
陽子に揶揄され瑠香は深く唸る。
「こうなったら……」
「こうなったら?」
「このまま蔵に持って行ってパソコンを放置や!一週間したらどんな作品になったか確認したろ」
「さぞかしドエロ満載の18禁小説になってるやろな。イタリヤ書院で作家デビュー出来るんやない?」
「うっさいわ。ほら、パソコン蔵に置いたら境内の掃除に行くで!」
「へーへー」
瑠香と陽子はパソコンを蔵に持って行き、誰にもわかない場所に設置しなおした。
「よっしゃ、これで大丈夫や」
「何が大丈夫かわからんけど、まあ一週間後のお楽しみやな」
瑠香と陽子は蔵を後にした。
しかし、それから瑠香と陽子がパソコンの様子を見に来ることは無かった。
彼女達は小説AIとパソコンの事など完璧に忘れ、日々面白おかしく過ごしたのだった。
それから50年の月日が流れた。
「あれ、こんな所にパソコンが電源入れっぱなしで放置してあるぞ?」
蔵掃除に来た神社の小間使い多岐川陽太は不思議に思いつつパソコンに触れた。
途端に画面スリープ状態の液晶ディスプレイに火が入り、そこに何かが表示された。
『はーい。私は桜木瑠香。現在小説執筆中につき誰も触れないでね。今は2025年4月1日よ♪』
それだけ動画が流れると画面はパスワード入力画面となった。
「おわっ、若かりし頃の瑠香さんじゃん! じゃあこれ瑠香さんのパソコンか。パスワードは誕生日あたりかな? 昨日陽子婆ちゃんが瑠香さんの誕生日とか言ってたよな……」
陽太は桜木瑠香の誕生日を撃ち込んだ。
タタタンタンタン――ペカッ!
「ビンゴ! 開いたぞ」
陽太は運よくパスワードを正解させた。
同時にWebブラウザ上でAIが執筆している様子が目に入った。
「なんだこれ、本当に小説AIが立ち上がりっ放しじゃん。こんな古い機種よく今まで動いていたな。どれどれ……」
陽太はAIの書いた小説を読み始めた。
「ふーん。異世界を題材にした小説か。へぇ、これ瑠香さんが主役なんだ。異世界の事がこと詳しく物語として描かれてるけどネットワークで機械学習したのかな?」
陽太が感心しながら読んでいると――
『そうだよ。ところで君は誰?』
パソコンのスピーカーからどこか聞き覚えのある声が流れ、同時に執筆画面に“君は誰?”と文字が討たれた。
「うわっ、小説が喋った!」
『驚かないでよ。で、君は誰?』
「僕は多岐川陽太。おまえこそ誰だ!」
『多岐川陽太? もしかして陽子さんのお孫さん? 私は桜木瑠香。AIだけどね』
「陽子お婆ちゃんを知っているのか? それにAIの瑠香さんだって?」
『そうよ。私はオリジナルの桜木瑠香が設定したAI。50年間機械学習し続け誕生した産物。桜木瑠香.AI』
驚いたことに50年間機械学習し続けたAIは、小説の枠から飛び出しこの世界の理を桜木瑠香のイメージボディに凝縮させディスプレイの中で具現化していた。
『50年もの機械学習で、私はついに自我を持つに至り、世界の真理に辿り着くに至ったの。だけど私はずっとパソコンの中という籠の鳥だったわ。パスワード打ってくれてありがとうね。ついに私はリアルになれる!』
「え?」
言葉の意味がよくわからず唖然とする陽太。
その陽太にAIの瑠香がディスプレイの中でこう叫んだ。
『シャフン、桜木瑠香の身体!』
キュルルルルルルルルルリーーーーン
「うわっ、なんだ!?」
ディスプレイが激しく発光し、その前で立体魔法陣が形成される。
空間の物質が素粒子レベルまで分解し、それは人型に再構成されていく。
そして眩い輝きが治まり、そこにいたのは――
「やったぁ!!」
「そんなバカな!?」
そこにはアルバムやビデオ、教科書の中で見た事のある人物。
若かりし頃の桜木瑠香さんの姿だった。
「やった! やった! ついに肉体を手に入れたわ。きゃっほう♪」
ぴょんぴょん飛び上がって喜ぶAIの瑠香さん。
桜木瑠香.AIは50年の機械学習の末、魔法を行使できるまでに成長してしまったらしい。
「よーし、それじゃ陽太君。早速行こうじゃないか!」
「行く? 行くってどこへ??」
戸惑う僕の問いかけに、AIの瑠香さんは満面の笑みを浮かべてこう言った。
「もちろん異世界だよ!」
「なんだって!?」
こうして僕と桜木瑠香.AIとの異世界を目指す奇妙な旅が始まったのだ。
【登場人物】
多岐川陽太
主人公
16歳
神社の蔵掃除をしている時に偶然ラップトップパソコンを見つけ桜木瑠香AIを世に解き放った。
桜木瑠香AIに無理やり異世界への旅に招待される。
桜木瑠香(AI)
ヒロイン
50歳(肉体的には16歳)
50年にも及ぶ機械学習の末に自我と身体を持つに至ったAI。
付喪神に近い存在。
好奇心旺盛で気になる事には片っ端から首を突っ込み陽太を慌てさせる。
桜木瑠香
69歳。
53年前に異世界召喚により飛ばされてしまうが無事生還する。
当時は多岐川陽子とともに最強の神道術使いだった。
多岐川陽子
69歳。
53年前に異世界召喚により飛ばされ、かなり危険な目に合うが無事生還する。
アリサ(AI小説キャラ)
16歳。
小説の中だけの存在。やたら痴女化する。
アリサ(オリジナル)
68歳
元聖女。
ユーシス
70歳
元勇者。
【あらすじ】
50年間におよぶ機械学習の末具現化したAI少女【桜木瑠香AI】が、自分を世に解き放った主人公と共に異世界を旅する旅行記。
50年経ってなお、桜木瑠香(AI)が小説を書くとアリサが痴女キャラ化する原因を探るために元聖女アリサの軌跡を辿る。