23.転生したらシンデレラの義姉だった件(封印)
【題名】
転生したらシンデレラの義姉だった件
【ジャンル】
異世界(恋愛)
【あらすじ】
化粧品会社の商品開発部に勤務するOL、鐘音杏奈。
彼女はよくあるパターンの5トントラックに顔面を踏みつぶされ逝去、異世界へと転生した。
しかし、なんと杏奈はシンデレラの意地悪義姉として転生してしまった!
慌てる杏奈だったが、冷静に考えてみれば、意地悪な義姉に転生したものの、シンデレラの世界において、自分にはなんらざまぁ展開が来ることは無い事を思い出し安堵。
むしろ今のうちにシンデレラと仲良くして、あわよくば幸せの御裾分けを期待する。
しかし杏奈の思惑は木端微塵に吹き飛ぶ。
なぜならここは【シンデレラ】の世界ではなく、シンデレラの元ネタのなった【灰かぶり姫】の世界だったのだから……
【登場人物】
アンナベル(鐘音杏奈)
本物語の主人公。
セクハラ上司にラブホに連れ込まれそうになったところを、なぜか5トントラックに魅かれて【灰かぶり姫】の世界に転生した。
能動的な陰キャで、第二の人生を何が何でもハッピーエンドに向かわそうと画策する。
シンデレラ(アシェンプテル)
本来の主人公。
庇護欲をそそらせれる美少女でサイコパス気質な王子に狙われる。
ドリーヌ
シンデレラの義姉で長女。
美人だが性格は極めて悪い。
アンナベルに唆されて、王子の嫁に立候補する。
エンドラ
シンデレラの継母。
美人だが性格は極めて悪い。
浪費癖が原因で前夫に離婚を言い渡され、あらたにシンデレラの父に目を付けた。
イワン
シンデレラの父。
男爵でそこそこの資産家。
エンドラ、ドリーヌ、アンナベル(転生前)に目を付けられATM化する。
責任感が無く、実娘のシンデレラに対しても情が薄い。
ソレイユ
シンデレラの母の怨霊。
シンデレラをイジメる家族に対して凄まじい怨念を抱いている。
フランツ
第一王子にして王太子。
シンデレラを気に入り、大階段にトリモチを塗りたくり捕獲する事を画策した頭のオカシイ王子。
彼の作戦のせいで大勢の賓客が巻き添えをくらい大けがをした。
アメル
第二王子。
平民のふりをして街を徘徊中、暴漢に襲われシンデレラとアンナベルに助けられる。
シュバイツアー
宮廷御用達の医者。
普段は王宮に近い場所で開業医をしている。
エスメラルダ皇女
隣国の皇女で元フランツ王子の婚約者。
フランツに一方的に婚約破棄を言い渡され、以降国家間の関係が悪化した。
【パイロット版冒頭5000文字】
私は鐘音杏奈。
化粧品会社の商品開発部に勤務する、今年から三十路に仲間入りする冴えない女だ。
いつか【白馬に乗った王子様】的なイケメンが、きっと私の前に現れる……そんなシンデレラストーリーが始まる事を信じて今日まで生きてきたけれど……
しかし現実は非常に厳しい。
今日の私はシンデレラストーリーどころか、人生最大の危機に直面していた。
私は会社の飲み会でベロベロにされてしまい、【白馬に乗った王子様】どころか【油ギッシュな中年上司】に無理やりラブホテルに連れ込まれようとしていた。
「やめへ下ひゃい! 私にはしょんな気はありまひぇん!」
「ふふふ、今さら何を言っているのかね。君だって本当は期待していたんだろう?」
必死で抵抗するもアルコールのせいで千鳥足で呂律がまわらない!
そんな弱った私に対し、歪んだ笑みを浮かべ、強引に覆いかぶさりながらホテルに入ろうとする上司!
加齢臭が鼻腔を濁し、思わず吐きそうになる。
「いひゃです!」
― ドンッ!
私は、「こんな加齢臭漂う中年上司の手籠めにされてたまるか!」と、思いっきり突き飛ばした!
「ぐえっ!」
酔った女の細腕で、こんなに力強く反撃するとは思わなかったのだろう。
上司はホテル入り口のピンク色した案内板にしこたま頭を打ち付けた!
「ぎゃああああ、いでででででで!」
打ち所が良かったのか上司は頭を抱えて転がりまくる。
へん、ざまあみなさい!
三十路女の力を甘く見ないでよね。
て、あれ?
― パパパー!パーーーーーーーーー!
けたたましいトラックのクラクションが鳴り響く。
酒のせいで足元が定まらない私は、上司を突き飛ばした反動で道路へスッテンコロリ……
そこへ迫り来る猛スピードの5トントラック!
なんでこんな細い道に、しかもこのタイミングで5トントラックが!?
完全に衝突コースの回避不可能な事案発生!
うそ、私の人生これでおしまい?
しかも最期に見たものがラブホの看板【ホテル・シンデレラ】なんて、そんなふざけたシンデレラストーリーとかあんまりだ~~~~!
認めない!断固認めない!
こんな人生認めない!
この世に神が存在するのなら、私は人生のやり直しを要求する!
そして今度こそ本物のシンデレラストーリーな人生を……
― キキーッ!
トラックの急ブレーキの音が響くが、5トントラックの制動距離は長い。
私の現実否定や人生のやり直し要求も空しく、ぐしゃりと不快な感覚が顔全体に広る。
同時に私の意識はこの世界から消失した。
***
「お義姉様、どうかお許し下さい!」
「煩い、ドジでノロマな亀め!私の言う事には絶対服従…………て、あれ?」
次に私の意識が回復した時、何故か私は【歳の頃なら16歳くらいの薄汚れた少女】をゲシゲシと足蹴にしていた。
私の周りには他に意地悪そうな中年女と、これまた意地悪そうな18歳くらいの娘がニヤニヤといやらしい笑みを浮かべていた。
「え、これどういう状況?」
私は驚いてズササ!と後ろに飛びのいた。
なんだこれ?
ここはどこ?
この人達は誰?
顔つきからして日本人じゃないよね?
キョロキョロと周りを見渡すと、どうやらここは家の中のようだ。
それも中世ヨーロッパの上流階級チックな大きなお屋敷ぽい。
「なんだいアナ?蹴り疲れたのかい?」
「しょうがないね、私達がかわってあげるよ」
アナ?なんで私がアナ?似てはいるけど私は杏奈よ?
二人は私を押しのけて薄汚れた少女を足蹴にしだした。
「お義母さま、ドリー姉さま、どうかお許し下さい……あうっ!」
― ガスッ!ゲシッ!
「いいや駄目だね。親として躾はキチンとしないとねぇ」
「そうそう、甘えてんじゃないよ!」
「ひいいいい!お許し下さい、お許し下さい、お許し下さい……」
薄汚い女の子は必至で慈悲を求めたが、二人はそれを聞き入れなかった。
「二人ともやめて!」
あまりの酷い暴行に、私の口と身体が勝手に動き、身体を大の字にして割って入っていた。
「なんだいアナ?」
「なんで止めるの?」
怪訝な顔をして不思議がる二人。
この二人、母娘よね?
じゃあこの蹴られている少女は何者かしら?
私は母娘の動きに注意しながら苦しそうに蹲る少女に声をかけた。
「大丈夫?ケガとかしてない?」
「え?あ、はい……」
助けられた薄汚い少女も不思議そうな顔をする。
なんだろう、私が助けるのがそんなに変な事のかな?
そういえば三人とも西洋顔だし、日本人顔の私が珍しいのかな?
それは兎に角として、私はポケットに入っていたハンカチで少女の顔を拭いてあげた。
うわ、なにこれ?少し拭いただけでドロドロじゃない?
泥じゃないわね、これは灰?
「まあいいわ。そろそろ夕食の準備をさせないとね」
「アナの気まぐれに救われて良かったじゃない。ねえシンデレラ?」
「シンデレラ!?」
このドリーとか言う娘、今たしかに薄汚い少女のことをシンデレラって言ったわ!
は!あそこに鏡がある!
凄く嫌な予感がするけど確かめないと……
私は恐る恐る鏡で自分の顔を確認する。
するとそこに映ったのは、日本人鐘音杏奈の顔ではなく、艶やかな赤毛の西洋人女性の顔が!
そう言えばこの人達、私の事を“アナ”と呼んでいたわね。
まさか、やっぱりそう言う事!?
「わたし、シンデレラの義姉のアナ〇タシアに転生しちゃったんだ……」
うっわー、マージかぁ!
もしかしてアレが原因?
トラックに顔を潰される直前に目に入った【ホテル・シンデレラ】の看板のせい?
看板見ながら神様に人生のやり直しを要求したから?
だとしたらアホすぎる。
そんなんでシンデレラの世界に転生するなんて普通ある?
しかも、シンデレラ本人じゃなく意地悪な義姉に転生するとかなんで!?
「あああああああああああ!!!」
頭を抱えて大絶叫!
そのまま卒倒して気を失った。
*
「はえっ!?」
私はガバっと目を覚ました。
「な、なんだ夢か。そりゃそうよね。いくらなんでもシンデレラの世界に転生なんて馬鹿なこと……んん?」
私が寝かされている部屋は、どう見ても日本家屋とは思えない部屋の造り。
それにアンティークな感じの高級そうな家具やベッド……
「あれ、もしかして……」
そして極め付けは――
「アナお義姉さま、おしぼりをお持ちしました」
ノックの後、ガチャリとドアが開いて、薄汚い少女がトレーにオシボリを乗せて部屋に入ってきた。
「シンデレラ……」
間違いない、この子はシンデレラだわ。
薄汚い容姿だけど、よく見れば金髪の美少女だし。
そしておそらく私はシンデレラの義姉アナ〇タシア……
「そっかぁ、アナ〇タシアかぁ」
アナ〇タシアは数あるシンデレラの中でも、超有名どころの著作権切れ映像作品に登場するシンデレラの義姉の一人(ちなみにアナ〇タシアは商標登録もない)。
【シンデレラ】をタイトルとする映像作品や書籍は数々あれど、意地悪な継母や二人の義姉に【ざまぁ展開】はほとんど発生しない。
中には継母・義姉とも十分反省し、王子の嫁になったシンデレラの庇護の元、幸せに暮らしてハッピーエンドなんて話も数多く存在する。
とりあえず私はシンデレラのぶら下がりハッピーエンドルートに乗っているみたいね。少なくともバッドエンドルートには乗っていないわ。
「悪くないわね」
これはこれで有り寄りの有りだわ!
よしよし、私自身がシンデレラルートってわけじゃないけれど、シンデレラに寄生してハッピーエンド、すなわち【シンデレラ・パラサイト・ストーリー】でもいいじゃない!
それに王族と親戚になるのだから、侯爵家や伯爵家からイケメン嫡男のお見合い話も来るかも♪
むふ、むふふふふ……
突如湧き上がる黒き野望……
え?なに?
元の世界に帰りたくないのかって?
いやいや、わたくし5トントラックに顔面潰されたんですよ?
元の世界に戻れば、待っているのは間違いなく私のお葬式!
幸い私の家族・親族は疎遠になっているし、友達もいないし、悲しむ人なんて皆無なの。
だからヘーキヘーキ♪
元の世界に未練なんてなーんにも無し!
「…………」
あれ、おかしいな?
なんか涙が一筋頬をツーって……
いやいや、感傷に浸っている場合じゃないわ!
鐘音杏奈のドツボな人生は、きっと新しい人生に対する予行演習だったのよ!
前向き前向き!ポジティブシンキングよ!
陰キャ三十路鐘音杏奈の人生はもう終わり!
シンデレラの姉に転生っていうのが少し引っかかるけど、きっと私の人生バラ色よ!
そしてバラ色の人生を、より盤石にかつ確実に成就させるにはやっぱり……
「今の内からシンデレラとは仲良くしておかなくっちゃ。いっひっひっ♪」
私は思わず悪い顔でほくそ笑んでしまった。
「ううぅ……、お義姉さま、さっきはありがとうございました」
顔を拭いている私の傍で、シンデレラは涙を流し出した。
「え、ちょっとどうしたの?」
いきなり泣き始めるシンデレラに私は動揺した。
「だって、お義姉様達がこの家に来てから、初めて優しくされたんですもの。私、嬉しくて……」
シンデレラは顔面を涙と鼻水でグシャグシャにする。
ああ、そうよね。
物語では私達が来てからずっとイジメられてきたんだもん。
辛かったよね。
「これ、顔拭いちゃったけど良かったら……」
「うう、ありがとうございますぅ……チーンッ!」
あらら、鼻水かんじゃって、美少女が台無しだよ。
でもシンデレラってこんなに弱弱しく庇護欲をそそらされる子だったかな?
動画サイトでパブリックドメイン扱いのシンデレラを見た時は、もっと逞しい印象を持っていたんだけど……
でも私の方針は決まったわ!
「よし決めた!今日から私はシンデレラちゃんの味方よ!なんでも相談してね!」
私がハッピーエンドを迎えるには、まずはシンデレラが王子と結婚して幸せにならないとハッピーエンドルートは絶対に開かない。
何かの手違いでシンデレラと王子が結ばれなかったりすると、私はずっと意地悪な義姉のままなのだ。
私の幸せ成就のために、シンデレラには物語どおり全力で幸せになってもらわないと!
その為にはなんだって協力するわ!
「本当ですか!?ありがとうございます!うう、嬉しい、嬉しいです。こんなに嬉しい事が重なっていいのでしょうか。ああ神様……」
シンデレラは感極まって、その場で神に祈り始めた。
うんうん、喜んでもらえて良かったわ。
ん、でも嬉しい事が重なるって、他になにかあったのかな?
「えへへ、実はさっきお父さんから手紙が届いたんです。来週お仕事から帰ってくるんですよ!」
「あ、そうなんだ。それは嬉しいよね。あれ、でもちょっと待って?」
所説いろいろあるけど、シンデレラのお父さんは継母と結婚したあとATM扱いされて、とんでもなく苦労して過労死していたはず。
なんで生きているんだろう?
父親が死ぬ前に転生してきたのかな?
― ザワッ……
え、今の悪寒はナニ?……
今この瞬間、ハッピーエンドルートを外れてバッドエンドルートに切り替わったかのような感覚が……。
「それじゃお義姉さま、私は釜土に戻りますね」
「へ?釜土?あんた何言って……」
「おやすみなさい、アナベルお義姉さま」
「 ア、アナベル!? 」
シンデレラは嬉しそうな顔をしながら部屋から出て行った。
どういう事?
私はシンデレラの義姉のアナ〇タシアじゃなかったの?
アナベルって誰!?
「おかしい、私の知っているシンデレラとは違う……」
私はこっそりとシンデレラの後を付けた。
そして彼女の衝撃シーンを見てしまう。
なんとシンデレラは、釜土からまだ温もりの残る灰を掻き出して、その灰を布団代わりに潜り込んだ。
そして灰塗れになりながらクゥクゥとすぐに眠りについてしまった。
「こ、これは!?」
違う、これはシンデレラじゃない!
この子の本当の正体は恐らくアシェンプテル、
【|灰塗れ】の意味を持つ名のアシェンプテルだ!
つまりここは……
「彼女の名前こそシンデレラだけど、ここは世に広く知らているシンデレラの世界じゃない。シンデレラの元ネタになったグリム童話の【灰かぶり姫】の世界だわ!」
― ツーッ……
私の背中に冷たい汗が流れた。
グリム童話の【灰かぶり姫】には初版から数えて7つのバージョンがあるけど、どれも似たようなサイコパスストーリーなものだろう。
もしかすると世に出ていない【さらに鬼畜な未知のバージョン】も存在しているかもしれない。
「絶望的な未来しかない……」
今の私はシンデレラの義姉として、
足の踵を斬り落とされ、両目を鳥にくり貫かれると言う、
最悪のバッドエンドルートに乗っていた……
◆2023年1月22日追記
今の私は確実にバッドエンドルートに乗っているわ。
どう足掻いても外れようがない。
だって、この【灰かぶり姫】には登場人物があまりにも少ないもの。
それ故、分岐となる出会いがほとんどなく、救済ルートが存在しない。
それ以前に乙女ゲーとは違い、ストーリーはこれ一本なのだ。
どうしたものかと思案すること数呼吸……
「これはあれね、シンデレラちゃんと王子の結婚を断固阻止しなきゃ」
私の出した結論は、
路線変更、サイコパス王子とシンデレラの出会い阻止!
このまま物語通りに推移すると、王子と結婚したシンデレラが闇堕ちして私達に牙を向けるわ。
それに階段にトリモチなんか塗って《シンデレラを捕獲》しようなんて危険行為を平気で実行するゲス王子なんかに、うちの可愛いシンデレラを一緒にさせるわけにはいかないわ!
転んで解放骨折でもしたら、どう責任取ってくれるのよ!
あんなサイコパス野郎にはクソ義長女でもくれてやればいい。
うん、多分それが一番だ。それなら誰も死なないし、シンデレラもサイコパス王子の嫁にならずに済む。
私も踵を切断され失明するイベントを回避できる!
「よし、今度こそ本当に決めた!」
出会いとなる舞踏会イベントをスルー出来たら、王子の魔の手が届かないようシンデレラを連れて家を出よう!
それで二人で女性冒険者として生きて、お金を溜めていい男捕まえて幸せを掴むんだ!
一応ここは異世界みたいだし、冒険者ギルドとか多分あるでしょ。
私は転生者だからきっとレアスキルの一つや二つくらい身についているはずだし、シンデレラもヒロイン補正で、なんかこう……ふわっといい感じに物語が進むはず!
もしかしたら私には憧れの【聖女の祝福】だって降りるかもしれない。
なんてったって転生者なんだもん!
異世界転生=聖女フラグ!
これはラノベの常識なんだから!
聖女とシンデレラの冒険活劇な婚活の旅……うん、なかなかいいじゃない!
でもまあ冒険者云々や婚活の旅云々はまだまだ先の話。
まずはこの世界の生活に慣れないと……
今の私には自分が平民なのか貴族なのかすらわからない。
なんせ【灰かぶり姫】の物語には、身分的な紹介が一切書かれていないもんね。
それどころかシンデレラ以外の登場人物の名前すら記述されておらず不明なのだ。
今現在わかっているのは【アシェンプテル】こと【シンデレラ】の存在と、私の名前が【アナベル】ってことだけだ。
これはいけない。可及的速やかに状況を把握しなければ。
「よーし、やってやる! 私はシンデレラちゃんと共に幸せを掴む! まずは情報収集よ」
私は、釜土の中で灰に塗れながらクゥクゥと幸せそうに眠るシンデレラを見て、必ず二人で幸せを掴もうと決心したのだった。
*
翌日早朝。
「それにしても私の名前はアナベルかぁ……アナ〇タシアの方が優雅な響きで良かったのになぁ……」
私はシンデレラの日課である〈早朝の床磨き〉を手伝いながら、小さく溜息をついた。
このアナベルと言う名の意味は「愛らしい、愛するに値する」。
大変宜しい名前なのだが、このアナベル、実はアメリカコネチカット州の博物館に保管されている“呪いの人形”と同じ名前なのだ。
しかもこの人形をモデルにしたホラー映画も存在したりして、最近ネット配信で鑑賞したばかりだ。
なので私の評価はすこぶるよろしくない。朝からテンションだだ下がりだ。
まさか私の最期は“呪いの生き人形”とかになって、勇者に退治されるみたいなオチじゃないよね?
「アナベルお義姉さま、顔色が良くありませんが大丈夫ですか? 床磨きなら私がやりますのでお休みになられて下さい」
心配そうに私の顔を覗き込むシンデレラ。
ぐはっ、名前を呼ばれるとそこそこダメージがデカい。
「はぁ、はぁ、大丈夫よシンデレラちゃん。ちょっと自分の名前に落胆しただけなの。そうだ!アナベルじゃなくてアンナベル……なんならアンナと呼んでもらえると嬉しいかな」
綴り的にはAnnabelもしくはAnnabelleのはず。
アンナベルでもおかしくは無いわ。
もしかして元の名前が鐘音杏奈だったから、アナベル→アンナベル→アンナ・ベル→バンザーイ!みたいな?
それとも【belle=美人】だから【美人の杏奈】とか?
などと顎に手を添えニンマリしてると、シンデレラが奇異なものを見る目をしながら了承した。
「はぁ……わかりました。でもそれなら私の事も〈シンデレラ〉と呼び捨てにして下さい」
えー、可愛いからちゃん付けの方がいいのにぃ~~~
その時から、シンデレラは私と二人きりの時は〈アンナ〉と呼んでくれるようになった。
「アンナお義姉さまのおかげで早く床磨きが終わりました。本当にありがとうございます!」
ふむ、まだ敬語と〈お義姉さま〉呼びは取れないか。
ま、そのうち慣れるでしょ。
シンデレラは16歳で転生した私は17歳。
一歳しか変わらないのに敬語なんて不要よ!
「それじゃアンナお義姉さま、私また行って来ますね」
「へ? 行くってどこに?」
「え? いつも通り、お母さまのお墓ですけど」
「!」
そうだった。
シンデレラは一日三回、実母の墓参りをしているんだった!
「ねえ、私も行ってもいいかな? 黙祷を捧げたいの」
亡きシンデレラの御母堂様に御挨拶はしとかないとね。
シンデレラは驚いた顔をしたが、目に涙を浮かべて喜んでくれた。
「もちろんです! ありがとうございます!」
シンデレラの実母のお墓は屋敷近くの湖の傍にあった。
なんでもこの湖の畔もうちの敷地の一部なんだとか。つまり庭。
ふーん、【灰かぶり姫】には湖の描写は無かったよね?
こんな感じで原作には描かれないシチュエーションがたくさんあるといいのだけど……
私達はお墓に向かって黙祷を捧げた。
そう言えば、このお墓にはまだハシバミの木がまだ植えてないわね。
実母の墓にはハシバミの木が育つイベントがある。
だけど、このお墓にはまだハシバミの木が無いところを見ると、もうすぐ戻って来る父親登場でイベントスタートなのかな?
私は黙とうを終えて、すぐ帰ると思ったのだけどそうじゃ無かった。
シンデレラはその場で服を脱ぎ、なんとまだ冷たい湖へと入水!
まさか自殺!?
「えへへ、床拭きが早く終わったおかげで水浴びができました。これもアンナお義姉さまのおかげですよ!」
ああ、なるほど。
あの意地悪な継母と義姉がシンデレラに湯あみなどさせるわけもなく、シンデレラは早く仕事が終わった時などに湖で身体を清めていたのか。
なんて不憫な……
それにしても冷たくないのかな?
これ、水温15度くらいしか無さそうだけど……
「アンナお義姉さまもどうですか?」
どうですかって、これ日本では4月頃の水温よねぇ?
流石にこれは……
「わ、私は冷たいのは苦手だから、もう少し水が温かい季節になったらね」
そう言って私は尻ごみした。
それにしても……
水浴びで全身の汚れが落ちたせいでよくわかる。
ほんとこの子は可愛いわ。いえ、美人だし。
金髪碧眼で16歳にしてはやや大きいめな豊満なバスト!
お尻は少し小さいけれど、腰のくびれもキッチリある。
それに透き通るような白い肌。
これもう生きる芸術だわ!
同性だけど思わず見とれてしまう。
私なんて胴長短足の純日本人体形なのに…………あれ、ちょっと待って?
今の私は鐘音杏奈ではなくアンナベル。
この肉体、もしかするとシンデレラに負けてはいないのでは……
その後、私も服を脱いでシンデレラと共に水浴びを楽しんだ。
「転生バンザーイ!」
私は女としての自尊心を取り戻したのでした。
次回【ハシバミの木イベントを阻止せよ!】へと続……かない。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
2023年1月22日を持ちましてこの作品は執筆を断念します。
この後の展開は、
ハシバミの木イベントを阻止に失敗し、実母の墓の傍にハシバミの巨木がはえる。
そのハシバミの木にシンデレラの実母の怨霊が宿る。
怨霊vsアンナベルのちに和解。シンデレラはティマ―の力を授かる。
シンデレラとアンナベルは、街をお忍びで訪問中のサイコパスな第一王子とマトモな第二王子に興味を持たれる。
なぜかシンデレラはサイコパス王子に一目惚れ。パーティーに招待され舞い上がる。
第二王子とアンナベルは結託して二人がくっ付くのを阻止しようとするも、サイコパス王子とティマ―の力に目覚めたシンデレラに撃退される。
戦いの中でサイコパス王子がサイコパスな理由は魔女の呪いであることが判明。
第二王子とアンナベルはなんかこういい感じにサイコパス王子の呪いを解く。
呪いを解かれた第一王子はマトモになり、シンデレラと婚約する。
第一王子とシンデレラの結婚式最中に魔女が乱入。第一王子の呪いを解いた主人公アンナベルに永久に眠り続ける呪いをかけ連れ去る。
第一章終了。
第二章ではシンデレラが主役に。
シンデレラ、第一王子、第二王子は、眠れる森の美女と化したアンナベルの救出に隣国へと向かう。
途中、第一王子と第二王子が魔女に魅了されたり、第一王子の元婚約者エスメラルダ皇女が乱入したりなどして修羅場を迎える。
なんとか魔女を倒し、アンナベルは第二王子のキスで目覚める。
第一王子とシンデレラ、第二王子とアンナベル、合同結婚式にてハッピーエンド。
断念の理由は、すでにシンデレラの義姉に転生する作品が存在しているのを複数発見したためです。
「シンデレラの義姉に転生とかまだ誰も思いついていないだろう」とか思ったけど甘かったですねー。
少し読んでみたのですがどの作品もメチャメチャ面白かったです。