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心の声がダダ漏れです!

作者: renais

 目は口ほどに物を言うという言葉がありまして。

 わたしは人一倍、その傾向が強いらしい。

 

 貞淑で慎ましくが美徳とされるこの国で、表情豊かでうるさい女性というのはあまり好ましくないの。

 だからいつも、伏し目がちで静かにしているのね。

 口元には控えめに微笑みを携えて、相手を立てるようにしているのだけれど、どうしてもうまくゆかないの。


「おはようございます」


 わたしお付きの侍女が挨拶をしてきた。

 なので、朝日でしょぼしょぼする目を擦りながら返事をする。おはようございます、今日も良い天気ね。

 いつもわたしが目を覚ます頃にはもうきっちりと制服を着こなしているのよ。澄ましたお顔もきりりと格好良いし、仕事のできる大人の女性って感じなの。


「ふふ、ありがとうございます」


 あら、ただ挨拶を返しただけなのにお礼を言われてしまいました。

 もしや、また表情に出てしまったのかしら。


 鏡と睨めっこしてもにゅもにゅと表情筋を動かしてみる。うぅん、淑女って難しいわ。


「朝食の用意ができていますよ」


 わぁ。嬉しいなぁ。もうお腹ぺこぺこだったの。

 美味しいごはんを食べると幸せな気持ちになる。

 少し難しい考え事をしていても、嫌な事があっても、すぐになくなっちゃうの。

 わたしって、単純ね。


「そこがお嬢様の美点なのですわ」


 力一杯笑顔で言われると、照れるわ。

 でも、その笑顔も素敵。わたし、笑顔が一番好きよ。

 だって、こっちも笑顔になれるもの!

 

 ……たまーに、笑顔が怖いときもあるけれど。


「お嬢様?」


 ぴゃあ。ごめんなさい。

 でも、どうしてすぐにばれちゃうのかしら。

 不思議ね。





 今日は貴族学校の登校日なの。

 わたし、学校って大好き。

 まず、制服が可愛いのね。

 いつも着ているのに、いつも舞い上がっちゃう。

 それだけじゃないの。

 みんな、刺繍を入れたり、小物をつけたり、裾を調整していたりして、制服をアレンジしているのだけれど、どの方も綺麗だから、とてもよくお似合いなのよ。

 だから、毎日わくわくしてるの。思い思いに着飾っているのを眺めていると、飽きないのよ。

 わたしも、思い切って少しアレンジしてみたのだけれど、どうかしら。可愛いって、言ってくれるかしら。


「おはよう。今日も朝から能天気な顔をしてるな」


 ええ、あなたも、今日も格好良いわ。

 あっ、目を逸らされてしまいました。しょんぼり。

 普通におはようって言っただけなのに。

 でも、歩く速度を合わせてくれて、そんなところも紳士なの。

 いつもぽやぽやしてるわたしを叱ってくれる、優しい彼は、わたしの婚約者様。

 学校はお勉強も楽しいけれど、一番大きな理由は、やっぱり、大好きなあなたに会える事。

 でも、ああ残念。制服、褒めてはもらえなかったわ。可愛いのに。でもしょうがないの。あなたは自己主張が強くてうるさい女の子は好みじゃないものね。


「そうだな。にあ……、苦手だ」


 だから、表情に出やすいわたしは、顔も見て貰えない。考えていることがすぐにばれちゃうから。静かにお淑やかにしているつもりなのに、わたしって本当にダメね。

 あなたの好きなわたしになりたいのに、悔しいな。

 今日も目をちゃんと合わせてくれないけれど、それでも、わたしは嬉しいわ。

 隣を歩くあなたにも、この気持ちが少しでも伝わってくれているといいな。


「……そうだな」





「この問題は解けるか?」


 ええと、その、うーんと。


「もういい」


 ふう、とあなたは息を吐く。

 ごめんなさい。わたし、お勉強は好きなのだけれど、得意ではないのよ。恐縮なの。

 優秀なあなたの傍にいられるように頑張っているのだけれど、お勉強は難しいわ。

 ぱたんと本を閉じられた。呆れられてしまった。もう一緒にお勉強できないのね。レベルが違うものね。はぁ。


「続きはまた今度だ。それはそうと……何故着替えている」


 あっ、これは、その、恥ずかしいわ。

 今は朝着ていた制服じゃなく、運動着を着ているのだ。

 理由はしょうもないので、あまり言いたくはないのだけれど……。

 あっ、言います、言います、だから怖い顔はやめてね。

 実はお昼休みに、バケツの水をかぶってしまっただけなのよ。

 鈍臭いのね、わたし。


「前提として、どうして水の入ったバケツがあるんだ。誰かが持ってきていたんじゃないのか」


 どうして分かるのかしら。まるでエスパーね! それとも名探偵かしら!


「話を逸らすな。誰にかけられたんだ。きっとあいつだろう。あの金髪巻き髪の性悪女」


 あの髪型は手入れが大変そうよね。わたしだったら痛めちゃうわ。

 それに性悪?

 そんなことないわ。

 あの方は良い人なのよ。それにわざとじゃないもの。そう言っていたわ。避けられなかったわたしがドジなだけなの。

 制服も乾かしにどこかに持っていってくれたわ。わたしが悪いのに、親切よね。


「親切もくそもあるか! お前の制服は、ゴミ捨て場に捨てられてあったんだぞ!」


 まぁ。ずたずたに切り裂かれているわね。

 ボロ雑巾みたいになってしまっているわ。

 でも、汚れてしまったのだから、確かにそうね。

 乾かせばまだ着られると思っていたのだけれど、淑女としてはしたないかもしれないわ。わたしが恥を掻く前に、誰のものか分からなくして捨てて下さった心遣いに感謝しなくちゃ。

 せっかく頑張って刺繍したのだけれど、誰にも褒めて貰えなかったのだけれど、誰にも気付いて貰えなかったのだけれど、だからちょっとだけ残念なのだけれど、仕方ないわ。


「お前は、誰がどんな事をしても、恨んだり、嫌いになったりしないんだな。ただのお人好しよりタチが悪い」


 どういうことかしら?


「俺にはわからない。お前の本当の気持ちが。本心が」


 そうなのかしら。あなたも、みんなも、わたしの気持ちをすぐにわかっちゃうのに。本当も何もないのよ。

 わたし、すぐに顔に出てしまうから。


「ならばどうして、全く悪意を感じないんだ。俺はお前が怖い。同じ人間なのか、俺が卑しいだけじゃないのか、どうしようもなく不安になる。彼女も、きっと……」


 わたし、あまり頭が良くないからよく分からないわ。

 みんな良い人なのよ。それだけなのよ。

 あなたは凄く難しい顔をしている。

 黙り込んでしまったわ。

 どうしましょう。

 何か粗相をしたのかしら。

 無闇矢鱈と話題を振るのも淑女として憚れるし。

 困ったわ?


 


 次の日、わたしの婚約者様に金髪巻き髪の良い人が言い寄っている現場を目撃してしまった。


 これは大変だわ。スキャンダルだわー!


「私の方が家柄も良くて貴方に相応しいのに」


 はらはら。


「確かに宮廷内は、権謀術数が蔓延る場所だ。向き不向きを否定はしない」


 どきどき。


「いつかきっと、あの子の力は貴方の足を引っ張るわ。だから……」


 ちらりとこちらを見た気がした。


「だから、覗き見をする浅ましい子なんてさっさと捨ててくださいね」


 バレてたー!?


 早足に彼女は行ってしまいました。

 なんだか泣きそうな顔で。

 出歯亀はわたしに向いていなさそうです。

 それに、あなたはすごく怒った顔をしていて。

 お二人の邪魔をしてしまい、申し訳ないです。

 はしたないですが、好奇心が優ってしまっただけなのです。

 叱られると思っていると、唐突にあなたは言う。


「魔眼って知っているか」


 ええ、知っているわ!

 この国を作ったのは魔法使いの聖女様ですもの。

 聖女様のように魔法を宿す瞳を魔眼、って言うのよね。


「もしも、俺が他人の考えを分かってしまう魔眼を持っていたら、どう思う」


 とても素敵なことね!

 もっと一緒にいたいわ。見てもらいたいわ。だって、わたしの気持ちが何でも分かるのでしょう。

 たくさんわたしを知ってもらいたいわ。


「ならば、お前の父が、母が、侍女が、同級生が、みな使えたらどうだ。嫌じゃないのか。気持ち悪くないのか」


 とてもとても素敵なことね!

 全然嫌じゃないわ。

 わたしが楽しい事、嬉しい事、みんなと共有できたら、もっと楽しくなれるもの。

 言葉にしなくても伝わるのなら、貞淑で慎ましい淑女になりつつ、わたしはわたしでいられるのよ。

 でも、なんだか、今もそうじゃないかしらって思ってしまうことも多いの。あら。ならみんな魔法使いね!


「そうか。そうだよな。お前は昔から楽天家だったもんな」


 そう言って笑うあなたに、釣られてわたしも笑う。

 でも、もうあなたと一緒にはいられないかもしれないわ。

 ふとそう思っていると、笑い声は止まってしまった。

 わたしは、あなたのことが好きだけれど、あなたがそうじゃないのなら。

 凄く悲しいけど、とっても悲しいけど、あなたの幸せを精一杯祝福するわ。


「どういうことだ?」


 どういうって。

 あの人はとても立派な方よ。努力家だし、淑女だし、人望も厚いわ。だからあなたにお似合いだと思うし……な、なんで睨まれているのかしら。

 変な事言ってないわよね?


 でも。

 わたしは、やっぱり、嫌だな。


 わたしに取り柄はないけれど。

 お勉強も苦手だし。

 運動音痴だし。

 お料理もできないし。

 お裁縫も下手だし。

 淑女にも程遠いけど。

 でもね、あなたの事が好きな気持ちは、誰にも負けるつもりはないのよ。


「相変わらず、お前というやつは……だからこそ、俺も……。まずはその素直さを少しは見習うべきか」


 ああ、また顔に出ていたみたい。うるさい女だと、顔を逸らされて嫌われてしまいました。

 もっと、お淑やかになりたいのに。

 しゅんと顔を下げていると、優しい感触がしました。

 頭を撫でられたの。

 それだけで、今までの悲しい気持ちはどこかに吹き飛んでしまったわ。

 温かい。

 とっても、温かい気持ちに包まれて。

 嬉しい。嬉しいな。好き。大好きよ。愛しているわ。


「今日はもう終わりだ。悪いが、これ以上は俺の心が持たん」


 そんなー。

 殺生なー。

 あなたはそっぽを向いて歩き出す。

 わたしも一緒に駆け足気味に歩き出す。

 すぐに追いついた。追い付かせてもらった。

 手と手が触れ合う距離。

 折角だから、手を握りたいな。そのくらい、ダメかな。

 ふふ。ありがとう。

 なんでもお見通しなのね。

 それにしても。


 どうして、あんなに切り裂かれていたのに、わたしの制服だってあなたは気付いたのかしら。

 あなたを見上げると、その横顔はとても赤くて。

 わたしはあなたの気持ちがわからないけれど、あの時言って欲しかった言葉を言われた気がするの。

 不思議ね。



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