1.calore
ナオはやめるときは二度とやるもんかと思っていた自分の決意の軽さに嫌気がさしていた。しかし、知人が困ってるのに無視はできない。ため息を吐きながら、ゲームのログインボタンを押した。
このゲームは、ギルド同士の対戦がメインではあるが、難しいクエストや、期間限定のイベントなどが頻繁にあり、装備にお金を、クエストに時間を惜しみなく使わなければ強くなれない。だからこそやり続けるにはいろんなものを犠牲にしなければならない。
とはいえ、ギルド対戦のように仲間と協力して何かを成し遂げるゲームは、個人でやるゲームより依存度が高くなる気がする。
ピコンッ
ログインしてすぐに、ギルド勧誘のメールが届いた。
『caloreの勧誘を許可しますか?』
『→はい』
許可を押すとすぐに、所属ギルド名が変わった。
ギルド名を確認したときに、ナオがゲームをやめる時にギルドマスターをしていた人の言葉を思い出した。ギルド名は自由に決めることができる分、カッコつけたいお年頃な人が決めると他国の単語が多い。ナオはギルド名の本来の意味を思い出しながら、ギルド共有のチャットに加入の挨拶を書き込んだ。
「はじめましての方も、そうでない方も、ナオといいます。また、よろしくお願いします」
書き込んですぐに返事がきた。
「ナオさん、久しぶり!」
「ナオちゃん、久しぶりだね。またよろしくね」
「ナオさん、はじめましてです。よろしくお願いします」
ギルドチャットで挨拶のラリーを何回か続けたあと、ナオは琥珀に連絡をとった。
※※※
「琥珀さん、久しぶりです。前のマスター辞めたのね」
ナオはギルドに帰還してすぐ、メンバーが半分変わっていることに気づいた。また、人数も定員より二人足りない。
「そうなの、もうリアルが忙しくてゲームできないんだ…って言ってたのにね」
「なるほど、守るって言ってたギルド放り出して、それでもゲームは辞めてないのね」
「うん…あれから大変だったのよ。ナオさん抜けて、新しい人入ったんだけど続かなくて、そしてマスターも抜けて。古い順でマスターの称号がてるさんに移動になったとき、抜けるって話になって、解散になるかと思ったわ」
「だから、今琥珀さんがマスターなのね」
琥珀がマスターについては、ナオとしては問題はない。しかし、琥珀が過去に起こしたいくつかの騒動によって、マスターになるのは好ましくないという認識がギルド内にある。また、てるは、ゲーム内総合力No.1のユーザーである。うまい下手といった主観によるものではなく、単純なステータス値なので課金No.1と言っても差し支えはない。そのため、ギルドを抜けられるとバトルに影響するのは確実である。
「ねえ、ナオさん。戻ってきてもらってすぐに申し訳ないのだけれどマスターお願いできないかな?私じゃだめなの」
「う…知らない人もいるんだけど。こいつ誰?てなりますよ」
「大丈夫よ。みんなやりたくない人たちだから」
それはそれでナオはただの生贄ではないのか。ゲームをする負担と、マスターの負担が、半年離れていた分重くのしかかる。
「琥珀さんでいいと思うけど…」
「私じゃだめなの。昔色々あったからマスターだめなの。ね、お願い…」
さすがというか、琥珀はナオより一枚上手である。
琥珀は、ナオが頼まれると断れない性格なのを見越している。
「わかったわ。でも、お飾りのマスターだから何もしませんよ」
「ふふ、それでいいわ。ありがとう」
感謝の言葉とともに、マスター申請が表示された。
『マスターの申請がきました。許可しますか?』
この怒涛の展開は何なんだろう…。ナオは今日何回目かのため息を吐いた。
『→はい』
許可ボタンを押すと、変更されたお知らせが表示された。
『マスターが変更されました』