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【第9話】お手伝い致しましょう

 シンディは、(しば)しその絵に目を(うば)われてしまった。

 キャンバスの中には、椅子に座って目を()せる姉のアイリスの姿。

 右手をお腹に軽く()えるような姿で、我が子を宿(やど)した幸福感に満ちた微笑(ほほえ)みを浮かべている、姉そのものだ。それでいて、これから母になろうとする責任感を感じさせる表情をしている。


 (まぎ)れもなく、この時のアイリスは、ほんの(つか)()の母親としての時間を過ごしていたのだろう。


「王太子妃の妊娠中にこの絵を()いたんだけどね……最初は王太子と王太子妃にプレゼントしようと思ってたんだけど、お腹の子供が流れてしまって……悲しみを思い出させちゃうから、渡せずにここで保管してたんだ」


 とスペンサーは(さび)しげに語った。


「この絵を見て……ますます姉に早く会わないと、と思いました」


 とシンディは力のこもった口調で言った。


 ほんの数ヶ月の間、お姉さまはお腹の中の子の母親になっていた。日々、(いと)しく思いながら、いずれ生まれて来る赤ちゃんのことを思い続けていただろう……。


 誰にも会いたくないとは、それを失った悲しみが(いま)()えていないのだ……と思うとシンディは気が気でならなくなった。


「スペンサー王子さま、何卒、何卒(なにとぞ)出来るだけ早くお姉さまと会わせて下さい。私は心配でなりません。宜しくお願いします」


 そう言ってシンディは、頭を深々と下げた。


「シンディさん、シンディさん、頭を上げて下さい。うん、僕が何とかするよ……でも、王太子にお願いしてもまた却下されそうだし……うーん、あ、そうだ! アイリス義姉(ねえ)さんの侍女で……何てったっけな……?」


「アイリスお姉さまの侍女……エドナですか?」


「あ、そうそう! エドナさんだ。彼女を通じて君のことを上手く伝えてみようか? それなら大丈夫じゃないかな?」


「あ……ありがとうございます!」


 シンディはまた頭を下げた。


「シンディさん……本当にお姉さん思いなんだね。僕もまた元気なお義姉(ねえ)さんを見たいよ。この絵、シンディさんにあげるけど、今日持って帰られる?」


 スペンサーはゆっくりとティーカップを口元に運びながら微笑(ほほえ)んでいる。


「ほんとに良いんですか……? この絵を頂いても?」


「もちろんだよ! それに、お義姉さんの子供が駄目になってしまって……誰にも渡せなかった絵だったしね」


「ありがとうございます……でもほんとに、姉の姿そのままですね……スペンサー王子さまは、この学院で絵も教えておられるんですか?」


「いやあ、絵は完全に趣味なんだ。本業は農業研究でどうすればこの国の飢饉(ききん)を防ぐことが出来るのか、絵を描く時以外はそればかり考えてるよ」


 (すご)く真面目な人なんだ……。


 シンディはこの(ぜい)の限りを尽くすことが是であると考えている人ばかりと思っていたこの王都で、こんな清貧(せいひん)な考えの王族がいることに驚きを感じた。


「あ、シンディさん、授業は大丈夫なの? そろそろ講義が始まるんじゃないの?」


 思い出したかのようにスペンサーがシンディに(たず)ねる。


「いえ、もう学院はいいんです……カイン王子さまから婚約破棄となりましたので、もうここで学ぶ必要はなくて……もう屋敷に戻ろうとしてたところでしたから」


「そうなんだ……じゃあ、明日からはもう、学院には来ないの?」


「1週間後に姉のことでカイン王子さまと約束していますから、その返事を聞きに来るだけで、明日から何をすれば良いのか……まだ、何も考えていません」


「うーん、そんなんだね……あ、そうだ! 明日ガーラシア城の試験農園でビート馬鈴薯(ばれいしょ)(なえ)を植えるんだけど、一人で作業するのも寂しいしさ……もし良かったら明日手伝ってくれる?」


 面白そう……シンディは自然とそう思った。この学院で舞踏の練習をするより、畑で泥だらけになって作業する方がよっぽど愉快だろう。


「はい! 喜んで…… お手伝いさせて下さい!」


「ほんとに? いやあ、本当に助かるよ。じゃあ、明日の9時頃に、試験農園に来てね! 待っているよ」


 スペンサーの輝くような笑顔にシンディはハッとした。

お読み頂き、ありがとうございます。

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