表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/62

【第7話】穏やかそうな良い方です

 若い男は手を差し出して


「大丈夫……? 立てる?」


 それに釣られてシンディは手を伸ばす。大人しそうな雰囲気からは想像出来ない、力強い腕力で、グイっと引き上げられた。

 シンディが立ち上がってみると……思いの外、背が高い男だった。男は床にしゃがんで散らばった本をバサバサと拾い始めた。


「うわあ……やっぱり蔵書は二回に分けて運ぶべきだったかな……? ヤバイな……これ、また途中で倒しそうだ!」


 山積みに積み重ねられた本は、塔のように細長く、ゆらゆらと揺れていた。


「あ……あの……本を運ぶのでしたら、お手伝いしましょうか……? それだけたくさんの本を一人で運ぶのは、かなり危険と思いますが……」


「あ……手伝ってくれるの? それは有り難いなあ! じやあ、上半分を持ってくれるかな?」


 男はシンディが本を取りやすいように、少し腕を下げた。

 シンディは積み上げられた本が倒れないように、恐る恐る山積みされた本の上半分を、すくい上げるように受け取る。


「ありがとう。助かるよ。いやあ、ビート馬鈴薯(ばれいしょ)の栽培について調べようとしたら、関連する本がこんなにいっぱいあっちゃって……!」


 二人で分けて持っても、かなり山積みになっている。よくここまで一人でで運んできたものだ……とシンディは敬服していると、


「あ……ゴメン。まだ名前を名乗っていなかったね。本を持ったままで名乗るのも行儀が悪いけど、ぼくの名前はスペンサー・ラークシュタイン。この学院で農業学の教授をやっているんだ」


「スペンサー・ラークシュタイン……え?……スペンサー第三王子さま?」


 シンディは驚きで両腕で(かか)えている本の山を滑り落としそうになった。

 第二王妃さまの長子で、数ヶ月の差でカイン王子の弟として生まれたが、王位継承権では第二位のラークシュタイン家の王子……。


 弟が学院で先生をしている、とカイン王子から聞いたことがあった。

 しかしカイン王子と同い年の18歳の教授なんているのかしら……とシンディは半信半疑で聞いていたのだが、今、並んで歩いているのがそのスペンサー王子で、この思いがけない出会いに、シンディは偶然の不思議さを感じた。

シンディはハッとする。


「あ……あの、私の名前をまだ名乗っておりませんでしたよね。失礼しました。私はカレンベルク侯爵家第二子女のシンディ、カレンベルクと申します……!」


「えぇ?! じゃあ君がカイン兄貴の婚約者の……!?」


「婚約者……だったのでしたが、先ほどカイン王子さまから婚約破棄されまして……」


 スペンサーの歩みのリズムが、一瞬乱れた。


「は……はぁ!? カインの兄貴、勝手にそんなことをしたの? 国王の許しもまだ得てないだろうに……一体何を考えいるだろ……? 兄貴は」


「しかしもうカイン王子さまは、私のことには興味がないようで……申し訳ありません」


「君が謝ることじゃないよ。全くうちの兄貴は……あ、こっちこっち、ぼくの研究室はそこを右に曲がるんだ」


 言われた通り廻廊(かいろう)を右に曲がると、突き当たりに扉があった。スペンサーは本を抱えながら器用に扉の鍵を開ける。


「さあ、入って入って! ここがぼくの研究室なんだ。片付いてなくてゴメン。机の空いてるスペースに本を置いてくれる?」


 シンディが本をドサッと置くとホコリが大窓からの降り注ぐ陽光の間をふわふわと舞った。


「うわぁ……凄い……」


 シンディは感嘆の声を()らした。部屋のあちこちに今まで見たことがないような植物の鉢植(はちう)えが置かれている。

 そしてその隙間(すきま)には、画材道具が乱雑に置かれている。まるで観葉植物専門の画家のアトリエのようだ。

 豪奢(ごうしゃ)調度品(ちょうどひん)で埋め尽くされた他の部屋とは違って質素(しっそ)な間取りにシンディは落ち着きのようなものを感じた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ