【第60話】王族は過酷な運命に愕然とする
「お……お前、なぜ利き腕でない左手でその太刀筋……い……一体、どういうことだ!
「やっぱり何も知らないんだね。カイン兄さんは……」
スペンサーは呆れたように呟いた。
「僕が本気で剣を使う時はいつも左手だった。幼い頃、兄さんと剣術の練習をする時は、左手を使う必要がなかっただけさ」
「な……なんだと……」
スペンサーは剣を直突きで、カインの右手を払った。その衝撃で、カインの剣が、再び床の上にカランと落ちる。
「少しは剣術の腕を上げているかと思ったけど、全然練習していなかったようだね……せめてもの情け、楽にとどめを刺すよ」
「ま……待ってくれ……お……お願いだ。助けてくれ!ああ、そうだ!お前が王になっても、優秀な枢密卿が必要だろう?俺は剣術は苦手でも、政治の才はあるんだ。お前の新しい国作りにも力を貸すよ。一緒に良い国を作ろう……」
スペンサーは、はぁ……と溜息をついて、
「情けないなあ……カイン兄さん、もう少しマシな兄さんだと思っていたけど、どうしようもない人間だったんだな……殺すのも、馬鹿馬鹿しくなって来たよ」
カインは力が抜けて、その場にへたり込んだ。
そこに一人の男が、手下の者を連れてやって来た。
この現場に駆け込んで来たのは、ライディーンだっだ。
「ピョートル提督、ここにいたのか?ああ、スペンサーさんもシンディも一緒なのか?」
スペンサーが振り返り、ライディーンに話しかける。
「ライディーンさん、良いところに来たな。ちょうど今、カイン兄さんと戦っていたところだけど、勝負はついた」
「勝負はついたって……殺さないんですか?」
「殺すのも、馬鹿馬鹿しくなっただけさ。ライディーンさん、君は、私掠船の船長だ。海外の奴隷貿易にも詳しいんだろう?」
「奴隷は売るのも買うのも得意ですが、どうされたんですか?」
「この男を、どこか遠くの国に、奴隷として売り払って欲しい。とびきり環境の悪い場所が良いな。どこか良い場所はあるかい?」
ライディーンは暫く考える素振りをして、
「東の国で、もう何十年も戦争をしている国があります。軍艦は今でも手漕ぎなんですが、戦争が長引き過ぎて、漕ぎ手になる奴隷がいない。命懸けですからね。そこならどうです?」
「そこで良い。そこに売ってくれ。代金はライディーンさんが受け取って使ってくれたら良いよ」
カインがひいい……と恐怖の声を漏らす。
「い……嫌だ!軍艦の漕ぎ手なんて、いつ沈むか分からないじゃないか……なあ、スペンサー、考え直してくれよ……兄弟じゃないか……!」
暴れるカインをライディーンの手下は力尽くで取り押さえ、ローブで身動きが取れないようにした。
それを横で見ていたイザベラが口を開いた。
「わ……私は何も……悪いことしていないわよ!全てはこの男がやったことで、私はずっと隣で、綺麗におめかしして、ニコニコ笑っていただけなんだから!」
シンディは一歩前に出て、イザベラに話しかける。
「カレンベルク邸を娼館にした件、それはあなたが発案したって話だけど?カレンベルク家の侍女を娼婦にして、奴隷の慰み物にしてたってね」
「あ……あれは……違うのよ!カレンベルク家の侍女が仕事を失って、可哀想だから、仕事場を与えただけなのよ!そ……それに、ラークシュタインの凱旋門建設のために働く奴隷にも、楽しみが必要じゃない?私は国のために働く人々に、何か出来ることを、考えただけなんだから!」
「そう……あくまでも善意でやっていたって言いたいのね……随分と優しい枢密卿の奥様ですこと……」
「そ……そうなのよ。だから、私は無実。何も悪いことはしていないの!」
イザベラは必死になって弁明していた。
その様子を、シンディは始終、涼しい顔で聞いていた。そして、少し考える仕草をして、
「あなたの旦那様が助かるのだから、あなたを殺すわけにはいかないわね!あなたも助けてあげるわ」
「ほ……本当なの!シンディ、やっぱり私達は、お友達よね!」
いまさら友達だなんて、どの口が言うのかとシンディは呆れたが、表情には出さず、ライディーンに話しかけた。
「ねえ、夫のカイン枢密卿が奴隷なら、同じように奴隷になるのが適当よね?売り飛ばすのに、何処か良い場所ない。とびきり条件の悪いところで」
「こちらも、とびきり条件の悪いところか。ここから西にかなり進んだところにある鉱山島。そこに坑夫たちのための娼館がある。逞しい炭坑夫ばかりの島で、一日に何人も相手にするから、娼婦の身体がもたないってことで、なかなか娼婦が集まらない。そこなら高く売れるけどな」
イザベラの顔が、みるみる青くなる。
「ちょ…。ちょっと待ってよ!なんで私が、そんな泥臭い男たちの相手をしなくちゃならないのよ!」
「あなたの言う慈善事業よ。あら、過酷な運命が決まったのに、あら、あなた、いつものように泣かないのね!」
「あなたのために泣いても仕方ないでしょ!涙は、男の前で流してこそ、意味があるんだから!」
「そうなのね。別になんだって良いわ。ライディーンさん、二人とももう連れて行って!もう顔も見たくないから」
イザベラもライディーンの手下にローブで縛られるが、最後まで抵抗していた。
二人が、ライディーンと共に連れ去られる。
カインはがっくりとした表情で、全て観念した様子だったが、イザベラは、訳の分からない悪態をつきながら、その場から去って行った。
その様子を見届けたスペンサーが、口を開いた。
「さあ、次はイェルハルドとシャナイアだ!」