【第59話】枢密卿の哀れな姿
巡視船を撃沈した船が、此方に近づいて来た。
この軍艦ほどではないが、かなりの大きさの軍艦で、最新式の大砲を備えた近代的な軍艦だった。
「お、おい、あの船の旗は…… グーゼンバウアー家の旗じゃないか!」
ピョートルたちの側にやって来たスペンサーが、二人に言うと、三人はその船の甲板で、手を振る少女に目が引き寄せられた。
クラウディアだった。
甲板の上から、クラウディアが口元に手を当てて、大声で叫んだ。
「心配だったから、パパに言って、軍艦を派遣してもらったの。それで、一緒に乗って来ちゃった。やっぱりあの巡視船は、王室を助けようとしてたのね!見切り発車で撃沈したけど、良かったわ」
スペンサーはあっけに取られたような表情で、
「お……おい、このミッションは危険だからって君をグーゼンバウアー家に返したのに……ここに来ちゃ意味がないだろう……」
「スペンサー、何を言っているの?このクラウディア、死ぬ時はあなたと一緒って言ったじゃない!」
とクラウディアが言い返した。
スペンサーはヤレヤレといった表情をする。
クラウディアは話を続けた。
「とにかく、他の巡視船とかがやって来て、王室の連中を助けようとしたら、この軍艦で沈めてやるから、みんなは安心して戦って頂戴!」
そう言うと、クラウディアの軍艦はゆっくりと離れ始めた。クラウディアは大きく手を振った。
「あ、一言言うの忘れてた!シンディ、私も、あのイザベラって女、大大大嫌いなんだから!」
離れていくクラウディアの軍艦を見ながら、シンディは、小声でありがとう、と呟いた。
船の甲板では、今なお、あちこちで死闘が繰り広げられている。甲板だけではない。今やマストの上や船首でも両軍の兵士が剣を片手に、戦いが行われていた。
「とにかく、僕たち三人で、王室の連中を探そう。これだけの巨大戦艦、探すのだけでも大変そうだけど、この船の中にいるのは間違いない」
シンディとピョートルは頷いて、船室の中へと入っていった。
船員室、貯蔵室などの他に、貴賓室やダンスホールまで備えられた複雑な船内。
とてもただの軍艦とは思えない贅沢な内装だった。
一部屋づつ確認していくが、中に敵が潜んでいることもあった。
その度に戦いが繰り広げられる。
「巨大戦艦なのは認識していたが、これじゃまるでダンジョンだな……」
とピョートルが呟く。
さらに奥に進んで調理室に踏み入ると、調理台の物陰から、一人の男が飛びかかって来た。
カインだった。
「うああああ!」
と叫びながらピョートルに斬りかかる。
ピョートルの動きは素早かった。
横一文字に剣を走らせ、カインの剣を払った。
かぁん……と剣戟の音が響いたかと思うと、カインの剣は宙をくるくると舞い、床にカランカランと転がった。
カインは、
「ひ……ひい……!」
と小さく悲鳴をあげたかと思うと、両手を上に上げた。
隠れていたイザベラがカインのもとに駆け寄り、
「カ……カイン様!」と名前を呼んだかと思うと、
カインの側にピタリと寄り添った。
カインはブルブルと震えながら、
「た…。助けてくれ……お……俺は、イェルハルド兄貴に操られていたんだ」
シンディら三人に囲まれ、とても敵わないと観念したらしい。
「カイン兄さん……剣を取りなよ」
スペンサーは静かに言った。
カインは両腕を上げたまま、話を続けた。
「イェルハルドの兄貴は、これからはデガッサ家と共にラークシュタインを発展させて行く。カレンベルク家ではダメだと言ったんだ。そ……それに、イザベラも、ほら、可愛いだろう?それでイザベラを妻に迎えたんだ。そうしたら、イェルハルドの兄貴は、俺に色々、命令するようになって……それで……」
スペンサーはカインの言い訳を全く無視して、
「剣を取るんだ。カイン兄さんに最後のチャンスをあげるよ。この僕と剣で戦うんだ。カイン兄さんが勝てば命は助ける。ピョートル、シンディさん、それで良いだろう?さあ、二人は後ろに下がって!兄貴とサシで勝負する」
スペンサーに促され、カインは床に転がった剣を取って構えた。そして、フッと笑って、
「スペンサーよ、本当にそれで良いのだな?利き腕を失ったお前は、左腕で戦わないといけない。それで、この俺に勝てると思ったのか?断手刑にして正解だっだわ」
言葉を言い切る前に、カインは剣を振りかぶって上段からスペンサーに斬りかかった。
スペンサーは動きを見切っていた。
サッと身体を左にかわしたかと思うと、身体を低く沈め、素早く一直線に剣を走らせ、カインの肩に剣を突き立てた。カインの肩から、噴水のように血が噴き出た。カインが絶叫する。
「ぎゃあああ!俺の……俺の肩があああ!」
「そうか……やっぱり断手刑を決めたのは、カイン兄さんだっだんだね……」
カインはガタガタと震えながらも、かろうじて剣先をスペンサーの方向に向けていた。