【第58話】そして聖戦は開始される
「な……なんだと!き、貴様、ルーテシアは、我が国を裏切る気か!戦争になるぞ。貴様の国のような小国、我がラークシュタインの大軍を用いれば、あっという間に占領出来るのだぞ!」
イェルハルドは、怒りで肩をプルプル震わせた。
「イェルハルド殿、貴殿はまだ今の状況を分かっておられないようだ。我がルーテシアがスペンサー殿を正式な後継者として認め、スペンサー殿に加勢するということは、貴殿の船は今、敵船に挟まれているということをな……」
そうなのだ。今、三隻の船が並走して洋上を西に向かって進んでいる。
そしてイェルハルドの戦艦は、三隻の中で真ん中を帆走しているのだった。
「ぐ……ぐぬぬぬ……」
イェルハルドは絶句した。
シャナイア、イザベラは心配そうにイェルハルドの様子を見ていた。
カインはもう泣きそうな顔をしてイェルハルドに尋ねる。
「こ……国王陛下、い……如何いたしましょう?これは、我らにとって、とても不利な状況……」
「逃げるぞ!」
「は……?」
「ガーラシアに戻って、大軍を編成してから、奴らを討つのだ。まずはここからの離脱が先決だ。おい!全速力だ。全速力で、ここから離脱するぞ!そ……そして、緊急事態の救難砲を上げて、周辺の巡視船に助けを求めよ」
側にいた船長が、すぐに船員に指示をかけた。
「船員に告ぐ、総帆展帆!帆を全開にせよ!前檣帆の帆桁滑車を調整せよ!そして、救難砲、発射用意!」
イェルハルドの戦艦から緊急事態を表す赤い救難砲が打ち上げられた。そして、船はグングンと速度を増し、並走から一歩前に出るようになった。
私掠船に乗っていたシンディはその様子を見て、
「そうはいかないわよ。海の精霊よ、海に氷結をもたらしたまえ、喫水線氷結!」
とロッドを構えながら魔法を詠唱した。
魔法の効果で、イェルハルドの戦艦の前方の海水が一気に凍り始め、船の行手を阻んだ。
ずんっ……という軽い衝撃を受けたかと思うと、戦艦は洋上で停止した。
イェルハルドの右舷側を帆走するピョートルの戦艦が、面舵を取った。船首に立つピョートルが手を挙げる。側面衝突の合図だった。
ピョートルが自艦の船員に向かって叫ぶ。
「全軍、注意せよ!側面衝突をする。振り飛ばされないよう、しっかりと何かを掴んでおけ!」
ピョートルの戦艦がイェルハルドの戦艦の側面を擦り付けるように体当たりした。ガガガガという側面衝突の木材と木材が擦れ合う音が、洋上に響き渡る。
それに合わせて私掠船も、左舷側面に体当たりする。
二つの船に挟まれて、イェルハルドの船は完全に停止した。
ピョートルが叫んだ。
「敵船に梯子をかけろ!兵士たちよ、一気にイェルハルドの戦艦に乗り込むんだ!狙う首はイェルハルド、カイン、シャナイア、イザベラの王室の四人だ!」
その声と共に、ピョートルの船から沢山の梯子がイェルハルドの戦艦にかけられ、ピョートルの船の兵士たちが、イェルハルドの船へなだれ込むように移り始めた。イェルハルドの船に乗り移るや、兵士同士の戦闘が始まった。
私掠船の方でも、イェルハルドの船に乗り込む準備を始めていた。梯子が次々とかけられ始める。
それまで船室にいたライディーンも武装して甲板にいる。
スペンサーが剣をゆっくりと抜いた。
「シンディさん、行くぞ!一緒に生きて戻ろう!大丈夫だ。遺書王令を見た敵兵は、相当動揺している。僕についてきてくれ!」
シンディはロッドをぎゅっと握り締めながら頷く。そして、梯子を伝ってスペンサーと共に、イェルハルドの船軍艦へ乗り込んだ。
甲板の上では、すでに激しい戦闘か繰り広げられていた。
魔導士の服を着たシンディは、大剣を握った兵士たちに取り囲まれ、一気に斬りかかって来る。
シンディは素早く魔法を唱えた。
「雷電鋭刃!」
雷電攻撃を受けた敵兵は、その場でバタバタと倒れる。
シンディの目の前では、スペンサーが戦闘を繰り広げていた。
正面から振り下ろされた刀をギリギリのところでかわしたかと思うと、敵兵に向かって相手の肩に一撃。
それに連続して胸を切り裂くように第二撃を喰らわせる。敵兵は、胸元から血を噴いて倒れた。
穏やかなスペンサーの人が変わったかのような戦士としての戦いに、シンディは少し驚いた。
「シンディさん、気をつけろよ。思った以上に敵兵が多い。とにかく、王室の四人を見つけるんだ!」
「は……はい!」
会話を交わしている間に、巨漢の敵兵がシンディに襲いかかる。
シンディは、素早く後方に退避して、間合いをとって、魔法を詠唱した。
「火炎飛球!」
顔を焼かれた巨漢の兵士はその場に蹲った。ホッとしたのも束の間、右方向から敵兵が、斬りかかって来るのに反応が遅れたシンディ、振り下ろされる刀をロッドで受ける。
ガキン!と金属音が響き、鍔迫り合いのような体勢になる。腕力では、圧倒的に不利だ。
そこに相手の背中にグサリ……と剣が突き刺さった。剣が抜かれると、
「あ……ああああ……」
と敵兵は声を漏らして、その場に倒れた。
相手の背中側から剣を刺したのはピョートルだった。
「ピョートル……!」
「シンディ、危ないところだったな!」
戦場でピョートルを見たシンディはホッとする。
ピョートルは言葉を続けた。
「おい、シンディ」
「え……あ……はい!」
「その魔導士の服、似合ってるぞ」
「ちょ……ちょっと、ピョートル、こんな時に、そんな……でも、ありがと」
そう言って、シンディは少しはにかんだ。
檣頭に上がった敵兵が声を上げた。
「おい、巡視船だ!俺たちが上げた救難砲を見た我が国の巡視船一隻が、こちらに向かって来ているぞ!王国の兵士よ!もう少しだ!もう暫くしたら、巡視船が俺たちを助けに来るぞ!」
敵兵から、おおう……という歓喜の声が上がる。
味方の船がやってきたと、敵軍の士気が上がり始めた。
ピョートルたちは甲板から四方を眺める。
たしかに船首の方角に一隻の船が、遠方から此方に向かって来るのが目視でも分かった。
「くそ、まずいな。今の状況でラークシュタインの別の戦艦がやって来たら、国王の船が海賊などに襲われたと思って、俺たちを攻撃してくるぞ」
ピョートルが吐き捨てるように言った。
檣頭の敵兵がまた叫ぶように言った。
「ああ……巡視船が……巡視船が、島陰から現れたもう一隻の船に大砲で攻撃を受けている……ああ、だめだ、あのままでは、あの巡視船は沈没だ……」