【第56話】偽王は、のんきに航海を楽しむ
戦艦が二隻、洋上を西の方角に進む。
一隻の船は、ガーラシアのお城をそのまま浮かべたのではないかと思われるほどの巨大な戦艦で、イェルハルドたち王室の家族が乗船している。
そしてもう一隻。ラークシュタインの戦艦に比べて一回りほど小さい戦艦が、ピョートルが乗るルーテシアの戦艦だった。
ルーテシア最大の戦艦でも、ラークシュタインの戦艦と比べれば、中型艦に過ぎなかった。
春の海は穏やかで、風は涼しく、船旅は極めて心地よいものだった。
イェルハルド、シャナイア、カイン、イザベラの王室メンバー四人は、洋上の巨大戦艦の甲板で、船上パーティーを楽しんでいた。
「海の旅は楽しいものだな。この戦艦は巨大なだけでなく、乗り心地も良い。ラクリアン島に到着するまでは我慢の洋上生活と思っていたが、船旅がこのように快適とは!」
イェルハルドが上機嫌で言う。
「船の大きさ、というのもありましょう。この戦艦はラークシュタインでも最大の戦艦。少々海が荒れても、確実に波を越え、海を突き進む戦艦ですからね」
カインは、少し蘊蓄を誇るように話した。イェルハルドは呆れたように、
「それにしても、横を並走しているルーテシアの戦艦、我らの船に比べれば、随分と小さいではないか?あれでもルーテシア最大の戦艦なのか?」
「ルーテシアは、我が国から比べれば小国。あの大きさが精一杯なのでしょう。我らラークシュタインでは、あれぐらいの戦艦は、掃いて捨てるほどありますが……」
「しかし、あのルーテシアの戦艦の提督……名前は……ピョートルだっけな。出航する前に挨拶に来ていたが、若くてカタブツそうな奴だったな。あの様子じゃ、女についてもまともに知らなさそうだ!おい、カイン枢密卿、ラクリアン島に到着したら、あのピョートルという男にも、女を抱かせてやれ」
「国王陛下、それは大変良きお考えかと。若くて綺麗な女を提供されれば、かの男も国王陛下にいたく感謝するでしょう」
「全く、殿方というのは、何かあれば、女、女とおっしゃられるものですね。まあ、あのカタブツ提督は、少し女性の扱い方を勉強するのが、良いのかも知れませんねえ」
とワイングラスを片手に、シャナイアが言った。そばにいるイザベラ、もホホホと笑う。
シャナイアは続けて、
「ラクリアン島の保養地に行くのは、イザベラも私も今回が初めて。しかし、施設がかなり老朽化していると聞きます。せっかくの王室保養地なのですから、大規模な改修工事も必要でしょう?今回の訪問で、どのように改修するか、決めてしまいましょう!」
「し……しかし、シャナイアさま、現在、凱旋門と離宮の工事を進めており、更に保養地の改修となると、王室の財政が、少し心配なのですが……」
カインは、少し顔を曇らせながら答えた。
「カイン枢密卿、財政については、枢密卿自身が考えることでしょう?財政に問題があるなどという答えは、枢密卿としての仕事の放棄ですわ……そうでございますわね?国王陛下」
「お……おう、そのとおりだな、王妃よ……おい、カイン。財政については、枢密卿のお前に任せてあるのだ。上手く調整して、保養地の改修費用を捻出させよ!」
イェルハルドに叱責され、カインは少し困った顔をした。
洋上は波もほとんどなく、船は緩やかに西の方角に進んでいく。周囲には漁船もなく、大海に浮かぶ二隻の船は、殊更巨大なものに見えた。
今まで話をせずに聞き役に回っていたイザベラが口を開く。
「今って、大体どのあたりなのかしら?ねえ、カイン枢密卿さま、ラクリアン島まで、まだ時間がかかるの?」
「あと一日程度で到着するはずだが……おい!今、この船がどこを走っているか分かるか?」
カインが近くにいる船員に尋ねた。
「は……はあ、先程、シュバルツ砦のあるシュバルツ岬の沖合を通過したところでございますが……」
「おお、そうか、では、あと一日か二日で到着だな。それまで船旅を満喫しようではないか」
カインはそう言うと、グラスに残っているワインを一気に飲み干した。
その時だった。
メインマストの檣頭で見張りをしていた船員が声を上げた。
「左舷10時の方向、一隻の中型船の船影あり!」
「なんだと!馬鹿な!この船が通過する前後には、この海域は巡視船を除いて、船の往来を禁止する命令を出していたではないか!一体、どこの船だ」
とイェルハルドが叫んだ。双眼鏡を覗く船員は、
「そ……それが……信号旗は、我がラークシュタインのものです!船が……どんどんこちらに近づいております」
と答える。
「なんだと……おい、その双眼鏡を貸せ」
イェルハルドは双眼鏡を引ったくるように船員から奪って覗き込む。
船首に人が立っているのが見える。ライディーンの私掠船の船首に立つスペンサーだった。
横に魔導士の服を着た人物を従えて、船首の立って、イェルハルドたちの船を眺めている。
「うぬぬ……あの船首にいる男は、我が弟、スペンサーではないのか……?」
「スペンサーですと?奴はシュバルツ砦を守っているのではないのですか?なぜ、船でこちらに……?!」
と、カインも驚きの声を上げた。
何かとんでもない事態が起こったと、シャナイアとイザベラはお互い抱き合って、恐怖を鎮めていた。
甲板に次々と親衛隊の兵士が集まり出す。その間、私掠船はその速度を上げ、ぐんぐんとイェルハルドたちの乗る戦艦に、近づいて行った。
「お……おい、まさか、スペンサーのやつ、あの船で体当たりしてくるんじゃないだろうな……」
船が目視でもはっきり分かる距離になると、私掠船は取り舵をいっぱいにして、進行方向を左方に転換。
そしてイェルハルドたちの戦艦と並走する形で進むようになった。
甲板に集まった人を、船首の先に立って見つめるスペンサー、イェルハルドを見つけると、
「久しぶりだね。イェルハルド兄さん、今日はあなたに話があるんだ」
と凛とした態度で話しかけた。