【第54話】若き王位継承者は聖戦を誓う
シュバルツ砦の城代の間。
スペンサーに会うために、シンディとピョートルは、海を超えてやって来たのだった。
壇上に上の椅子に座ったスペンサーは、にこやかに挨拶する。
「二人とも久しぶり。もう、すっかり冬になってしまったね。冬の海はかなり荒れてると思うけど、ここに来るまで、戦艦も大層揺れたんじゃないか?」
スペンサーの言葉に、表情ひとつ変えずにピョートルが答える。
「ああ、しかし少し揺れるくらいが、船旅の良いところだ。ところで、最近のラークシュタインの様子はどうだ?」
「酷いもんさ。王都ガーラシアに凱旋門を建設してるってのは、知っているだろう?最近は、それに加えて、豪奢な離宮の建設まで進めている。離宮建設は、カイン兄さんとイザベラが発案したらしい。国家予算は壊滅的。それで税は重くなるばかりで、他国へ離散する農民は増える一方だ」
「そうか……ラークシュタインはそんなに疲弊しているのか」
「イェルハルド一派は、国を食い物にしている。デガッサ伯爵家から王室に入った二人……シャナイアとイザベラの贅沢も、凄まじいものらしい。しかし、王室のやり方に反対するものは、問答無用で投獄さ。貴族たちも震え上がって、ただ、イェルハルドたちに従っているようだね……ところで、今日はなぜ、こんな遠い場所まで来てくれたんだ?ただ、挨拶だけしに来たわけじゃないだろう?」
シンディが一歩前に出て、膝をついた。
そして、落ち着いた眼差しで、スペンサーを見つめ、口を開いた。
「スペンサーさま、本日、私はカレンベルク家の当主として、面会に上がりました。スペンサーさまにお見せしたいものがあるのです」
そう言って、遺書王令を、箱から丁寧に取り出す。
スペンサーの側に寄り、遺書王令を手渡した。
それが遺書王令だと知らないスペンサーは、一体何の紙なんだろう、という顔をしながら受け取ったが、内容を読み始めると、その表情が、みるみる変わっていった。
「こ……これは……父上がお書きになられた遺書王令じゃないか……しかも、この僕を王の後継者にするなんて……親父、そんなことを考えていたのか……」
スペンサーも驚きで声が震えていた。
「はい、これが先帝陛下のご意志にございます。そして、先帝陛下は我がカレンベルク家に助力を求めておりました。このシンディ、カレンベルク家の当主として、スペンサーさまが王位につけるよう、助力致します」
スペンサーは暫く考えて、そして口を開いた。
「シンディさん、ありがとう。君の気持ちは嬉しい。しかし、この遺書王令があるからと言って、今のイェルハルド兄さんから王位を奪うのは、簡単なことじゃない」
シンディはスペンサーをじっと見つめたままだ。
スペンサーが話を続ける。
「イェルハルド兄さんは、ラークシュタイン直属軍を強化している。仮にぼくがこの遺書王令を公にして、イェルハルド兄さんに反旗を翻しても、直属軍に恐れをなした貴族は、この遺書王令を見て見ぬフリをするだろうね。この砦にいる兵士が、幾ら鍛えられているとはいえ、正攻法でことに当たるのはリスクが大きい……」
「しかしスペンサーさま、しかしこれは遺書王令。数ある王令の中でも最も重要視される王令でございます。このシンディも、スペンサーさまをお助け致します。カレンベルク家の名前を以って、地方貴族に檄を飛ばして、助力を嘆願致しましょう。是非、お立ち下さい」
「シンディさん、それは確かにそうだけど……イェルハルド兄さんを討つには、もう少しやり方を考えなくちゃならない」
シンディに圧倒され、少し言葉に窮するスペンサー、そこにピョートルが口を挟んで来た。
「少し俺にも話させてくれ……実は別件でイェルハルドからルーテシアに手紙が来てたんだ」
それを聞いたシンディは、驚いたように、
「手紙!?……って一体、イェルハルド兄さんから何の用があって、ルーテシアに手紙が?」
「どうやら、彼らは春が来たら、王室専用のリゾート施設のあるラクリアン島に保養に行くらしい。彼らは、ラークシュタイン最大の軍艦で移動するが、もう一隻、護衛艦が必要なのだと。どうやら、自国の貴族に護衛を依頼したが、適当な理由をつけて断られたようだな。それで、友好国であるルーテシアに、軍艦の派遣を要請してきたってことだ」
「ラクリアン島は、この砦から少し西に行ったところにある島だな。確かにあそこには王室の保養所がある……ピョートル、君は護衛に見せかけて、国王一族が乗る軍艦を攻撃するつもりなのか!?」
驚くスペンサーにピョートルが答える。
「ああ、奇襲するなら、洋上が一番良さそうだからな。ただ、俺の艦だけでは、イェルハルドの乗る艦相手には刃が立たない。だからもう一隻、戦える艦を俺が用意する。スペンサー、君とシンディはその艦に乗れ。そしてイェルハルドの艦に近づくんだ」
「軍艦二隻で急襲するってことか……確かにそれなら勝ち目はありそうだな」
「え……で……では、スペンサーさま、お立ちになられるんですね……!」
シンディの声は少し震えていた。
「そうだ。ぼくは王位を継承するために戦おうと思う。ピョートルの提案のとおり、決戦の日は春。ラクリアンに向かう洋上が俺たちの決戦の場だ!」
ピョートルの言葉に、スペンサーとピョートルはゆっくりと頷いた。
スペンサーのキラキラと輝く目を見て、シンディはやはりこの国の王に相応しいのはこの人だと思った。