【第52話】復讐の開始を告げる王令
シンディは、今まであったことを全て話した。
ピョートルに助けられたこと、形式上、シンディ・カレンベルクは、沢に身を投げて死んだことにしたこと、黒魔術を学んだこと……そして最果ての地で復讐を誓ったこと……その全てを、エドナに話した。
「そうだったのですか……お嬢さまも大変なことになっておられたのですね……しかし、生きて会えたこと、本当に嬉しいです」
「そうなの、本当に色々あったのよ!じゃあ、次はエドナの番ね。エドナ、教えて!今まで何があったのか……どうしてここに来ることになったのか……?
「はい、ではエドナについても、語らせて頂きます。少し長くなるかもしれませんが……」
そう前置きして、エドナは話し始めた。
エドナも、全てを話した。
アイリス王太子妃が危篤の時に、ラークシュタインの先帝、ユリウス国王に呼び出されたこと。
重要な手紙を、カレンベルク侯爵に秘密裏に渡すよう依頼を受けたこと。
カレンベルク領に到着した時には、既にラークシュタインの軍隊に占領されていて、手紙を渡すことが出来ず、諸国を放浪し、最後に、このルーテシアを目指していたこと……その全てをシンディに語った。
日はすっかり落ち、夜空には星が輝いていた。
「そうだったんだ……エドナも、本当に色々なことがあったのね……でも、生きてまた会うことが出来た。本当に嬉しいわ……」
そう言うと、シンディは、ハラリと涙を落とした。
「私もです。シンディお嬢さま。そして、生きてお会いしたことで、少し、私の事情が変わったことがあります」
「事情が……変わった?」
「はい。ユリウス国王……先帝陛下からの手紙は、本来、お父上であるカレンベルク侯爵にお渡しするものでした。しかしお渡しできない場合、その血を継ぐものにお渡しするように、ユリウス陛下に言われていたのです」
そう言ってエドナは、件の箱をテーブルの上に置いて、
「先帝陛下から手渡された手紙は、この2通です」
と言って、手紙を取り出した。
封蝋で閉じられた、大きい封筒と、小さい封筒の2通の手紙。王室の公式文書に使われる封筒は、それだけで、厳かな感じがする
「これが……先帝さまから、父上宛てに送られた手紙なのね……でも……どっちも封蝋で封印されているし、この封蝋は魔法の封蝋。亡き父上しか、開けることが出来ないのでは……」
「いや、ちょっと待て!」
とピョートルが口を挟む。
「ど……どうしたの?」
「この封蝋は『血族封蝋』だ。受取人本人か、その血族が、封蝋を解くことが出来るものだ。だから、開封出来るのは、君の父上だけじゃない。君の父上の血を引く者も、開封出来るものだ」
「え……じ……じゃあ……」
「ああ、カレンベルク卿の血を引く君は、この封蝋を解いて、手紙を読むことが出来るんだ!」
「お嬢さま、そうなのです。私は手紙を託されましたが、国王陛下からは、『カレンベルク家当主』へ手紙を渡せ、と命令されました。カレンベルク卿もアイリスお嬢さまも亡き今、カレンベルク家の当主は、シンディお嬢さまにほかなりません!カレンベルク家当主として、この手紙をお読み下さい」
シンディは、心拍数が上がるのを感じていた。
カレンベルク家唯一の生き残りである自分が、カレンベルク家当主に当たるなど、考えたことがなかった。
しかし、エドナの言葉に、目を開かせられた。
唯一生き残った自分こそ、今のカレンベルク家の当主なのだと。
シンディは心を決めた。
「分かったわ……父上に代わって、私がこの手紙を開ける……そして、この手紙の中の秘密を、受け入れるわ」
シンディはそう言って、大きい封筒を手に取った。横にいるピョートルが、
「さあ、封蝋に指を当てるんだ。カレンベルク家の血族が指を当てれば、この封蝋は消滅する」
シンディはゆっくりと封蝋に指を当てる。
封蝋が一瞬ピカリと光ったかと思うと、封蝋は煙になって消えた。
そして、封筒の中から、手紙を取り出す。
その手紙の中に何が書いてあるのか、ゆっくりと黙読した。
「こ……これは……」
シンディは絶句した。
その衝撃的な内容に、手紙を持つ手が震えた。
〜ラークシュタイン国王ユリウス 遺書王令〜
ラークシュタイン国王ユリウスは、その王の名を以って、以下の通り、遺書王令を発布する。
王位後継者として、第三王子にして王位継承権第二位のスペンサーを指名する。
これにより、スペンサー以外の王子の王位継承権は失われる。
もし、スペンサー以外の王子が国王継承を主張すれば、それは僭称と見做し、スペンサーの王位継承がなされるよう、我がラークシュタインに仕える諸侯、貴族、友好国の政府に助力を求む。
もし、僭称した王が武力を以ってスペンサーの王位継承を妨害した場合には、カレンベルク家当主が中心となり、その武力に立ち向かうこと。
国王としての最後の望みとして、遺書王令として、これを記するものなり。
ラークシュタイン国王ユリウス 御璽
「これが……遺書王令というやつなのか……」
ピョートルも言葉を失う。
御璽の陰影は、自ら七つの光を発していた。
そのインクは、国王の御璽にしか用いられず、製法も国家機密となっている。
そしてインクには国王の血が混ざられ、その血によって、輝き方が違うのだった。
まさにユリウス王が発した王令を示す証拠だった。
普段落ち着いているピョートルも、この文章の重みに緊張している様子だった。
そして、ハッとした表情になり、
「おい、シンディ、これは大変なことなんだ。この文書を君が手に入れたことで、状況が完全に変わった。君は、逆賊でもなんでもない。イェルハルドこそ、偽の王だったんだ。そして、スペンサーを助けるために戦うことが、先帝ユリウス国王の望みで、全ての正当性は、こちらにあることになったんだ。イェルハルドたちと戦うのは、復讐じゃなく、正義の戦いになるってことだ……分かっているよな?」
シンディは力を込めて頷いた。