【第50話】歓喜
ルーテシア・タウンの広場には、氷で作られた建物の棟が連なり、街の中に、小さな街が出来ていた。
建物の中には、お城を模したものもあり、透明で神秘的な氷の街が、太陽の光を浴びて、キラキラと輝いていた。
シンディは、広場へと続く道を急いで歩き進める。
「おいおい、足元には気をつけろよ。滑って転んだら、かなり痛いぞ!」
とピョートルはシンディを嗜めた。
「だって、凄く綺麗なんだもん!ピョートルも早く来てよ!」
後ろを歩くピョートルに向かって、大きな声でシンディは呼びかけた。
シンディとピョートルが広場に入ると、そこは氷の街の入り口だった。
「本当に……綺麗……」
シンディは、その美しさに言葉を失った。
「どうだ!これがルーテシア・タウン名物の雪祭だ。ガーラシアや、君の故郷のカレンベルク領では、こういうものを見られないだろう?」
ピョートルが自慢げに語る。
氷の街の中を歩く。
建物は、ただ氷出る作られているだけでなく、実際にその建物の中に商店があり、様々な物が売られている。
息も凍る氷点下の気温で、建物の氷は、簡単に溶けそうにもない。
氷の商店の棚は、天然の冷凍庫だ。
そうした店を、分厚いコートを着たルーテシア市民が、商品を珍しそうに眺め、購入している。
ピョートルが指を差しながら、シンディに語りかける。
「あれ?何だか分かるか?」
「あれって……形からしたら……氷で出来たベンチかしら?」
「そう。氷のベンチ。この街では、あのベンチに何分、腰掛けることが出来るか、競う遊びにがあるんだ。一種の我慢比べ、みたいなものだな」
そう言って、ピョートルは氷で出来たベンチに腰掛ける。
「さあ、シンディも横に座ってみな!二人で我慢大会だ!どっちが先に椅子から立ち上がるか、競争だぞ!」
ピョートルに促されて、ベンチに座るシンディ。
お尻にキンキンに冷えた氷の冷たさが、伝わって来る。
「きゃ!ピョートル、わたしもうダメ!お尻が冷た過ぎるよ!」
「あははは、やはり南の国で育ったシンディにはこの冷たさはもう耐えられないか?」
「え?何言ってんのよ!冬は寒くてベッドから出るのが嫌だって言ってたのは、どこの誰だったかな?海軍の人達に、ピョートルの秘密、バラしちゃおうか?」
「おい、それだけはやめてくれ」
と、ピョートルは笑いながら答える。
シンディもつられて笑ってしまった。
お祭りで気分が高揚しているのだろうか、ピョートルは普段より陽気だ。
こんなピョートルもたまには良い。
私の第二の故郷、ルーテシア・タウン。そうだと今はそう思う。
カレンベルク領が占領されてしまった今、ここが第一の故郷になっているのかもしれない……と思うほど、シンディはこの街が好きだった。
「ずっと、ここに住むことが出来れば良いのにな……」
シンディは、ポツリと呟く。
「いつまでも、ここにいても良い。もし復讐を果たして、生きていれば、またここに戻って来ても良いんだ」
出来ればそうしたいものだ。
但し復讐がいつ終わるのかも分からない。
そして、復讐を果たそうとする過程で、命を落とす可能性も……シンディがそんなことを考えていると、遠くから
「提督殿!ピョートル提督殿!」
とピョートルを呼び止めようとする声が聞こえて来た。
副提督のゴールドウィンだった。
ビア樽風の身体は暫く見ない間に、更に大きくなっているみたいだった。
こんな身体で軍人として大丈夫なのかしら……とシンディは思う。
「ハア……ハア……さ……探しましたぞ、ピョートル提督殿。じ……実は、オラフト王国からの客船が本日、ルーテシアに入国しまして……」
「ああ、それがどうかしたのか?」
「そ…。その船にですな、提督殿が保護せよとおっしゃられていた、あの……名前は、何と言いましたかな?」
「何?もしかして、エドナ、という女のことなのか?」
「そうです!エドナ。そのエドナが、オラフト王国の港で、我が国の船に乗船して、保護されたそうです。今は、とりあえず、海軍施設の部屋に軟禁させております。とりあえず、ご報告を、と思いまして」
シンディは驚きで声が出そうになった。
「シンディ、話は聞こえただろう。今から急いでエドナさんのところに行くぞ!」
「は……はい!」
エドナが……エドナが生きていてくれた。
エドナは、何か秘密を知っているかもしれない。
しかし、それ以上に、カレンベルク家にゆかりのある者が生きていてくれたということの喜びの方が強かった。
二人はゴールドウィンと共に、氷の街を離れ、海軍施設の方向へ向かって、早足で歩き出した。