【第5話】しっかり花嫁修行をして下さいませ
イザベラは、自身の想定した以上のシンディの冷たい態度に面食らい、やや戸惑いの表情を見せた。
この女……男の気持ちを察するのは異常な程、聡いくせに、同性の気持ちを察する能力は欠落しているのか……?
だいたい、この泣き落とししか能のない女が、自分に何の用かとシンディが訝しがっていると、
「先程、私はカイン王子より求婚を受けました。なので、私は今後、王家と縁戚関係となります……シンディさまのお姉さまは、アイリス王太子妃さま。私の義理の姉の関係になるので、シンディさまとも縁戚の間柄。これからも、宜しくお願い致しますわ」
ああ……とシンディは一瞬、目の前が暗くなるのを感じた。ここでイザベラとも完全に縁が切れる……とシンディは思っていた。
しかし姉が王太子妃である以上、カインとイザベラの結婚は、シンディと親戚関係になることを意味していた。
シンディは無邪気な表情のイザベラの暫く眺めてから、
「そういうことになりますわね。まあ、我が姉、アイリス王太子妃と貴女はあまり性格的に合いそうにありませんが、我が姉上のこと、宜しくお願いしますわ。そして、もう少し舞踏の練習を熱心になされた方が良いかと思います。王族の妻は社交界の花。無様な舞踏でカイン王子の顔に泥を塗らないで下さいね」
それだけ言って、シンディはくるりと踵を返す。
「あ、シンディさま、お待ち下さいませ。まだお話したいことが……」
シンディを追いかけようとその場から一歩踏み出したが、イザベラはそこに段差があるのに気がつかなかった。
少し高めのピンヒールを履いていたイザベラは、脚を捻ってその場に倒れ込んだ。
「きゃあ……ああああ……ううううう……」
イザベラは脚を押さえながら、大袈裟な程に声を上げた。
そしてその姿を見て、ざわめき立つ観衆。
シンディもその声に反応し、振り向いてイザベラが喚いている姿を見る。
全く……ピンヒールなんて履き慣れもしないものをわざわざ履いて来て、派手にこけるとは……。
とシンディも呆れてフッと笑ってしまう。
「おお……イザベラよ……だ、大丈夫なのか? だ、誰か、ここに治癒魔法を使えるものはいまいか?! おお……イザベラよ、可哀想に……足首が赤くなっているではないか……」
イザベラの側に近づいて、狂ったように慌てふためくカイン。
少しこけただけなのに……こんなので、もしイザベラが大怪我にあったりしたらこの男は気を失ってしまうのではないか……。
婚約者への「心配」ならば良い。
しかし今のこの男の態度は「心配」というよりパニックに陥っている姿だ。
王家の男は、もう少し冷静沈着かと思っていたけれど……などとシンディは心の中でせせら笑った。
とはいえ、この騒動を起こした関係者でもあるので、後でお前のせいで脚を怪我した、など因縁をつけられても面倒だ。
さっさとこんな馬鹿馬鹿しい場所からは直ぐにでも離れたいと考えたシンディは、2人のもとに近づく。
そして、立ったままイザベラの足首を人差し指で指差した。
「復氣療癒!」
シンディが魔法を唱えると、指先から青白い光がイザベラの足首に向かって照射される。
光を浴び続けたイザベラの足首は次第に赤みが薄くなり、元の白い肌へと戻って行った。
「シ……シンディさま……治癒魔法をお使いに……?!」
驚いた表情を見せるイザベラ。
すう……っと指先をもとに戻したシンディは、
「イザベラさま。少し痛みが残っているかも知れませんが、これで歩くことは出来るはずでございます。そして……王家の妻は、傷ついた騎士の看護や、貧民の医療機関である施薬院での治療ボランティアに参加したりするのも仕事でございますよ。基本的な治癒魔法は、花嫁修行の一つでございます。これからは、ここの学院で治癒魔法を学ばれることをお勧めしますわ」
イザベラはゆっくり立ち上がる。カインがすぐにその身体を支えた。
呆気に取られるイザベラを背に、シンディは学院の大広間を後にした。