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【第48話】回想

 ガーラシアのお城を発ってから、何日が過ぎただろう……。

 何かあれば、エドナ、エドナと私を呼んでくれたアイリス王太子妃さまは、昏睡(こんすい)状態になられて、既に数日が経っていた。

 アイリス王太子妃さまの体調がすこぶる悪く、このままでは、最悪の結果を迎えてしまうのではと、ただ、ひたすら(おび)えていた日々。

 アイリスさまの侍女として、私は、少しでも、アイリスさまのお身体を、休ませようとしていた。

 ラークシュタイン王国のユリウス王に呼び出されたのは、その頃だ。


「おお……エドナよ……こ、こちらに、いらっしゃい……」


 ユリウス王の声は、とてもか細いものだった。

 噂には聞いていたが、王様もとても衰弱されているようだった。

 私がおそばに寄ってみると、王様はもうかなり()せ細っていた。

 高齢ということもあって、回復は難しそうだったけれど、その時の私は、ただアイリスさまのお身体が心配で、王様のことまで考える余裕など無かった。


 二通の手紙らしいものを私に示され、とてもとても重要な手紙なんだと、王様はおっしゃられた。

 その手紙をカレンベルク領のご当主さまのもとへ運んで欲しいとの依頼だった。


 なぜ、そんなお手紙を、アイリスさまの侍女である私に運ばせようとするのか……ラークシュタイン王国の国王として、正式な手続きを踏んで、公式文書として、発信すれば良いのではないかと王様にお尋ねしたけれど、王様はそれは出来ない、王族の誰にも、知られてはいけない私信なんだ、とのことだった。


 手紙は厳重に施錠された小さな箱に入った状態で、私に手渡された。

 手紙はやはり二通だった。

 いずれも封蝋(ふうろう)で封印されていた。

 手紙の封蝋(ふうろう)を、無理に開けようとしたりしたらダメだよ、カレンベルク家当主以外の人が開けようとしたら、中の手紙が灰になってしまうからね……と少し冗談めかしたように言った王様。

 そして、この手紙はカレンベルク卿と朕の二人だけの秘密だから、ここにいる王族や王宮の侍女にも漏らしてダメだ、こっそりと王宮を抜け出して、誰にも知られずに渡すようにと、念を押された。


 私は、アイリスさまを放って旅立つことに、躊躇(ためら)いがあった。自分がいない間に亡くなってしまうかもしれない、

 せめて最後は、自分の手で看取(みと)りたいと思っていたのだ。

 でも王様の命令で、状況から考えると、とても大切な手紙なことは、侍女の身分でも分かった。

 私は、もう一度アイリスさまの昏睡される様子を見てから、


“ほんの少しの間だけ、お暇をいただきます。ごめんなさい。必ず戻って来ますから”


 とだけ書いた置き手紙を残し、私はカレンベルク領へと旅立った。

 入念に変装し、旅をする修道女の振りをして、馬車に乗り、途中は何十キロも徒歩で歩くこと数週間、やっとのことで、カレンベルク領に入った。


 しかし、私が到着したカレンベルク領は、大変なことが起こっていたのだった。

 到着する数週間前に、ラークシュタイン王国の軍隊がカレンベルク領の街を蹂躙(じゅうりん)していた。

 領民に聞いてみると、謀反(むほん)の嫌疑をかけられてラークシュタイン王国の軍隊に攻撃されたのだという。

 私はとても信じられなかった。

 娘二人を王家に嫁がせている侯爵さまが、謀反を起こす理由など全く無いからだ。

 そして、戦いの末、侯爵さまと奥方さまが自らお命を絶たれたことも知った。

 私は、手紙を渡すべき相手を失ってしまったのだ。

 侯爵さまにお渡しすることが出来ないのならば、せめて、娘であるシンディさまにお渡し出来ないかと、急いでガーラシアに戻った。

 しかし、ガーラシアのカレンベルク邸は、既にラークシュタインの王府に接収され、館は娼館へと変わっていた。

 シンディさまは、馭者(ぎょしゃ)の男と逃亡し、ルーテシアに逃れたものの、ルーテシアの軍隊に追われた後、沢に身を投げられて死んだという。

 そして……アイリス王太子妃さまも……私が旅立った翌日には、亡くなっていたことを知った。

 (しばら)く悲しみにくれていたものの、私はこの時になってやっと、自分の身も危険だということが分かった。

 このまま、この国にいるのは危ないと感じた私は、隣国の中立国、オラフト王国に逃げた。

 しかし、ここで私の路銀は尽きていた。

 貧民窟で乞食の真似事のようなことをしながら、少しづつ、お金を貯めていった。

 手紙は箱に入れたまま、大事に保管していたが、もう渡す相手はいなくなった。

 そして、お使えしていたアイリスさまもお亡くなりになられた。

 生まれ育ったカレンベルク領はラークシュタインの軍隊に蹂躙され、もはや帰る場所すら無くなっていたのだった。

 カレンベルク家に使えていた者の最後の望みとして、せめてシンディさまが亡くなられたという沢を訪れて、シンディさまを(とむら)い、この手紙もその沢に捨ててしまおう……というものだけだった。

 ルーテシアは遥か北方の島国。

 船代を貯めるのには、少し時間がかかったが、なんとか旅に出るだけのお金になった。

 私は、オラフトの港に向かった。

 ここから船に乗って数週間すれば、シンディさまが最後を迎えられた場所に行くことが出来る。

 私はカレンベルク家に仕える侍女として、最後の仕事をするのだ……と希望を持って、ルーテシアの旅客船に乗り込んだ。

 中立国のオラフト王国に長くいたせいで、自分が(ねら)われているかもしれないという危機感が薄くなっていた。

 私は、この旅客船がラークシュタインの友好国、ルーテシアの船であることを失念していた。

 乗船前の上客チェック、私は偽造の身分証を差し出して乗り込もうとしたが、それは失敗だったようだ。


「お客さま、すみません。ルーテシア海軍からの命令で、お客さまを拘束させて頂きます」


 客室の一室に監禁された私は、自由を奪われた。

 船が出港する。

 客室の窓から見えるオラフトの港が、次第に遠くになっていく。

 私の最後の望みは、絶たれたようだ。


 


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