表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
46/62

【第46話】好日

 ルーテシアに戻って、1週間が過ぎた。

 秋の終わりのルーテシアは、遠くの山々が紅葉で赤い葉と黄色い葉のグラデーション。

 カラフルな色合いが、夕方の赤い日の光を受けて、まだら模様を形作る。

 その景色は、息を()むほどの美しさだ。


 シンディは、遠くの山々を(なが)めながら、市場に買い物に来た。

 夕日を反射してオレンジ色に輝く、石畳(いしだたみ)の道。

 道行く人々の装いは、薄手のコートを着ている紳士、暖かそうなカーディガンを着たご婦人、毛糸の帽子を被った子供と、様々な着こなしだ。

 (にぎ)やかな夕方の市場は、庶民のファッション・ショー会場になっていた。


「今日の晩ご飯は、何を作れば良いのかなあ……」


 野菜を扱う屋台の前で、シンディはふと(つぶや)く。


 ピョートルに連れられてルーテシアに住むようになって、半年近く。

 こちらの生活にも、すっかり慣れてきた。

 慣れて来たが、毎晩困るのは、ピョートルの晩ご飯のメニューだ。

 美味しく食べてくれて、栄養があるもの……軍人さんだから、体力も使うだろうし、スタミナのつくような料理を作らないと……と思うと、頭がまとまらなくなる。

 ルーシーがいてくれれば良かったのだが、もう暫くは、スペンサーのもとで働きたいとのことで、スペンサーのいるシュバルツ(とりで)へ行ってしまった。

 なので、彼女には頼ることは出来ない。

 世間の主婦って、こんなに悩んでいるのね……と市場を歩く婦人を見て、そんなことを考えた。

 シンディが悩んでいると、野菜店の主人が声を掛けてきた。


「お嬢さん、確かピョートル提督のところの侍女さんだったな。どうした?やっぱり、晩ご飯を何にするのか、悩んでいるのかい?」


「おじさん、こんにちは!そうなの。メニューを決めるのがこんなに大変だなんて、侍女をする前には思いもしませんでした」


 シンディは、にっこり笑って答える。


「そりゃ、食べさせてあげる相手のことを、真剣に考えてるからだね。とても良いことだよ。ピョートルさんも、良い侍女を持ったもんだな!」


「いえいえ、わたし、ルーテシアに来る前は、家事なんてほとんど出来なくて、今でも、家事を上手くこなせなくて、ピョートル提督には、申し訳ないくらいなんです」


 本心からの言葉だった。

 名目上の侍女だと言われても、自分とはほとんど関係のない他国の海軍提督。

 ましてや王族の人間にタダで甘えるわけにいかないと考えていた。

 でも、家族令嬢として育てられ、家事は最低限のことしか学んで来なかった。

 とても侍女としての仕事には、なっていない。

 下手くそなご飯。行き届かない掃除。

 それらの全てを、何一つ文句を言わずに、受け入れてくれるピョートル。

 危険を顧みず、身勝手な自分の復讐劇に付き合ってくれるピョートルには、感謝してもしきれない……とシンディは、ずっと思っているのだった。


「そうだ!お嬢さん、今日は少し冷え込んできてるし、少し身体の暖まるような料理を作ってやったらどうだい?シチューなんて、最高じゃないか!提督に温かいシチューでも出してやったら?ちょうどジャガイモが特価だし、どうかな?」


「あ、おじさん、そのアイディア、頂戴(ちょうだい)します。じゃあ、ジャガイモ4つ頂けますか?」


「あいよ!4つお買い上げで……8クランだな!」


 野菜店を出て、肉屋と調味料の屋台でシチューの材料を買い求め、シンディは帰路につく。

 シチューにするのなら、じっくりと煮込んだ方が良い。少し早めに帰って、急いで料理しよう……と頭の中で、段取りを考えるシンディ。

 既に、太陽は山の向こう側に沈み始め、東の空は紺色へと変わりつつあった。

 家路を急ぐ途中の道。

 シンディの前を、ゆっくりと歩く老夫婦。

 長い年月を、共に歩み続けてきたのだろう。

 今ここでも手を取り合って、一緒に歩く二人の姿がとても素敵に思える。

 シンディは、ふと思った。

 自分には、おそらくこんな未来はないのだと。

 自分は戦いの中で死ぬのだ。

 それも数年以内に。

 だから、この老夫婦のような穏やかな老後を迎えるようなことはなく、死を迎えるのだろうと。

 二人を目で見送りながら、シンディはハッと我に帰る。

 急がなきゃ……じゃないと、晩ご飯の準備が遅れちゃう……。

 少し早足で、提督官邸へと足を進めた。

 提督官邸に到着した頃には、かなり薄暗くなっていた。

 冬が近づきつつあるので、日が落ちるのが早い。

 急がないとピョートルの帰宅時間までに晩ご飯が作れなくなる……急いで官邸の玄関を入ると、ピョートルは既に帰宅していた。


「あ……ごめんなさい……今日は少し早かったのね!急いでご飯作るね!」


 そう言いながら、ちょっとシチューを作るには時間がかかりすぎるから、他の料理の方が良いかな……などと考え始めていた。


 ピョートルは、静かに口を開いた。


「晩ご飯の準備の前に、少し聞きたいことがあるんだ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ