【第45話】接吻
「そうよ……私、今、泣いているの……偉そうなことばかり言っているのに、実際には、自分一人で何も出来ない、ただ……自分の不甲斐なさが、情けなくて……」
「ああ、君の気持ちは、分からなくもない。でも、焦ったり、ヤケになったりするな。この俺も、お前が復讐を遂げられるよう、なんとかチャンスを作ってやる。自分一人しかいないと思うな。お前のそばには、この俺がいる」
シンディはピョートルの方に顔を向け、しばらくピョートルの姿を眺めた。
そして、ピョートルのそばに歩み寄り、ピョートルに顔を寄せつける。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「ピョートル、私の願い、聞いてくれる?」
「ああ、どうした?俺に出来ることなら、なんでもやってやるが……」
シンディは無言でピョートルの顔をじっと見た。
シンディに見つめられたピョートルも、答えるかのように見つめ返す。
目は少し赤みがかっていたが、もうシンディは泣いていないことが、ピョートルとに分かった。
「ねえ……」
シンディはピョートルをじっと見つめる。
「ああ……」
「ピョートル、キスして!」
「おい……急に何を言い出すんだ……!」
思いもよらない言葉に、ピョートルは慌てた。
しかし、シンディは怯まず、じぃ……っとピョートルを見据える。
「私、今、あなたとキスがしたくなったの……私のファーストキス、あなたが奪って!」
シンディの思いがけない急な申し出に、ピョートルは思わず後退りした。
その姿を見たシンディは、滅多なことでは落ち着きを失わないピョートルのその態度に、少し可笑しさを覚えた。
シンディは、ピョートルの両頬をがっしりと掴む。
そして自分の唇を、ピョートルの唇に押し付ける。
唇を奪ったのは、シンディだった。
唇を相手の口にねじ込むように、熱く、今の思いを全て、唇に集中させる。
自分のファーストキスが、こんなに情熱的なものだとは想像していなかったシンディ。
自分の中に眠る大胆さに、少し驚いていた。
そしてピョートルも、唇でシンディをなだめるかのように、優しくその情熱を、自身の唇で受け止めていた。
キスを終えて、やがて訪れる、僅かの静寂。
二人は身体を寄せ合ったまま、沈黙の余韻の中にいた。
最初に口を開いたのは、ピョートルだった。
「シンディ……悪い子だな……俺のファーストキスを無理やり奪いやがって……」
「え?……まさか、ピョートルも、初めて……だったの……」
「ずっと海軍にいた……海軍の仕事が楽しく、やり甲斐もあって、女性とそういう関係になる時間がなかった……まさかこんな形で自分のファーストキスを迎えるなんて、思いもしなかったさ」
「え……ヤダ、ゴメン……ピョートルのことだから、もうそういうことは済ませてると思ってた」
「いや、思い出に残る、最高のキスだったよ。死体の横でやるってのは、少しあれだけどさ。それより、まさか海軍提督の俺が、奪われるような形で、ファーストキスするなんて、思いもよらなかったからな……」
ピョートルはグッとシンディの身体を引き寄せる。
シンディは大きな身体に包まれる。
衣服を挟んで伝わって来る、生きている身体の暖かさ。
それまで経験をしたことがない安心感を覚える。
初めてキスする場所は、自分が思っていたものよりも、遥かにグロテスクな場所だった。
血塗られた真っ赤な絨毯の上でのキス。
復讐に燃える自分には、こういう場所でのファーストキスがお似合いかもしれない、とシンディは考えていた。
ピョートルが、沈黙を破って、耳元で囁く。
「さあ、ルーテシアに帰ろう。帰って、次の復讐のチャンスを窺おう……」
ピョートルの胸の中で、シンディはだったただウンウンと頷いた。
船は方向を変え、大海を進んで行った。




