【第44話】痙攣
「しかし、あなたも脇が甘いわね。こんな毒を処分せずに、王城に置いたまま離れるなんて……お陰でお姉さまが亡くなった理由が、こうやって分かりましたけど」
シンディの、一切容赦しない、気迫のこもった眼光には、これ以上ない憎しみの心が、湧き出ていた。
もはや言葉を発する気力も失ったガリクソンは、絨毯の上で、全身をバタバタを激しく揺らし、苦しみから逃れようとしている。
そして、目の前が、暗くなり始めた。
この毒は、呼吸系統と視神経への毒性が極めて強い。
ガリクソンは、もうシンディの姿を見ることは出来なくなっていた。
やがてガリクソンは痙攣発作のようにピクピクとした動きになり、口から泡を吹いて、白目を剥き始めた。
「く……くる……しい……げ……解毒剤……を」
視力を失い、暗闇の中にいるガリクソンは、酸素不足で朦朧とする意識の中、シンディに懸命に懇願する。
「あら、もう少し飲んでおいた方が、楽に死ねたのかしら?かなりお苦しみのようだけど」
「ほ……ほんと……に、く、苦……しい」
シンディは、軽くため息をついた。そして、
「あなたって、本当に苦しそう……じゃあ、せめて一瞬で絶命させてあげるわ……色々教えてくれたお礼ね……」
シンディは、指先に神経を集中させた。
「背骨逆断!」
床の上をのたうち回っていたガリクソン、ヒィ……と短い言葉を発したかと思うと、身体がピン……と硬直した。
そして物凄い勢いで、身体は海老反りの体勢になる。
そして、身体は、止まることなく、曲がり続ける。
身体が、そのまま真っ二つに裂けて、裂けた部分から、血飛沫が噴き出し、ヌルヌルと内蔵が飛び出す。
貴賓室の中はあたり一面、血の海になった。
そしてガリクソンは、苦痛の表情を浮かべたまま、ヌルヌルと滑り出す内臓以外は、灌木のように硬直させて動かなくなった。
貴賓室の中は、音のない静寂の世界になった。
「奴は死んだ。この遺体は、沖合で水葬にして処理する。これで、終わったな」
とピョートルが呟くように言う。
シンディは、死体に目を落としながら、
「いいえ、終わりじゃないわ。これが始まり」
「始まり?」
「ええ、わたしの復讐の、始まりなの」
「そうだったな……シンディ、君の最大の目標はやはり、王妃のシャナイアなのか?」
「前に復讐を誓った時に言ったとおりよ。お姉さまの命を奪ったシャナイア王妃はもちろん、我がカレンベルク家を滅ぼした、イェルハルド王。そして、ガーラシアのカレンベルク邸を、娼館に変えたカイン枢密卿、イザベラ妃ね。私、ルーシーから聞いたの。お家を娼館にしたのは、カインとイザベラだと」
「俺もカインとイザベラが娼館を主導していたことは、少し聞いていた。土木事業に従事する奴隷の為の、性の慰みものを手配していたのは、あの夫婦に、間違いないだろう。しかし、これからどうする?残りの相手は王族だ。さっきの奴のように、そう簡単に会える相手じゃないぞ」
「分かってるわよ!それくらい……私だって……それがどれくらい難しいか……だから、まだどうすれば良いのか、全く分からないのよ!」
そう言って、シンディは顔を背けるように、貴賓室の窓の方向に顔を向け、窓の外の遠くの風景を眺め始めた。
じっと、何も語らずに、ひたすら外の風景を眺めていた。
ひとしきり眺めた後、ポツリと呟くように、
「どうしても手段が見つからないのなら、ガーラシアの街に忍び込んで、王族の奴らが城から出かける時を見計らって、馬車に突入して、殺ってやろうとと思ってる」
と言った。
「それは自殺行為だな……復讐の成功率は、極めて低い……それでもやるつもりなのか?」
「それは、分かってる。それでも、私はもう復讐するしか、考えがないの……残りのこの命、復讐だけに使うつもりだから……」
そう言って、シンディはまた、沈黙。
顔を背けるように、ひたすら窓の外の風景を眺め始めた。
「シンディ……」
ピョートルが優しく声をかける。
「……」
シンディは何も話さない。無言だった。
「シンディ、君は……泣いているのか……」
横顔のシンディの頬に、涙が伝うのがピョートルにもはっきり分かった。
そしてシンディは、慌てて頬を拭った。