【第43話】窒息
「そ……そのボトル……一体なぜ、お前が持っている……?」
ガリクソンは、目が泳ぎ始めた。
明らかに態度の変化が現れ、緊張のせいか、身体を小刻みに揺らし始める。
「あら?何か、とても緊張されているようですけど、これって、あなたにとって、とても都合の悪いものなんですか?」
「い……いや……そ……そんなもの、俺は知らん!俺は知らんぞ!」
殊更に声を荒げるガリクソンに、シンディはあくまでも落ち着いた態度だった。
「では、あくまでも、このようなボトルについては、一切知らない、自分とは関係ない、と言い張るわけですね」
「ああ、そうだとも!私はそんなもの、見たこともないし、何の関係もない」
「その割には、最初、ボトルを見た時、気が気でないという表情をされていましたけど?」
「そ……それは、あんたが急に、訳の分からないものを見せて来たからに過ぎない。私とは、一切、関係のないものだ!」
そばで二人の受け答えをじっと聞いていたピョートルが、静かに口を開いた。
「そうか……それがあんたの答えなんだな。これについては、何も知らない。それならば……」
「そ……それならば、何だと言うんだ!」
「このボトルの中の粉を、このワインの中に大量に入れていたとしても、何が起こるか、知らぬ存ぜぬ、と言うことだな」
「な……何だと……」
ガリクソンの表情がさっと曇った。とほぼ同時に、胸を押さえて、苦しみ始めた。
呼吸が乱れ、悶えるガリクソンを見据えながら、ピョートルが話を続ける。
「この中に入っている中の正体は、大体、こちら側でも掴んでいる。そして、これがブドウやワインに反応して、毒化することについてもだ。そして……」
ピョートルの言葉に続けるように、シンディが話す。
「そして、この船の中には、解毒剤もある。いくら遅効性の毒薬でも、一度に大量に服用すれば、即効性の毒役にもなる……無味無臭の毒薬で、ワインに大量に入れられていても、飲む者は、それに気がつかない……随分と便利な毒薬ですわね!ガリクソンさん」
ガリクソンは、もうまともに呼吸が出来ない状態になりつつあった。
「ハア……ハア……い……一体、お前たちの、も……目的は……一体、何だと……言うんだ?」
シンディは、悶え苦しむガリクソンを、軽蔑するような視線を送りながら尋ねる。
「我が姉、イェルハルド王太子妃、アイリス・カレンベルクのことよ。彼女の食事に、この毒を盛ったのは、あなたなのよね? さっきも言ったけど、この船の中には、解毒剤があるの。ちゃんと事情を話してくれたら、考えてあげても良いんだけど」
「ア……アイリス・カレンベルク……あ、あんたの……姉さんってことは、……あんたはあの人の……妹ってことかい……毒薬は……い、いや……違うんだ……。わ……私は、命令され……て……いただけだ」
ガリクソンは、息も絶え絶えだ。
息苦しさを我慢しながら、なんとか言葉を発しようとしている。
「命令された?誰?一体、誰があなたに命令してたの?」
「シャ…… シャナイア側妃さま……だ。あ……ある日…… シャナイア側妃さまが、ち……厨房に訪れて……アイリス妃の……しょ……食事には……こ……この粉を……入れるように、と……」
「あなたは、この粉が、何か分からなかったの?」
「お……おおよその……中身は……想像出来た……さ。で、でも、俺は……本当に……め……命令されていただけ……なんだ……側妃さまからの……命令で……こ……断ることなんか、出来なかったんだ……し……信じてくれ!」
「そうなんだ……やっぱり、あなたが……やったのね……」
「だ……だから、め……命令だった……んだ……は……早く、げ……解毒剤を……くれ……このままでは……俺は……死……」
ガリクソンは椅子から倒れ落ち、胸を搔きむしるように暴れ始めた。
毒薬が全身に回り、激しい呼吸困難の状況に陥っているようだ。
シンディは汚いものでも見るかのように、ガリクソンに視線を落とす。そして、
「あなたは、イェルハルド王太子妃に命令されて、中身が毒薬だと知りつつも、アイリスお姉さまの食事に、毒を盛った。そして、口止め料として多額のお金を受け取った。たとえ、側妃の命令だとしても、私は、あなたを許すことなんて、出来ない」
「そ……そんな……頼む……ゆ……許してくれ!……あんたの……お姉さんには…悪いことを……し……してしまった。ほ……本当に……悔いて……いるんだ……早く……解毒剤を……」
と、仰向けで苦しみに塗れながら暴れるガリクソンは、カッと目を見開き、シンディに懇願する。
しかしシンディは、ガリクソンの言葉を、まるで聞いていないかのように、
「アイリスお姉さまは、子供を宿して、幸せいっぱいの時に、毒を盛られて、命を失った。お姉さまは、生きたかったのに。お姉さまを殺したあなたが、のうのうと生きていることを、私は許せないの……」
と言葉を綴った。
「そ……そんな……」
「それに……ここに解毒剤があるとは言ったわ。でも、あなたにそれを使うなんて、一言も言っていないから」
ガリクソンの瞳孔が、濁り始めた。
さあ、復讐開始だ……シンディは、心の中でそう呟いた。