【第42話】会食
「は……はあ……ありがとうございます」
ガリクソンは、とりあえず礼を述べて、テーブルの席についた。
クラウディアは、少し手を振る素振りをして、
「ガリクソンさま、私はここまで。あとは、ここのお二人とお話して、どうするか決めて下さいね。では、ご機嫌よう……」
軽く黙礼をして、クラウディアに背を向けるガリクソン。
クラウディアは、貴賓室から立ち去る前、一旦振り返り、シンディに向かってウインクした。
これがあなたの……最初の復讐になるのかもね……頑張ってね、私は最後まで、あなたの味方だから……そういう思いを込めたウィンクだった。
ガリクソンは貴賓室の調度品を、キョロキョロ見ながら口を開いた。
「いやあ……急なお話で、正直、驚いておりますわ。貴国の貴族の方が、料理人を探しているとかで……クラウディアお嬢さんのご紹介で、ここまで来たんですが、一体どちらの貴族なんでしょうか?」
ピョートルは、口元に笑みを含みながら、
「まあまあ、それについては、これからゆっくりとお話しましょう。まずは、このアイスワインでも如何ですか?ルーテシアの特産品です」
と言って、グラスにワインを注ぐ。
ガラスを受け取ったガリクソンは
「ああ……どうも……」
と言って、ワインで喉を濡らした。
ピョートルは、口元を緩ませながら、言葉を続ける。
「実は、我々はルーテシア王国の、国王家の分家でしてな……国王陛下の弟君である我らが主人は、食に関しては、人一倍、うるさいお方でして、こうして、世界各国の一流シェフを、スカウトしているわけです」
「貴殿殿は、あのルーテシアの……王家ですか!」
それはまた随分、位の高い貴族からの申し出だと、ガリクソンは内心、かなり驚いた。
しかし、出来るだけ顔を出さないようにする。
「ガリクソンさまは、かつてグーゼンバウアー・シティ随一のシェフとして名を轟かせ、ガーラシアの王室でも、専属料理人としてご活躍されていたとかで、当家でも、注目しておりましたの……あら?ワインが空いておりましたね。失礼しました」
そう言って、シンディは、グラスにワインを注ぎ足す。
それを待っていたかのように、ガリクソンは、ググッとワインを喉へ流し込んで行く。
話は盛り上がっていった。
ルーテシア王室の内情から、政治、経済に至るまで、ピョートルは、幅広い話題を提供する。
そして、ガリクソンのグラスが空くたびに、ワインを注いで行く。
赤ら顔ですっかり上機嫌になったガリクソンは、本題に入ろうと試みる。
「いやはや、すっかり酔ってしまいました。ルーテシアでの料理人の件、大変興味があります。つきましては、出来れば、お世話になりたいと思いますが、いつ、ルーテシアに向かえばよろしいのですかな?」
シンディはにっこり笑って、ガリクソンに語りかける。
「そうですわね。出来るだけ早く……もう今日……というより、今から、この船でルーテシアに向かっても問題ないですわ……」
「今から、ですと!? いや、それは何というか……この街を離れる準備とか、色々ありますし、いくらなんでも今すぐにとは、ちょっと……」
と、ガリクソンは、あたふたしながら答える。
「いえ、もうこの船は、出港しておりますわよ。すでにかなりの外洋に出ているのではないかしらね」
ガリクソンは船室の窓に目を遣る。
窓の外には大海原が広がっていて、陸地はもう何処にも見えていない。
「な……なんてことを……私はまだ……すぐ行くとは言っていないぞ。一体、どういう魂胆なんだ?」
声を荒げるガリクソン。
シンディは、それを全く気にしてないといった様子で、
「いえいえ、実はガリクソンさまに、少しお伺いしたいことがありましたの。料理人ガリクソンの料理の味の秘密……ガリクソンさまは、王室の料理人をしていた時、魔法の調味料を、使っておられたとかで、是非それについて、お聞きしたいなと」
「魔法の……調味料……だと?! 一体、何のことだ!私はそのようなものは使っていませんぞ!」
「あら、じゃあこれは何なのかしら?」
そう言って、シンディはあのスパイスボトルを、テーブルの上にことん……と置いた。
「我々の調べでは、これが王室料理の秘密ってことになっておりますの。さあ、教えて下さいますよね?これが何なのか?さあ、話して下さい」
それまでの優しげなメイドの表情ではない、夜叉のような形相で、シンディはガリクソンを責め立て始めた。