【第41話】密会
グーゼンバウアー・シティは、ラークシュタイン王国随一のカジノの街。
侯爵グーゼンバウアー卿がカジノ誘致を進め、グーゼンバウアー・シティと言えば、カジノの代名詞のようになっている。
宮廷元料理人のガリクソンは、まだ夕方前だというのに、すでにルーレットで大損をしていた。
宮廷を去る時に、退職金としてかなりのお金を手に入れたが、この街に舞い戻ってカジノに入り浸りの生活で、少しずつ生活が困窮し始めていた。
財布の中には銅銭だけがジャラジャラと存在するだけで、あれだけあった金貨はどこに行ったのか……と暗澹たる気持ちになっていた。
またこの街てレストランを開業するか……とバーのカウンターに座りながらガリクソンは考える。
ガリクソン・レストランと言えば、このカジノの街でもとりわけ有名な店だった。
今でもそのブランド力は健在だろう……などとガリクソンは考えていた時、一人の女が声をかけて来た。
「また、カジノで随分損をされたようですね。ガリクソンさん」
「誰だ、あんたは?俺に何か用なのか?」
「申し遅れました。私はグーゼンバウアー侯爵家ご令嬢、クラウディア・グーゼンバウアーの侍女をしているルーシーと申すものです」
「ああ、あのお嬢様の侍女か。その侍女がこの俺にどういった用なんだ?」
「クラウディアお嬢様は王都ガーラシアの学院に通われているのですが、そこで知り合われた某国の貴族が料理人を探しているとのことです。そこで、ガリクソン・レストランの元オーナーで、宮廷料理人であったガリクソンさまを思い出されまして、お探ししていたところ、またこのグーゼンバウアー・シティにおられることをつきとめて、お声をかけさせていただきました」
ガリクソンは飲みかけの精霊酒をグッと飲み干した。
ルーシーはそのまま言葉を続ける。
「お嬢さまのお話では、その貴族は、かなり食道楽のようです。金に糸目はつけない、とにかく美味しい料理を提供してくれる料理人を紹介してくれ、と。そこでガリクソンさまに白羽の矢が立ったということです」
ガリクソンは少し疑いの目を向ける。
「にわかには、信じられないな。何か俺を騙そうとしているのではないか?」
「実は、この建物の外の馬車で、クラウディアお嬢様が、ガリクソンさまをお待ちしています。是非、直接会ってお願いしたいと。まずはお嬢様に会って、真偽を確かめられても良いでしょう?」
グーゼンバウアー家のあのお嬢さんが外で待っている……本当ならば、実際に会って確かめれば良い。一度会ったことのある娘だ。偽物ならば適当にあしらってしまおう……と考えたガリクソンは、
「そうなのか?レストランをやっていた時、グーゼンバウアー様にはお世話なったからな。では、挨拶がてら、お会いしよう」
と言い、ルーシーに案内されてバーの外に出た。
バーを出たすぐ前の道に豪奢な馬車が停車していて、馬車の中へと案内される。馬車の中にはクラウディアが座って待っていた。
「お久しぶりですね。ガリクソンさま。我がグーゼンバウアー・シティでレストランをされていた折には、何度か利用させていただきましたわ」
ほ……本物のお嬢さまだ……とクラウディアの横に座るガリクソンは慌てる。
まさか本当にグーゼンバウアー家のご令嬢がいるとは思わなかったのだ。
クラウディアはフフッと笑顔を見せながら、
「実は私の友人で、ルーテシア王国の貴族の方がいらっしゃいますの。その方が、天下一の料理人を、探しているとかで、私がガリクソンさまのことをお話したところ、なんとか探し出して欲しいと。色々調べましたところ、また我が街に来られていたとかで……やっとお会い出来ましたわ」
「つ……つまり、ルーテシアの貴族が私を専属料理人としてスカウトしたいと……そういうことでございますな?」
「そういうことでございますわ。実は、もうその貴族がこの街にいらっしゃいますの。善は急げと申します。今から会いに行くのは如何でしょう?きっと良いお話が聞けると思いますわ」
「よ……宜しくお願いします」
ガリクソンの返事を聞いたクラウディアは、直ぐに馭者役のルーシーに命令し、馬車を出発させる。
馬車はカジノ街を抜けて、港へと進んで行く。
「そのルーテシアの貴族は、ルーテシアの軍艦の貴賓室におられますの。軍艦に乗るのは初めてですか?ガリクソンさま」
「船と言えば、客船しか乗ったことはありません。軍艦に乗るのは初めてです」
「貴族は身の安全のために、軍艦で移動することが多いのですの。海の上は海賊とかで物騒で」
ほどなくして、馬車は埠頭に到着した。
クラウディアは埠頭に横付けされたルーテシアの国旗が掲げられた巨大戦艦。
ガリクソンはその威容に驚いているようだった。
クラウディアはガリクソンを連れて軍艦の貴賓室へと案内した。
「おお……あなたが料理人のガリクソンさんですか?お会いできて光栄です。私はルーテシアのある貴族家の執事をしております」
とピョートルが先に挨拶した。シンディもそれに続いて、
「同じくルーテシアのある貴族家の侍女をしているシンディと申します。ガリクソンさま、お会い出来て光栄ですわ。さあ、こちらの席へどうぞ」
と言った。