【第4話】では来週、またここで
「アイリス義姉上との面会か……」
シンディは、カインの眼が一瞬泳いだのを見逃さなかった。
黒々とした口髭で威厳を見せようとしているが、18歳にしてはやや幼い顔立ち。
その姿はまるで少年が自分の悪戯がバレて誤魔化そうとしているようにも見える。
「はい。私がカレンベルク領から王都向けて出発する直前に、アイリスお姉さまが流産したとの報を受けました。直ぐにカイン王子にお手紙を出して、王都に来たら、直ぐにでも面会出来るようにする、との返信を頂いておりましたが、此方に来て1ヶ月、未だ会うことが叶いませぬ。一体、いつになれば会わせて頂けるのですか?」
「先程我らは婚約破棄して、今はシンディ殿とは婚約者の間柄ではない。なぜ私がそのような依頼を受けねばならぬのか?」
「いいえ、これは我が父で王太子妃の父でもあるライアン・カレンベルク侯爵から王族への依頼でございます。私は父から王太子妃アイリスさまに会って慰めよ、との命を受けております」
カインは黙ってシンディをじっと見つめている。
「カイン王子のお力でお会い出来ないのなら、仕方ありませぬ。父には信書を出して、カイン王子では話にならないので、国王陛下に直接お願いする信書を書いて貰うだけでございますが……」
シンディはそう言ったものの、実際に辺境カレンベルク領に信書を出すとすれば、遅ければ2ヶ月は時間がかかる。その返事が国王に届くのに、更に2ヶ月。
そこから王宮への召喚状の発布となると、アイリスに会えるのは半年近く後になってしまう。シンディとしても、国王陛下に直訴するのは、出来る限り避けたかった。
「ま……待て! 私はまだ断わってはおらぬぞ!」
さすがに国王陛下の名前を出されて、カインもたじろいだようだ。
「では、いつになったら返事を頂けますか? 父の命であるため、簡単には引き下がれませぬ」
「アイリス義姉上は……今、誰とも会いたくないそうだ……」
「そ……そんなはずはありません!姉のことは、この妹である私が一番存じております」
シンディは思わず口調が強くなる。アイリスは16歳のシンディの3歳年上の19歳。そして王太子イェルハルドに嫁いだのは2年前の春だった。
輿入れまでずっと仲睦まじくカレンベルク領で過ごして来た姉妹だ。
お姉さまがご懐妊した時、手紙でのお姉さまの喜びようは言葉に出来ない程のものだった……。
そして期待されていたお世継ぎが流産という結果に……お腹の子を失ったその悲しみは、如何程だろう……そう思うと、シンディは居ても立っても居られないのだった。
「いや……私もイェルハルド王太子からは、それだけしか聞いてはおらぬ……私自身も久しくアイリス義姉上には会っておらぬのだ……」
やや困ったようなカインの表情。この男は隠し事がかなり下手なようだ。どうやら本当に王太子からそう聞かされているらしい……とシンディは判断した。
「では、来週の同じ時間にこちらに来て、いつ会えるのかお教え下さい。その時に返事を頂けなければ、父から国王陛下に直接依頼させて頂きます」
「シンディ殿、そなたも結構しつこいな……」
「これが私の性分ゆえ、お許し下さい」
そう言うとシンディはスカートの裾を両手で掴み、腰を落としてカーテシーで立ち去る挨拶をした。
「シ……シンディさま、少しお待ち下さいませ……!」
イザベラだった。
シンディはもうこの女とは一切関わりたくない。 一体何の用なのかと心中は少し穏やかではなかったが、声を掛けられて無視するわけにもいかない。
「イザベラさま、私に何かご用でしょうか?」
シンディは意図的に冷たく心の籠らない返事をした。